平成12年4月13日東京高裁判決・平成11(行ケ)101
商標権 行政訴訟事件 「いかしゅうまい」事件
第2 事案の概要
1 特許庁における手続の経緯
原告は、登録第4084767号商標(平成4年3月31日商標登録出願、同9年9月29日登録審決、同年11月21日設定登録。本件商標)の商標権者である。
本件商標は「いかしゅうまい」の別紙(1)のとおりの構成から成り、旧第32類「いか入りしゅうまい」を指定商品とする。本件商標については登録異議の申立てがあり、平成10年異議第90664号事件として審理された結果、平成11年3月4日、本件商標の登録を取り消す旨の決定があり、その謄本は、同月12日原告に送達された。
第5 当裁判所の判断
1 「いかしゅうまい」の表記の特殊性の有無について
(1)原告は、まず、本件商標のうちの「しゅうまい」との平仮名表記が普通に用いられる方法に当たらない旨主張するが、原告自身が、本件商標登録出願において指定商品を「いか入りしゅうまい」に訂正した経緯があること(平成5年7月14日手続補正書。甲第13号証の3)も合わせ考えると、平仮名表記の「しゅうまい」の表記をもって普通に用いられる方法に当たらないと認めることはできない。
原告が主張するとおり、「広辞苑」など代表的な国語辞典では、焼売が「シューマイ」と表記されているが(甲第23ないし第26号証)、これらの辞書は中国語に由来する食品名を外国語の表記に即して書き表しているものと認められるのであり(例えば、「広辞苑第5版」の凡例の「見出し語」の項では、「外来語には片仮名を用いた」とあり、「大辞林」の凡例にも同旨の記載がある。)、一般取引者、需要者において、辞書編集者が意図する表記方法にとらわれずに、「しゅうまい」の表音どおりに平仮名表記する事例のあることを否定することはできない。
(2)原告は、その調理加工の特殊性から、「いか」と「しゅうまい」の組合せは特異なものである旨主張する。
しかし、「いか」も「しゅうまい」も、共にごくありふれた食材ないし加工食品の普通名称であることは、当裁判所に顕著な事実である。原告主張のように、調理加工に特殊技法が必要であるものであるとしても、用語自体としてみて、この二つの組合せに独創性があるとは到底認めることができない。本件商標の指定商品として「いか入りしゅうまい」と訂正された事実も、このことを裏付ける。
「しゅうまい」については、「えびしゅうまい」、「かにしゅうまい」「ほたてしゅうまい」などの例(乙第6ないし第14号証、第29号証の2、第71号証の2、丙第1号証)にみられるように、「しゅうまい」の語にその材料名を冠する例が多数存することが認められ、加工食品である「しゅうまい」については、「しゅうまい」の語にその材料名を冠して「○○しゅうまい」と表示する使用例は多数あることが明らかである。そして、いかを原料としたしゅうまいも、函館市の業者により、昭和53年ころから「いかシュウマイ」と表示されて製造、販売されてきたこと(乙第4号証の1、2)、平成7年11月当時も東京都の業者がいかを原料とするしゅうまいを「いかしゅうまい」と表示していたこと(乙第29号証の2)が認められ、「いか」と「しゅうまい」を組み合わせること自体に格別の独創性、特異性はないということができる。
2 書体の独創性について
本件商標の「いかしゅうまい」の字体をもって、平仮名の書体を多く掲載している「五體字類」(決定引用のもの。甲第5号証)や、書体見本帳である「もじもじデイブレイクですが・・・」(乙第16号証)及び「シンカ書体見本帳」(乙第17号証)などに表れる各種の平仮名書体に比較して、顕著に一般の書体と異なって識別されるものと認めることはできず、他に本件商標の「いかしゅうまい」の字体に特別顕著性を認めるべきことを裏付ける証拠はない。原告は、平成12年3月28日付けの上申書により、本件商標の書体が独特のものであることに関し、この書体の原筆を提出したが、本件商標の書体の原型をうかがうことができるものの、これをもってしても、上記認定を左右するものではない。
したがって、「(本件商標)の平仮名文字は毛筆で一種の行書体をもって書されたものといえるところであり、この程度の書体はいまだ普通に用いられる方法の域を脱していないといえる」とした決定の認定に、誤りがあるということはできない。
3 本件商標の使用状況について
