梅雨で〜す 最新のフラワーアレンジ。「うっとうしい季節はグリーンを多めに」だそう
「ラウンド」からちょっと・進化して「なんちゃら」(←忘れた)という活け方だそう。
結婚式とか正式な食事会のテーブル花だそう。そういえば、こんなのが置いてあるね。
売り物になりそう
さ・箱に詰めて持って帰りましょ
部屋の波動が上がりました
飾るとなると片付けるから
雨なので読書もはかどってます
20年は経ってないと思うんだけど、買ったまま読んでなかった本を一気に読み出してます。
こんな日が来るとはね
記念というかコレクションみたいなつもりで買ってあった本。読み出してみれば・・
懐かしいレッスン風景
『日本人がフランス音楽(ドビュッシーとか)を理解するのは難しい。日本語という言語から、フランス語を反映した響きの音楽を理解することが困難なのだ。やはりフランス語を理解しないとフランス音楽は理解出来ない。沢山の日本人の女の子にザルツブルグのサマーコースで教えたが、そう思った』
というようなことが、ほぼ左のページいっぱいに渡って書かれていたのでした 。93年のインタビュー本。
あーうるせー アタシよりバルトーク下手なくせに リゲティとか弾けないくせに
とかゆーと、今度はハンガリー出身のピアニストから反撃を喰らうかな
やはりクセナキスの初演を高橋悠治さんが手がけていることへの当てつけが、「後輩のいたいけな日本の女の子」に向けられてマス
このインタビューをカットしても本としては全然・成立するのに、全文を載せたインタビュアーは、あの「オカマのフィリップ」かもしれん。マスタークラスに来ては、ヘタなベルクのソナタとかを聞かせてたヤツ。「ケッ。こんなヘタでよー弾くよー」という態度をヤザワはしてたかもしれん。
「分かる」と「弾ける」が一緒だといーよねぇ という・クソ生意気な態度を当時はしてたかもしれない。いや。してたに違いない。いえ。してました・・・
マスタークラスでボーッとしてたように(エルフェ先生から)見えたであろうヤザワではありますが、その時は先生が説明している分析とか、ほとんど興味なかったんです。ちゃんとノートは取ってたけど、それはフランス語の聞き取り訓練として行ってたわけで、内容は興味なかった。バレバレだったんだな
当時は:エルフェのレパートリーを習うべく通っていたので、難曲のブーレーズとかクセナキスの指使いとか、弾き方が分かればそれで満足だったんです。ドビュッシーも習ったけど、まだレパートリーとして弾く時期ではなかったので、本腰入れて研究も練習もしてなかった。それでこんなこと言われてたのか
それでも97年に東京でドビュッシーの『白と黒で』を共演したんですよ
このインタビューのだいぶ後。エルフェが共演したんだから、その時には「トモコも進歩したかな」とは思ったんだろうか。
まあいいや。私もこうして自分が教えた生徒を(匿名で)クサして文章として・いつの日にか発表するとしよう。師匠の導き
やっぱピアニストって性格・悪いよなー
と・ピアニストに言ったところで:「うっせーブス」とかデブとかハゲとか返り討ちにあって終わり。
エルフェはハンサムだし長身だし名家のうえエコール・ポリテクニック出身のピアニストだから。性格が多少悪くても美質が多過ぎて欠点はないことに
あるとしたらプロコフィエフとかバルトークとかヤザワのが上手というくらいだった。まあそれを言ったら「ドビュッシーは私の方が」とか「ヤツのラヴェルは聞けたものではない」とか、フランス国内のピアニスト達だけでも言い合いになるわな
「どうしてコンセルバトワールで教えなかったんですか?」という質問には:
「私のレパートリー的(現代音楽メイン)に自分でも躊躇があったし、私自身コンセルバトワール出身ではないので、知り合いがいない。それに演奏活動で忙しくなったから。時々、マルセイユのコンセルバトワールでマスタークラスはしていた。それとザルツブルグのモーツァルテウムでもね」
「私のマスタークラスにパリ・コンセルバトワールの生徒が参加することを彼らの教授は許さない」
というフランス音楽学閥のことも包み隠さず語っていたのでした。別に「許してない」んじゃなく、「勧めてない」だけだと思うんだけどなー。ヤザワもロリオ(メシアン夫人)に:「なんでクロード・エルフェ(なんか)に習うの」と言われたことあるし。「クセナキス弾きたいんです」と言ったら、「あ、そう」で終わり。フランス人なら行きたきゃ行くし、そもそもフランスでもクセナキス弾きたい学生なんて、まずいないし。
