天然居士の独り言

主に日記主体のブログです。

この1年・・・

2019年12月30日 17時39分14秒 | 日記
 一昨日の夜、長男が友達と一緒に帰って来ました。
 その友人は大学の時の知り合いで、岩手県の出身です。
 ここのところ何年も、年末帰省する時に家に寄って、
 1泊して岩手県に向かっています。
 同居人が旅立った年からは、
 3人で飲みに行くのが定番になってしまいました。
 多分僕に気を使ってくれているのでしょう。
 彼は昨日岩手県に向かいました。
 その後、家の片づけなどをしていて、何か疲れてしまい、
 テレビでドキュメント72時間の傑作選などを見てしまったため、
 日記は休みました。

 この1年も、色々な事がありました。
 5月1日に、年号も平成から令和に変わりました。
 どうも令和が定まった経過が、
 安倍総理大臣の意向が色濃く反映されていたようなので、
 僕は西暦を使う事が多くなりました。
 昭和〇年は何年前?と思った時に、計算が楽だからと言う事もあります。

 今年も各地に出掛けました。
 1月には東京に行って、フェルメール展を観てから、寄席の鈴本に行きました。
 寄席に行ったのは何年ぶりか良く分かりません。
 2月は、茨城県の水戸市に行きました。
 偕楽園に行ったのも学生時代以来です。
 3月には、また東京に行って、「これぞ暁斎」と「奇想の系譜」を観て来ました。
 4月に福島県の滝桜を見に行って来ました。
 長年見たかった桜ですが、少し時期が早かったのが残念です。
 5月には、長男の結婚式のために4泊6日でハワイに行って来ました。
 27年ぶりのハワイになりましたので、少しゆったりと過ごせました。
 6月には、2年間役員をやっていた社会福祉法人を辞めました。
 運営方針などが合わなかった事がありました。
 また、ネット麻雀の会のオフ会があって、熱海に行って来ました。
 更に、大人の休日俱楽部のパスを使って、
 秋田県の小坂町、山形県の庄内町、東京に行きました。
 7月に参議院選挙がありました。
 自民党は議席を減らしましたが、
 予め勝敗ラインを下げていたので、勝った事になりました。
 9月には、大人の休日俱楽部パスを使って、5日間連続で出掛けました。
 北海道の函館、千葉県の佐倉市、青森県の八戸市、
 群馬県の高崎市、北海道の松前町でした。
 松前町に行くのに、このシリーズでは初めてレンタカーを使いました。
 10月に、台風19号が各地に大きな被害をもたらしました。
 我が家は何もなかったのですが、近所まで田川の水が来ましたし、
 栃木県内各地で、大きな被害が出ました。
 11月には、神奈川県藤沢市の遊行寺に行き、
 帰り道に、東京国立博物館の正倉院の世界展を観て来ました。
 また、茨城県の大子町に出掛けて、良い紅葉を見て来ました。 
 更に、皇居に行って、大嘗宮を観て来ました。

 この1年、新しく知り合った人も何人もいますし、亡くなった方も何人かいます。
 1月に、ネット上だけの知り合いだった女性が亡くなりました。
 障害を持った人でしたが、まだ若いのに気の毒でなりませんでした。
 町内の自治会の方も3人も亡くなり、それぞれ葬儀に出席しました。
 特に1軒置いた隣の家のご主人が亡くなったのはショックでした。
 親戚では、伯母が亡くなりました。

 この1年の日記をサッと読み返してみましたが、
 スポーツ、特にバスケットと大相撲が多いなぁと感じました。
 僕は、基本的に覚えておきたい事を書いていますので、
 僕の興味の中心が多くなってしまいます。
 そのような日記にも係わらず、多くの方にご高覧頂き、
 またコメントなども頂き、誠に有難うございました。
 来年も、出来る限り続けたいと思っていますので、
 どうぞ宜しくお願い申し上げます。

 来年は、出来れば3日頃から書きたいと思っていますが、
 どうなるか分かりませんので、ご承知おき下さい。

 末筆で恐縮ですが、
 皆様が良いお年をお迎えになる事を祈念して、
 今年の日記を終わります。

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正一位・・・

2019年12月27日 18時26分31秒 | 日記
 政府は今日の閣議で、11月29日に死去した中曽根康弘元総理大臣を
 従一位に叙するとともに、
 最高位の勲章である大勲位菊花章頸飾を贈ることを決めました。
 中曽根康弘がこれに相応しいのかどうかは、議論の余地があるかも知れませんが。
 ともかく、戦後では吉田茂、佐藤栄作両元総理大臣も
 死後に従一位大勲位菊花章頸飾が贈られています。

