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sigh of relief

くたくたな1日を今日も生き延びて
冷たいシャンパンとチーズと生ハム、
届いた本と手紙に気持ちが緩む、
感じ。

八つ当たり

2020-10-28 | Weblog
結婚してた時の夫からの八つ当たり的なことを思い出して、
自分は八つ当たりってしたことあるかな?と考えたら究極に機嫌の悪い時に
息子に八つ当たりしたことがあって、でも自分が悪いとわかってるので
「今近づいたら八つ当たりしちゃうから離れてて!」とできるだけ言うようにしてた。

それでもつい当たってしまった時は、後で謝ったけど、元夫は謝らない人だった。
自分が悪いとわかってる時に余計機嫌が悪くなるのが困り物だった。
今はそんなふうに言えるけどその時は毎日つらかったなー。
そして今思ったけど八つ当たりというのは、していい相手、甘えられる相手か、
自分より目下のものにしかしないことよねぇ。

わたしが息子にだけ八つ当たりしたのは、息子を自分の下に見ていたからで、
息子以外のだいたい世界中の人が怖かったしおどおど生きてたので
八つ当たりできなかっただけなんだな。元夫はわたしのことを下に見てたのよね。
八つ当たりって必ず許してくれる相手か、自分より弱いものにすることだなぁ。

あなたもいずれ

2020-10-26 | Weblog
あなたもいずれこうなるのよ、と言われてたおばさんには、あんまりなってない。
これからなっていく気もしない。
カラオケ行かないし、演歌も好きじゃないし、電車の席取りはいまだに難しいし、
バラエティ番組見て受け売りの蘊蓄語ったりしないし、値切るのも下手だし、
飴ちゃんいつも持ってない(笑)。
それなりに図太くなってる部分はあると思うけど、
美意識的にも、今以上図々しさが増えることはそんなにないんじゃないかなぁ。
・・・これは自分で思ってるだけで十分増えてるかもしれませんが。

それに、枯れ葉いっぱいの溝があると、もちろん足をつっこんで、
さくさくかしゃかしゃ音をさせて歩きます。80になってもやってると思う。
(そもそも、おばさん以前に大人になってない気もするけど)





おしゃれな服

2020-10-24 | Weblog
おしゃれで自分にぴったりくる好きな服と出会って、
それまでの服を全部捨てて生まれ変わったという人の書いたものを読んで、
言ってることはすごくわかるけど、
スカート3枚千円で買ったばかりのわたしは、
この人は元々充分「あっち側」の人だったのだと思ってしまう。
自分はおしゃれな「あっち側」の人ではないけど、みたいなことを書いてたけど
素敵な店のお洒落な服に一瞬で恋することのできるセンスが元々あって、
それを支える財力もあったわけで、そういうポテンシャルのある人はだったのだなと。

記事自体は、自分がなりたい自分に変わって自分の魅力を活かせるようになって
人生が好転したという話なので、いい話と思うんだけど、
何かを成し遂げた人の、誰にでもできるよ!簡単!みんなもやって!というような態度は
ちょっと慢心してるというか、デリカシーがないかなと思ってしまった。

わたしのスカートは安さが嬉しかっただけで、この人みたいに自分を輝かせるものを
本気で選んだわけではないので、なんだか少しシュンとしてしまいましたが、
この話自体はいい話と思います。
殻を破って好きな自分になるのは素敵なことですからね。

一人の快適さ

2020-10-20 | Weblog
特急電車に乗り込んで発泡酒をプシュッと開けて短い非日常が始まると、
最近の自分の生活のことを思う。
わたしは自分の一人暮らしが気に入ってた。
気ままでほどほど自由で猫のご飯の心配だけをして、自分以外の人間に振り回されない生活。
レイトでふらりと映画を見て、たまに小さい旅行に行き、時々好きな友だちと会い、
好きなものを作って食べて自分のペースで満ち足りて眠る
一人暮らしのライフスタイルがとても気に入ってたので、
最近人と暮らすようになってあまりにたくさんのことを変えなくてはいけなくなって、
これは間違っているのではと思ったりした。自由な一人暮らしを捨てていいのだろうかと。

