彦四郎の中国生活

中国滞在記

祇園祭 [後祭] の頃❷—息子の結婚に向けて、「相手方の親御さん」と初めて会う—

2016-07-28 04:02:09 | 滞在記

 祇園祭(後祭)の山鉾巡行の最後尾「大船鉾」が、四条河原町を曲がり(辻回し) 四条通りを西に向かって進んで行った後に、総勢1000人あまりの「花笠巡行」が 八坂神社に向かって戻って来た。「花笠巡行」は いつ見ても華麗で美しいので楽しめる。

 この日の京都市内も暑かった。この日は大事な行事があった。息子が10月16日に結婚することになった。相手方(娘さん)の御両親と初めて会って 挨拶をかわす日であった。約束の場所と時間は「祇園の『花咲』で12時半」。

 暑いので南座(歌舞伎)にほど近い茶店の喫茶室に入り、凉をとる。この喫茶店の庭の方に「喫煙可能な小さなテーブル席」が2つあった。なかなかいい場所を見つけたと思った。小さな庭と木、そして建物の配置が絶妙ですばらしい空間だ。「これぞ京都の一つ!」という空間だった。
 八坂神社近くの「花見小路」界隈にある、「花咲」に向かう。海外からの観光客も とても多いエリア。中国からの観光客も 町並みを観光していた。最近、中国からの観光客は、「日本の自然や文化」を知る・体験するということに観光の目的が変わってきているように思える。「店の暖簾(のれん)」をくぐる場面を何回も写真撮影してもらい、最もいい写真を求める中国女性の様子も見られた。
 息子の結婚相手の親御さん(両親)、息子と娘さん、そして 私と妻の6人が 一堂に会して 挨拶を交わした。「これから、どうぞよろしくお願い致します。」乾杯をしながら会食。相手方の家は、京都市内の北にある「岩倉」で、14代以上続く旧家の伝統を引き継ぐ家とのことだった。8月22日に「結納」の式をとりおこなうこととなった。

 午後2時頃に「会」が終わってから、八坂神社に行ってみた。着物や浴衣を着た外国人観光客が多くみられる。日本人と中国人は ほぼ顔が似ているので みわけが付きにくいが、「眼鏡や髪型、化粧の仕方」などによって ほぼ 日本人か 中国系の人かが 瞬時にわかるようになった。この夏の京都は、日本人より外国人の着物姿の方が多いように思える。午後3時頃に、祇園界隈を後にして、自宅に戻って 眠ることにした。
 午後7時頃に自宅で目覚めて、後祭の「還幸祭」を一人で見に行くために自宅近くでバスに乗る。時刻より2〜3分早く到着したバスの運転手の「毎度 御乗車ありがとうございます。このバスは少し早く当地に到着していますので、少々 出発待ちを致します。」とのアナウンス。「時刻表のバス時刻まで待つ」というこの様子に、中国とまったくちがう 乗客に対する諸配慮というものに改めて 感嘆する。
 祇園に8時頃に着く。お腹が空いたので「一銭洋食」の店に入って食べた後、八坂神社に向かう。「還幸祭」は午後8時ころから始まると思っていたが、近くの煙草屋のおじさんに聞くと午後10時ころらしい。

 待つこと1時間半あまり。浴衣姿で男に寄り添う女性と浴衣姿の男性のカップルの姿がとても美しかった。日本人という民族は、着物や浴衣がとても似合っている、美しく見えるとつくづく感じる。特に「浴衣」はあらゆる民族の人が着ても よく似合って美しいから不思議だ。

 午後10時ころ、3基の「神輿(みこし)」が 祇園祭の本社である「八坂神社」に戻ってきた。7月1日から始まった「祇園祭」は、あと1週間後の7月31日に 今年も終わる。





祇園祭 [後祭] の頃❶—大船鉾の龍—

2016-07-28 03:56:16 | 滞在記

 7月22日(金)、祇園祭の後祭の宵々山に行った。後祭に登場する鉾と山の合計は10基。先祭の23基に比べて少ない。宵々山の人出も先祭に比べて とても少ない。しかし、人が少ないだけに ゆっくりとした「祇園祭」本来の ほのぼのとした風情を感じることができる。
 毎年 何本かの「手拭い」を買い求めるが、今年は2つの「山」で手拭いを買った。暑い夏を乗り切るのに手拭はとても助かる。

 宵々山の鉾や山のある場所から、鴨川のある東方面に 一人で町を歩く。静かだが いろいろな飲み屋で楽しんでいる人達や 町を そぞろ歩きする外国からの観光客の姿も多い。最近 京都でも増えてきた「立ち呑み屋」。若い女性の客も多い。