(1)決定の認定中、「原告は、別紙(2)及び(3)に表示したとおりの構成より成る商標を付した商品「いか入りしゅうまい」を、自己の業務に係る店頭、百貨店及び通信販売等により、本件商標の登録出願時には相当多量販売し、広告宣伝していたものと認定し得るところである」との部分は、もとより原告も争っていないところであり、甲第5号証、第10号証、第17号証、第27号証などによれば、佐賀新聞、「かちがらす」(京都佐賀県人会報)、雑誌「dancyu」等新聞、雑誌での広告・宣伝の中には、原告の商品名として「いかしゅうまい」の表示を、「まんまる」あるいは「萬丸」の標章(別紙(2)、(3)の使用商標参照)を付さずに単独で掲げている例も多く認められるし、また、甲第29号証によれば、平成11年12月から12年1月にかけて、福岡市の中央区天神の街頭等で20歳以上の男女100人に対して行ったNTTトラコム㈱のアンケート調査結果では、「いかしゅうまい」の商品名から思い付く店名又は会社名というアンケートに対し原告を思い付くという回答が6割以上の高い比率を占めていることが認められる。
これらの事実からすると、「原告の使用に係る商標は、「いかしゅうまい」の文字のみから成る本件商標とは社会通念上同一のものとはいえないというのが相当である」とした決定の認定部分は、必ずしも当を得たものではない。
また、「当該新聞(佐賀新聞)は、佐賀県内を主発行地域とする地方紙と認められるものであって、限られた地域の購読者を対象とするものである」との決定の説示部分も、「いかしゅうまい」商標が、佐賀県以外を含む日本全国において原告と必ずしも結び付くものではないとの結論に至る一つの要素になり得るものとはいえ、当該結論に至るのに十分な理由となるものではない点において、必ずしも適切なものとはいえない。
(2)しかしながら、上記広告宣伝においては、当然のことながら、「いかしゅうまい」商標のほか、製造、販売業者である原告名(「萬坊」あるいは「呼子萬坊」)も併記されていることが認められるし、上記アンケート結果において、「いかしゅうまい」商品で他業者を思い付く者も、約3割存在するなど、相当割合の者が、原告以外の業者と結び付けて思い付いた者がいたことも、甲第29号証から明らかである。
甲第17号証の1ないし52、乙第4号証ないし第6号証、第29号証ないし第52号証、第62号証、第89号証並びに弁論の全趣旨によれば、遅くとも平成9年9月当時までには、佐賀県下のみならず全国各地に、「いかしゅうまい」「いかシュウマイ」「いかシューマイ」の表示の下に商品「いか入りしゅうまい」を製造、販売してきた業者は、原告以外にも多数(少なくとも20社)存在しており、飲食店やレストランにおいても、料理、「いか入りしゅうまい」に「いかしゅうまい」の名称を使用している業者が多数存在していることが認められる。
(3)したがって、「いかしゅうまい」の商品名から原告を思い付く者が、佐賀県や特に九州の中心である福岡市に比較的多く存在するであろうということは推認されるが、福岡市においてすら、「いかしゅうまい」の商品名から原告以外の業者を思い付く者が少なからず存在することも否定することができない。
ましてや、前記1、2のように、「いかしゅうまい」の語や書体自体に、特殊性や独創性が認められないことも考え合わせると、九州以外の地方において、「いかしゅうまい」商標を原告と結び付けて認識する者がどの程度存在するのかは、かなり疑問であるといわざるを得ない。
(4)以上のことからすると、本訴の口頭弁論終結時においてさえも、本件商標が、商品「いか入りしゅうまい」に使用された結果、需要者が原告の業務に係る商品であると認識することができるものとなっていたものとは認められないのであり、その他、ビデオテープとして提出された書証を含む本件全証拠によるも、「いかしゅうまい」の本件商標に、商品「いか入りしゅうまい」の一般的な商品表示を超えて原告との関係で特別顕著性を認めることはできない。
したがって、本件商標の査定不服の審判の審決時(平成9年9月29日)においても、商品「いか入りしゅうまい」に使用された結果需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識できるものとなっていたものと認めることはできず、これと同旨の決定の認定には、結論として誤りはない。
