4月9日(水)に中国に戻り、翌日の早朝から大学の教室に向かった。亜熱帯地方・福建省にある大学構内は、若葉・新緑の季節となっていて落葉樹は黄緑色の若葉の季節。針葉樹の森も若葉を芽吹かせていた。大学構内の樹木の8割余りを占める常緑樹もまた、葉の3分の1ほどは冬の間に古い葉を落として、この季節に黄緑色の若葉を茂らせ始めている。
二十四節気(紀元前4世紀に、中国の華中(河南省)で発明・作成された。)では、今年の「春分」の日(昼と夜の長さがほぼ同じとなる。本格的な春の始まり。)は3月20日、「清明」の日(花々が咲き春らしくなる。)は4月4日。4月中旬の今の季節でもある。そして、あと5日間ほどで「穀雨」の日(春の雨で穀物が潤う。この時期に種を蒔くと、雨に恵まれよく育つ。)、5月5日には「立夏」の日(暦の上では夏の始まり。)。
亜熱帯地方の福建省では、日本の京都などより季節の花々(日本の京都と同じ花)は1か月間ほど早く咲き、そして枯れていくようだ。今、ツツジの花は色あせはじめ花が落ち始めている。(ツツジの花は京都では5月上旬ころが見頃となり、中旬を過ぎると色あせて枯れていく。)
この季節、ちょっと遠目から見ると一見、桜並木のようにも見えるバウヒニアという名の亜熱帯樹木の花が満開に咲いている。この花は淡いピンク色が多いが白い花の樹木もある。香港の象徴の花とされ、香港の紋章ともなっている花だ。
この季節、高木に赤い花を咲かせる亜熱帯の花(名前?)。ここ福建省・福州では街路樹としてもけっこう多い。
藤(フジ)の花が今は満開。ハイビスカスも満開となり始めた亜熱帯地方の「清明」の季節。藤の花も京都では5月上旬から咲き始め、中旬には満開となる。
8階にあるアパートの部屋から見える福建師範大学構内の小高い山の森の樹木も新緑の季節。いつもこの景色を見て心安らぐ。真下(ました)に見える「趙氏宗祠(ちょうし しゅうし)」。昨年の11月から全面改修が始まり、屋根瓦の取り換え、壁の塗りなおしなどを経て、この4月上旬にほぼ改修が完了し美しい姿となった。
これは「趙」という姓の、ある一族たちの祖先を祀る廟(びょう)の建物である。おそらく百数十年前以上前の清朝の時代に建設された建物かと推測される。建物の最も奥まった場所には宗祖の祠の一角がある。
毎年4回ほど、この廟に一族の人たち数十名が集い、祖先に祈りを捧げ、大量の料理を作り酒宴が開かれている。『中国の宗族と祖先祭祀』という書籍の表紙帯には、「宗族は血縁団体として中国社会を特徴づけ、今も華僑や中国企業の背景では健在である。」と書かれている。
中国の長い歴史で、この同じ宗族(一族)の人々は、生きていく上での相互扶助で暮らしを支え合う特に重要な血縁団体だった。1949年に中国共産党政権となって70年以上の歴史を経る中でも、この宗族(一族)の祈りや団結、相互扶助は消えることなく続けられ現在に至っている。生活、進学、就職、金銭の貸し借りなどの相互扶助は、この宗族(一族)や幋(はん)[友人や仲間たちの団体]などを頼りにしていることは、日本社会以上に強く、そして現在でも脈々と続いている。このような宗族(一族)や幋のつながりを大切に守っているのは、日本に比べて中国の歴史がとても生きる上で厳しい歴史を持ってきているからと思われる。
4月14日(月)の午後の担当授業(特別講座)を終えて、大学正門近くのバス停からバスに乗った。一見、桜並木のようなバウヒニアの街路樹を通り、次のバス停で乗り換えのために下車。木製の天秤に荷物をぶら下げた高齢者の男性が立っていた。おそらく、ある路上での物売りのための荷物なのだろう。アパートのある団地の入り口付近で、これも高齢者の農民工たち(地方からの出稼ぎ労働者)が8人ほど集まって賭けトランプを楽しんでいる。中国では、元公務員や元軍人以外は、日本に比べても年金がとても少ないので、高齢者になっていても生きていくことは大変だなあといつも思う。
団地内の路上で焼き物の食べ物を作っている高齢の男性。今晩の夕食に「梅花小‥」というものをこの人から買った。(11元=220円) アパートのある団地棟の近くの枇杷(びわ)の実が、まだ緑色だが大きくなり始めていた。
そして、桑の実がちよっとだけ色づき始めてもいる。近所の果物店にはスイカ、パイナップル、そして、枇杷など夏の果物も売られ始めている。今週の毎日の最高気温は27℃~32℃。最低気温は18℃余りと、亜熱帯地方の福建省福州は、もう初夏の季節となってい。
■二十四節気は、中国中部の河南省で作られた。このため立夏(夏の始まり)は5月5日。この河南省よりも南方にある亜熱帯地方の福建省は、夏の始まりはその河南省よりも半月余りは季節的に早くなる。そして、5月上旬から10月下旬までの半年間は、30℃以上から40℃の、湿気も猛烈に強い真夏日が続く。(35℃以上の猛暑日は4カ月間ほどもある。この4か月間余りの季節を人々は「悶熱」[メンロウ]、悶絶しそうな湿気と暑さの日々と言う。この亜熱帯地方の福州の夏と比べると、京都などの夏は涼しく感じてしまうのだ。)
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます