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sigh of relief

くたくたな1日を今日も生き延びて
冷たいシャンパンとチーズと生ハム、
届いた本と手紙に気持ちが緩む、
感じ。

激動の2020年でした

2020-12-31 | Weblog
激動というか、いややっぱり激動だった。
人生では、留学や結婚や別居や離婚や再びの大学や家のリフォームや
病気や出産、息子の受験や就職や家を出たりのいろいろや
昨年の父の死や、人並みに大きな出来事はあったけど
2020年は自分としても初めての試みや
10年も手をつけられなかったことを始めたりと
外側からはあまりわからないかもしれない激動がありました。
中でも、人生で初めて自分から好きになった人と付き合うようになり
しばらくの間だけど一緒に住んだのは、今年の一番の大きな出来事かな。
恋人のことは今もわからないのです、ずっと付き合っていけるのか。
知らなかった面をたくさん見たのはお互い様だろうけど、
ここまで気難しく、激しく怒る人とは思ってなかった。
優しい時も怒鳴ってる時と同じ人間なんだなぁと思うと不思議で不安な気持ちになる。
そういうのをいくつもいくつも乗り越えて、今はなんとか仲良くしてるけど
本当に乗り越えたのかなぁ…その場しのぎでやり過ごしただけのことも多い気がする。
本当につらくて大変だったし、先のことも全然自信がないのです。
それでも得難い関係を大事に作っていく努力を、まだするつもりでいます。
失敗してもいいや。失敗しても回復できるだけ強くなればいいかな。
今年は優しく優しく優しくなろうと努力して、自分の限界を超えて頑張ったし
ずいぶん違う人間になったと思うけど、来年はもっと強くなりたいです。
北風と太陽の、わたしは太陽の方を信じてるし
結局それは強くないとできないことだよなぁと思うので。
とりあえず、彼の新しい家はすごく気持ちの良い街にあって
表情の優しい穏やかできれいな山と植物園があって、
来年はそことの二拠点生活が始まるので、それを楽しめる年になるといいな。
そして自分の真ん中の静かな部分を取り戻したいです。

地雷

2020-12-25 | Weblog
ある問題でそれぞれが別の種類の当事者性があって
どちらも自分の傷に関連する部分が譲れなくてというのを今朝見かけたんだけど、
地雷(という言い方は好きじゃないけど自分にとって少しも譲れないところ)の在処は
本当に人それぞれだな。

わたしにも昔はそういう地雷があったと思うけど、今は地雷踏まれても、
ああわかってくれないんだなと、それは踏まれるとまだ痛い傷痕なんだけどなと
悲しく思うだけで意地になったりはしない。そんなエネルギーもないしな。

誰かとそういう議論になったら大体わたしが折れます、
というかそれが相手にとって譲れないし触らせない傷なんだろうと思うと、
どれくらいの傷なのかよくわからなくても、
自分の傷は自分で手当てして相手の傷には配慮する。優しいのではなく、
人の傷でも傷は痛いというだけの過共感のせいだけど。

そして、べべチオのうたを歌う。
♪ちょちょいのちょいって傷を治す人になる〜
というところをボソボソと歌って、自分の傷を撫でてあげてる。

混沌と言葉

2020-12-22 | Weblog
混沌は混沌のまま受け入れるということを考えるようになって40年近く経つのに、
未だにモヤモヤしたものを頭の中で端から言葉にしていく癖は治らない。
とにかく全部言葉にして、整理してるうちにまた新しく編み直して、
延々言葉を紡ぎ続けている。
それで何かわかる時もあれば混沌を極めてしまう時もある。
そのせいで余計しんどくなってもとりあえず気が済むまで全部を言葉にしないと眠れない。
良くも悪くも対峙せずにいられないのよね。
現実の生活や人間関係の中ではグレイのまま済ませて逃げていることの方が多いけど、
その分頭の中はひたすらダラダラと言葉を組み立ててしまう。

好きな店

2020-12-19 | Weblog
人と住むようになってから、夜の街を一人でふらふら飲み歩かなくなって
(新型コロナのせいもありますが)あまり行かなくなってたワインバーに久しぶりに行ってみて
やっぱり好きだなぁ、と思ってほっと落ち着く。
昔ここにいたソムリエの女性が好きだったのよね。
その人は2年くらい前に系列の別の店に移って、それからはほとんど見てない。
それもあって、あまり行かなくなったかな。お店は好きだけど…

