天然居士の独り言

主に日記主体のブログです。

トップレス・・・

2023年07月31日 19時13分41秒 | 日記
 今日のニュースを見ていたら、
 『女性のトップレス容認 ベルリン、プールや公園で 「平等性を是」」
 との時事通信の記事を見ました。

 この記事によると、水着の着用を強要された女性から
 「裸になる権利」を求める異議申し立てが相次いだことを受け、
 市民プールの運営団体が2023年3月、
 「誰でも上半身裸で利用できる」と認めたとの事です。

 記事の中で、生まれも育ちもベルリンの30代女性は
 「まず反対する男性はいないでしょう」と冗談を飛ばしつつ、
 「誰にも迷惑をかけていないなら裸で何をしようが問題ない。
  そもそもドイツには『FKK』がある」と語ったとありました。
 FKKは、20世紀初頭、
 工業化や都市化へのカウンターカルチャーとして広がった考えで、
 いわゆるヌーディズムです。
 元々は屋外で裸になることで、
 社会のしがらみから解放された
 「本来の人間」に立ち返る運動だったとの事です。
 現在も多くの水辺やレクリエーションの場に
 ヌーディスト専用のスペースが設けられており、
 脈々と受け継がれているようです。
 胸を露わにするのは、
 個人の判断としても何ら問題がないのかも知れません。

 日本で女性が胸を隠すようになったのは、明治時代に入ってからでしょう。
 幕末から明治時代初頭に日本に来た外国人は、
 裸で働く男女の姿に驚いています。
 例えば、久住守景の国宝になっている「納涼図屏風」では、
 夕顔棚の下で涼をとる親子三人が描かれていますが、
 男性は浴衣を着ていますが、女性は腰巻だけの上半身裸です。
 下記で観られると思います。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%85%E9%9A%85%E5%AE%88%E6%99%AF#/media/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Staying_cool_under_an_arbour_of_evening_glory_detail.jpg
 
 日本では1880年代に明治政府が
 文化・制度・風俗・習慣をヨーロッパ風にして
 欧米諸国に日本が近代化した事実を認めてもらおうとしました。
 断髪や肉食の解禁、混浴の禁止などがありますので、
 その一環だったような気がします。

 僕は、最近はプールに行かなくなりましたので、
 トップレスが日本で認められるようになっても関係ないと思います。
 正直なところ、隠したくない人は露わにすれば良いですし、
 隠したい人は隠せば良いので個人の判断で良いような気がします。

 現在の軽犯罪法では、
 「二十 公衆の目に触れるような場所で
  公衆にけん悪の情を催させるような仕方で
  しり、ももその他身体の一部をみだりに露出した者」と
 定められています。
 女性が胸を露出した場合は、これに該当すると思いますので、
 今のところ、日本では止めた方が良いと思います。

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土用の丑の日・・・

2023年07月30日 19時03分52秒 | 日記
 今日は、土用の丑の日です。
 ご承知の通り、
 土用は旧暦で季節が移り変わる日の立春・立夏・立秋・立冬の
 前18日間のことをいい、年に4回あります。
 このうち夏の土用に入って最初の丑の日が土用の丑の日になります。
 土用の丑の日にうなぎを食べる習慣は
 江戸中期に始まったといわれています。
 起源には諸説ありますが、
 最も有名なのが、平賀源内が仕掛けたという説です。
 夏場は客が減って困っているうなぎ屋に、
 売り上げを伸ばすよい手はないか相談され、「本日 土用丑の日」と
 大きく書いて店先に貼り出したところ、評判を呼んで店は大盛況になり、
 他のうなぎ屋も次々と真似をし、この習慣が広まったというものです。

 しばらく前から、
 街中などで鰻の蒲焼の美味しそうな写真を見るようになりました。
 コンビニなどで予約の募集が始まりましたし、
 スーパーなどでも予約を募っていたようです。
 家に入って来るスーパーのチラシなどでも沢山の鰻の写真を見ますので、
 それを見るだけで食傷気味になってしまいそうです。
 以前は、
 そんなに土用の丑の日のPRを見掛けなかったような気がしますが、
 どうしてこのように土用の丑の日が注目されるようになったのか
 不思議な気がしています。