でも、何度も泣きながら思い詰め考え詰めて、しつこくしつこく話し合いを繰り返し、
できる工夫をなんでもやって、譲れることはなんでも譲って、
なんとかこれ以上胃壁が真っ黒にならないように自分のケアも自分でやって、
今思うと、こんなに自分を変えたことはないなと思うくらい自分が変わったように思う。
見てわかるようなことではなく自分の内側の小さな変化かも知れないけど、
根本的なところで、すごく変わったように思うのです。

満ち足りて思い通りにすっきりとした優しく快適な生活は素敵だし
今もそれが懐かしくて、またいつかそう言う日が来るかなぁなどと思いながらも、
苦労したりジタバタしたりドロドロしたり寂しかったりつらくて泣いたりするのも、
まあいいか、と、すん、と腑に落ちる感じがするようになってきたのです。
陳腐ないい方だけどそれもまた人生と思うようになりました。
そんな風に思ったことは今まで一度もなくて、家族がいて家族の世話をしていた日々さえ
自分の人生は自分の心地いい調和のためにあるべきで、
人のために苦労する生活は間違っていて、早く終わればいいとずっと考えてきたのに。
自分で選んだものではなかったからなぁ。

今は間違っていても自分の失敗をしっかり生きてる感じがある。
失敗だとしても、自分で選んだ自分の失敗をちゃんと生きてる。
理不尽なことも、納得のいかないことも、
悔しいことも不安も寂しさも毎日のようにあって、まだよく悩むし迷うけど
これって、調和に満ちて整ったきれいな絵画もいいけど
不安定で荒れ狂った現代アートもまたいいよね、という感じかな。
先のことはやっぱりわからないけどね。

「マイフェアレディ」と自分の値打ち

2020-10-12 | Weblog
映画の「マイフェアレディ」の原作に、主人公イライザの台詞で、
花売りとレディの違いは、というくだりがある。
違いは、その人がどう振る舞うかではなくどう扱われるかなのだと。
人にどんなふうに扱われようと自分一人毅然としていればと頑張ってもダメなのよね。
人間の値打ちは自分ひとりでは作れないし決められない。
これは人の評価を気にするとか人からの評価で自分の値打ちが決まるとかいう話とは
別の話なのです。
もちろん自分の値打ちは自分で決めればいいんだけど、では
自分ひとりで自分で決めた値打ち通りに毅然として
気高くきれいに生きられるかというとそれは大層難しくて
その難しさが自分を結局くたびれさせ干からびさせていってしまうのよね。

愛されずに愛し続けるのが難しいように、
まともな扱いを受けられないのに自尊感情をひとりで保つのは難しい。

ああイライザ。難しいよ。

自分の感受性くらい自分で守ればかものよ、と
イライザでなくとも日本の詩人にも叱られるけど、
自分の尊厳は自分ひとりでは中々守れない。なんでもすり減るからねぇ。

ジョンのひそやかな微笑み

2020-10-10 | Weblog
昨日はジョン・レノンの誕生日で生きていれば80歳か。
ジョンの歌を聞きながら家で飲んでいて思い出した。ヨーコの本に書かれていたこと。
「世界のどこかには、世界中に向けて良いバイブレーションを送り続けながら、じっと座ったまま一生を送る人もいる。一千光年もの昔に送られた星のまたたきを、わたしたちは、やっと今とらえることができたりする。ジョンのひそやかな微笑みは百年後にちょうどコミュニケイトできるかもしれないし、うまくいけばもっと早くコミュニケイトできるだろう。」
人というのは「生産性」のあるなしではないんだよ、と
前向きで肯定的に書いてある気がします。

わたしは、静かにたくさんものを見て考えて、安易に善悪をつけず、
寛容でいられる人が好きです。何してる人でも何もしてない人でも。
こんなすごいことが出来るから好き、こんな才能があるからすごいとか言われるより、
どこがどうというところでなくて、なんだかわかんないけど、
なんかいいのよねぇ好きなのよねぇと言われる人になりたいと思ってるけど、
難しいね。
すぐ何かしなくちゃと、空っぽな自分に焦ってしまう。

8月に

2020-10-08 | Weblog
今日は最高気温が20度を切って一気に秋が深まった感じがして
逆にすごく暑かった8月のことを思い出しました。
毎夏8月ごろの日本って、あの侵略戦争がなんだったのかすっかり忘れて、
ひたすら自国の被害のことしか言わないよね、というようなこと。
原爆の被害者の方への追悼の気持ちは、わたしも日本の方と同じだけ持っているつもりなので
それはそれで静かに追悼したいと思います。
ただそれ以外の場面でも日本の人が自分たちを被害者としか考えてないようなところには、
いつももやもやしてしまう。