 高瀬川の小さな流れに来ると、金曜日とあって 人も多い。会社の人達の集まりだろうか 店から白いカッターシャツを着て黒い鞄をもった 仕事帰りの集団が出てきた。この光景、日本的だなと感じる。
 学生時代からの行きつけの 先斗町にある民謡酒場「みちのく」に立ち寄る。「おもてなし」とロゴの入った割りばしがなかなかいい。
 これも学生時代からの行きつけの「ラーメン屋」にて、お腹を満たす。四条木屋町の小さな橋の上で、浴衣のような着物を着た若い女性が「クラッシック声楽」の歌を歌っていた。いわゆる路上ライブだが、伴奏なしのでの「クラッシック声楽」というのは珍しい。四条大橋から三条大橋にかけての川沿いの河川敷には、夜の10時半だというのに まだ大勢の人が 等間隔に 川面に座って 夜を過ごしていた。

 翌々日の7月24日(日)、祇園祭の[後祭]の当日となった。午前11時頃に、山鉾巡行を見に「四条河原町」に行った。大勢の見物の人たちで溢れていた。巡行の最後尾に「大船鉾」がやってきた。今年初めて新調された「龍の頭」が見事だった。
 なにか、先祭の先頭を巡行する「長刀鉾」と後祭の最後尾を巡行する「大船鉾」の二つを見ないと 何かがたりないような落ち着かない気持ちとなるのは、どうしてだろう。
 




狐(きつね)の家族を見る—これは名作だな、林芙美子『浮雲』と相場英雄『ガラパゴス』—

2016-07-25 19:19:45 | 滞在記

 私が住んでいるところは、京都市から流れてくる「桂川」、琵琶湖から流れて来る「宇治川」、三重県から流れてくる「木津川」の3つの川が合流する「三川合流」地の近くにある。この三川合流地域には、かなり広い 自然の「河川敷」がある。堤防の土手からは、京都市内の背後にある「愛宕山」や「比叡山」や「東山」「西山」「北山」などの、京都市を囲む山々が見える。そして、天王山や男山が見える。

 この河川敷に狐(きつね)の家族が住んでいる。この周辺で狐の群れを初めて見つけたのは、もう十数年も以上前になる。本州・九州などに生息する「ホンドキツネ」という種類のキツネ。私はキツネが大好きだ。ホンドキツネは山林にも生息するが、河原をより好んで生息するという。自然の木々や草原がある広い河原の土手のような場所に巣穴があるようで、巣穴の中からは 何か所も 出口を作るようである。ここのキツネの家族は、全部で4匹のようだ。キツネは 主に夜行性で、太陽が登り始めると巣穴へと戻って行く。カメラを持って行ったこの日は2匹しか見ることができなかった。3〜4匹が固まって 子ギツネどうしが じゃれ合ったりして過ごす家族団らんの姿はほほえましい。

 中国にいる6月ごろから読んだ本の中で、「これは名作だな。心にじんわりと浸みて来るし、しかも面白いなあ。」と思った本が2冊ある。一冊目は 林芙美子の『浮雲』。林芙美子の本としては、『放浪記』が有名だが こちらの方は まだ読んでいない。『浮雲』は、彼女の人生を かなり投影している文学作品だと思うが、ストーリ性といい 人間への洞察といい 男女関係のはかなさといい 日本近現代文学の中でも かなり優れた作品の一つだと思った。
 東京の「下落合」に、東京大空襲でも焼け残った 彼女の住まいが記念館としてあるらしい。一度 行ってみたいと思った。

 もう一つの本は、相場英雄の『ガラパゴス』。読後、「ついに このような社会性のある「推理小説」が誕生していたのかという驚き」が残った。松本清張の推理小説は 素晴らしいと思うが、清張の作品とは また違った 作風の面白さと素晴らしさがある作品だった。
 日本の労働者の40%が「派遣労働者」などの非正規労働者(非正社員)、60%が「正規労働者(正社員)」という、日本の労働者が置かれている立場。韓国ではさらに50%が非正規、20代〜30代の失業率もかなり高いという。殺人事件と非正規労働者の問題を正面から取り上げた「素晴らしい推理小説」だった。

 相場英雄は現在48才。『震える牛』という作品が前作としてあり、この作品もすばらしいらしい。食品偽装の社会問題をテーマとして扱った推理小説のようだ。この作品は、2012年に発表され、13年には 「wowow」のテレビドラマとして放映されたようだ。(※三上博史・小林薫・吹石一恵) また、『血の轍』という作品も「wowow」でドラマ化されているようだ。

