みちのくの山野草

みちのく花巻の野面から発信。

〈高瀬露悪女伝説〉はあやかし

2022-11-09 12:00:00 | 賢治渉猟
《三輪の白い片栗》(種山高原、令和3年4月27日撮影)
 白い片栗はまるで、賢治、露、そして岩田純蔵先生の三人に見えた。
 そして、「曲学阿世の徒にだけはなるな」と檄を飛ばされた気がした。

 巷間、〈高瀬露悪女伝説〉なるものが流布している。しかし、この伝説はある程度調べてみれば信憑性の危ういことが容易に判る。それはまず、賢治の主治医だったとも言われているという佐藤隆房が、
 櫻の地人協會の、會員といふ程ではないが準會員といふ所位に、内田康子(〈註二十〉)さんといふ、たゞ一人の女性がありました。
 内田さんは、村の小學校の先生でしたが、その小學校へ賢治さんが講演に行つたのが緣となつて、だんだん出入りするやうになつたのです。
 來れば、どこの女性でもするやうに、その邊を掃除したり汚れ物を片付けたりしてくれるので、賢治さんも、これは便利と有難がつて、
「この頃は美しい會員が來て、いろいろ片付けてくれるのでとても助かるよ。」
 と、集つてくる男の人達にいひました。
             〈『宮澤賢治』(佐藤隆房著、冨山房、昭和17年)175p~〉
と『宮澤賢治』で述べているからだ。さらに、宮澤賢治の弟清六も、
 白系ロシア人のパン屋が、花巻にきたことがあります。…(筆者略)…兄の所へいっしょにゆきました。兄はそのとき、二階にいました。…(筆者略)…二階には先客がひとりおりました。その先客は、Tさんという婦人の客でした。そこで四人で、レコードを聞きました。…(筆者略)…。レコードが終ると、Tさんがオルガンをひいて、ロシア人はハミングで讃美歌を歌いました。メロデーとオルガンがよく合うその不思議な調べを兄と私は、じっと聞いていました。 
              〈『宮沢賢治の肖像』(森荘已池著、津軽書房)236p〉
と追想している。そして、下根子桜の宮澤家別宅に出入りしていてオルガンで讃美歌が弾けるイニシャルTの女性といえば高瀬露がいるし、露以外に当て嵌まる女性はいないから、「Tさん」とは露であることが判る。したがって、賢治はある時、下根子桜の宮澤家の別宅に露を招き入れて二人きりで二階にいた、と清六は実質的に証言していたということになるからだ。あるいはまた、
 宮沢清六の話では、この歌は賢治から教わったもの、賢治は高瀬露から教えられたとのこと。
              〈『新校本宮澤賢治全集第六巻詩Ⅴ校異篇』(筑摩書房)225p〉
というわけで、賢治は露から歌(讃美歌)を教わっていたということも弟が証言していたことになるからだ。
 つまりこれらの証言から、露はしばしば下根子桜の宮澤家別宅を訪れており、賢治は露にいろいろと助けてもらっていたこと、露とはオープンで親密なよい関係にあったということが少なくとも導かれる。
 一方で露本人は、
君逝きて七度迎ふるこの冬は早池の峯に思ひこそ積め
師の君をしのび來りてこの一日心ゆくまで歌ふ語りぬ
というような、崇敬の念を抱きながら亡き賢治を偲ぶ歌を折に触れて詠んでいたことを『イーハトーヴォ第四號』(菊池暁輝編輯、宮澤賢治の會、昭和15年)等によって知ることができる。そしてもう一つ大事なことがあり、露は19歳の時に洗礼を受け、遠野に嫁ぐまでの11年間は花巻バプテスト教会に通い、結婚相手は神職であったのだが、夫が亡くなって後の昭和26年に遠野カトリック教会で洗礼を受け直し、50年の長きにわたって信仰生涯を歩み通した(雑賀信行著『宮沢賢治とクリスチャン花巻編』(雑賀編集工房)143p~)クリスチャンであったという。
 したがってこれらのことから常識的に判断すれば、巷間流布している〈悪女・高瀬露〉はあやかしである蓋然性がかなり高い。まして、私がここまで検証した来た結果、「賢治年譜」や「定説」等で常識的におかしいものはやはり皆ほぼおかしかったからなおさらにだ。
 ところがあにはからんや、YK氏は、
 感情をむき出しにし、おせっかいと言えるほど積極的に賢治を求めた高瀬露について、賢治研究者や伝記作者たちは手きびしい言及を多く残している。失恋後は賢治の悪口を言って回ったひどい女、ひとり相撲の恋愛を認識できなかったバカ女、感情をあらわにし過ぎた異常者、勘違いおせっかい女……。
とか、あるいはSS氏は、
 無邪気なまでに熱情が解放されていた。露は賢治がまだ床の中にいる早朝にもやってきた。夜分にも来た。一日に何度も来ることがあった。露の行動は今風にいえば、ややストーカー性を帯びてきたといってもよい。
と、それぞれの著書『賢治文学「呪い」の構造』(平成19年、59p)、『宮澤賢治と幻の恋人』(平成22年、145p)の中で、何の躊躇いもなさそうに、露をとんでもない〈悪女〉にしているという現実が昨今でもある。
 はてさて、先の清六の証言内容等とは正反対とも言える、露の人格を貶め、尊厳を傷つけているとしか思えないようなこれらの方々の記述の典拠は一体何であったのであろうか、私には釈然としない。だから私には、〈高瀬露悪女伝説〉はどうしてもあやかしに見えてしまう。

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