みちのくの山野草

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「賢治渉猟」の目次

2022-11-28 13:00:00 | 目次
《ヤマルリトラノオ》(真昼岳、平成30年7月19日撮影)
もう止めませんか、嘘かもしれない賢治を子どもたちに教えることは。

「賢治渉猟」の目次

【はじめに】
 ・ 「経埋ムベキ山」巡り
 ・全ての始まりはこの疑問だった
【忘却や無視】
 ・『賢治と一緒に暮らした男―千葉恭を尋ねて―』出版
 ・入沢康夫氏とのことについて
 ・「ヒドリ」と「ヒデリ」私見
 ・ 非対称な理不尽(一方的な「一部非表示」)
 ・「ほとんど無視されていた千葉恭」
 ・松田甚次郞もほとんど無視されていた
 ・昭和18年花巻でも松田甚次郎の追悼式が行われた
 ・恩人のことを忘れてしまったのでは
 ・松田甚次郞のしたこと
 ・宮澤賢治のダブルスタンダード
【賢治の稲作指導】
 ・賢治は「ヒデリノトキハナミダヲナガ」したか
 ・「ヒデリノトキニナミダヲナガ」さなかった賢治
 ・「ヒデリノトキニナミダヲナガ」さなかった己を悔いた
 ・昭和3年も「ヒデリ」の夏だったのだが
 ・それでは昭和2年はどうであったのか
 ・賢治の悔恨と懺悔だったようだ
 ・昭和2年の賢治の農事相談の中身は?
 ・齋藤彌惣さんへの「稲作指導」
 ・稻の丈
 ・村人
 ・「賢治を憶う㈠」 堀籠文之進
 ・雨雪
 ・春日神社
 ・賢治書簡 225
 ・賢治の農事講演や肥料相談
 ・羅須地人協会時代の稲作指導等
 ・羅須地人協会時代の稲作指導等(承前)  
 ・賢治、昭和3年8月10日より「蟄居・謹慎」  
 ・羅須地人協会時代の賢治の稲作指導等のまとめ
【賢治昭和二年上京説】
 ・ 大正15年12月2日の「現定説」
 ・いくらなんでも、こんな註釈「*65」って変でしょう
 ・「文献をちゃんと一次資料まであたろうよ」と弘中アナ
 ・弘中アナの警鐘「一次資料まであたろうよ」に倣って
 ・たやすく反例がいくつか見つかるというのに
 ・『賢治随聞』(関登久也著)は関登久也の著作とは言い難い
 ・「(賢治は)昭和二年には上京して花巻にはおりません」
 ・新聞連載版『宮澤賢治物語』なら意味不明ではない 
 ・単行本版『宮沢賢治物語』は書き変えられていた
 ・「澤里武治氏聞書」の初出は『續 宮澤賢治素描』
 ・筑摩なら基本中の基本を蔑ろにするはずがないのに
 ・「賢治昭和二年上京説」に異議があれば反例を突きつけてください
 ・入沢康夫氏からの慫慂で『賢治昭和二年の上京』を出版
 ・いつまで待てば、H氏は検証出来たと連絡くれるのかな
 ・ 大正15年12月2日の現定説の初出は、何と半世紀後だった
 ・ 良心的で硬派の出版社だったはずの筑摩書房が
【倒産直前の筑摩書房がしてしまったこと】
 ・「倒産直前の筑摩書房は腐りきっていました」と社史に
 ・『事故のてんまつ』絶版回収事件
 ・あの書き変えもまた「腐りきって」いたことの証左か
 ・「新発見の書簡 252c」等の公開
 ・賢治に対しても取り返しの付かないことを
 ・〔聖女のさまして……〕のモデルの安易な決めつけ
 ・かつてとは様変わりしてしまった昭和6年の賢治
 ・「聖女のさましてちかづけるもの」は露に非ず
 ・あやかし〈悪女・高瀬露〉
 ・風聞や虚構の可能性
 ・「ライスカレー事件」
 ・「一九二八年の秋の日」の「下根子桜訪問」?
 ・森荘已池の「下根子桜訪問」は虚構だった
 ・筑摩の「賢治年譜」安直すぎるのでは?
 ・「新発見」と嘯いたことの責めは
 ・ 〈悪女・高瀬露〉の流布は冤罪ですよと
 ・「252c等の公開」等についても「総括見解」を
【『校本全集第十四巻』の「総括見解」も】
 ・必ず一次情報に立ち返って
 ・ 「えっ、いくらなんでも!」