内容には興味がない。と思いつつ、ちゃんと通ってノートも録って、エルフェ先生のCDと本は全て買って持ってたのは、ひとえに先生がクセナキスと一緒に来日して『エヴリアリ』を弾いたコンサートを聞いて感激したのが出会いだったから。縁があって(コンセルバトワールの先生だったグソー先生の紹介だぞ!)紹介されて習う事になった時は嬉しかったなぁ。まだ日本でのコンサートが脳裏に鮮明に焼き付いてた時だったから。
当時はボーッとしていて、理解出来てるのは「弾き方」くらいで、他のことは、ぼんやりと曇ったような景色という感じだったのが、年月を経て、印象派の絵が写実的になってきて何を描いているのかよく分かるような感じになってきたんです。
気がつけば、自分もエルフェのような形態でプログラムを組んだりレッスンをしたりするようになっていたのでした。
歳月、人を待たず。エルフェ先生に今のヤザワを見せてあげたかった
そういえば、フランス語も使わなくなって久しいのに、本は当時よりずっと早く読めるし理解出来る。内容に興味がないうちは、文章を見ても知ってる単語から「およそ何について語っているのか」ということが想像出来ないので、読み進まなかったんだね。
理解できなくても、とりあえずインプットしておけば、そのうちに脳が処理してくれるんですね。なんだか睡眠学習法みたい
最近は「お子様」にも教えているので、こんな本も読返してみましたよ。
岩城音楽教室―美を味わえる子どもに育てる | |
(知恵の森文庫) | |
光文社 |
名著だし、読み物としても・かーなーりー笑える。この人も天才
自分が子どもの時を思い返してみると、教えている「お子ちゃまたち」は、相当・知能が高いんです。
ソルフェージュも教えてるんですが、3年生のキノコのように小さい女の子が、一生懸命、歌ったり初見したりリズム叩きをして、疲れてしまったようで「は〜・・疲れた・・」と目を押さえてから時計を見て、あと5分あったんですが:「じゃ、今日はこのへんで・・」とかゆって、自分で〆てお辞儀して「ありがとうございました」とか言うんですよ
6歳になったばかりなのに、バッハのインヴェンションをほとんど弾いてしまったというコもいてビックリです。
とてーも優秀なんですが、そこはチビなので、まだオクターブも届かないから、色んな曲を知性に合わせて弾かせるワケにも行かず、結局・ソナチネなんですけどね。
しかし岩城さんの本でスゴい箇所を見つけてしまったので、オクターブが届いたらコレもイケそうな気がしましたよ
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『・・・ぼくが芸大に入り、山本直純君の小学3年生の時の日記を見せてもらったときはおどろきでした。彼の父上は指揮者でした。
「今日は、お父さまにつれられて、山田和男先生のおうちへレッスンに行きました。山田先生は、ベートーヴェンの第1シンフォニーのいちばんはじめのハーモニーがなぜF-durのドミナントで書かれているか、そして、そのあとはどうなっているのかを教えてくださいました。来週までに第1楽章をひと通りピアノで弾いてくるようにおっしゃいました。しっかりやります。」
全部カタカナでしたがこういう具合でした。ぼくは愕然としました』
『カラヤンがN響を使ってぼくにレッスンをしてくれたことがあります。その時カラヤンが言った言葉は、
「きみはものすごく表現しているけれど、きみが振るとオーケストラからときどき汚い音が出て来る。きれいな音を出したかったら、もっと力を抜いて指揮をしなさい」』
『大先輩の言った、これからの指揮者の条件という話が面白いので、紹介します。
1:子どもの時から指揮者としての専門教育を受けていた人でなくてはいけない
2:猛烈にハンサムでないといけない
3:家がとても金持ちでないといけない
4:ものすごく腹黒い政治的手腕を持っていなくてはいけない
彼はどれもこれもきみは違うというのです』
*************************** 岩城宏之著「岩城音楽教室」より
カラヤンがモデルなのかな?