 ニホンウナギは絶滅危惧種に指定されていますし、
 中国では、ヨーロッパウナギのシラスを輸入して養殖していますが、
 ニホンウナギと同じように
 ヨーロッパウナギも絶滅危惧種に指定されたはずです。
 絶滅危惧種の指定が、採取や流通を禁じていないから、
 このように鰻が大量に出回っているのでしょうが、
 どのようなシステムになっているのか、僕にはよく分かりません。

 同居人がいた頃は、よく土用の丑の日には鰻を食べていました。
 彼女によると、少し値段は高いが、温めてご飯に載せるだけなので、
 簡単だからと言っていました。
 それと同じように、うな重などは簡単に食べ終わってしまいます。
 もちろん食べれば美味しいのですが、
 現在はかなり高価になっていますので、
 何となくコストパフォーマンスが悪いような気がしています。

 今日、鰻を召し上がった方も多いかと思いますし、
 夏の暑さを乗り切るのには良いのかも知れませんが、僕は食べません。
 何となく土用の丑の日は鰻と言う商業ベースに乗るのが嫌なのと、
 とにかく高額なので、チョッと手が出ないと言う感じもありますし、
 一人で高い物を食べても仕方ないとも思うからです。
 鰻にお目に掛かったのは、2021年12月12日に、
 長男たちと東京の上野で食べたのが最後のような気がします。

 今日は宇都宮の最高気温は37度で、今年最高でした。
 僕は、買い物などは午前中に済ませ、
 午後は、エアコンを点けて家に籠っていました。
 いつまでこの暑さが続くのでしょうね?

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ビッグモーター問題・・・

2023年07月29日 19時02分27秒 | 日記
 ここのところ、自動車修理などを行うビッグモーターの不祥事が、
 連日のように報道されています。
 一連の報道を受け、7月25日、
 東京都内で兼重宏行代表取締役社長記者会見を行い、
 辞任する事を表明しました。

 不祥事は様々で、とてもここに書ききれませんが、
 顧客から修理を依頼された自動車にわざと傷を付け、
 損害保険会社に保険金を水増し請求していたことが判明していますし、
 更に、車検も不正があったようで、
 民間車検場の指定を取り消された店舗も出ています。

 こうした問題の背景には、過度なノルマを課し、
 ノルマが達成できないと降格させるような
 人事管理を行っていた事がある感じです。
 ノルマ達成のために、様々な違法な措置が行われて来たような感じです。

 同社は、1976年(昭和51年)1月に、
 山口県岩国市に兼重オートセンターを
 前社長が創業したのが始まりとの事です。
 現在は、資本金4億5千万円、売上高5,200億円(2022年9月期)
 従業員数6000名、全国に300店舗以上を抱える大企業に発展しました。
 販売から買取・車検・修理・板金塗装・損害保険・リースなど、
 自動車に関するサービスすべてに対応する
 「ワンストップショッピング型」の店舗を全国で展開しているとの事です。
 50年余りで、これだけ発展させたのは、
 兼重前社長の経営手腕なのかも知れませんが、
 その経営は、上意下達の完全なワンマン企業だった感じがします。
 しかしながら、上記の記者会見では、様々な不正について、
 経営陣は知らなかったと釈明していました。
 経営のトップとして、いかがなものかと思いました。

 僕の家にも軽自動車があります。
 親父が懇意にしていた自動車修理工場に、車検や修理をお願いしています。
 今の車もその前の車も、その修理工場を通して買いました。
 僕は運転はしますが、車のメカニックについては、全く知識がありません。
 そのため、自動車修理工場を信頼していますので安心しています。
 少し前に、そろそろ車を買い替えようかと思うと社長さんに話したら、
 まだ十分に動きますから、まだ買い替えの必要はないと言われ、
 動くうちは使うのがエコかと思って今も乗っています。
 これがビッグモーターだったらどうなるかかなぁと思いました。