日本人で、戦争の話で祖父母などから直に体験談を聞いた人がわたしの世代ではまだいて
悲惨な話に胸が痛むけど、同時にいちいち、それ侵略戦争で
自国民以前に他国民へそれ以上の悲惨な思いをさせたのが日本ですから、と
突っ込みたくなるのをぐっとこらえる。
戦争は悲惨よね、勝っても負けてもいいことないよね、と言い合う善良な人たちを見て、
そういう風に言うことがわたしにはできないし、
自国の加害のことをひとかけらも思い出せず辛かったことだけ慰め合う人たちに
やっぱり毎回もやもやしてしまう。
その当時、その大変だったという日本人からさらに差別され搾取され時に殺され、
大変どころではなかった人たちがいるという記憶も知識も想像力もないのよね。
善良な人でもその程度だもんなぁ。

でも、日本で戦争の悲惨さ、不毛さを説くのに、
日本国民の被害の話しか出てこないのは良くないと思いながら
加害の話をしようとすると、そもそも聞いてもらえなかったりするので、
とりあえず被害の話からしっかりするしかないのかなぁと釈然としない気持ちで思う。
そういうことを、在日であるわたしが配慮するのはちょっと違って、
正面から批判することは批判するべきだというのが正論だけど、
他にしようがないじゃないと諦めた気分で、
日本人と話すときは日本人の被害エピソードにとりあえず寄り添うしかない。
しかたない・・・。
それに、加害国の市民を無辜の存在と思っているわけではなくても
戦争というものの被害者としての個人個人の苦労には、やはり気持ちが寄り添ってしまうし。

加害、被害を超えたところでも、
どっちにしても人殺しということですからね、戦争は。
負けたのが良くなかったというのではなく、戦争って
負けた国民が悲惨な目にあって飢えて何もかもなくすような戦争も、
勝った国民が悠々楽に過ごせて楽勝の戦争も、どっちにしてもよくない。

かなっていた夢

2020-10-06 | Weblog
猫を飼うのも一人暮らしも遠い夢だったのにいつのまにか何十年経ったら、叶ってた。
留学というのも遠い夢だったけど、これは世界が変わってしまってよくわからなくなりました。
でもこれもいつか叶うのかなぁ。もう特に留学したい気持ちもなくなってるんだけど。
今は好きな人と一緒にいるけど、これは夢だったわけではなく、
随分前に一度振られてるし、それでもずっとただ単に好きだっただけなので、
夢が叶ったねと言われると、ちょっと違う感じがして、ただ不思議な気分です。

キャンピングカーで自由に暮らす、河川に停泊してる船で暮らす、など
切実というほどではない夢というか憧れみたいなものはまだいくつかあります。

最大の夢が、普通に働いて妥当な収入を得て自立するということだったけど、
父や夫の支配下でどうあがいてもできなかったことが、
これもまあ大体できるようになってた。
弟の会社とはいえ、ほかの従業員と同じくらいのささやかなお給料を貰って
なんとか生活できるようになったし。
昔のわたしに見せてあげたいなぁ。
年を取ったらラクになるから、死なないで、思いつめないで
もっと気楽に生きていいよーって。

勝ち負け

2020-10-04 | Weblog
自分が「目には目を」タイプの人間ではないのは、無理してる部分もあると思うけど
「目には目を」って不毛やなぁとしか思えないから。
勝ち負けのあるものはなんでも負けといたらいいやと思うのは、
大人になる前から、元々勝ち続ける能力がない負けっぱなしの人生だったし、
そもそも勝ち続けてもどうせみんな死ぬしなと思うからかな。
プライドや沽券の傷より、
ゆったり負けておくことの安穏の中で生きるしかない人生だった。

勝ち負けというのはどこにでもあって、
ほとんどのそれに関わらないでいるつもりだったけど、
正しさに固執するのも勝ち負けの一つなのだなと思うと、まだまだですね。
正しさに固執してるつもりがまずなかったけど、これもそうかとこの頃思う。
自分の正しさではなく、あるべき形というものを求めすぎることの方。
自覚したので直したい。
ただ、それを邪魔するのは論理整合性への強くしつこいこだわりで、
理屈に合わないことには中々慣れない。
でも自分の中にだけ置いといて自覚してればいいだけの正しさに支配されたくないので
まあなんとかなるかな。なんとかしていきたいと思います。