お店ってインテリアやお酒や雰囲気だけじゃない、お店の人だけじゃない、
いろんな要素が関係するよね。
わたしにとっての完璧なバーは、まだ見つかってないです。
そのソムリエがいたときの、このワインバーは、ほぼ完璧だったかもしれないなぁ。
最初はシャンパーニュですか、といつも同じ笑顔で聞いてくれる。
甘やかしてくれる人もいた頃でした。今は自分で自分をしっかり労るしかないけど。
クリスマスソングが流れてました。

わたしにとっての完璧なバーはともかく、
今の恋人にとっての完璧なバーを作ってあげられれば良かったんだけど、
中々うまくいかないな。
台所の換気扇の下で蝋燭を灯しておいしいウィスキーを飲む換気扇バーだけは
いつでもできるようにしてありますが。

夜道を歩く

2020-12-17 | Weblog
先月の猫のワクチンのあと、バスがなくて歩いて帰ったんだけど、
夜になってて暗い住宅街の中を猫の入った重いキャリーバックを抱えたまま
スタスタ歩いてる時に、後ろに男の人らしい足音がして、
そのうちその人のひとりでぶつぶつ話す声がして、怖い思いをした。
酔っ払ってるのかなんらかの障害のある人なのかわからないけど、
手に持ってる瓶?のカチャカチャいう音と何を言ってるのかわからないけど
だんだん大きくなっていく声が、すぐ後ろをずっと歩いてると、
ネコ抱えて歩いてる非力な女としては、どうしても怖くなるのです。
早歩きしても引き離せなかったので、
今度はできるだけゆっくり歩いて追い抜いてもらうようにして、
かなりしてからやっと追い抜かれた。酔っ払いなのかどうかよくわかりませんでした。
ただの善良な人かもしれないのに過剰に怖がるのはどうかと思うし申し訳ないけど、
夜道を一人で歩く女の人にはわかってもらえると思う。怖いのよ。

共感

2020-12-16 | Weblog
映画を見て、作品の登場人物に共感できないと言うと必ず、
別に共感しなくていいんだよと言う人がいるけど、いや、そういう意味じゃないから。
自分という同じモラルや感性を求めてるんじゃなく、何かわからない違和感があって、
そのわからなさに納得がいかない時に、共感できないと、ざっくり言う気がする。
わからなさも面白いのよ、共感できない主人公が面白かった、と思うこともあるし
だから、共感できないと言う時にも、それがダメとも言ってないのです。
共感できてもダメな作品もあるしね。

でもそこでやはり言われる、別に共感する必要なんかないんだよ、ってご教示がいや。
わざわざ言われなくてもわかってるのに言われがちなので、
共感できないとざっくりした言い方をするのはやめるようにしています。





慰安婦問題とか

2020-12-14 | Weblog
ずいぶん前に書いたもので、いつもの調子異常に怒って書いたのでアップしてなかったけど
こういうのも自分のために残しとこうと思って、アップします。

慰安婦像の話で、反論できなくなったネトウヨってしょっちゅう、
じゃーライダイハンはどうだよ、それもやれよ、などと言いますが、やりたきゃ自分でやれと思う。
いちいちそれを持ち出すほど問題意識をもってるなら、止めませんから。

実際に慰安婦問題では、ベトナムでしたことはどうなんだ、という人を見ない日はないくらいだけど
ベトナムの被害者を自分の差別の道具にするなと思う。この馬鹿者たち。
友達のSNSのウォールだったので、それをものすごくものすごくマイルドに書いた。
馬鹿者めとは書かなかったし、差別者めとも書かなかった。
本当にベトナムの被害者のことを考えて心を痛めて被害者のために何かしたことのある人なんか
慰安婦問題でライダイハンを持ち出すひとの中で見たことないわ。
自国の問題から目をそらしたいだけの人しか見たことない。わたしの知る限りですけどね。

韓国の元慰安婦たちのために尽力する人がいるのだから、
ベトナムはどうだという人はどうぞ遠慮なくベトナムのために尽くしてください。
そして、連帯すればいいのにね。
だってライダイハンのために何かするような人は、慰安婦問題にも取り組んでるんじゃない?
そんなことは何十回も言ってきたけど、リテラシーのない差別主義者たちが
なんのアップデートもなくいつまでも同じことを言い続けるので、ほんとに疲れる。