 ビッグモーターの問題、これだけで終わるとは思えません。
 今後、まだ色々な事が出て来そうな気がします。
 是非、徹底的に解明して欲しいと思います。

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岩佐又兵衛・・・

2023年07月28日 18時14分39秒 | 日記
 岩佐又兵衛をどの位の方がご存知か分かりませんが、
 1578年(天正6年)に生まれ、
 1650 年(慶安3年)に没した江戸時代初期の絵師です。
 僕は2009年に読んだ小笠原京の歴史小説「爛漫の時代」で知りました。
 小笠原京は歴史学者の小笠原恭子のペンネームです。
 岩佐又兵衛は、戦国大名の荒木村重の子であると言われています。
 織田信長に村重が謀反を起こしたため、妻子や一族は殺害されています。
 生き残ったのは、村重と又兵衛だけなのかも知れません。

 又兵衛の作品を最初に観たのが2011年12月16日で、
 山種美術館が所蔵する「官女観菊図」でした。
 次に観たのが、2016年5月1日でした。
 この日は、上野の国立西洋美術館にカラバッジョ展を観に行って、
 その足で国立博物館に回り、
 新たに国宝になった「洛中洛外図屏風」が展示されていたので観ました。
 次に観たのが、その年の9月25日で、
 埼玉県歴史と民俗の博物館で川越の仙波東照宮の三十六歌仙絵額でした。
 仙波東照宮に行っても観られないので良い機会でした。
 その次が2017年3月19日で、熱海のMOA美術館が所蔵する
 「山中常盤物語絵巻」12巻を全巻公開するとの事なので行きました。
 その次は、2018年4月15日で、
 日本・東洋古美術研究誌『国華』の130周年を記念した
 「名作誕生 つながる日本美術」でした。
 「洛中洛外図屏風」の他「梓弓図」、「士庶花下遊楽図屏風」を観ました。
 2019年3月27日には、「奇想の系譜展」を東京都立美術館で観ました。
 伊藤若冲、曽我蕭白、長沢芦雪などと並んで
 岩佐又兵衛の絵も「自画像」など何点か出ていました。
 そして昨年11月23日、東京国立博物館が所蔵している展覧会で、
 やはり「洛中洛外図屏風」を観ました。
 どうも又兵衛の「洛中洛外図屏風」とは
 縁がある感じで何度も観ていますが、
 展覧会で観るのは混雑している事もあり、じっくり観た気がしていません。

 何故、岩佐又兵衛について書いて来たかと言うと、
 先日来、文春新書の辻惟雄さんの「岩佐又兵衛」を読んでいたからでした。
 この本、参考のために多数のカラー図版が載っていました。
 「洛中洛外図屏風」や「山中常盤物語」など
 場面を拡大して載せられていました。
 新書版なので図が小さいため、拡大鏡で観ながら読んだので、
 時間が掛かりましたが、
 体系的に岩佐又兵衛について述べていて勉強になりました。

 作者の辻惟雄さんは、日本美術史の専門家です。
 その著書『奇想の系譜』などで、
 従来の美術史ではあまり評価されていなかった
 岩佐又兵衛、狩野山雪、伊藤若冲、曾我蕭白、長沢蘆雪、歌川国芳などを
 「奇想の画家たち」として取り上げたことで
 江戸絵画の再評価を促し、日本の美術史に大きな影響を与え、
 特に1990年代以降の若冲ブームの立役者となったとの事です。
 上記の2019年3月の「奇想の系譜展」は、
 辻さんの著作を踏まえたものだったのですね。
 それに驚いたのも、日記に書いた理由です。
 出来れば「奇想の系譜」も読んでみたいと思いました。

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避暑・・・

2023年07月27日 18時50分40秒 | 日記
 今日も暑かったですね。
 宇都宮は36,5度との事でした。
 考えたら、僕の体温とほぼ同じですね。
 全国的には、体温以上の気温の所も多かったようです。
 大阪府の枚方市では39.8度だったとの事で、
 今年の最高気温だったそうです。