物心

2020-09-30 | Weblog
>本の中で面白かったのが、自閉症スペクトラムの人の多くが、物心がついたの中学生になってからというものだった。ずばり私がそれで、中学に入ってから霧が晴れたように周りのことがよく見えたというか、思考がクリアになったのは自分でもよく覚えておるのよね。
・・・という呟きを見たんだけど、すごくわかる気がする。
わたしは小学6年生だった。
ノスタルジーというものを初めて感じた瞬間を覚えていて、その頃だったと思う。
当時はその言葉も知らなかったけど、これは何だ?と戸惑いつつ、
その頃からどんどんまさに霧が晴れるように思考が自分のものになってく感じがしました。
それまでは自分でもよく分からなくくらいぼんやりした感じで、
まだ個人になってなくて世界に溶け混ざってたような、未分化な感じだった。

それからの方が大変だった。どうにも適応できないというか
自分の思考はずいぶんクリアになって世界の中の自分が少しはっきりしたかわりに、
その「世界」にどうも適応できない時期が続きました。
中高大と暗黒の時代を過ごし、そのあとは家の事情でやはり暗黒の時代を過ごして、
周りに適応できるようになったのは30歳すぎてからだったけど、
特に何も乗り越えることもなく
ただの挫折しか知らなくて拗れた「普通」の人になった気がする。


本名

2020-09-29 | Weblog
先日ネット予約した初めてのエステから予約確定の後に電話があって
わたしの名前を見て国籍の確認と支払い方法の確認をされた。
ネット予約は無料カウンセリングだけで、すでに確定された後だったし、
これはイレギュラー対応なのではと思う。
外国籍は無理カウンセリングも支払い方法確認されるのか?となんだかなぁ。

自分ではこれが差別に当たるのかよくわからなくて
その場では支払いが生じる時はキャッシュで支払いますと答えたけど
そもそも無料カウンセリングに支払いはないし
その先の継続契約に関しては、その契約に関しての支払い方法の話をすればいいし
まだ何も決まってない時点で個別に確認を取るのはなんなんだろうと思いつつ
電話を切ったんだけど、
何人かの友達に聞いてみたけど、それは差別だと強く言われて、やっぱりそうよねと思う。
それで、改めて電話をして、無料カウンセリングのキャンセルと
今回の対応についての苦情を申し入れました。
電話の人に怒っても彼女のせいではないので、淡々と
外国籍の人だけにこういう対応をするのは差別に当たると思う、
それについて非常に不快な思いをしたとお伝えくださいとだけ言いました。

この日は、こういう嫌なこともあったけど、
仕事からの帰り道でいきなり知らない年配女性から声をかけられて
ヘアスタイルを褒められるというちょっと珍しいいいいこともあったし、
(あなた、その髪とても素敵ね。すごく似合ってるしおしゃれだわ、と言われた)
母が古い指輪をひとつ譲ってくれてクラシックだけど案外かわいくてそれも良かったことだし
全体には良かったことが多い日だった、と思うことにして気分直し。笑

思いがけない差別に出会うと、少し驚いて少し傷つくけど、
本名で生きてるとこういうことはたまにあって、
わたしはそれを忘れないでいたいし可視化されててほしいので、ずっと本名で生きてく。

「会いたい」

2020-09-28 | Weblog
先日うちに来てた韓国系の某銀行の支店長。
韓国の方で数年の日本赴任なんだけど(すごいシュッとしたエリートです)、
新型コロナのせいでずっと韓国に帰れないという話になった時、
愛する妻にもずっと会えなくてね、と普通におっしゃる。
こういうてらいのない表現って日本の男性はあんまりしないよね。

最初の頃は電話やスカイプで、会いたい、顔が見たいとばかり話してたのに、
最近はなんで帰ってこれないのよと怒られてばかりなんですよー。
ぼくにはどうしようもないのにねぇ、と話は続いて、
成人した子供のいる50歳くらいの男性ですが、いい夫婦なのねと思ったわ。
早く会えるといいね。

そういえば、韓国語では、I miss you をポゴシッポと言いますが、
これの直訳日本語は「見たい」です。
韓国語でも「会いたい」という別の言い方もあるけどそれは少し違って、
懐かしい、会いたい、I miss youと言いたい時は「見たい」の方を使うかな。

