雫石鉄也の
とつぜんブログ
45年目の完成
80近いだろうか。老人であることは見れば判る。その老人が前回、この海神に来てからずいぶん時間が経った。1年も経ってないが、半年以上は経っているだろう。
「久しぶりだなマスター」
「お久しぶりです。剣持さん。お身体はいいんですか」
剣持は腕のいい左官だった。身体を壊して入院していたと、マスターの鏑木は聞いている。
「うん。悪くはなっていない」
以前来た時よりやせて見える。顔色も悪い。
「そうですか」
「オレのボトル、残っているか」
「はい」
鏑木は後ろの棚からサントリーの山崎をだした。ボトルに半分ほど残っている。
「ロックで。今晩はこのボトルを開けよう。マスターもつきあってくれ」
今夜の剣持は、なにか違和感がある。鏑木は剣持が何かをいいにここに来たような気がする。
ロックのグラスをカウンターに置いた。
「マスター、鏑木さん、あんたのぶんも入れなよ」
鏑木は、もう一杯山崎のロックをつくった。
「乾杯してくれ」
「なにに乾杯ですか」
「オレの仕事の完成にだ」
「行って来たのですか」
「うん」
「それはおめでとうございます」
剣持と鏑木はグラスをあわせた。チン。涼やかな音がした。二人は一息でグラスを空けた。
「剣持くん、あがってくれ」
「え、まだできてませんが」
「もう、いいんだ。 おれたちがここで仕事できるのは今日の夕方5時までなんだ。もう4時半だ。早々に片付けて引き上げないと、ツルオカさんが打ち合わせに使うんだって」
1970年3月1日。大阪府吹田市千里丘陵。大阪万博会場。フジパンロボット館の隣。ツルオカお菓子の館。関西の菓子メーカー鶴岡製菓が出展しているパビリオンだ。剣持たちはこのパビリオンの左官仕事を請け負っていた。
「コテであとひとなでさせください」
「だめだ。ひきあげるぞ」
剣持は海神で飲んで酔えば鏑木にこぼしていた。
「マスター、70年の万博には行ったか」
「行きましたよ」
「『ツルオカお菓子の館』ってパビリオン覚えてるか」
「手塚治虫さんがプロデュースしたフジパンロボット館の隣でしたね」
「入ったか」
「時間がなかったから入りませんでした」
「あそこの玄関脇の花壇の土台はオレがぬったんだ」
「へー、そうですか」
「あの仕事は未完成なんだ。あとコテでひとなでしたかった」
「で、完成ということで施主さんは満足されたんでしょう」
「見た目はでき上がっている。でもオレは納得いかないんだ」
万博も終わり、跡は万博記念公園になった。「ツルオカお菓子の館」は取り壊された。その鶴岡製菓も倒産した。
腕の良い左官であった剣持は現役の時は時間がない。引退して時間ができたら大病を患った。
「病気は悪くなってないが、良くもなってない。と、いうか、これ以上悪くなりようがないんだ。あと2ヶ月だって」
「そんな・・・」
鏑木はどう返事をしたらよいか判らない。
「おかわりくれ。もう好きなだけ飲める。医者も賛成した。で、身体が動くうちに万博記念公園に行ってきたよ」
「判ったんですか。場所が」
「当時のガイドブックを残してあったし、鶴岡製菓はいまはないから、フジパンにパビリオンの場所を教えてもらった」
「仕事したんですね」
「うん。跡地に土台の一部が残っていたよ。コテを持っていってた。仕上げのひとなでをしてきたよ」
「お、もう空だな。鏑木さん、今日はオレの打ち上げにつきあってくれてありがとう」
バー海神のボトルがまた1本減った。剣持はそれから3ヵ月後に亡くなった。千里の万博記念公園の片隅に小さなコンクリートの土台の跡がある。その土台には少しだけ新しいセメントが塗ってある。雑草に隠れているその土台のことなど気にとめる人はいない。
「久しぶりだなマスター」
「お久しぶりです。剣持さん。お身体はいいんですか」
剣持は腕のいい左官だった。身体を壊して入院していたと、マスターの鏑木は聞いている。
「うん。悪くはなっていない」
以前来た時よりやせて見える。顔色も悪い。
「そうですか」