 今朝起きた時から暑かったですが、
 午前中は何とかエアコンを点けずに、本を読んだりしていました。
 エアコンを入れて本を読んだりしたら眠くなってしまいますからね。

 お昼近くなって、さてどうしようかと思いました。
 備えてある冷凍食品で大丈夫だとは思ったのですが、
 そうなると1日家に籠る事になってしまいそうです。
 それで勇気を出して食べに行く事にしました。
 どこに行こうかと思ったのですが、
 馴染みのワンコインランチは、ママさんの体調不良で今週は休みです。
 昨夜、あるSNSの日記に牛丼屋に入った女性の話が載っていました。
 しばらく行っていないので、牛丼屋に行って来ました。

 食べ終わって表に出たら、クラクラするような暑さです。
 暑い家に帰るのも躊躇われたので、
 たまにパチンコ屋に行って涼んで来るかと思いました。
 僕が行っても行かなくてもパチンコ屋の冷房は関係ないでしょう。
 正にクールシェアだなぁと思いながら行った次第です。
 念のために書いて置きますが、
 パチンコ屋に行くために家を出た訳ではありません。

 パチンコを始めて少ししたら、当たりが来ました。
 初めてやる機種だったので、よく分からなかったのですが、
 当たりが続きました。
 結局、福沢さんがお二人ほどいらっしゃいました。
 暑い時にパチンコ屋に入ると
 身体と共に懐も冷えて避暑の効果があるのですが、
 今日は身体は冷えましたが、懐が温まってしまいました。
 しばらくぶりで行ったパチンコ屋に
 申し訳ないなぁと言う気になりましたが。

 帰り道、やはり暑いのに閉口しました。
 これは懐が温かいせいかと思い、冷たい物を食べようと思いました。
 何が良いかと思っていたのですが、
 やはりSNSで、別の方ですが、
 シロクマを食べた話があったのを思い出しました。
 しばらく食べていないと思いコンビニに寄って買って来ました。
 久しぶりに食べたシロクマ、美味しかったです^^

 午後5時頃から夕立になりました。
 結構激しく降ったので、今夜は涼しくなりそうです。

 今日の儲けで、エアコンを少し余計に使っても大丈夫でしょうから、
 明日も暑ければ、
 午前中からエアコンを点けても良いかなぁと思っていますが。
 
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文星芸術大学附属高校・・・

2023年07月26日 19時17分42秒 | 日記
 昨日、夏の甲子園の栃木県予選の決勝が午前10時からありました。
 作新学院と文星芸術大学附属高校との対戦でした。
 作新学院は、春の甲子園に出場し、ベスト8まで進んでいます。
 昨年は、栃木県代表は国学院栃木が出場しましたが、
 その前は10年連続して作新学院が出場しています。
 そんな事から作新学院が出場するかと思っていました。

 昨日は、鬼怒川温泉のチョッと先で会議がありました。
 会議は午前10時からでしたから、
 決勝は観られないかも知れませんが、
 あるいは最後位観られるかとも思っていました。
 会議が終わったのが午前11時30分頃でした。
 家までは概ね1時間程度ですから、急いで帰れば良かったのですが、
 何故か忘れてしまって、
 途中でお昼を食べたりしてノンビリ帰って来ました。
 家に着いた時に思い出して、テレビを点けましたが、
 表彰式が行われていました。
 そして、文星芸大附属が優勝したのに驚きました。

 試合は、前半から文星芸大附属が押し気味に進め、
 8回裏が終わった時には、
 5対1で文星芸大附属がリードしていました。
 9回表、作新学院が粘りを発揮して4点を挙げて追い付きました。
 しかし、9回裏、文星芸大附属にサヨナラホームランが出て決まりました。
 お昼など食べずに帰宅したら
 最終回の攻防を観られたかも知れないと思いました。

 文星芸大附属高校は、以前は宇都宮学園との名称でした。
 1961年(昭和36年)以来、夏の甲子園に10回出場していて、
 今回は11度目になりますが、作新学院の10連覇などがあったので、
 出場は16年ぶりになります。

