監督=アンドリュー・デイビス
主演=マイケル・ダグラス グウィネス・パルトロウ ヴィゴ・モーテンセン デビッド・スーシェ
※ネタバレ注意
アンドリュー・デイビス監督の「逃亡者」(1993)が僕は大好きだ。オリジナルのテレビシリーズを見ていないから、先入観なしに映画にのめり込むことができたのは、一因ではあるだろう。でもあの映画がただのサスペンス映画でなく「傑作」と世間で評されるのは、主人公である”追われる者”の正義だけを一方的に描くのではなく、後にスピンオフ作品まで製作された”追う側”の正義もきちんと描いたからだ。「沈黙の戦艦」もけっこう好きだったな。
さて「ダイヤルM」。アルフレッド・ヒッッチコック監督作「ダイヤルMを廻せ!」(1954)のリメイク・・・ということになっているが、実際はストーリーの一部を拝借しただけでまったく別の物語と思った方がよい。僕はヒッチコックの大ファンなので、今回は「逃亡者」とは違って先入観がある状況。ヒッチ版と比べると話はすごく込み入っていて、妻の愛人(ヴィゴ・モーテンセン)には犯罪歴があったり、夫(マイケル・ダグラス)の経済的状況が描かれていたり。観ていて面白いのは、妻と夫、妻の愛人の三者の形勢が常に入れ替わり、誰が優位に立つのかシーソーゲームのように展開していくところだ。ただ、駆けつけた刑事さんに妻が説明してめでたしめでたし・・・というあっけない幕切れは拍子抜け。愛人の素性を知って、彼女の愛情が揺れる様子がもっと見たかった。また、クライマックス、マイケル・ダグラスが証拠になる「鍵」をどうにかしようとする行動は軽々しいし、あれだけ脅された証拠テープの扱いがあまりにもお粗末。そこまでは頑張ってる映画なのに、あれでは「完全犯罪」のタイトルが泣く・・・。
金の為なら女房も殺すマイケル・ダグラスの役柄は、「ウォール街」(1987)のイメージが念頭にあるだけに納得しやすいキャスティングと言えるだろう。ヒッチ版のグレース・ケリーにあたるのがグウィネス・パルトロウ。同じブロンド美女というのはヒッチ版へのオマージュ?とも思えるが、怖い目にあって振り回されただけのグレース・ケリーとは違って勇気ある行動をとって謎に迫るのは当世風とも言える。愛人役ヴィゴ・モーテンセンは、指輪物語とは違ったイメージでなかなか。刑事役がテレビ「名探偵ポワロ」シリーズのデビッド・スーシェってところが、ミステリーファンには嬉しい。
それにしても邦題の「ダイヤルM」は、プッシュ回線の今となってはもはや通用しないタイトル。配給会社によほどヒッチコックへの愛着があって、ヒッチのリメイクと言えば動員につながる?と踏んだのかもしれないけれど、ヒッチ版を念頭にして観たせいで見劣りした人は確実にいると思うのだ。映画にはそれぞれの魅力があるはず。この映画に関しては別な邦題が望ましかったのではないだろうか。なぜって、アンドリュー・デイビス監督が本当にヒッチコックへのオマージュを考えていたならば、台所で妻が襲われる場面は同じカメラワークを狙ったと思うから。伊丹十三監督が「マルサの女2」で見事なまでに真似したように。