「平和の少女像を表現の自由と言うのは
ナチスの鉤十字を飾って言うのと同じようなものだ」と書いてる人を見て、
え?え?え?と、ぽかーん。
先の戦争で日本はドイツと同じ加害者側で、
ヒトラーがユダヤ人を殺したように大日本帝国はアジアの人々を支配・蹂躙したのに、
なぜか被害者をナチス扱いする脳みそが謎すぎる。まるで逆でしょ。
「慰安婦を支持するのは全体主義だ」というのにもびっくりしましたが
平和の少女像を展示するのはヒトラーと同じプロパガンダだという人を先日見たので、
謎のねじれはあちこちで発生してるものなのですね・・・。

そういえば、橋下みたいな馬鹿が、あの少女像を、
ナチスや権力を崇める像を出したら不快なのと同じとか言ってたけど、まるで逆。
あれを不快だと押さえつけるのがナチスや権力の側で、
なんとしてもヒトラーの時代のドイツに例えたいなら、
少女像がアウシュビッツの被害を描いた作品と同じ側ということになると思うけど。
橋下の例がいちいちひどくて「じゃあ通帳持って微笑む慰安婦像を出したら批判を食らうのはなんだ」
って、は?そんなの当たり前でしょ。
被害者を侮辱するようなものと、過去の過ちや過去の悪辣な権力を批判するものが、
同じ土俵に乗るはずないでしょ。馬鹿者。

怒っている。まあ、こういうことにはいつも怒ってるけど。

政治家の世襲

2020-12-10 | Weblog
菅さんが世襲じゃないから良いというわけでは全然無いけど(ああ安倍以上に大嫌い大嫌い)
自民出身者でいわゆる世襲でない首相は1989年の海部さん以来と新聞に書いてあった。
30年ほどの間、自民が与党の間はずっと世襲首相を戴いてきたのね、この国。。。
国会議員になった人の家族は二親等まで議員になれないという法律を作ったらどうかといつも思う。
既得権益者によるドロドロしたものが少しはなくなるんじゃないか。
という話をしたら、友達にそれは人権的に問題があるんじゃないと言われた。
そうだなぁ、子供にとって親がどうだから政治家になれないという規制は確かにおかしい。
でも何らかの規制は作るべきなんじゃないかと、やっぱり思ってしまう。
今30歳くらいまでの人は、生まれた時からずーっと世襲の総理大臣しか知らないんですよ。
どこの一党独裁国家?

戦後ほとんど一党独裁に近い形で担ってきた自民党で、
世襲ありきの政治が何十年も続いてきたなんて、ほんと気持ち悪い。
菅さんは世襲でないけど政治家として人として気持ち悪い以上に嫌いだけど・・・

液体民主主義とオードリー・タン

2020-12-02 | Weblog
液体民主主義、という言葉を見た。
一票をある党に0.7、別の党に0.3と振り分けたり、
見識のあると思う人に自分の票を委任したりできる選挙のシステムのことを読んでて
それでは高齢化問題はこの候補者、原発問題は別の候補者がいいというような時に
何かに妥協しないといけないのは大体同じままよね。
いっそ、いっそ人を選ぶのはやめるか限定的にして、
政策を分野別に細かく分けて各政策に投票して選ぶことにしたらどうかしらん。
あとはその結果を粛々と人間が代理執行人としてやってく。

などということを考えてるときに、オードリー・タンのインタビューを見ました。
オードリー・タンは台湾のデジタル担当大臣。
シリコンバレーでアップルなどの顧問を務めた後35歳で蔡英文政権に入閣し
IT政策などを担当することに。
その後の彼を見ても、ビジネスの世界で存分に働いた後は
社会のために働きたいと思ったんだろうなと思います。
彼の才能や行動力はともかく人柄にすごく惹かれますね。
すごくニュートラルで公平で、こんなにできる人なのに弱いもののことを忘れない。
不寛容な世の中であちらこちらで見かける分断というものから遥かに遠い人。
彼のインタビューでは「デジタル民主主義」について語っていて
ぼんやり考えていた液体民主主義よりよく考えられているなぁと明るい気持ちになりました。