 勲章は最高位ですが、位階は最高でない事に
 不思議だと思われた方もいるかも知れません。
 従一位の上には正一位があります。

 位階制度は、603年(推古天皇11年)に
 冠位十二階の制度を定めたのが最初とされています。
 その後、何回かの変遷を経て、
 701年(大宝元年)の大宝令及び718年(養老2年)の養老令により
 「位階」制度として整備されました。

 明治維新後、位階の制度も何度か変更されますが、
 1887年(明治20年)5月に公布された叙位条例によって、
 位階は栄典としてその役割を特化され、
 現在の正一位から従八位までの16階とされました。

 戦後、生存者に対する叙勲と叙位は一時停止されます。
 1964年(昭和39年)に生存者に対する叙勲は再開されましたが、
 生存者に対する叙位は再開されませんでした。
 現行の叙位は死亡者のみをその対象とするため、
 故人の功績を称え、追悼する意味合いが強くなっています。
 正に棺を蓋いて後定まるでしょうか。

 この位階の最高位であるのが正一位です。
 720年11月27日(養老4年10月23日)、藤原不比等が叙位されて以来、
 これまでに107人の人が正一位に叙せられています。
 この内、6人が生前に叙せられていますが面白いので、書いておきます。

 藤原宮子  藤原不比等の娘で、文武天皇の夫人です。
 橘諸兄   奈良時代、聖武天皇を補佐して左大臣になった人物です。
 藤原仲麻呂 後に乱を起こしますが、淳仁天皇の時代に正一位に叙せられています。
 藤原永手  藤原房前の二男で、藤原北家の祖となった人物です。
 源方子   平安時代末期の女性で、中納言藤原長実の夫人です。
 三条実美  明治維新に貢献した公家で、死亡する1週間前に叙されています。

 江戸時代の将軍は、徳川家康から14代の家茂までは正一位ですが、
 徳川慶喜は従一位です。
 戦後正一位に叙された人はいません。

 最後に正一位に叙されたのは織田信長です。
 1917年(大正6年)11月17日に叙されています。
 ちなみに、豊臣秀吉も1915年(大正4年)8月18日叙されています。

 稲荷神社に行くと、よく正一位の文字を見ますが、これは神階で、
 位階制度とは違います。

 これからの年末年始、息子達が帰省しますので、
 毎日、日記を書くのは難しいかと思います。
 取り合えず、明日は日記などを休ませて頂きます。
 年内に後1回は書きたいと思っていますが、それがどうなるか分かりません。
 お含みおき下さい。
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昨日は・・・

2019年12月26日 18時08分08秒 | 日記
 昨日は、午前中医者に行ったり、片付け物をしたりしていました。
 馴染みのお店が休みになりますので、
 今週は毎日年末のご挨拶にも行っています。
 午後は、年賀状を書いてしまおうと思っていました。
 さらに夜はバスケットのブレックス対千葉ジェッツの試合のテレビ放送がありました。
 そんな事から日記などは休みました。

 年賀状は、最近は印刷屋さんに頼んでいます。
 11月中に頼むと10%オフとの事だったので、
 例年になく早く出来上がっていたのですが、書くのは同じでした。
 今年は喪中の挨拶状が来るのも多かったです。
 毎年年賀状のやりとりをしている人の中で、お二人が鬼籍に入ってしまいました。
 一人は元の上司でしたし、一人は一緒に働いていた人です。
 これから、こんな事が多くなるのでしょうか。
 年賀状については、色々な意見もあり、止める人も多いような話もあります。
 僕は、生存証明のようなものかと思い、続けています。

 そしてバスケットの試合の放送ですが、
 何と、とちぎテレビとNHKBSの両方で実況放送をしました。
 テレビ放送がそれほど多いとは言えないBリーグの試合ですから、
 出来れば、ホームゲームの時にはとちぎテレビで、
 遠征に出掛けてアウェーの時にNHKの放送があると有難いのですが、
 中々ままならないものだと思いました。
 NHKが放送するだけの注目のカードと言う事もあるでしょうし、
 千葉県内では視聴率も高かったでしょうね。