 文星芸術大学は、1999年(平成11年)に開学した大学です。
 2005年に美術学部にマンガ専攻を設け、
 「あしたのジョー」などで知られた、ちばてつやさんが教授になりました。
 ちばさんは、2019年4月に学長に就任しましたが、
 昨年3月末に退任しています。

 文星芸術大学附属高校は、2003年4月に宇都宮学園から改称しましたが、
 その後も2度ほど夏の甲子園に出場しています。
 1988年(昭和63年)には、ベスト4まで進んでいます。
 これを超える事が出来るでしょうか?

 今年の各都道府県の予選では、
 甲子園の常連校と呼ばれる強豪校の敗戦が多いとの話があります。
 まだ全部の顔ぶれが決まっていませんが、
 ここ数日で出場を決める高校が出て来るでしょう。
 どんな大会になるでしょうね?

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無着成恭さん・・・

2023年07月25日 18時38分01秒 | 日記
 ここのところ著名人の訃報が続きました。
 昨日、作家の森村誠一さんが90歳で亡くなったとのニュースがありました。
 僕は何冊か作品を読んでいますが、森村さんご性格なのでしょうか、
 真面目過ぎる感じがして、余り好きにはなれませんでした。
 しかし、1981年のドキュメンタリー「悪魔の飽食」は、
 第二次世界大戦中の731部隊の存在を知らしめた傑作だと思っています。
 数日前、731部隊の「職員表」が、
 国立公文書館で見つかったとのニュースがありました。
 これで同部隊の実態解明が進むかも知れません。

 昨日はまた、僧侶で教育者の
 無着成恭(むちゃく せいきょう)さんの訃報もありました。
 7月21日に96歳でお亡くなりになったとの事です。
 生活綴方の記録「山びこ学校」の編者で、
 TBSラジオ「全国こども電話相談室」の回答者を長年務めていました。

 僕が無着さんを知ったのは「電話相談室」でした。
 この番組をご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、
 1964年7月13日、長時間ワイド番組『オーナー』の
 1コーナーとして放送開始され、1966年10月から単独番組となって、
 放送時間の変更・移動はありましたが、
 2008年9月28日までの44年3か月間にわたって続いた長寿番組です。
 僕が聴いていたのは、学生時代の1971年頃から73年位まででした。
 その頃、僕は間借り生活をしていて、テレビを持っていませんでした。
 専らラジオでしたが、
 高校時代に聴いていた深夜放送のパックインミュージックの流れで、
 TBSラジオを中心に聴いていました。
 永六輔が好きで、「誰かとどこかで」を聴いていた事もありました。
 多分、永の話から電話相談室を聴きだしたような気がします。
 放送が平日の午後4時頃からでしたが、
 大学が休みだったり早く帰った日などに聴いていました。

 無着さんは、東北弁のままの朴訥とした語り口で、
 真剣に子どもたちに向かい合おうとする誠実さが
 現れているような感じがしました。
 子どもたちの鋭い質問に
 回答者が困ってしまう事もあったような気がします。

 日記を書くのに調べていて、
 電話相談室に出ていた人のリストがありました。
 無着さんの他に、永六輔、荻昌弘、大橋巨泉、中山千夏さん、なだいなだ、
 池上彰さん、塚原雄太、岡野俊一郎、森田正光さん、ダニエル・カールさん
 等々
 凄い顔ぶれだったと思いました。

 YouTubeに天地総子が歌うテーマ曲がありました。
 お聴きになった事のある方には、懐かしいかも知れませんね。
 https://www.youtube.com/watch?v=mMHL0F4y1L8

 今日も暑かったですね。
 群馬県伊勢崎市では39.5度だったとの事です。
 宇都宮は36.6度で、今年最高を更新しました。

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シマウシ・・・

2023年07月24日 18時01分49秒 | 日記
 昨夜、ネットのニュースを見ていたら、
 山形県小国町で、黒い牛の体をシマ模様にペイントしているとの、
 TBS NEWS DIG Powered by JNNの記事を見付けました。

