【タックの放浪記】  思えば遠くへきたもんだ・・・     by Tack SHIMIZU

心に刻まれたその一瞬、心に響いたその一言、心が震えたその想いを徒然と書き記したい。この記憶から消え去る前に…

中年バックパッカー旅2020新春〜 アンコールワットを訪ねて

2020年01月06日 | 旅三昧!釣り三昧!
2020年正月2日、早朝に嫁実家より三国ヶ丘駅まで送ってもらい今回のバックパック旅は始まった。

今回は7年ぶり再訪となるホーチミンから生まれて初めてのシェムリアップへ入りアンコールワットを訪ねる一人旅である。

関空にて椎名誠著の薄い本を1冊求めてプライオリティパスラウンジで朝ビールとどん兵衛を腹に収めて出国だ。

初めて乗るベトジェットはベトナム民営のLCCらしい。ほぼ満席に近い乗客を乗せてホーチミンへ向かった。

機内で冷えてないサイゴンビールを氷で冷やしつつiPadにダウンロードしていたミッションインポッシブルのフォールアウトを改めて観る。機内で冬用のシャツを脱ぎ、マフラーと一緒にバックパックの奥底に詰め込んだ。

ホーチミンは34℃であった。

ホーチミン空港からホテルへのタクシーで僕は悪徳ドライバーにぼったくられた事に後になり気づいた。本来であれば750円程度の運賃を3500円近く払う羽目に。メーターを偽造されていたが為になんだか高いと思いつつも気づけなかった。

これまで数えきれないくらい異国を旅しているのだがメータータクシーがそのメーターを偽造する詐欺にあったのはコレが初めてである。ホーチミンではタクシー会社を選ばなければならないという事だ。

7年ぶりのホーチミンの変貌。

それは先ずあれだけ多かった原付バイクの数がそう感じられなくなっていた事だ。

しかしよくよく考えればバイクの数が減ったのではなく車の数が増えた事によりそう感じるのかもしれない。

ホテルにチェックインし小腹が空いたので目の前に在るベンタイン市場へ。ここは7年前も通った市場だ。そこでミーとサイゴンビールを注文。美味!






サイゴン大聖堂へ向かうも改装中であった。




街を歩くと7年前にもこの辺りをぶらぶら歩いたというボンヤリとした記憶がちらりほらり。

夕方、7年ぶりにこちらの日系設備工事現地法人社長として働くハジメさんと再会し、ローカルシーフードレストランに連れて行ってもらい、その後は7年前は存在していなかった日本人街一画のカウンターバーに連れて行ってもらい酒を飲み色々楽しく話した。




名前のわからない巻貝を味付けし炒めた物。美味!




そしてマテ貝と空芯菜炒め。これまた美味!

歓談の中、シェムリアップではほぼ米ドルが普通に使えるという事をハジメさんから聞き、現地通貨に両替せずに米ドルに両替する事にした。

日が変わるまで2人で飲んでホテルに戻る。翌朝早いフライトなので5時半にタイマーをかけた。程よく酔っている自分に気づく。

ハジメさんと別れた後、ホテル前の屋台でバーミセリを食べて部屋に戻った。

まだ日の出前に空港へ向かう。そんな時間でもイミグレは長蛇の列であった。

どうにか出国しラウンジで朝飯に食べたフォーとお粥が胃に優しくこれまた美味かった。

一路カンボジアへ。

シェムリアップ空港は飛行機から降りたら歩いて空港建物に向かうというなんだか空港というより飛行場と呼ぶほうが相応しい感じがとても好ましい。



生まれて初めて海外に訪れた時のスリランカの空港を思い出させてくれた。

気候も良く乾季との事。




滞在宿へと空港より乗ったタクシー運ちゃんからのアンコールワット日帰りツアーの提案を思いきり値切り、タクシー1台貸切で40ドルで交渉成立となった。




その後、滞在宿の前の路肩に机と椅子を張り出した食堂で昼メシをしてトゥクトゥクを小一時間走らせてカンボジア地雷博物館へ。






そこでは実際に23年前に誤って地雷を踏み片足を失ったお兄さんがボランティアとして説明員をしていた。彼曰く、今尚カンボジア北西部には600万個の地雷が未回収であり毎日2.3人の方々が被害にあっているという事実を僕は知った。

つい1991年までこの地では血生臭い戦争が続いていたのである。

そして今、この国に平和は訪れたが政治腐食が止まらず金持ちは更に金持ちに、貧乏人は職に困り貧富の差が拡がっているとの話であった。

よくある社会主義国の傾向である。

シェムリアップ随一の歓楽街であるパプストリートでは生ビールがハッピーアワーで0.5ドルという水よりも安いような値段で売られている。コンビニで瓶ビールを買っても1ドルなので如何に安いかがわかる。