異文化が共生する共和国の台湾で
民主主義は誰もが変化を起こすことが可能な“テクノロジー=仕組み”のひとつ
ひとつの民主主義の形式ではなく、文化の垣根を超えた方法で取り組んでいる
ITが機械と機械をつなげる技術であるなら、“デジタル”は人と人をつなげる技術
多数ではあっても一方向へ向かうだけのラジオやテレビと違ってインターネットを使えば
双方向にたくさんの声を聞きあうことが可能だし、その構造は民主主義を深める。
現在のシステムにおいて、4年に一度の総統選挙ごとに、市民がひとりあたり3ビットの情報をアップロードーーこれは「投票」を意味ーーしますが、これでは共通政策の決定や、間違ったコードを修正するにあたっては、情報量がまったく足りていません。
現代では、たった今この取材をおこなっているのと同様に、誰もがほぼ毎日メガバイトからギガバイトの情報交換をしています。この変化に合わせて、民主主義も情報量を増やす必要がある。その変化が起こせないのであれば、市民は民主主義を自分とは無関係だと感じてしまうことでしょう。現在の民主主義の形式は、紙の投票用紙や電話によるコミュニケーションが最も効率的であった時代につくられたものです。このテクノロジー自体は素晴らしいものですが、大勢の人々の声を聞くことには適していません
。」

そして高齢者について、変化についていけない無能な邪魔者扱いしがちな人が多い中で
高齢者たちは社会の中で最も知恵を持つ人々です」とまず述べるのがいいなぁ。
上からの同情ではなく、おべっか使いでもなく淡々と自身がそう信じていることを述べている。
すごく寛容で大きな人だなぁと思います。
高齢者に対して「テクノロジーへの適応を求めるのではなく、彼らがアクセス可能な方法でテクノロジーを提供する必要があります。台湾におけるコロナ禍のマスク配布を例に挙げると、6000軒以上の薬局が付近の住民たちからの信頼を得ていたので、そのデータを活用しました。高齢者は持病を抱えているケースが多く、薬局の処方箋には馴染みがあります。その処方箋のデータを活用することで、まずは最もダメージを受けやすい人々がアクセスできるようにした後で、アプリケーションの整備へ移行しました。このように、システムへの参加方法をしっかりと設計すれば、デジタルギャップは発生しないと思います。

テクノロジーと死生観について述べていることもとにかくポジティブ。
まずいえるのは、デジタル世界においては複製が可能なため、一種の“不死”あるいは“永遠の命”をつくりだすことが可能です。あなたの人生、あるいはその一部を公開すれば、それは永遠に存在し続ける。しかし、2つめの答えとしては、複製された“不死”は他者から解釈され、再構築される場合があります。この場合、あなたの“永遠の命”は後世の人々が使えるクリエイティブな素材であり、人類の文明を“不滅”へと導くための素材となる。つまり、デジタルテクノロジーは個々人の生命ではなく、文化の永続性に寄与するといえるでしょう。かつて岩を彫って石版をつくり、竹に文字を書き、やがて紙が開発された。これらも文明を築く素材でしたが、現代のテクノロジーではデジタル世界で“デジタルツイン”を所有し続けることが可能で、前時代に比較して、はるかに多くの情報を記録することができるのです。
この人はテクノロジーを信じ、人間を信じ、未来を信じているのだなぁ。
こんな風に希望を持つ人を大臣に戴く国民はなんて幸せなことだろうと思う。

最後に好きな詩を聞かれて、老子を出すところもいいなぁ。
今の日本はお国(お国って何?国体?天皇陛下?)のために
国民は喜んで犠牲になるべきなどという政治家がトップ周辺ににたくさんいるけど
オードリー・タンは老子ですよ。いいなぁ。
(施政者が)信頼を与えなければ(市民からの)信頼を得られない。だから理想的な君主は悠然としてめったに口を挟まず、人々が力を併せて事業を為す様にさせて、民衆が『我々の力で国が良くなった』と自らを誇れる様にするのだ」(「道徳経」17章)



銀行の業務機械化

2020-12-01 | Weblog
毎回思うけど、税金納付するのに、こちらで書類作って計算して、
わざわざ申告して払うだけでもめんどくさいなーと思うのに、
最近は銀行が人を減らして機械化して、払う側の手間ばかり増えるので、さらに腹立つ。
法人税払うのに記入する書類も増えたし。

住民税も以前は伝票一枚と納付書まとめて出せばよかったのに
機械では各市ごとにしかできないから、何回も電話番号入力から繰り返しやらされる。
そこまではこれからのさらなるIT化のために我慢できるけど、
そうやって利用者の手間を増やしながら、
お客様の利便性のため、とか抜かすからほんとに腹立つのよ。
こっちが楽するためですすみません、と言えば許してやるものを。
ぷりぷり。
なんかもうほんとメガバンク、嫌い。
個人の取引銀行は地元の銀行です。絶対いわゆるメガバンクには入れないぞ。

