ノンフィクション作家の佐野眞一さんが去る26日、
肺がんのために亡くなったとの報道がありました。
75歳だったとの事です。
佐野さんと言えば、1997年に大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した
「旅する巨人 宮本常一と渋沢敬三」が代表作だと思います。
ご承知かと思いますが、宮本常一は民俗学者です。
民俗学が好きな僕は、宮本常一の著作を何冊か読んでいます。
そんな事から、もう何年も前になりますが、この本を読んでいます。
渋沢敬三は渋沢栄一の孫になります。
渋沢家の嫡男である父親の篤二が病気の為に廃嫡となり、
栄一は敬三を後継者に指名します。
その後、日銀総裁や大蔵大臣なども務めますが、
一方において民俗学にも造詣が深く、多くの民俗学者の研究を支援していました。
「旅する巨人」は、宮本の足跡を辿りながら、
二人の民俗学への傾倒を描いたものだったと思います。
佐野さんは、他にも宮本常一を主題とした作品があります。
佐野さんの著作では、もう一つ「東電OL殺人事件」が印象に残っています。
1997年(平成9年)3月9日、東京電力のエリート社員の女性が、
渋谷区円山町にあるアパートで殺害された事件です。
この女性は、昼間は東電のエリート社員として働き、
夜は円山町で娼婦となっていた事からセンセーショナルな話題になりました。
この事件は、ネパール人男性が逮捕され、
一審で無罪でしたが、二審で有罪となり、
2003年10月に最高裁で有罪が確定し、無期懲役となって服役しました。
2005年3月、このネパール人男性は再審請求を行い、
DNA鑑定などで無罪となり釈放されました。
したがって、東電OL殺人事件は未解決事件となっています。
佐野さんは2000年に「東電OL殺人事件」を著し、
冤罪の可能性を強く指摘していました。
その後、佐野さんは2001年に「東電OL殺人症候群」を著し、
その後の状況を綴っています。
僕は両方を読みましたが、佐野さんの筆致は、
情熱的と言うか、情緒的と言うか、
ルポルタージュとしてはどうかなぁと言う感じがしました。
しかし、この作品が、ネパール人男性の無罪に大きな力になったようで、
彼は佐野さんを神様と呼んでいたとの事です。
佐野さんと言うと、他人の作品からの盗用が多いと言われていました。
その状況を指摘したネットの記事を読むと、
佐野さんは著作権そのものの観念が乏しかったのかとも思いました。
丹念な調査を行って著していた事は間違いありませんが、
創作の対象について感情移入が強かったルポライターだったような気がします。
なお、明日は所用により、日記などを休ませて頂きますので、
お含み置き下さい。
肺がんのために亡くなったとの報道がありました。
75歳だったとの事です。
佐野さんと言えば、1997年に大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した
「旅する巨人 宮本常一と渋沢敬三」が代表作だと思います。
ご承知かと思いますが、宮本常一は民俗学者です。
民俗学が好きな僕は、宮本常一の著作を何冊か読んでいます。
そんな事から、もう何年も前になりますが、この本を読んでいます。
渋沢敬三は渋沢栄一の孫になります。
渋沢家の嫡男である父親の篤二が病気の為に廃嫡となり、
栄一は敬三を後継者に指名します。
その後、日銀総裁や大蔵大臣なども務めますが、
一方において民俗学にも造詣が深く、多くの民俗学者の研究を支援していました。
「旅する巨人」は、宮本の足跡を辿りながら、
二人の民俗学への傾倒を描いたものだったと思います。
佐野さんは、他にも宮本常一を主題とした作品があります。
佐野さんの著作では、もう一つ「東電OL殺人事件」が印象に残っています。
1997年(平成9年)3月9日、東京電力のエリート社員の女性が、
渋谷区円山町にあるアパートで殺害された事件です。
この女性は、昼間は東電のエリート社員として働き、
夜は円山町で娼婦となっていた事からセンセーショナルな話題になりました。
この事件は、ネパール人男性が逮捕され、
一審で無罪でしたが、二審で有罪となり、
2003年10月に最高裁で有罪が確定し、無期懲役となって服役しました。
2005年3月、このネパール人男性は再審請求を行い、
DNA鑑定などで無罪となり釈放されました。
したがって、東電OL殺人事件は未解決事件となっています。
佐野さんは2000年に「東電OL殺人事件」を著し、
冤罪の可能性を強く指摘していました。
その後、佐野さんは2001年に「東電OL殺人症候群」を著し、
その後の状況を綴っています。
僕は両方を読みましたが、佐野さんの筆致は、
情熱的と言うか、情緒的と言うか、
ルポルタージュとしてはどうかなぁと言う感じがしました。
しかし、この作品が、ネパール人男性の無罪に大きな力になったようで、
彼は佐野さんを神様と呼んでいたとの事です。
佐野さんと言うと、他人の作品からの盗用が多いと言われていました。
その状況を指摘したネットの記事を読むと、
佐野さんは著作権そのものの観念が乏しかったのかとも思いました。
丹念な調査を行って著していた事は間違いありませんが、
創作の対象について感情移入が強かったルポライターだったような気がします。
なお、明日は所用により、日記などを休ませて頂きますので、
お含み置き下さい。