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ワイルドターキーを飲む男

 エアコンが異音を発する。古いエアコンだ。もう寿命だろう。そろそろ買い替えが必要だ。それでもなんとか動いていて、いっしょうけんめい涼風を噴出している。
「もう少し冷房の温度を下げましょうか」
 鏑木が聞いた。
「これでいい」
 男は答えると、ワイルドターキーを飲んだ。一見の客だ。夕方、ふらりと海神にやって来た。
 ワイルドターキーの8年をボトルごと所望した。鏑木がキープできないことをいうと、それでいいという。ボトルをカウンターに置くと、あとは自分でかってにやる。と、いって飲みはじめた。
 ストレートでグイグイあおるように飲む。ワイルドターキーの8年ものはアルコール度数が50度。かなり高いアルコール度数である。そのウィスキーをストレートで何杯も飲む。かなり酒に強い男と見える。
「氷とチェイサーを出しましょうか」
 さすがに心配になって鏑木が声をかける。
「いらない」
 そういって、男はワイルドターキーを生(き)のまま杯を重ねる。ボトルの中身が半分近くなくなった。
 ボトルを傾けグラスにそそぐ。飲む。これのくり返し。酔っているようには見えない。首はしゃんと立っていて、視線は水平。海神のカウンターに座っているが、その視線の先ははるか遠くを見ているようだ。
 今夜は客は、この男ひとり。海神にとって、客がひとりというのはめずらしいことではない。しかし、一見の客でひとりというのはめずらしい。そして、こんな無口の客もはじめてだ。
 男にとって鏑木はいないのと同じ。彼はこのせまい空間にただひとりいるのだ。ボトルを傾けグラスにそそいで飲む。
 鏑木も男に、もう、話しかけない。
 古びたエアコンがたてる異音だけが聞こえる。あとは男がカウンターにワイルドターキーのボトルを置く音だけ。
 もう、どれぐらいの時間がたっただろうか。1時間はこえているだろうか。判らない。男がバーボンを飲む時間だけが流れている。
 ボトルを傾ける。グラスに半分ほど液体が流れ込んだ。ボトルの口から雫が1滴落ちた。空になったボトルを置く。グラスの半分の液体を飲み干す。
「いくらだ」
 男は鏑木のいった金額を置いた。そして店を出て行った。50度のバーボンを700ミリリットル飲んだ男だ。心配になって鏑木は海神から出て外を見た。シャッターが並ぶ夜の商店街には、人っ子ひとり歩いていなかった。
 店に戻った。ワイルドターキーの空びんだけがそこにあった。
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