 試合は、一進一退の好ゲームになりました。
 お互いにパスをカットする事が多く
 ターンオーバーのやり合いのような感じになりました。
 中でも千葉ジェッツの新人のコー・フリッピン選手に何本カットされたでしょうか?
 ブレックスは余り警戒していなかったのかも知れません。
 フリッピン選手は、母親が日本人でアメリカの大学を出て、今年千葉と契約しました。
 国籍は日本です。
 身長は190cmと高くはありませんが、並外れた身体能力との事です。
 凄い選手を獲得したと感じました。
 千葉ジェッツは、2シーズン続いて東地区1位です。
 このシーズン、出だしでつまずいた感じで、
 昨日を終わって、15勝9敗と現在東地区の4位です。
 富樫選手の怪我の影響なのかも知れません。
 その富樫選手は途中からの出場になりました。
 しかし出ると存在感がありますね。
 スピードにブレックスの選手が付いていけない感じがしました。
 試合は、ブレックスが3ポイントシュートを9本決めたのに、千葉ジェッツは1本で、
 この差が大きかったですね。
 一時期はブレックスが14点差をつけましたが、最後に3点差まで詰められました。
 残り5・6秒のところで、富樫選手が3ポイントシュートを撃ちました。
 身長が高く、手が長いギブス選手のマークをかわしてのシュートでしたが、
 これがリングに嫌われて弾んで入りませんでした。
 入ったら延長になるところでした。
 この結果82対79でブレックスが辛勝しました。
 昨日は平日の夜にも係わらず、今シーズン最多の4725人の入場者だったとの事です。
 ファンも好ゲームを期待して、応援に行ったのでしょうね。
 ブレックスはチーム記録となる13連勝になりました。
 どこまで伸びるでしょうか?

 今日も、片付けものなどをやっていました。
 しかし、大掃除までには至っていません。
 終わらなくても、新年は来るとは思っていますが。

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美空ひばり・・・

2019年12月24日 18時23分26秒 | 日記
 最近行くようになった昼食のお店については、以前書きました。
 和服で白い割烹着姿の女将さんのお店です。
 店内には、数多くの美空ひばりの写真が貼ってあります。
 今日行った時に、他にお客がいなかったので、
 美空ひばりがお好きなようですね と声を掛けてみました。
 そうしたら、凄いファンのようで、今もファンクラブに加入していて、
 生誕祭などのイベントにも参加しているとの事でした。
 今も、ファンクラブがあるとの事に驚いてしまいました。
 先ほどネットで調べてみましたが、
 会報の発行や様々な活動をやっているようです。
 彼女が亡くなったのが1989年6月24日ですから、
 すでに30年が経過しています。
 それでもまだファンクラブがあるのは、
 彼女の魅力が多くの人の心を捉えたからなのでしょうね。

 先日、NHKスペシャルで、
 AIによって、美空ひばりの歌声と姿を蘇らせて新曲を発表する番組がありました。
 ご覧になった方も多いかと思います。
 番組では美空ひばりの過去の膨大な音声データから、
 ヤマハ株式会社が開発を進めている最新の人工知能(AI)技術によって、
 ひばりの声を現代によみがえらせ、
 AI美空ひばりとして新曲を歌唱するとの企画でした。
 僕は、特に美空ひばりのファンではありませんでしたが、
 何とはなく見てしまいました。
 美空ひばりの声の特色など、どこに魅力があるのかが分かりました。
 そうして出来上がったAI美空ひばりですが、どうも今一つだと感じました。
 僕は、今の最先端の技術でも、ここまでかとも思いました。

 女将さんにその話をしたら、
 やはり女将さんも同じように感じたようで、
 沢山の経費をかけて、あんな番組を作るよりは、
 昔の映像を放送してくれた方が、何倍良いか分からないとおっしゃっていました。
 同感です。

 なお、番組をご覧になっていない方は、YouTubeに動画がアップされていますので、
 宜しければご覧ください。
 https://www.youtube.com/watch?v=nOLuI7nPQWU&feature=emb_err_watch_on_yt
 今年の紅白歌合戦でも出演?するそうです。

 明日は、所用により日記などは休ませて頂きますので、お含みおき下さい。

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特捜部・・・

2019年12月23日 18時26分00秒 | 日記
 自民党の秋元司衆議院議員が中国企業関係者による外為法違反事件にからみ、
 東京地検特捜部に逮捕されるとの噂があるようです。
 ネット上では、噂を報じているメディアもあります。
 容疑は外為法違反ですが、特捜部が考えているのは、
 カジノを含む、いわゆるIR、統合型リゾートに関する汚職なのでしょう。
 2016年(平成28年)12月15日の衆議院本会議で
 「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律」(IR推進法)が成立した時、
 どんなに修飾しても、カジノは博打場であり、必ず利権が絡むだろうと思ったのですが、
 やはりとの思いがします。