ピザを頼むと小さいほうのサイズにしたものの食べられない大きさであった。味は並

しかしシェムリアップの屋台は安い。夜に立ち寄ったパプストリートにある店にて貝炒めと懐かしいインスタントヌードルのママを用いた焼きそばで5.5ドル、ビールは目の前にあるコンビニで買って持ち込むのだ。




1時間6ドルのマッサージを受ける。クメール式マッサージはタイマッサージとは若干違う感じだ。

翌朝は5時に滞在宿出発なので早めにホテルに帰還。部屋でスーパーで買ったデュワーズ小瓶をソーダで割って寝酒とした。

翌日は4時半に起床。

いやはや日の出のアンコールワットは幻想的なのであった。



アンコールトムの遺跡も想像していたよりもはるかに大きくかつてのカンボジア首都がここに存在していた事を容易に理解できた。










アンコールトム遺跡らの造られた時代は日本の鎌倉時代辺りである。石の建造文化に於ける世界的傑作である事は間違いない。どれだけの労力をしてこれだけの物を建造したかは想像すら出来ない。高さ65mのその建物以上の建物は作ってはならないというのが今のシェムリアップの条例らしい。

兎にも角にも僕はこれを観るためにやってきたのだ!

念願のアンコールワット到達なのだ!

残念乍、カンボジアの歴史に疎く其々の時代の王朝の名前等が判らないが故に運ちゃんの英語での説明にイマイチ把握出来ない箇所もあったがその偉大さや素晴らしさを知るには充分であった。

その後、トンレサップ湖でボートをチャーターし湖上にある村を訪れた。



水上に沢山浮かぶ家々には子供350人が暮らす孤児院も浮かんでいた。こんな小さなその孤児院に350人もの子供が果たして住めるのかと思った。

泥水のこの湖に住む漁師達は大変貧しいらしい。川沿いの掘立小屋のような所で暮らしている。小屋にトイレはないらしく用を足すの時は河原のブッシュがトイレだとか…

こんな濁った湖に生息する小さな淡水魚を投網で獲ることを生業としているのだ。

なんだか色々考えさせられた。

一度滞在宿に戻り少し昼寝。一人旅は他人を気にせず思うように動けるから良いのだ。

その後、昨日のトゥクトゥクおじさんを滞在宿の前で見つけアンコール国立博物館へ連れてってもらった。博物館には数えきれないくらい程の仏像があった。

この日もマッサージに行き1時間身体をほぐしてもらい滞在宿に戻る。20ドル



滞在宿の傍らにある路肩に張り出したレストランでの晩飯でリラックス。干し肉のように硬い牛肉だがバジルと唐辛子とジンジャーご効いてなかなか美味かった!




最後の夜なのでと1人でパブストリートに出てみたがやっぱりあんまり面白くないので生ビールでガーリックトーストをつまみ2ドル払って部屋に戻った。

翌朝、一路ホーチミンへ。

シェムリアップからホーチミンまでのフライト… 実はここでこの旅最大の問題が発生!

全く知らなかったのだがベトナムは一度入出国すると、トランジットであれその後90日間は再入国が出来ないとの事をシェムリアップ空港で知ったのであった。そして入国する為にはVISAが必要でそれなしでは航空券を発行してくれないと言うではないか…大汗💦

飛行機に乗れないと困るのでどうすれば良いかアンコールエアのマネージャーに聞き、チェックインカウンターの横でWEBでVISA申請をiPhoneでチクチクと行う羽目に。

まさに焦りの30分ほどであった。

どうにかこうにかホーチミン空港でビザを入手し再入国。LCC利用ではなく普通に飛行機に乗れればホーチミン空港内でビザ申請し25ドルで受け取る事が出来たようだが致し方なし。

旅に慣れ慣れになってガイドブックすら持たないのが原因である。まぁなんとかなったので良しとしよう。

ホテルに着き、ホーチミン初日にハジメさんと訪ねたカウンターバーとベトナム料理店を数軒営むHAOと待ち合わせ食事。この日は夕食も共に色んな話をした。




斯くして僕の2020年第一弾となるバックパック旅は終わりを迎えた。

そう、今は出国後のホーチミン空港ラウンジで搭乗前の朝ビールを飲みながらコレを書いている。ここからあとは台湾高雄にてトランジットしそこから関空へと飛行機を乗り換える事となる。

昨年より趣味として始めたバックパック旅だが、アジアではこれが最適であり4日間程の荷物であれば旅先で洗濯をする必要もない。今年は仕事でのアジア旅も重いキャリアをゴロゴロするよりも背中に荷物担いでいこうと思っている。

最後に、ホーチミン・ベンタイン市場のレタントン通り側のサークルK前に夜中出没する屋台で食べるブンは史上最強に美味いという事を忘れぬようにここに書いておく。

シェムリアップとホーチミン万歳!