 7月10日(日)に、日本に帰国し 夕方に自宅に帰り 少し休んでから 午後7時半ころに「参議院選挙」の投票に行くことができた。選挙結果は、自民党が参議院で過半数となり、「憲法改正」勢力が大きく増える結果ともなった。外交問題(特に中国を巡る問題への姿勢・対応)、経済・景気回復の問題など、多くの難しい局面をもっている政治状況。世界の政治状況は、とても難しい。特に、中国やロシアの政治姿勢、中東情勢、ISのテロ問題など これからこの世界はどうなってくのだろうという 不安に包まれている。
 アメリカ大統領選挙をめぐる「トランプ」の「自国の利益を最優先し、アメリカを再び強国にする!!」というスローガン。日本の安倍首相の「強い日本を取り戻す!」というスローガン。中国の「国際法判決など 我々は受け入れない。」という政治強行姿勢。ロシアもしかり。世界各国の政治の流れが「悪しき民族主義」となってきている現状。今回の「参議院議員選挙」の結果も、日本国民の多くの人の不安感を反映しているものと思う。
 「正規雇用」をいかに増やして、日々の生活を いかに多くの国民にとって安心してのできるものにするのか。このことがあまり、今回の選挙でも 大きな争点となっていなかったのが残念に思う。外交問題や経済問題とともに、いや最も 国民生活にとって大切な政治問題ではないかと 私は思う。私の中国での3年間の雇用、そして4年目ら入る雇用問題は 1年契約を更新しながらの4年目となる。改めて、「雇用形態」の問題と「非正規労働者」の人たちの大変さを 実感してもいる。

 一連の選挙に関する日本のマスコミ(新聞・テレビなど)の報道の様子を見ていて、「かなり堕落したテレビ報道界」の実態を感じる。安倍自民党政権は、マスコミ対策というものを かなりの 完成度をもって 達成しているという感じがする。この「労働形態」の問題を取り上げたテレビ局は ついに一社もなかったような気がする。



 

学生たち6人が京都に来た—「夏季・セミナー」参加の学生たち—

2016-07-24 07:53:05 | 滞在記

 7月19日(火)、閩江大学3回生の学生達たち6人が京都に来た。彼らは7月6日に来日し、2週間の予定で「夏季・短期セミナー」に参加した学生たちである。神戸松蔭女子大学主催の夏季・短期セミナーの最終日の19日、この日は「1日自由行動」となり 彼らは京都に来た。京都駅午前10時30分に待ち合わせの約束。JR電車を利用して神戸からやってきた。「時間通りによくこれたものだね。」と感心する。
 最初に行ったところは「金閣寺」。京都駅からJR「山陰線」を利用して「円町駅」下車。そこからバスで「金閣寺」。金閣寺で「抹茶」を飲む。

 「金閣寺」からほど近い「立命館大学」へ向かう。2年先輩の「立命館大学大学院生」林さんと待ち合わせ。学食で昼食をとり、学内を少し案内する。大学構内にある「院生研究室棟」の部屋に林さんの机もあった。

 立命館大学バス停より59番バスに乗って「出町柳」の鴨川へ行く。幼稚園児たちが水遊びをしていてにぎやかだ。ここで30分ほどを思い思いに過ごす。みんなここがとても気に入ったようだ。都会の川でこんなに美しい川があることにビックリしていた。

 学生の任君が、「ぜひ京都大学を見たいです。」ということだったので、鴨川から歩いて「京都大学」へ行く。京大の中を散策し、吉田神社から吉田山を越えて銀閣寺に向かった。暑い炎天下、吉田山の山越えはきつかった。このコースを選んでしまって後悔した。みんな少し疲れ気味。山を下りた麓に「かき氷屋」がちょうどあったので、みんなで「かき氷」をむさぼるように食べる。
 「銀閣寺」参道の土産物店で中国への土産を探す。「銀閣寺」に入り散策。もう、時刻が4時半。五時に「祇園」にある行きつけの日本小料理店「やげんぼり」を予約してあったので、タクシーを2台使って—タクシーの運転手に「平安神宮や知恩院や青蓮院」などの名所を経由してほしいと頼み—祇園に向かう。午後5時、店に到着。日本料理を体験してもらった。
 午後7時頃に店を出て、京阪電車とタクシーを乗り継ぎして京都駅に7時半に到着。神戸に戻って行った。そして翌日の20日、中国の上海空港に向かう飛行機で中国に戻って行った。
 9月から彼らは4回生となる。「日本近現代文学」という授業で彼らとまた再会することとなる。また、「卒業論文ゼミ」で担当する学生もいる。「再見」。また、中国で。