そもそも税金払うのが楽しくないので、ちょっとのことでもムッとしてしまうんだけどね。
いや、税金払うのはいい、義務だと思っていますが
その税金の使い道に腹が立つことばかりなので、こうやっていちいちムッとしちゃう。

ご飯を作る

2020-11-20 | Weblog
恋人がウイスキー以外全く飲まない人なので、一緒に飲んでると
わたしも最近ワインをあまり飲まなくなってた。それは遠慮とかでなく、
なにしろ2人ともたくさん飲むのでワインを飲む余裕がなかっただけなんだけど、
やっぱりワイン飲みながらイイカゲンな肴を作る時間もいいよなーと思ってワイン飲んでる。
ワイン飲むときは、ちゃんとした献立の夕ご飯は作れないけど、イイカゲンな肴は作れる。
恋人にちゃんとしたご飯を食べさせたくて、最近はずっとちゃんと作ってきたけど、
帰る時間がわからない日にちゃんと作って待ってるのに飽きて、
やっぱりイイカゲンな肴でいいかとこの頃思うようになったし。
元々わたしが出かける日は作らないし、彼もわたしが無理するのはいやがるし、
それでもまともな食事をしてほしくてつい作ってたけど、
誰も望んでないことをする意味もないなと。
彼と暮らすのに避けられない無理もたくさんあるので、
それ以外のところでは出来るだけ自分のペースでやらないとねぇ。

何も強制されてないのでご飯作るのも好きで苦じゃないし楽しくしてきたけど、
もっとイイカゲンな元々の自分の生活に少し戻して行こうかな。
ちなみにわたしがご飯を作るのは、わたしの方が仕事が楽で時間的に余裕があって
調理にも慣れているからです。休みの日には彼が全部作ってくれることもある。
人の作ってくれるご飯は美味しいね。

緊急避妊薬

2020-11-16 | Weblog
緊急避妊薬が薬局で買えるようになって、
それでは夫が子供が欲しくても妻が勝手に避妊してしまうという意見を聞いて
うーん、家庭の問題というか、産むのは女性だしその女性が産みたくないなら
夫でも誰でも強要してはいけないに決まってるでしょ…
ちなみにわたしも、自分のキャリアのために2年だけ子作りを待ってくださいと
約束して結婚したのに、結婚した途端全く守ってくれなくてすぐに妊娠してしまった。
それ以来わたしの人生の予定は狂ったままで、ずっと直らなかったなぁ。
自分の人生を取り戻したと感じたのは50歳すぎで、何十年もしなくてよかったはずの苦労をした。
息子を産んだことは後悔してないけど、
タイミングを選べなかったことはずっと尾を引いて、
その何十年もの間、無理やり妊娠させた元夫を恨んできた。
恨むのもつらいけど妻にそんなに恨まれるのもつらかろうと思うと、
子どもを作るタイミングを男が勝手に決めたり強要したりなど、
決してしてはいけないことでしょ。としみじみと思う。

威圧する側

2020-11-14 | Weblog
わたしは男の人になったことがないので、
男の人の怒声やきつい口調が本人が思う以上に人を強く威圧することに
無自覚でいられるのがよくわからない、と思ってた。
自分がいつも非力で扶養されてて弱い立場の女で怒鳴られる側ばかりで、
怒鳴る人がどういう気持ちでそういうことをできるのかわからないと思ってたのです。

でもよく考えると子どもに対して母親であった時の自分にはそういうところもあったかもと思う。
小さい子どもにとって母親はほぼ世界全部くらいの存在だったりするし、
その母親が怒鳴ったり不機嫌だったり冷たく拒絶したりする時、
子どもは母親が思う以上に怖かっただろうし、納得もいかず悲しかっただろうなと、
子どもがもうわたしよりずっと大きく強くなった今頃、しみじみとわかって
未熟で自分本意な母親だったなあと反省する。
それを思い出すと、怒鳴る側が怒鳴られる側よりずっと軽い気持ちで無自覚でいることが
それがどんな感じか自分にもやっとわかりました。

力や言葉や立場が強い側は、自分が思う以上に自分の意図以上に相手を威圧してしまうもので
それを若い頃にもっとしっかり自覚できていたらよかった。やさしくなかったな。
とはいえ、今のわたしは年をとりつつある軟弱な女で、
自分が誰かを威圧する側になることはこの先もうあんまりないだろうけど。