 特捜部の正式名称は、特別捜査部で、
 東京・大阪・名古屋の各地方検察庁に設置されています。
 一般的な刑事事件は警察による捜査および被疑者の逮捕が行われますが、
 政治家汚職、大型脱税、経済事件などは、
 最初から特捜部が捜査・摘発する場合が多いとされています。
 かつては、昭和電工事件や造船疑獄、ロッキード事件、リクルート事件などを手掛け、
 戦後日本の正義の味方との印象を持って来ました。
 しかし、最近は余り目立った事件を手掛けていないとの思いがしていました。
 特捜部が手掛けるのが妥当のような案件が多数あるのにです。

 第二次安倍政権以降、検察の政界捜査はほとんど行われていない印象があります。
 例えば、小渕優子経済産業大臣(当時)の公職選挙法違反事件や、
 週刊文春が報じて、贈賄を証言する当事者まで現れていた
 甘利明経済再生大臣(当時)の事件、
 森友学園を巡る公文書の改竄事件など、
 どうして特捜部が動かないのかと思うような事件があったと思います。
 そして、今回の桜を見る会についても、
 安倍総理大臣本人への公選法違反等の疑いが指摘されています。
 深く水面下で特捜部が動いているのかも知れませんが、
 今の所、そのような気配は感じられません。

 今回のIR関係の事件の摘発ですが、
 僕は、桜を見る会の目くらましの摘発のように感じています。
 特捜部の手が桜を見る会に及ばないように、
 特捜部の顔を立てる形で捜査が進められているような気がしてなりません。

 22日放送のTBS系「サンデーモーニング」で、
 コメンテーターでジャーナリストの青木理氏は
 「東京地検特捜部が久しぶりに政界の一端に切り込んだ」とし
 「評価した方がいいと思うんですね」とコメントすると同時に、
 特捜部へ
 「本当にやるべきことって他にもあるんじゃないですか?って
  恐らく多くの方が思っていると思うんですね」と指摘したと報じられています。
 正にその通りだと思います。
 もちろん、秋元議員が犯罪に手を染めていたとするならば、
 それは徹底的に捜査し、起訴して欲しいと思います。

 特捜部も検察庁の一機関であり、法務大臣が所管しています。
 しかしながら、ロッキード事件のように、総理大臣経験者の田中角栄を逮捕するなど、
 以前はかなり独立性の強い機関であった事も間違いありません。
 果たしてその独立性が保たれているのか信頼が揺らいでいるような気もします。

 特捜部の案件ではありませんが、
 先ごろ検察庁が不起訴にした伊藤詩織さんに関する案件を、
 東京地裁が、伊藤さんの主張を認め、
 被告である山口敬之元TBS局長に損害賠償を認める判決を出しました。
 山口元局長には逮捕状が発付され、成田空港で執行される直前に、
 当時の中村格警視庁刑事部長の判断で逮捕は中止され、
 山口元局長は書類送検されましたが、嫌疑不十分で不起訴処分となっています。
 これなど、ある意味検察庁が完全に面子を潰された格好だと思います。
 山口元局長と官邸との距離の近さが、あちこちで指摘されていますが、
 桜を見る会を含めて、官邸の主を守るために、
 秋元議員がスケープゴートにされたようにも見えます。
 下衆の勘繰りでしょうか?

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スポーツ観戦の日・・・

2019年12月22日 17時12分38秒 | 日記
 昨日は、ほぼ半日スポーツ観戦で過ごしました。
 そのため、日記などは休んでしまいました。

 昨日は、ラグビー大学選手権の準々決勝の4試合が行われました。
 花園で早稲田大学対日本大学、天理大学対流通経済大学、
 秩父宮で東海大学対筑波大学、明治大学対関西学院大学です。
 早稲田と明治の試合をJスポーツで、他の2試合をNHKBSで実況放送しました。
 人気のある試合をJスポーツが取った感じがしましたが、
 映像はNHKBSの方が良い感じがしました。