 

日本の夏—水田・祇園祭(先祭)—学生の番号があった! [立命館大学大学院入試]

2016-07-23 14:02:50 | 滞在記

 自宅の近くにある水田の風景が美しい。日本の都市近郊のどこにでもある風景なのだが---。中国から戻ってから、毎日早朝に1時間ほど散歩をするのが日課となっている。畑に咲いている夏の草花。太陽が昇ると、気温も上がり始める。日本の夏。
 散歩の途中にいつも立ち寄る「地蔵」。地蔵の周りに「セイタカアワダチソウ」が繁っていたので、刈り取る。家族や親しい人・そして自分たちの健康や幸せを ここで願ったりする。もう この地蔵の前で 祈ることを始めて15年あまりが経過した。

 「金柑(キンカン)」の木に白い花が咲いていた。秋に黄色くて甘い実をたくさんつけるだろう。花は一週間ほどで枯れていく。
 7月15日(金)の午後2時、閩江大学をこの6月に卒業した李君の「立命館大学大学院言語教育情報研究科」(9月・秋入学)の入学試験の合否が掲示発表されるので、この時間に大学に行った。彼の受験番号があった。合格だ。よかった、安心した。すぐに、中国の故郷にいる彼に国際電話で知らせた。この半年間、二人で試験準備を入念にしてきた。(※この試験は、海外から試験を受けることが可能な—このような受験制度は 他にはほとんどないに等しいが—試験である。経済的にも非常に負担が少なくなる。)  昨年の夏に合格し9月に入学した林さんに次いで2人目の合格となった。
 9月中旬までに来日し、大学院生としての京都での生活をスタートさせる予定となる。第一次入学手続き・第二次入学手続きなどを 私の方で代行してやることになる。また、アパート探しなども。昨日の大学院の事務担当者の話では、毎年3名程度の海外受験者があるようだが、合格したのは この二人だけのようなので 事務方のほうも 初めての合格ケースということで 入学手続きは初めてづくしとなり 事務方担当者といろいろと相談しながら 手続きを進めてきている。なかなか大変で難しい手続き作業を 昨年に引き続き進めることとなる。
 日本語教育や日本語学に関する日本の大学院としては、ベスト5に立命館大学大学院言語教育情報研究科は入る。(早稲田大学・大阪大学・筑波大学・立命館大学・御茶ノ水女子大学・広島大学などが優れている)
 大学からの帰路、三条大橋のたもとに立ち寄る。暑い一日、水辺を求めて大勢の海外からの観光客も ここにたたずんでいた。とてもいい場所なのだろう。世界の有名な観光都市の中でも、このように都心に けっこう大きな清流が流れている都市はあまりないようだ。山紫水明・千年の歴史・文化をもつ「2年連続・世界観光人気都市NO1」の京都。この都市で日本留学を経験できることは貴重であると思う。

 中国から観光客の5人グループ。女性の二人が「浴衣(ゆかた)」を着ている。川べりで涼みながら、写真撮影に興じていた。

 7月16日(土)、祇園祭(先祭)の宵山(よいやま)に夕方行ってみた。各「鉾や山」の手拭を買いたかったが、あまりにもたくさんの人(翌日の新聞・テレビ報道では32万人の人出)で、進むことも なかなかままならず 早々に帰路についた。

 四条大橋から三条大橋の川べりには、大勢のひとが 座り並んでいた。「京阪電鉄・祇園四条駅」には、帰路に着く大勢の人達で ここもいっぱい。電車に乗り込む列に並ぶが、「押し合い圧し合い・横入り」もなく 整然と乗り込むさまは、日本の「民度」の高さを感じる。

 翌日17日(日)、祇園祭(先祭)の山鉾巡行の日。朝から雨が降っていたが、祇園祭の山鉾巡行は 今までの長い歴史の中で 延期や中止をされたことがないという。「雨天決行、大雨強行」という慣例らしい。だから今日も巡行があるはずだと思い行ってみる。近年は 毎年見ているので、何か これを見ておかないと---という感じかな。

 巡行開始の午前9時ころには雨も上がり、今年も巡行を見ることができた。私の場合「無病息災」とまでは行かないが、「困難や不安」を乗り越えてほしい「家族、親しい人々、私」の それぞれの今後の平安を祈った。そして、「日中双方の国民の幸せと平安あれ。」