そして威圧される側であっても、小さい子どもの母親だった自分を思い出して、
そういう威圧も時間をかけて自分の中でふんわりくるんで空気を抜いてしまえる
大人になりたい。

北風と太陽

2020-11-09 | Weblog
幡野さんという良い写真を撮る写真家の方が人生相談のようなことをしていて
とある投稿で相談者の女性を嘘つきと決めつけたようなことが批判を読んでたのですが、
わたしは問題の文章を読んでないんだけど(削除されてる)
幡野さんへの批判はたくさんみて、どれもみんななるほどと思う。
彼の間違いも彼のトラウマもその通りだろうと思う。
彼には母親に対してトラウマがあって、それでバイアスがかかっているようなのです。
でも当たり前だけど自分の傷で他人を傷つけてはいけないんだよ。
その上で、それでもわたしは彼を断罪できないのよねぇ。理屈とは別に。

勘違いのきれいごとに聞こえるだろうけど、わたしは許すサガを抱えてるのだと思う。
傷のある人がより弱い人を傷つけることにはすごく憤慨するけど、
そうなってしまう人を叱咤できないのよ。その人には自分の傷が一番大きいわけで。

わたしは以前元夫の仕打ちに耐えきれなくて別れたけど、
今ならもっと思いやれたかもと、ほんの少し前、昨日か一昨日にふと思ったのでした。
そんな必要ない、自分を大切にと人は言うけど、それも結局勝ち負けや損得勘定で、
そこから遠く離れてどこまでも優しくしてあげればよかったんじゃないかと、ふと。
北風と太陽の太陽を信じてるのです。どこまでも。
今、好きな人の凸凹もやりきれなさも不機嫌もなんでも自分は受け入れようと思うけど、
過去の失敗から学んでうまくできるか、もっと自分を大切にしたいという気持ちに負けるか、
まだわかりません。
我慢なんて無駄、自分を大切に、自分の好きなように伸び伸び生きるべき、と思うと、
今のわたしは間違っているのでしょう。
元夫と離れたあと2度と繰り返さないと思ったのに
同じことをしてると思う人も多いでしょう。
ここに至るまでのわたしがどれだけ自分一人の自由だけを願って生きてきたか、
その上での決意だとわからない人にはわたしはただのバカなんだろうなぁ。
でも、いつも、
一番弱い方の味方になりたいといつも思うけど、一番弱かったのは被害者であるわたしより
加害者だった夫の方だったかもなぁと思ってしまう。
人間はみんな弱くてかわいいものだと思えるくらいわたしが強くて大きかったらなぁと。
自分の傷には気づかないことにして、もっともっと許せてたら。

だから誰もジャッジできないわ。

よく知りもしないことを強い立場でジャッジする人には近寄りたくないし、
自分のそういうところはよく自覚してほしいけど、
人の話をよく聞ける人は偉いしちゃんと聞けなかったことを謝れる人も偉いし、
それで勉強を始める人も偉いから、甘いと言われるかもしれないけど、
幡野さんのそん後に出た謝罪文は信じたい。

独り身男性に世の中は冷たい?

2020-11-07 | Weblog
独り身男性に世の中は冷たい、若い女性のそばに行くと警戒されるし、
というようなツイートを見かけたけど、
何故わざわざ若い女性のそばに行かなきゃいけないのかよくわかりません。
ここでまず「若い」女性を持ち出してくるところで、
いろんな意味でやっぱり同情することないな、と思う。。。
若くない独身女性のまわりに独身男性があまり現れないのは、
彼らが「若い」女性の方ばかり向いてるからで、
それで世間は独り身男性に冷たいとか言われてもねぇ。
先のツイートの続きは、でも「おばちゃん」は優しくて良いみたいな話だったけど、
女性って「若い」女性と「おばちゃん」だけじゃないし、いろいろいるんだけど…

おばちゃんが良いというのって「若い」女性でなく性的対象でない気楽さみたいなとこだろうけど
勝手に性的対象にされるのも勝手に「(女性として)終わってる」と安心されるのも
どちらも不快よね。
「若い」女性だけがいつまでも性的対象で、「若い」女性のことも「おばちゃん」のことも
それ以外の女性のことも同じ人間と気づいてないおっさんだから孤独なんだよ。