 ・ 「関『随聞』二一五頁の記述」それ自体が、現定説の反例に
 ・ 「訂正」しない方がすんなりと当て嵌まるのに
 ・『賢治随聞』の「あとがき」の違和感
 ・「注釈*65」は昭和52年時点で既に適用されていた
 ・「賢治年譜」の1926年12月2日はどう記載されてきたか
 ・「沢里武治氏聞書」の一次情報確定
 ・柳原昌悦のある証言
 ・柳原の証言と一次情報「澤里武治氏聞書」等から言えること
 ・「賢治昭和二年上京説」と詩の創作数の推移
 ・仮説1⃣~3⃣の妥当性の高さを示唆するものが他にも
 ・「みんな習ったじゃん。文献をちゃんと一次資料まであたろうよ」
 ・「沢里武治氏から聞いた話」の強い違和感
 ・岩手日報社版『宮沢賢治物語』入手
 ・新聞連載『宮澤賢治物語(49)』「セロ(一)」
 ・単行本『宮澤賢治物語』における証言の改竄
 ・魑魅魍魎が見え隠れ
 ・非専門家の私でさえも一次情報に立ち返れたのに、なぜ?
 ・高橋会長に訊く
 ・『事故のてんまつ』同様『校本全集第十四巻』の「総括見解」も
 ・強く異議申し立てをすべし
 ・『校本第十四巻』のみならず、『新校本年譜』の再検証も不可避
 ・私の「賢治昭和二年上京説」に対するご意見(浜垣誠司氏)
 ・「賢治昭和二年上京説」に対するご意見(素性を明かさぬ山本氏)
【「下根子桜」撤退と「陸軍大演習」】
 ・『羅須地人協会の終焉ーその真実ー』の出版の切っ掛け
 ・「演習が終るころはまた」の「演習」とは何のことか?
 ・ 「かつての賢治年譜」の検証(前編)
 ・ 「かつての賢治年譜」の検証(後編)
 ・「逃避行」をしていた賢治
 ・「演習」とは「陸軍大演習」のことだった
 ・八重樫賢師について
 ・賢治に対する警察からの圧力
 ・仮説〝★〟の定立と検証
 ・やはり、賢治は「自宅謹慎」していた
 ・書き残していなかった事の示唆
 ・当時のソ連における賢治評
 ・昭和40年代になってからやっと知られるように
 ・いつも誰かに都合よく利用されている賢治
 ・仮説〝★〟を裏付けている賢治自身
 ・《創られた賢治から愛すべき本当の賢治に》
【伊藤ちゑと高瀬露】
 ・「伊藤ちゑから見た賢治」
 ・なぜ客観的根拠もないのに〈悪女〉にされたのか
 ・「高瀬あてであることが判然としている」という根拠を
 ・ 「聖女のさまして近づけるもの」は本当に露?
 ・「聖女のさまして近づけるもの」はちゑの可能性も
 ・ちゑからの結婚拒絶
 ・「聖女のさまして近づけるもの」はちゑ
【なぜ高瀬露は濡れ衣を着せられたのか】
 ・あやかし〈悪女・高瀬露〉
 ・風聞や虚構の可能性
 ・「ライスカレー事件」
 ・「一九二八年の秋の日」の「下根子桜訪問」
 ・捏造だった森の「下根子桜訪問」
 ・「新発見」と嘯いたことの責めは?
 ・冤罪とも言える〈悪女・高瀬露〉の流布
 ・「石を投げ付つけてくれ」
 ・「倒産直前の筑摩書房は腐りきっていました」
 ・「初めての絶版回収事件」
 ・「総括見解」と謝罪
 ・「新発見の書簡 252c」等の公開
 ・「背筋がひんやりしてくるような冷酷さ」
 ・とんでもない悪女であるという濡れ衣
 ・おわりに
【『校本全集第十四巻』の「総括見解」も】
 ・「いくらなんでも!それはないでしょう」
 ・必ず一次情報に立ち返って
 ・それは無茶だと「関『随聞』二一五頁の記述」が教える
 ・『賢治随聞』の「あとがき」の違和感
 ・「沢里武治氏聞書」の一次情報とは
 ・柳原昌悦の重要なある証言
 ・昭和二年の賢治の上京
 ・当時の「賢治年譜」にはどう記載されていたか
 ・もう一つの「総括見解」も
【筑摩書房に異議申し立て】
 ・常識的におかしいと思ったところは皆おかしかった
 ・常識的におかしいと思ったところは皆おかしかった(承前)
 ・検証結果についての評価や反応
 ・検証結果についての評価や反応(承前)
 ・〈悪女・高瀬露〉は人権に関わる重大問題
