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父と娘

「久しぶりマスター」
 黒木がカウンターに座った。ほんとうに久しぶりだ。週に一度ぐらい海神に飲みに来るが、ここしばらく見なかった。
「お久しぶりです。黒木さん」
「俺のオールド、まだ有ったな」
「はい」
 黒木は、おしぼりで手をぬぐいながら鏑木にいった。
「マスター、俺、仕事やめるんだ。クニの出雲で余生を過すよ」
 黒木も海神の古い常連の一人だ。鏑木とのつきあいも長い。もう還暦をとうに過ぎ、70近いはずだ。退職して故郷に戻っても不思議ではない年齢だ。黒木はサラリーマンのように見えるといえば見える。自由業のようにもみえる。
 実は鏑木は黒木の職業を知らない。海神があるここの商店街の店主たちなら、職業はおろか、家族まで知っているが、それ以外の客のプライベートなことは鏑木は知らない。自分から話題にする客のことは知っていて記憶しているが、鏑木の方から客に聞くことはない。黒木のことは鏑木は名前以外なにも知らない。
 鏑木が黒木の前に水割りのグラスを置いた時、女性客が一人で入ってきた。若い女性だ。20代半ばぐらい。
「ごめん。待った。お父さん」
「いや。さっき来たとこだ」
「仕事は終ったのか」
「うん」
「たいへんだったな」
「式の準備で三日休んだから、しかたないわ」
「よくお前と和行くんが一週間も休み取れたな」
「カズくんはフリーだから融通がきくわ。あたしは大変だった」
 二人のグラスが空いた。
「マスターおかわり。娘にも」
 鏑木が二人の前に水割りのグラスを置いた。
「初めてだったな。娘なんだ」
「よろしく。父はいつもここで飲んでたんですね。素敵なお店ですね」
「ありがとうございます。ご結婚ですか」
「はい。明日、神戸で式を挙げます」
 鏑木が棚からからボトルとシャンパングラスを出した。
「私からもお祝いさせてください」
 二人の前のシャンパングラスにシャンパンを注いだ。
「マスターもいっしょに」
 鏑木もグラスにシャンパンを注いだ。
「おめでとうございます」
 3人はグラスをあけた。
「ありがとうございますマスター。これからも父をよろしく」
 鏑木は少し不思議に思った。黒木は近々この地を去る。娘はそれを知らないのかな。
「あたしと父あまり似てないでしょう」
 その通りだと鏑木は思った。
「いえ」
 娘のほほを涙がひとすじ流れている。
「母はあたしを産んですぐ死んだの。父は男手ひとつであたしを育ててくれたの」
 黒木はグラスの氷をカラカラ鳴らしている。目が少し潤んでいる。
「あしたからお父さん一人だけどだいじょうぶよね」
「あたりまえだ」
「あたし、あしたのこともあるから早く帰るね」
「ああ」
「おやすみなさいお父さん。あした午後1時に新六甲ホテルね」
 娘は海神を出て行った。
「いい娘さんですね。おさみしいでしょう」
「187人目の娘なんだ」
 黒木は冗談をいうような男ではない。
「あの娘、俺の娘ではないんだ」
 何か事情がありそうだが、鏑木は詮索はしない。
「あの娘に父はいない。俺は式当日だけの雇われお父さんだ」
「きょうは?」
「オプションの『嫁入り前日の娘と父』ごっこだ」
 鏑木が水割りのおかわりを作った。オールドのボトルが空になった。
「俺も来月で70だ。『花嫁の父』をやるには少々無理な歳になったよ。50代でリストラされて、この仕事始めたがもう終わりだ」
 黒木は空になったグラスを静かに置いた。
「それじゃ、マスター。お元気で」
 黒木が店を出ようとする。客の詮索をしない鏑木だが、思わず聞いてしまった。
「黒木さん、お子さんは」
「娘がいるよ。ずいぶん会ってない。もう40近いはずだ。もしまだ独身なら、こんどは本番をやるよ」
  
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岩田にも困ったもんや

 しっかし、まあ、なんですなあ。岩田にも困ったもんですな。前回の対巨人戦に坂本に1発打たれたんの繰り返しやないの。
 前回のテツを踏まんようにしよ思うたら、6回が終わった時点で替えたらええねんけど、困ったことに、それまでノーヒットピッチングやないの。そんなピッチャー替えられへんやんか。だれが見てもありゃ完投完封ペースやないの。ところが7回になって初めてヒットをゆるす。そのヒットが逆転のスリーラン。結果論やけど、7回の先頭打者に四球出した時点で替えるべきやったな。
 ところで、巨人が優勝したそうで。巨人ファンのみなさんにおかれましては、まことにおめでとうございます。
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