商標権 行政訴訟事件 「いかしゅうまい」事件
第2 事案の概要
1 特許庁における手続の経緯
原告は、登録第4084767号商標(平成4年3月31日商標登録出願、同9年9月29日登録審決、同年11月21日設定登録。本件商標)の商標権者である。
本件商標は「いかしゅうまい」の別紙(1)のとおりの構成から成り、旧第32類「いか入りしゅうまい」を指定商品とする。本件商標については登録異議の申立てがあり、平成10年異議第90664号事件として審理された結果、平成11年3月4日、本件商標の登録を取り消す旨の決定があり、その謄本は、同月12日原告に送達された。
第5 当裁判所の判断
1 「いかしゅうまい」の表記の特殊性の有無について
(1)原告は、まず、本件商標のうちの「しゅうまい」との平仮名表記が普通に用いられる方法に当たらない旨主張するが、原告自身が、本件商標登録出願において指定商品を「いか入りしゅうまい」に訂正した経緯があること(平成5年7月14日手続補正書。甲第13号証の3)も合わせ考えると、平仮名表記の「しゅうまい」の表記をもって普通に用いられる方法に当たらないと認めることはできない。
原告が主張するとおり、「広辞苑」など代表的な国語辞典では、焼売が「シューマイ」と表記されているが(甲第23ないし第26号証)、これらの辞書は中国語に由来する食品名を外国語の表記に即して書き表しているものと認められるのであり(例えば、「広辞苑第5版」の凡例の「見出し語」の項では、「外来語には片仮名を用いた」とあり、「大辞林」の凡例にも同旨の記載がある。)、一般取引者、需要者において、辞書編集者が意図する表記方法にとらわれずに、「しゅうまい」の表音どおりに平仮名表記する事例のあることを否定することはできない。
(2)原告は、その調理加工の特殊性から、「いか」と「しゅうまい」の組合せは特異なものである旨主張する。
しかし、「いか」も「しゅうまい」も、共にごくありふれた食材ないし加工食品の普通名称であることは、当裁判所に顕著な事実である。原告主張のように、調理加工に特殊技法が必要であるものであるとしても、用語自体としてみて、この二つの組合せに独創性があるとは到底認めることができない。本件商標の指定商品として「いか入りしゅうまい」と訂正された事実も、このことを裏付ける。
「しゅうまい」については、「えびしゅうまい」、「かにしゅうまい」「ほたてしゅうまい」などの例(乙第6ないし第14号証、第29号証の2、第71号証の2、丙第1号証)にみられるように、「しゅうまい」の語にその材料名を冠する例が多数存することが認められ、加工食品である「しゅうまい」については、「しゅうまい」の語にその材料名を冠して「○○しゅうまい」と表示する使用例は多数あることが明らかである。そして、いかを原料としたしゅうまいも、函館市の業者により、昭和53年ころから「いかシュウマイ」と表示されて製造、販売されてきたこと(乙第4号証の1、2)、平成7年11月当時も東京都の業者がいかを原料とするしゅうまいを「いかしゅうまい」と表示していたこと(乙第29号証の2)が認められ、「いか」と「しゅうまい」を組み合わせること自体に格別の独創性、特異性はないということができる。
2 書体の独創性について
本件商標の「いかしゅうまい」の字体をもって、平仮名の書体を多く掲載している「五體字類」(決定引用のもの。甲第5号証)や、書体見本帳である「もじもじデイブレイクですが・・・」(乙第16号証)及び「シンカ書体見本帳」(乙第17号証)などに表れる各種の平仮名書体に比較して、顕著に一般の書体と異なって識別されるものと認めることはできず、他に本件商標の「いかしゅうまい」の字体に特別顕著性を認めるべきことを裏付ける証拠はない。原告は、平成12年3月28日付けの上申書により、本件商標の書体が独特のものであることに関し、この書体の原筆を提出したが、本件商標の書体の原型をうかがうことができるものの、これをもってしても、上記認定を左右するものではない。
したがって、「(本件商標)の平仮名文字は毛筆で一種の行書体をもって書されたものといえるところであり、この程度の書体はいまだ普通に用いられる方法の域を脱していないといえる」とした決定の認定に、誤りがあるということはできない。
3 本件商標の使用状況について
