10月27日(金)早朝、アパート近くの41番始発バス停から乗車。この日、福建師範大学の女子学生たち20人あまりがが続々と乗り込んできた。舞踏サークルの学生たちだろうか、全員が「目と眉の間に赤いラインメーク」を施していた。この日に新キャンパスの方で発表があるのだろう。閩江大学に着くと大きな看板が南門近くに2つ立てかけられていた。「TPPと中国FTAを比較する」という内容で、おそらく中国FTAの優位性を講演するのだろう。対外経済貿易大学の伏軍教授の講演となっていた。もう1枚は「美術学部学生、就職説明会及び企業説明・面接会」。
大学構内のブーゲンビリアが咲き誇る。午前8時半から午前中いっぱい4時間の授業を終えて、研究室の方でカップラーメンの簡単な腹ごしらえをし少し休む。午後2時から始まる授業に向かう途中、大学構内の工事関係の仕事に来ている男性たちが、藤棚の下で昼寝をしていた。この日の日中最高気温は33度くらいだろうか。
この日、夕方にアパートに戻りシャワーを浴び、急いで日本に一時帰国するための荷物作りに取り掛かる。29日(日)に親戚の結婚に伴う「親戚同士の顔見世会(披露食事会)」に参加するため、この日の帰国となった。1週間前の10月21日(土)頃、大型台風21号が日本列島各地に大きな被害をもたらしたばかりなので、しばらく台風は日本列島には来ないだろうと思った。しかし、23日(月)に「フィリピン東方の太平洋上で新たに台風22号が発生」というニュースが飛び込んできた。しかも、28日(土)には「関西国際空港付近の和歌山県に上陸」という進路予想が示されていた。「これは困った、日本に戻れないかもしれないな」と気持ちが少し落ち込んだ。
その後の26日(木)朝の報道では、台風の進路がやや北西の沖縄方面を迂回するため、28日(土)夕方には 台風はまだ奄美大島付近との進路予想が発表されたので、「帰国できるかもしれない」と胸を少しなでおろした。
28日(金)の夜9時頃、アパートを出てタクシーを拾い、3日前に学生に頼み予約してもらっておいた「如家酒店」という全国チェーンのビジネスホテルに向かい9時半ころ到着。翌日、空港行の午前5時始発バスに乗るために、この日 バス停ちかくのホテルに宿泊が必要だった。
部屋のテレビを付ける。「不忘初心継続前進」という中国共産党大会関連の映像が映し出されていた。「日中戦争当時」の「反日ドラマ」も放映されていた。中国共産党軍と「国民党軍」や「日本軍」との戦いのドラマは 今日でも毎日多くのドラマが放映されている。
日本軍将校を演じているのも、そのほとんどが中国人俳優だが、かなり訛りの激しい かたことの日本語でしゃべる。顔つきも「鬼子日本」の冷酷な形相であることが多い。
夜11時ころに眠りにつき、翌朝3時半ころに目覚め、4時半ころに部屋を出た。部屋のドアの外側に名刺大の「性サービス」のカードチラシが置かれていた。ホテルの従業員が置いたのだろう。「幼師 学生妹 乗務員 俊男―安全・方便―24h小時―各種性感90後 兼職美女」と書かれていた。「俊男」とは、見目麗しい美男子という意味だろうか。ホテルによって違うが、中国のホテルに泊まると、このようなカードが部屋ドアの下に置かれていることが時々ある。
空港行バスに乗り、6時過ぎに到着。空港の外にある喫煙所でタバコを吸っている女性を見かけた。4年前には見かけることがほぼなかったが、少しずつだが女性の喫煙も増えているのかもしれない。空港内の小さなキオスクに行くと、東野圭吾の書籍がたくさん平置きされていた。6〜7冊はあるだろうか。東野圭吾はここ数年、中国では最も読まれている作家の一人かと思う。稲盛哲学(稲盛和夫・京セラ会長)の書籍もあった。彼の講演会などには、たくさんの人が聞きに来る最近の中国。金儲けばかりに向いていた中国社会の企業経営者がそのことに行詰まりを感じ、稲盛さんが掲げる「家族主義」的経営哲学の講演を聞きに来る。これも社会の一つの変化でもある。
中国国家地理という雑誌がある。なかなか優れた雑誌なので、時には買うことがある。チケットカウンターで、「今日の上海12:20分発関西空港行のこの飛行機便は飛びますか?台風の影響で飛ばないということはありますか?」と問い合わせると、「飛ぶ」とのことだったので、とても安心した。7時55分発、福州➡上海浦東空港行の飛行機(中国東方航空)がほぼ定刻通りに出発した。
1時間20分ほどで上海浦東空港に到着した。この空港は、世界一の規模ともいわれる北京空港に次いで巨大な空港だ。福州空港で預けた「機内預入荷物」が万が一ここで取らなければいけないかもしれないので、荷物が出て来る場所に行き荷物をチェックしたが出てこなかった。関空まで同じ航空会社なので、運ばれるようだ。一安心する。そこで、まずはタバコを吸いに空港外にいったん出て吸う本をため吸い。再び、第一ターミナルに、荷物検査を受けて空港建物内に入る。
ものすごい数の乗客が出国検査を受けていた。何列もある長蛇の列に並ぶ。この空港は、欧米系からアラブ・アフリカ、そして東南アジアの乗客がとても多く目につく。日本人も多い。日本人と中国人との見分けは、髪型・服装・化粧の仕方などで一瞬にしてこのごろは分かる。さらに、荷物検査場に進む。出国検査と荷物検査で合わせて1時間ほどを要した。関西空港行き12時25分まではあまり時間がなくなってきた。ようやく、出発ロビーに行くと、なんと空港内に喫煙場所があるではないか。あまり時間はないが、とにかく一服に走る。
50分近くの遅れで、関西空港に向けて飛行機が飛び立った。2時間と少しで午後4時すぎに日本に着陸。久しぶりに家に帰った。家でテレビを見てみると、問題の台風は「29日(日)の夕方、近畿の紀伊半島に上陸」との予報だった。一日ずれていれば、上海からの飛行機便は欠航だっただろうから、日本に帰ることができなかった。やれやれだったなと思う。
翌日29日(日)、早朝から激しい雨が降る一日となった。正午から京都市内のホテルで開催された、「結婚・親戚相互顔見世の披露宴」に中国から一時帰国し参加することができた。
閩江大学は11月1日(水)から3日(金)まで、大学体育祭のため授業が休講となる。このため、5日(日)の夕方に関西国際空港発の直行便で中国福州に戻る予定。10月31日(火)の1回生と3回生の授業を休講措置としたので、中国に戻ったら近日中にその補講をしなければならない。