 早稲田大学は前半開始直後の3分、先制のトライを挙げ、
 13分には、自陣ゴール前スクラムから、フルバックの河瀬選手が抜け出し、
 ウィングの古賀選手に繋いで、50m独走してトライを挙げ、
 それぞれコンバージョンが決まって14対0とリードして決まりかと思いました。
 しかし、その後早稲田の攻撃が功を奏せず、
 日大がラインアウトからのモールでトライを挙げ、流れが日大に傾きかけました。
 前半終了間際、日大の反則でペナルティキックを得た早稲田が、
 ペナルティゴールを選択して成功させ、流れを引き戻し、
 さらに終了間際に河瀬選手がトライを挙げて24対7で折り返しました。
 ペナルティゴールを選択した斎藤選手の判断が素晴らしかったと思いました。

 後半に入って早稲田が3本のトライを挙げて勝負を決めたので、
 東海大学対筑波大学の試合を観ました。
 筑波大学の攻撃、あと1歩でトライと言う場面が何度かありましたが、
 東海大のディフェンスが良かったですね。

 次の2試合は、準決勝で早稲田と対戦する、
 天理大学対流通経済大学の試合から見始めました。
 かなりの接戦になり、初めて準々決勝に進んだ流通経済大学の善戦が目立ちました。

 途中から、バスケットのブレックス対三遠ネオフェニックスの試合の実況放送が
 とちぎテレビで始まりました。
 ここから忙しかったです。
 地上波でバスケット、BSでラグビーの天理大学対流通経済大学、
 CSで明治大学対関西学院大学とチャンネルを切り替えながら観ていました。
 落ち着かない奴だと言われれば、その通りなのですが^^

 結果的に、ラグビーの2試合はそれぞれ接戦の良い試合でしたが、
 最後になって、天理大学、明治大学の地力が勝ったような感じでした。
 早稲田大学と東海大学を加えた4チームが越年して、
 1月2日に準決勝を行います。
 早稲田大学対天理大学、明治大学対東海大学のカードになりますが、
 どこが優勝しても不思議ではないような、力が拮抗していると感じました。

 バスケットの方は、三遠ネオフェニックスの試合を今シーズン初めて観ました。
 開幕以来16連敗と言うことでしたが、12月7日にレバンガ北海道に勝ちました。
 前節の16日には、新潟アルビレックスに勝って、2勝目を挙げています。
 今日はどうかなぁと思いましたが、
 ブレックスと善戦していたと思います。
 ウクライナの代表選手が加入して、もうすぐ出場するとの事ですので、
 これから勝つ事も多くなるような気がします。

 ブレックスの方は、遠藤選手の怪我が長引いて今日は出場できませんでしたし、
 ギブス選手はインフルエンザで欠場との事でした。
 ロシター選手が帰化した事から、3番目の外国籍選手として、
 ジャワッド・ウィリアムズ選手が加入し、今日から出場しました。
 ウィリアムズ選手は昨シーズン、アルバルク東京にいた選手で、
 僕も知っている選手です。
 日本のバスケットに馴染んでいる感じがして、
 今日は余りプレータイムが長くありませんでしたが、
 心強い選手が入ったと感じました。

 試合は、89対79でブレックスが勝ちました。
 もう少し点差が開いても良いかなと思いましたが、
 それだけ三遠ネオフェニックスの力が上がっているのかも知れません。
 今日も、三遠ネオフェニックスとの対戦でした。
 昨日と同じように10点程度の差でブレックスがリードしていたのですが、
 この差が縮まらないけど広がらないと言う展開でした。
 一時期5点差になりましたが、そこから盛り返して、
 86対61で勝ち、12連勝になりました。

 年末も近づき、まだ家の片づけなどほとんど出来ていません。
 今日も出掛けていて、出来ませんでした。
 こんな事ではいけないと思っているのですが・・・
 
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目玉焼き・・・

2019年12月20日 18時24分58秒 | 日記
 僕も多少は調理をしています。
 卵が好きなので、卵焼きとかゆで卵とか目玉焼きなど、幾つかのレパートリーがあります。
 もっとも、以前ある女性と話した時、
 目玉焼きの話をしたら、目玉焼きは料理とは言わないと言われてしまい、
 ショックを受けた事がありましたが。

 目玉焼きは英語ではsunny-side upですね。
 焼いた目玉焼きをご飯に載せて醤油をかけて食べるのが好きです。
 焼いた時の油が少し混ざるのも良いですね。
 目玉焼き丼とか、サニーサイドアップ丼とか呼ばれています。