 ・『校本全集第十四巻』も『事故のてんまつ』と同じ
 ・「もしかすると確信犯かもしれんぞ」
 ・「総括見解」を公にすべき事柄
 ・強く異議申し立てをすべし  
 ・おわりに
 ・おわりに(承前)
【昭和3年の賢治を検証】
 ・昭和3年の賢治 
 ・昭和3年1月の賢治
 ・昭和3年2月の賢治
 ・賢治と労農党
 ・また警察から事情聴取を受けた賢治
 ・昭和3年3月の賢治
 ・「塚の根肥料相談所」の開設時期の違和感
 ・約40年後に初めて「賢治年譜」に登場
 ・伊藤光弥氏の主張
 ・菊池信一の日記は今どこに
 ・昭和3年度の「肥料設計書」
 ・昭和3年4月の賢治
 ・賢治の「肥料設計所」
 ・昭和3年5月の賢治
 ・昭和3年6月の賢治
 ・昭和3年6月の上京は「逃避行」
 ・官憲から逃れるための「逃避行」?
 ・「伊豆大島行」は何のため?
 ・賢治の農繁期長期滞京はなぜ?
 ・なぜこの時期に『MEMO FLORA手帳』か
 ・帰花は26日の可能性
 ・昭和3年7月の賢治
 ・〔澱った光の澱の底〕について
 ・〔澱った光の澱の底〕を詠んだのは7月5日?
 ・賢治と稲熱病
 ・7月に賢治が詠んだ詩
 ・昭和3年8月の賢治
 ・「風雨の中を徹宵東奔西走し」?
 ・「演習」とは「架橋演習」?
 ・「演習」とは「陸軍特別大演習」のこと
 ・賢治実家にて「蟄居・謹慎」
 ・浅沼稲次郎のある示唆
 ・菊池武雄の訪問から見えてくること 
 ・さらに増した『新校本年譜』379pの「推定」の危うさ
 ・昭和3年9月の賢治
 ・安藤のぶの三十日間出張看護
 ・中村ノブへのインタビュー
 ・看護婦Tの証言
 ・昭和3年10月の賢治
 ・昭和3年11月の賢治
 ・昭和3年12月の賢治
 ・結局「昭和3年の賢治」は?
 ・「羅須地人協会時代」の賢治の稲作指導の結論
 ・「羅須地人協会時代」の賢治の稲作指導の結論(承前)
【賢治学界様このままでいいのですか】
 ・私のかつての賢治像
 ・なぜそのような賢治像が私に形成されたのか
 ・当時の教科書の中の賢治
 ・昭和20~30年代の賢治の聖人化
 ・そして私の尊敬する人物は賢治に
 ・賢治の甥からのショックな一言
 ・常識的におかしいところは皆ほぼおかしかった
 ・常識こそが教えてくれる賢治の真実
 〖「賢治昭和二年の上京説」〗
 ・ 「えっ、いくらなんでも!」
 ・現定説の典拠自体が反例になっているという杜撰さ
 ・『賢治随聞』の「あとがき」の違和感
 ・「沢里武治氏聞書」の一次情報とは
 ・賢治昭和2年に上京し約三ヶ月滞京
 ・賢治は昭和2年に二度上京
 ・ 当時の「賢治年譜」にはどう記載されていたか
 ・もう一つの「総括見解」も
 ・必ず一次情報に立ち返って
 ・「文献をちゃんと一次資料まであたろうよ」
 ・もう一度、一次情報に立ち返ってみる
 ・奇妙で意味不明な箇所
 ・「一次情報」どころか何と「四次情報」に頼る「賢治年譜」
 ・入沢康夫氏からの「賢治昭和二年の上京説」支持
 〖「ヒデリノトキニ涙ヲ流サナカッタ」賢治〗
 ・殆ど誰も取り上げない大正15年の大干魃
 ・大正15年の賢治「ヒデリノトキハナミダヲナガシ」たとは言えない
 ・昭和3年の賢治「ヒデリノトキハナミダヲナガシ」たとは言えない
 ・稲作指導者としても「ヒデリノトキハミダヲナガシ」たとは言えない賢治
 ・ 「ヒデリノトキニ涙ヲ流サナカッタ」羅須地人協会時代の賢治
 〖「サムサノナツハオロオロアルキ」をしなかった羅須地人協会時代の賢治〗
 ・「あらゆることを疑い、あらゆる情報の真偽を自分の目で確認してみること」
 ・彼の勘違いだった蓋然性が高い
 ・彼の全くの事実誤認であったようだ
 ・事実誤認であったことを福井自身がダメ押し
 〖結局、羅須地人協会時代の賢治は〗
 ・「ナミダヲナガシ」や「オロオロアルキ」をしたとは言えない