白いシャツやブラウス

2020-09-21 | Weblog
体はひとつなのに、なんでそんなに服がいるの?
とかいう意見を聞くことがあるけど、
体はひとつだけど気分は無限だからです、と答える。
服もカバンもくつも、体だけが着るのではなく、
気分がそれらを着るのよ。
なんていうわりに、いつも同じ格好しててすみません。
・・・
ということを前に書いた気がするけど、
そういえばわたしは夏は白いシャツやブラウスが好きで多分20枚以上持ってる。
汗をかくので、汗の目立たない白で、あせもができるのであせも予防に肘より長い袖で
ふんわりした袖が好きなので(これも前に書いたかな)そういうブラウスで、
下はベージュのミニスカートやバティックの布巻いてることが多いですね。
白いシャツやブラウスたちは、それぞれ全部少しずつ違うんだけど
多分人から見るとどれも同じに見えて
やっぱりいつも同じような服着てる人になってる気がします。
でも、この微妙な違いがその日の気分によってかなり違うので
毎朝、その日の気分に合うまで同じような服をいくつも着たり脱いだリしてるのです。
誰も気づかなくても、自分の気分だけは騙せないのよね。

冷蔵庫を買った

2020-09-13 | Weblog
春先に冷蔵庫を買いました。
家で各種カタログ見て売りのポイントとスペックを確かめ、
電気屋で実物と見比べて値段を見て比較。
ざざっとカタログ見ながら確認するのに半時間、
3つに絞って細々と比較するのにもう半時間、
最後に似てる2つの中から決めるのにもう半時間かかって、くたくた。
デザインもスペックも値段も似てるから、最後は自分の感覚になるんだけど、
一方の冷蔵庫は売り場の人が熱心で、すごく安くなってますと勧めるのはいいんだけど
今買わなきゃまた値段戻ることもあるんですよ、という
そういう売り方が好きじゃなくて、別のにしちゃった。

お得ですよ〜と勧められるのはいいけど、今しかないですよとか、
また高くなりますよとか、焦らせて不安にさせるような売り方をされると嫌になる。
だってもうすぐ新しいのが出る時期とどこでも言われて、
それなら多分旧機種の値段がまた上がることはないだろうし、
人を焦らせて追い込む感じの売り方には嫌悪感がある。
今の冷蔵庫は17年くらい使ったので、今日来る冷蔵も15年くらいもつとしたら、
次に買い換えるとき自分は70歳。もう同じライフスタイルではいないよね。
仕事は辞めてるだろうし、まだここに住んでるかわかんないし。
どうなってるんだろうな、その頃。そもそも生きてるのか?

冷蔵庫、届いてみるとマグネットのくっつかないタイプのやつだった。
スッキリはするけど少し不便かな。そしてお店で見たより、使いにくいかも。
奥に手が届かないし棚の高さが微妙。冷凍室は前より少し大きくなってこれは良い。
冷凍室が一番下じゃなく真ん中にあるのもうれしい。
嫌なのは冷蔵庫開けた時の中の電気の色。
前のはやさしい自然色だったのに今度のは青っぽい白で、食欲なくすのはいいのか。
あと、ドアがいちいちいちゃんと閉めないと軽い力で自然に閉まらないのも
前のが勝手に閉まるドアだったので中々慣れません。

かなりよく調べて比べて買ったのに、使ってみないとわかんないことってあるよね。
冷蔵室は少し小さくなったかな。微妙。
全体的には、まあこんなもんか、くらいの満足度です。

大きな買い物は長い時間悩んでよく考えて買うわりに
うまく行かないことも大いですね。
大きな買い物はしょっちゅうするわけじゃないので、中々経験も積めないしね。



名前

2020-09-03 | Weblog
名前と言うのは人に呼ばれることによってその人の名前になっていくのかなと思う。
誰にも呼ばれない名前は寂しい。
だから道端の雑草の名前も調べて覚えていこうと思うんです。

今一緒にいる人の名前をどう呼ぶかも、まだ定まってなくて
わたしがどう呼ばれるかもまだ定まってなくて、
結局ずいぶん昔初めて知り合ったときの呼び方のままなのか、
まだしっくりくる呼び方を探して試してみているところです。
名前なんて記号でしかないというのも一つの考え方だし
そんな風に思っていた時もあったけど
今は自分の名前が、自分にも人からも、大事な名前になるといいなと思う。