 小国町は、米沢牛の産地の一つです。
 和牛ですから、黒い牛ですが、
 この体にシマ模様にペイントしているとの事です。
 これは決して見た目の面白さを狙っている訳ではなくて、
 チャンとした理由があるとの事で、3年前から検証作業が行われています。
 毎年夏になると多くの牛飼いの間で頭を悩ませるのが
 吸血昆虫「アブ」と「サシバエ」だそうで、
 これらの吸血行動は牛にとって大きなストレスとなり、
 また吸血昆虫を忌避する行動によって体力が消耗し、
 乳量の低下や繁殖に悪影響を及ぼすとの事です。

 2019年、愛知県と京都大学の研究チームが
 「シマウマには虫があまり寄りつかない」との海外の論文をヒントに
 牛でも応用できないか検証を開始しましたが、
 すると吸血昆虫の飛来が減少し、
 牛が虫を追い払うときにする「しっぽ振り」や「首振り」などの
 回数も減ったとの事です。

 今年は場所を牛舎から放牧場に移し、7月20日から検証が始まっています。
 また、シマの塗り方の素材なども色々検討されているようです。
 牛の体からは脂が出るため、
 一般的なアクリルスプレーだと1週間程度で落ちてしまうため、
 シマ模様を持続できるような塗料や方法を色々と試した結果、
 毛を脱色すると約1か月程度持続できることが確認でき、
 吸血昆虫の忌避効果も確認されているとの事で、
 この場合、白より金色に近い色になるとの事です。

 検証に参加している畜産会社の人は、
 牛を耕作放棄地などに貸し出す事を考えているようです。
 草地に放牧すると雑草などを食べるので林になるのを防げ、
 餌代も助かる他、
 更に大型動物がいる事で、
 農作物を荒らす鹿や熊、猪などが近づかなくなるとの事です。

 いずれ、日本各地の放牧地で
 シマウシの姿を見るようになるのかも知れません。
 シマウシの写真、下記で見る事で出来ますので、宜しければご覧ください。
 https://newsdig.tbs.co.jp/articles/gallery/616690?utm_source=news.yahoo.co.jp&utm_medium=referral&utm_campaign=partnerLink&ex_position=photo&ex_id=616690&image=2

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大相撲名古屋場所・・・

2023年07月23日 18時32分21秒 | 日記
 大相撲が好きで、毎場所1・2回日記に書いてきましたが、
 今場所はこれまで書きませんでした。
 別に、溜り席の妖精さんの姿が見られなくなったからではありません。
 大体観戦していたのですが、他に書くテーマがあったりしたので、
 ついつい今日になってしまいました。

 今場所は、新大関の霧馬山改め霧島が、
 初日から休場したのに驚いてしまいました。
 横綱照ノ富士が、初日の阿炎に勝ったものの
 錦木、翔猿と連敗し4日目から休場してしまいました。
 しかし、4日目から霧島が再出場しました。
 大丈夫かなと思いましたが、
 一応6勝を挙げたものの負け越しになりました。
 来場所はカド番になりますが、
 是非体調を整えて頑張って欲しいと思います。

 今場所の話題は、豊昇龍、大栄翔、若元春の3関脇の大関取りでした。
 序盤、それぞれ快調な滑り出しだと思いましたが、
 3人とも錦木に敗れて少しずつ負け出しました。
 結果的には、大栄翔と若元春は9勝6敗で、
 大関昇進は難しくなったと思います。
 昨日の取り組み、
 この2人とも立ち合いで変化する消極的な相撲になりました。
 大関を目指すのにはどうだったかと感じました。

 今場所の優勝争いは、
 1横綱と3関脇を破った錦木が有力だと思いましたが、
 終盤硬くなったのでしょうか、失速しました。
 代わって北勝富士が優勢かと思いましたが、昨日新入幕の伯桜鵬に敗れ、
 3敗で北勝富士、豊昇龍、伯桜鵬が並びました。
 今日、北勝富士が錦木を破って3敗を維持し、
 豊昇龍は伯桜鵬を破って3敗を維持し、優勝決定戦になりました。

