「春彼岸 夕陽にそっと 掌を合わす」。京都・出町柳駅近くの寺院門前に書かれた一首の俳句。今年の「春のお彼岸」は、「彼岸入り」が3月18日、「彼岸の中日」が3月21日(春分の日)、そして「彼岸明け」が3月24日となった。そして、今年の京都地方の桜は、「春のお彼岸」に合わせるように、18日開花宣言、24日満開宣言(1952年からの観測史上、最も早い)となった。
3月22日(水)、銀閣寺や吉田山が近い娘の家に、孫たち(2・4・6歳)の世話のサポートに早朝の8時から行った。孫たちが通う幼稚園も春休みに入り、一日中家にいる。娘が、「天気もいいので、哲学の道や南禅寺に桜を見に散歩に行こう」と言ったので、5人で散歩に出かけた。哲学の道に行く途中の「日吉神社」でしばらく過ごす。ここは猿の狛犬があり、椿の名所でもある。白い椿の大木と白い花を咲かせる桜の大木のコントラストが美しい。
この日の哲学の道の桜は、まあ、三分咲き〜五分咲きだったが、たくさんの観光客が訪れていた。そのほとんどが外国からの観光客だった。
哲学の道の疎水べりにある「大豊神社」(ネズミの狛犬)前の桜の大木は、ほぼ満開となっていた。疎水に花笹船を浮かべることを、一人のおじいさんがやっていて、外国人も花笹船を橋の上から落とし、喜ばれていた。
温まったアスファルトの小径の上に、孫たちが体を置いて寝そべっていたら、外国人たちがさかんにカメラで撮影をしていた。途中で、喫茶店に入り、休憩と昼軽食をとる。それからまた歩いて、南禅寺に向かった。寺の縁側で走り廻る孫たち。
25日(土)の午後、京都市内で名刺を作ってもらうために出かけた。三条京阪駅から鴨川沿いに桜並木を歩く。レンギョや雪ヤナギも美しい、春爛漫の京都。
名刺が出来上がるまで2時間ほどあったので、近くの木屋町通りの高瀬川沿いの桜並木を見に行った。ほぼ満開となっている高瀬川の桜。この並木は、五条通から二条通りまでの数キロにわたって続く。居酒屋などの飲食店街にこれだけ桜並木が続くところは、全国でも他にはないかと思う。ここも外国人が多い。
山吹の黄色い花も開花し始めていた。
夕方6時過ぎに名刺を受け取りに行き、再び高瀬川の桜並木を歩く。夕暮れが迫り、赤提灯や飲食店のネオンが灯り始め、なんとも言えぬ、風情を醸し出す。
京都の桜の名所は、数多いが、私にとっての、毎年必ず行っておきたいベスト3は、①高瀬川の桜、②哲学の道の桜、そして、③三川(桂川・宇治川・木津川)合流地にある背割堤の桜となる。来年もまた、この3箇所の桜を眺めることができるだろうか…。今のところわからない‥。桜の咲く季節の国から、後ろ髪を引かれる思いで、明日は異国(中国)へと渡航する。健康不安、中国社会での生活への適応不安(特に中国社会での生活の隅々までに浸透しているIT関連器機への適応)、そして、さまざまな不安を抱えながらの、3年ぶりの中国生活となる。70歳の旅立ちとなった。
さあ、どうなるのだろうか…。どんな展開が待ち受けているのだろうか…。どんな苦労が待ち受けているのだろうか…。どんな喜びが待っているのだろうか…。
3月22日付朝日新聞には、「(岸田)首相キーウ訪問」「サミットにらみ極秘裏」や、「中ロ平和姿勢を演出―米国覇権に対抗」の見出し記事。23日付同紙には、「中ロ首脳"撤退"なき声明発表―ウクライナへ一方的な対話を迫る」の見出し記事。また、28日付同紙には「中国"スパイの疑い"拘束の(日本人)製薬社員巡り主張」「拘束 滞在20年の中国通―日系企業 募る不安—強まる外国人取り締まり」の見出し記事。日中関係が、さらに難しい状況にもなってきている。
今朝、石清水八幡宮の下宮(男山の麓)近くの桜を見る。一本の桜の大木から、枝垂桜と染井吉野の枝があり、それぞれの花を咲かせているものがあった。ちょっと珍しい桜の木。そして、今朝、隣の家から「初物(はつもの)の筍たけのこをいただいたので、さっそく筍料理を作って食べた。中国渡航目前にして、大好きな筍が食べられた。
では、中国に行ってきます。7月1日から大学が夏休みになるので、7月10日前後には日本に夏休み一時帰国ができるかと思っています。9月からの新年度(新学期)からも中国の大学で勤務するかどうかは、今のところ未定ではあります。