【高瀬露に濡れ衣を着せたのは誰か】
 ・「腐っていました」ではなくて、「腐りきっていました」と
 ・『校本全集第十四巻』も『事故のてんまつ』と根っこは同じ
 ・生前血縁以外の女性の中で賢治が最も世話になった高瀬露
 ・未完に終わった上田哲の論文
 ・「一日に三回も遠いところをやつてきた」は無理
 ・いわゆる「ライスカレー事件」
 ・「一九二八年の秋の日」の訂正の論理の脆弱さ
 ・〔聖女のさましてちかづけるもの〕
 ・賢治が結婚したかったと言われている伊藤ちゑだが
 ・かつてとは様変わりしてしまった昭和6年7月7日頃の賢治
 ・「聖女のさましてちかづけるもの」は少なくとも露に非ず
 ・〈高瀬露悪女伝説〉はあやかし
 ・冤罪〈悪女・高瀬露〉
 ・おかしいと思ったところはほぼ皆おかしかった
 ・私の一連の検証結果についての評価や反応
 ・私の一連の検証結果についての評価や反応(承前)
 ・ 〈悪女・高瀬露〉は人権に関わる重大問題
 ・「賢治学会代表理事名の文書」全員送付の恐怖
 ・〈悪女・高瀬露〉は濡れ衣であることを森 義真氏も支持
 ・その原因や理由も分からずにいたのだが
 ・「倒産直前の筑摩書房は腐りきっていました」
 ・「初めての絶版回収事件」
 ・「新発見の書簡 252c」等の公開もまた
 ・「背筋がひんやりしてくるような冷酷さ」が確かに賢治にはある
 ・我々も賢治から厳しく問われているのかもしれない
 ・『校本全集第十四巻』も『事故のてんまつ』と同じ構図
 ・「やはり確信犯ということか……」
 ・筑摩は一度「校本全集第十四巻」の「総括見解」を
 ・「筑摩に異議申し立てをして世に問えばいいのだ」
 ・ 「結局、高瀬露に濡れ衣を着せたのは誰だったのか」
 ・筑摩書房にお願いしたものの梨のつぶて

 というわけで、私はひとまずやるべき事はやった。
 だから今後は、歴史の判断を俟っている。
 そしてまた、次にやるべき事も見つかったので、それに取り組もうとしてとして今は跼っているところだ。


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