 解説の舞の海さんが、豊昇龍はこれからも優勝の機会があるのだから、
 北勝富士に優勝させたいと語っていましたが、僕も同じ気持ちでした。
 結果はご承知の通り、今場所1度北勝富士に負けた豊昇龍が勝ち、
 初優勝になりました。
 多分、これで大関への昇進も確実にさせたようです。

 僕が好きな朝乃山は、8日目から休場してしまいましたが、
 12日目に復帰しその後4連勝で勝ち越しました。
 十両の友風も前半好調でしたが、終盤3連敗してしまいました。
 それでも10勝5敗ですから、怪我も回復しているように感じました。

 大相撲でNHKの解説をしている北の富士さんが
 3場所連続でお休みになりました。
 北の富士さんの辛口でかつ飄々とした解説が好きなので、
 寂しく感じています。
 早く復帰される事を祈っています。

 今場所、突発的な事が色々ありましたが、
 観戦していて、とても面白かったと思います。
 来場所もまた面白い相撲が観られると良いなぁと思っています。

 
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高校・・・

2023年07月22日 18時12分30秒 | 日記
 昨日は、友達から飲みに行かないかとのお誘いがあり、
 ホイホイと行ってしまったので、日記などを休ませて頂きました。
 断ると、次はないかも知れませんからね。
 少し飲み過ぎましたが、楽しく騒いで来ました。

 夏の甲子園の県予選も昨日でベスト4が決まりました。
 ベスト8の段階で、私立校7校で公立校1校でした。
 唯一の公立校の烏山高校は旧制中学の男子校でしたが、
 2010年に烏山女子高と統合された高校で、
 これまで野球での話題が出た覚えがありませんでした。
 昨日は終盤までリードしていましたが、
 8回裏にツーランスクイズを決められて敗れてしまいました。
 正に大魚を逸したと言う感じでしょうか。

 ここのところ下野新聞では、連日高校の再編問題が取り上げられています。
 今月4日に、栃木県教育委員会が発表した、
 第3期県立高校再編前期実行計画案(2024~29年度)に関する
 様々な声を報じています。
 計画案は、生徒数の減少や学習ニーズの多様化などに対応するため、
 職業系専門高校の統合や、中高一貫校の新設などが盛り込まれています。
 栃木県内では、主要都市の普通科高校は男女別学が普通でした。
 全国的には、これは異常な事態なのかも知れません。
 男女共学を求める声も強いのですが、
 別学を維持すべきとの声も強いようです。
 前回の高校再編では、例えば足利高校と足利女子高の統合や、
 宇都宮中央女子高の共学化などが行われました。
 今回の計画案では共学化は見送られましたが、
 職業系高校の統合などで、県立高校を8校減らす案になっています。

 背景にあるのは生徒数の減少です。
 県内中学校卒業見込み者数は、
 今後12年間で約3割、1万2600人まで減少するとの事です。
 高校は、県立校と私立校があります。
 多分一定の割合で中学卒業生の受け皿を分担しているのだと思います。
 卒業生の減を公立と私立両者で負担しないと、
 私立校の存廃にも関わる話になります。

 統廃合の対象となる学校は、ほとんどが過疎地にあります。
 そうした地域では、存続を望む声が強いようで、
 教育長に対して要望書を提出するニュースが何度か報じられています。
 高校が減れば、過疎化に拍車を掛ける事になるのでしょう。
 地域の活力と言う点からだけ見れば、
 都市部の高校の定員を減らして、
 過疎地の高校に進学者が流れるよう促すべききなのでしょうが、
 そんな事をしたら、都市部の父兄は黙っていないでしょうね。

 児童生徒の減少による学校の統廃合の問題は、
 全国各地で起こっていると思いますし、
 高校だけの問題でもないだろうと思います。
 各地で頭を痛めている人が多いでしょうね。

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