(1)決定の認定中、「原告は、別紙(2)及び(3)に表示したとおりの構成より成る商標を付した商品「いか入りしゅうまい」を、自己の業務に係る店頭、百貨店及び通信販売等により、本件商標の登録出願時には相当多量販売し、広告宣伝していたものと認定し得るところである」との部分は、もとより原告も争っていないところであり、甲第5号証、第10号証、第17号証、第27号証などによれば、佐賀新聞、「かちがらす」(京都佐賀県人会報)、雑誌「dancyu」等新聞、雑誌での広告・宣伝の中には、原告の商品名として「いかしゅうまい」の表示を、「まんまる」あるいは「萬丸」の標章(別紙(2)、(3)の使用商標参照)を付さずに単独で掲げている例も多く認められるし、また、甲第29号証によれば、平成11年12月から12年1月にかけて、福岡市の中央区天神の街頭等で20歳以上の男女100人に対して行ったNTTトラコム㈱のアンケート調査結果では、「いかしゅうまい」の商品名から思い付く店名又は会社名というアンケートに対し原告を思い付くという回答が6割以上の高い比率を占めていることが認められる。
これらの事実からすると、「原告の使用に係る商標は、「いかしゅうまい」の文字のみから成る本件商標とは社会通念上同一のものとはいえないというのが相当である」とした決定の認定部分は、必ずしも当を得たものではない。
また、「当該新聞(佐賀新聞)は、佐賀県内を主発行地域とする地方紙と認められるものであって、限られた地域の購読者を対象とするものである」との決定の説示部分も、「いかしゅうまい」商標が、佐賀県以外を含む日本全国において原告と必ずしも結び付くものではないとの結論に至る一つの要素になり得るものとはいえ、当該結論に至るのに十分な理由となるものではない点において、必ずしも適切なものとはいえない。
(2)しかしながら、上記広告宣伝においては、当然のことながら、「いかしゅうまい」商標のほか、製造、販売業者である原告名(「萬坊」あるいは「呼子萬坊」)も併記されていることが認められるし、上記アンケート結果において、「いかしゅうまい」商品で他業者を思い付く者も、約3割存在するなど、相当割合の者が、原告以外の業者と結び付けて思い付いた者がいたことも、甲第29号証から明らかである。
甲第17号証の1ないし52、乙第4号証ないし第6号証、第29号証ないし第52号証、第62号証、第89号証並びに弁論の全趣旨によれば、遅くとも平成9年9月当時までには、佐賀県下のみならず全国各地に、「いかしゅうまい」「いかシュウマイ」「いかシューマイ」の表示の下に商品「いか入りしゅうまい」を製造、販売してきた業者は、原告以外にも多数(少なくとも20社)存在しており、飲食店やレストランにおいても、料理、「いか入りしゅうまい」に「いかしゅうまい」の名称を使用している業者が多数存在していることが認められる。
(3)したがって、「いかしゅうまい」の商品名から原告を思い付く者が、佐賀県や特に九州の中心である福岡市に比較的多く存在するであろうということは推認されるが、福岡市においてすら、「いかしゅうまい」の商品名から原告以外の業者を思い付く者が少なからず存在することも否定することができない。
ましてや、前記1、2のように、「いかしゅうまい」の語や書体自体に、特殊性や独創性が認められないことも考え合わせると、九州以外の地方において、「いかしゅうまい」商標を原告と結び付けて認識する者がどの程度存在するのかは、かなり疑問であるといわざるを得ない。
(4)以上のことからすると、本訴の口頭弁論終結時においてさえも、本件商標が、商品「いか入りしゅうまい」に使用された結果、需要者が原告の業務に係る商品であると認識することができるものとなっていたものとは認められないのであり、その他、ビデオテープとして提出された書証を含む本件全証拠によるも、「いかしゅうまい」の本件商標に、商品「いか入りしゅうまい」の一般的な商品表示を超えて原告との関係で特別顕著性を認めることはできない。
したがって、本件商標の査定不服の審判の審決時(平成9年9月29日)においても、商品「いか入りしゅうまい」に使用された結果需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識できるものとなっていたものと認めることはできず、これと同旨の決定の認定には、結論として誤りはない。