1900年から1948年までの約50年間は、中国は混迷を極めた時代であった。女帝の西太后の死を最後に清王朝が完全崩壊し、孫文を中心とする国民党、軍閥、中国共産党、そして日本軍が、中国各地での覇権をめぐって戦いが繰り広げられた。1925年に孫文が死去すると、蒋介石の国民党軍と共産党の対立が激化し内戦が大規模に繰り広げられた。中国共産党軍は、福建省に近い江西省や湖南省を主要拠点とし、国民党軍に抵抗するが包囲されて、ついに1万キロ以上にわたる「長征」を経て北方の黄土高原にある「延安」に中心拠点地を移し、日本軍や国民党軍に抵抗することになる。今回の最初の研修地「井岡山」は、江西省と湖南省を中心とした共産党の中心根拠地であった。1000m以上の山岳地帯にあるこの根拠地は、広大なエリアを有していた。中国各地からの観光客や研修団体などが、たくさんの人が訪れていた。中国の青海省に所属する中国軍(100人ほどの部隊)も、中国共産党軍の当時の制服に身を包み、訪問研修を実施していた。
18日の午後1時より、バスで湖南省の「韶山」に向かう。午後9時に宿舎ホテル「韶山賓館」にようやく到着。この「韶山」は、毛沢東の生家があるところとして、有名な地らしい。「韶山賓館」は、歴史ある超有名ホテルらしく、歴代の国家主席などの主要要人が宿泊した時の写真がずらりと飾られてあった。胡錦濤や習近平の宿泊写真もあった。
翌日、毛沢東の生家とその周辺に行く。毛沢東の家は、「中農家」だったようで、結構大きい。平日にもかかわらず多くの観光客や小・中・高校生が訪れていた。また、周辺地域には、毛沢東が「文化大革命」の指揮をとった中央政府の建物群などもあり、当時の部屋群(執務室・寝室・娯楽室・トイレ・浴室・防空壕など)が参観できる。毛沢東像のある中央広場で、私達外語人教師がこの像に献花する式典が行われた。この研修旅行には、ずっとテレビ局員が同行していたので、この場面も含めて、ニュース番組等でテレビ放映され宣伝に使われるのだろう。複雑な心境だ。
午後3時ころに、湖南省の省都「長沙」に向かう。長沙市を流れる川の巨大な中州(柚島公園)には、スフィンクスのような毛沢東の像があった。夜には、「火宮殿」という長沙一の超有名店で晩餐。長沙に住んでいる旅行社のガイドさんも、ここには初めて入るとのこと。かなり辛いが、中国に来て以来初めて、中国料理がとても美味しいと思った。
夜は、長沙市内の普通のホテルに宿泊し、最終日の翌日は、湖南大学や隣接する岳麓書院(湖南大学の前身で、歴史ある巨大な建物群)を見学した。昼食後、廈門(アモイ)大学など福建省中南部の大学から参加している約半数の教員は、長沙飛行場に向かう。福建省北部から参加している教員は、午後3時から自由行動。日本人教師たちを誘って、念願の城址を訪れた。そして、夜の11時半に飛行機で福州に向かう。翌日朝から授業が待っていた。
今回の研修旅行で一番の収穫は、福建省の大学(93の大学がある)の日本語専家教員たちとの親交を深め、いろいろな情報交換などができたことだった。また、福州市内以外の中国の様子を見聞できたこともよかった。そして、中国近・現代史に関する学習ができたこと。
18日の午後1時より、バスで湖南省の「韶山」に向かう。午後9時に宿舎ホテル「韶山賓館」にようやく到着。この「韶山」は、毛沢東の生家があるところとして、有名な地らしい。「韶山賓館」は、歴史ある超有名ホテルらしく、歴代の国家主席などの主要要人が宿泊した時の写真がずらりと飾られてあった。胡錦濤や習近平の宿泊写真もあった。
翌日、毛沢東の生家とその周辺に行く。毛沢東の家は、「中農家」だったようで、結構大きい。平日にもかかわらず多くの観光客や小・中・高校生が訪れていた。また、周辺地域には、毛沢東が「文化大革命」の指揮をとった中央政府の建物群などもあり、当時の部屋群(執務室・寝室・娯楽室・トイレ・浴室・防空壕など)が参観できる。毛沢東像のある中央広場で、私達外語人教師がこの像に献花する式典が行われた。この研修旅行には、ずっとテレビ局員が同行していたので、この場面も含めて、ニュース番組等でテレビ放映され宣伝に使われるのだろう。複雑な心境だ。
午後3時ころに、湖南省の省都「長沙」に向かう。長沙市を流れる川の巨大な中州(柚島公園)には、スフィンクスのような毛沢東の像があった。夜には、「火宮殿」という長沙一の超有名店で晩餐。長沙に住んでいる旅行社のガイドさんも、ここには初めて入るとのこと。かなり辛いが、中国に来て以来初めて、中国料理がとても美味しいと思った。
夜は、長沙市内の普通のホテルに宿泊し、最終日の翌日は、湖南大学や隣接する岳麓書院(湖南大学の前身で、歴史ある巨大な建物群)を見学した。昼食後、廈門(アモイ)大学など福建省中南部の大学から参加している約半数の教員は、長沙飛行場に向かう。福建省北部から参加している教員は、午後3時から自由行動。日本人教師たちを誘って、念願の城址を訪れた。そして、夜の11時半に飛行機で福州に向かう。翌日朝から授業が待っていた。
今回の研修旅行で一番の収穫は、福建省の大学(93の大学がある)の日本語専家教員たちとの親交を深め、いろいろな情報交換などができたことだった。また、福州市内以外の中国の様子を見聞できたこともよかった。そして、中国近・現代史に関する学習ができたこと。