 先日、東海林さだおさんの「ひとりメシの極意」を読みました。
 僕に打って付けの本だと思い図書館から借りて来たものです。
 ご存知の方も多いかも知れませんが、東海林さんは、週刊朝日に
 「あれも食いたい これも食いたい」と題する超長期のエッセイを連載しています。
 食べ物に関する様々な思いを綴っていて、
 東海林さんの漫画も載っていますので、とても楽しく読めます。
 そのエッセイをまとめたのが、「ひとりメシの極意」でした。
 このようなエッセイをまとめた本が何冊か出ていると思います。

 この本の最初の方に「バター醤油かけごはん讃」があって、
 温かなご飯の上にバターを載せて醤油を垂らして食べる話が出ていました。
 最後に「目玉焼きかけご飯」がありましたが、
 これは、目玉焼きを作るのに、バターを使うものです。
 バターをフライパンに載せて溶ける頃に卵を落として目玉焼きが出来たら、
 温かいご飯の上に載せて、若干のバターをそのまま載せて、醤油を垂らして食べます。

 実は先日、これを作ってみました。
 この時は、若干焼き過ぎてしまい、黄身が固くなってしまって今一つでした。
 それで、昨夜再度挑戦してみました。
 昨夜は、サラダなどその他のおかずを先に用意しておいて、
 更に温かいご飯を茶碗に盛って置いてから目玉焼きを作り、
 出来上がったら、直ぐにご飯に載せて食べてみました。
 バターの残りもご飯に掛けますので、バター醤油かけご飯のようでもあり、
 半熟の黄身が流れ出してご飯と絡み合いますから、目玉焼き丼のようでもあります。
 とにかく美味しかったです。
 これで、1つレパートリーが増えなぁと思いました。

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バナナ・・・

2019年12月19日 18時11分17秒 | 日記
 僕がバナナを大好きである事は、以前に書いたような気がします。
 小さい頃は、病気をした時などきり食べさせてもらえない高級果物でした。
 今もって、その感覚が抜けなくて、メロンやブドウよりも高級だと感じています。
 朝食でも、これまでバナナを多く食べて来ました。
 バナナを同居人が使っていたバナナスタンドに掛けて置くと、
 最初はそれほどではありませんが、
 3日とか4日が経過すると、バナナが熟成するような感じで、
 皮に黒い点が出来て来て、甘みが増し美味しくなります。
 この頃には、皮も薄くなるようです。
 今は寒いせいか、バナナをぶら下げていても、余り熟成しない感じなので、
 今の時期、安くて美味しくなったリンゴを食べることが多くなっています。

 このバナナについて、12月16日のITmediaビジネスオンラインに、
 面白い話が載っていましたので、興味があった点を書き出してみました。
 詳しくは下記をご覧ください。
 https://www.itmedia.co.jp/business/articles/1912/16/news011.html

 総務省が実施している「家計調査」では、
 「生鮮果実1人1年当たりの購入数量」が、
 1993年には32.7㎏だったが、2017年には25.2㎏まで減少しているとの事ですが、
 バナナは、1993年には4.4㎏だった購入数量が、
 2017年には6.2㎏まで増えているそうです。
 同調査によると、
 果実の国内需要の中でも生鮮用として消費される438万7000トンの内の96万トン、
 つまり約20%程度がバナナとされているとの事で、
 その消費量の99.9%が輸入品であるにもかかわらず、
 日本で最も食べられている果物になります。

 現在、東京をはじめとして、関西や地方にも「バナナ専門店」が増えているようで、
 東京・八丁堀にある「sonna banana(そんなバナナ)」では、
 賞味期限が20分のバナナジュースが注目を集めているとの事です。
 その他にも、「国産バナナ研究所」や「クラムスバナナ」など、
 バナナジュースの専門店が続々とオープンして人気となっているそうです。
 また、1本2000円のバナナが出現しているとの事です。
 このバナナは、皮ごと食べられ、1本のバナナを輪切りにして食べるそうです。
 この高級バナナは、宮崎県産で、無農薬で生産されているため、
 皮ごと食べられるとの事です。
 その他の地域でも、バナナの生産が始まっているようですが、
 1本1000~2000円で販売されています。