「オレのボトル、残っているか」
「はい」
鏑木は後ろの棚からサントリーの山崎をだした。ボトルに半分ほど残っている。
「ロックで。今晩はこのボトルを開けよう。マスターもつきあってくれ」
今夜の剣持は、なにか違和感がある。鏑木は剣持が何かをいいにここに来たような気がする。
ロックのグラスをカウンターに置いた。
「マスター、鏑木さん、あんたのぶんも入れなよ」
鏑木は、もう一杯山崎のロックをつくった。
「乾杯してくれ」
「なにに乾杯ですか」
「オレの仕事の完成にだ」
「行って来たのですか」
「うん」
「それはおめでとうございます」
剣持と鏑木はグラスをあわせた。チン。涼やかな音がした。二人は一息でグラスを空けた。
「剣持くん、あがってくれ」
「え、まだできてませんが」
「もう、いいんだ。 おれたちがここで仕事できるのは今日の夕方5時までなんだ。もう4時半だ。早々に片付けて引き上げないと、ツルオカさんが打ち合わせに使うんだって」
1970年3月1日。大阪府吹田市千里丘陵。大阪万博会場。フジパンロボット館の隣。ツルオカお菓子の館。関西の菓子メーカー鶴岡製菓が出展しているパビリオンだ。剣持たちはこのパビリオンの左官仕事を請け負っていた。
「コテであとひとなでさせください」
「だめだ。ひきあげるぞ」
剣持は海神で飲んで酔えば鏑木にこぼしていた。
「マスター、70年の万博には行ったか」
「行きましたよ」
「『ツルオカお菓子の館』ってパビリオン覚えてるか」
「手塚治虫さんがプロデュースしたフジパンロボット館の隣でしたね」
「入ったか」
「時間がなかったから入りませんでした」
「あそこの玄関脇の花壇の土台はオレがぬったんだ」
「へー、そうですか」
「あの仕事は未完成なんだ。あとコテでひとなでしたかった」
「で、完成ということで施主さんは満足されたんでしょう」
「見た目はでき上がっている。でもオレは納得いかないんだ」
万博も終わり、跡は万博記念公園になった。「ツルオカお菓子の館」は取り壊された。その鶴岡製菓も倒産した。
腕の良い左官であった剣持は現役の時は時間がない。引退して時間ができたら大病を患った。
「病気は悪くなってないが、良くもなってない。と、いうか、これ以上悪くなりようがないんだ。あと2ヶ月だって」
「そんな・・・」
鏑木はどう返事をしたらよいか判らない。
「おかわりくれ。もう好きなだけ飲める。医者も賛成した。で、身体が動くうちに万博記念公園に行ってきたよ」
「判ったんですか。場所が」
「当時のガイドブックを残してあったし、鶴岡製菓はいまはないから、フジパンにパビリオンの場所を教えてもらった」
「仕事したんですね」
「うん。跡地に土台の一部が残っていたよ。コテを持っていってた。仕上げのひとなでをしてきたよ」
「お、もう空だな。鏑木さん、今日はオレの打ち上げにつきあってくれてありがとう」
バー海神のボトルがまた1本減った。剣持はそれから3ヵ月後に亡くなった。千里の万博記念公園の片隅に小さなコンクリートの土台の跡がある。その土台には少しだけ新しいセメントが塗ってある。雑草に隠れているその土台のことなど気にとめる人はいない。
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5点先取点取っても負けるか
きょうはめずらしゅうに、早々に5点も取って、先発サンティアゴもがんばってゼロにおさえとうし、こりゃ首位DeNAに楽勝やな思うとった。ところがDeNAの4番は今年のセリーグ最強の4番筒香。スリーラン打たれて1点差。で、結局サヨナラ負け。サンティアゴと福原が打たれたんが敗因やけど、戦犯は打線やな。3回以降いっこも追加点とれんかったんがあかんな。ところでサンティアゴ、筒香に一発打たれたけどメッセンジャーよりよっぽどええんちゃうん。また使うたってや和田さん。
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