 バナナは、日清戦争が終結してから8年後の1903年、
 台湾から日本に持ち込まれたとされています。
 舶来品であるため、高級果物との位置付けが第二次世界大戦後まで続きました。
 1963年、バナナの輸入が自由化された事により、
 現在でも輸入量の90%を占めるフィリピン産のバナナが日本に入ってきて、
 誰でも気軽に買える果物となりました。

 僕の好きなバナナに関する記事だったので、勉強してしまいました。
 僕は、1本2000円のバナナより、1本100円のバナナを20本食べたいと思います。
 ちなみに、僕が普段食べているバナナは、もっと安いです。

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5回目・・・

2019年12月18日 17時23分01秒 | 日記
 昨日は、雨の中塩谷町まで行って来ました。
 帰って来てからも用事があったので、日記等は休んでしまいました。

 今日は、朝から濃い霧が出ていました。
 霧が晴れて来たのは、午前9時過ぎだったと思います。
 今日は同居人の5回目の祥月命日です。
 先日息子達と墓参りをしましたので、今日は行くつもりはありませんでした。
 しかし、墓のある霊園の近くに用事がありました。
 近くまで行って墓参りしないのもどうかなぁとも思い、
 やはり墓参りをして来ました。
 人がいない静かな霊園で、霧が晴れて暖かくなりましたので、
 ゆったりとした気分になりました。
 帰りに、彼女がパートで働いていたデパートに寄って買い物をして、
 その前に彼女が働いていた宝くじ売り場で宝くじを買って来ました。

 帰宅後昼食を済ませてから、
 彼女の実家のあった辺りを散歩して来ました。
 過去4年の日記を確認したら、12月18日は、ほぼ同じような過ごし方をしていました。
 変わらない事が良い事もあるのでしょう。

 今朝の下野新聞に、知り合いの訃報が載っていました。
 その方とはかつて一緒に仕事をした事がありました。
 大きなイベントの準備段階から実施までの責任者をなさっていて、
 僕はその方のお手伝いするような役割でした。
 定年退職後、ある組織の責任者になりましたが、
 そこも厄介な問題を抱えていて、その解決に道筋をつけて退職され、
 悠々自適にお過ごしの事と思っていたのに残念です。

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Yahooブログ終了・・・

2019年12月16日 17時58分07秒 | 日記
 Yahooのブログが終了する事については、3月2日の日記に書きました。
 https://blog.goo.ne.jp/tennenkozi/d/20190302
 今年2月28日にYahooが発表したもので、
 約13年間運営して来たとの事ですが、
 現在の市場環境、技術的な運用課題、今後の事業方針等を総合的に判断した結果、
 廃止に至ったと説明しています。
 一挙に廃止するのではなく、他のブログへの移行期間などの段階を経て、
 12月15日に廃止すると公表していました。

 僕は、2005年5月28日から
 Yahooブログを使って「栃木県内見て歩る記」を書いて来ました。
 発表を知った時にはショックでした。
 しかし、どう騒いでもその決定が覆るとも思えませんでしたので、
 7月の末にSeesaaブログを使う事にして、移行手続きをしました。
 その事は7月25日の日記に書きました。
 https://blog.goo.ne.jp/tennenkozi/d/20190725
 途中、僕の操作ミスで写真の多くが移行できませんでしたが、
 今は完全に移行しています。

 12月15日になって、昨夜はまだブログが見られましたが、
 今朝は、もう見られなくなっていました。

 現在もブログを使っている人は、多分移行なさった人が多いかと思いますが、
 何らかの事情でブログを止めた人などの記事は、もう見られなくなってしまいました。
 時々調べ物をしていて、検索するとYahooブログに行き当たる事がありました。
 内容は、正に千差万別ですが、
 中にはかなり見識のある学術的な情報を載せているブログもありました。
 こうしたレベルの高いブログが、無事にどこかのブログに移行されていれば、
 また検索して行き着く事もあるでしょうが、
 そうでない場合は、もう見られない訳です。
 貴重な文化的な遺産が無くなったかも知れないなぁとも感じました。

 コンピュータの世界の事をほとんど知らないので、
 あるいは間違っているかも知れませんが、
 紙ベースのアナログの情報ならば、その保管に物理的な制約があるのは分かります。
 しかし、デジタル化された情報の保存は無限大に近いように思っています。
 Yahooも、13年間も運営してきた社会的責任もあるのではないかと思います。
 運用の停止は止むを得ないものがあるかも知れませんが、
 情報の閲覧は、しばらくの間出来るようにしておいても
 良かったのではないかと思います。

コメント
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