教育史研究と邦楽作曲の生活

一人の教育学者(日本教育史専門)が日々の動向と思索をつづる、個人的 な表現の場

近代日本における学歴社会の歴史を問う

2007年09月17日 21時57分30秒 | 教育研究メモ
 このところ、就寝中の鼻づまりがひどく、日中の集中力が急激に低下。なかなか読書が進みませんで、困ります。再投稿の論文もはやく直さなきゃいけないのに。
 ともかく、またもや勉強の履歴です。教育会という研究対象が代わったわけではありませんが、この数日で以下の本を読み切り。
・天野郁夫『学歴の社会史―教育と日本の近代』平凡社ライブラリー、平凡社、2005年(初出:1987~92年)。
 近代日本における「学歴社会」の成立過程を、明治30年代を確立期として描いたもの。近代日本における学校教育とは何か、学校は結局「学歴」を与え、就職を有利にする機関にすぎないのか、主に「教育を受ける側」の視点から考えさせられました。この本の内容が書かれたのはほぼ20年前ですが、学歴社会から実力重視社会の転換が目指されている今、そもそもなぜ学歴社会が確立されたのか、学歴社会の確立によって獲得または喪失された、見直すべきものはないか、という、この本の問いはまだ活きるように思います。
 学歴社会といえば、社会の悪者のように語られるところがあります。私も、正直、あんまりいい印象は持っていません(そういえば、なぜ学歴社会にいい印象を抱かないか、という問い。興味ありますね…)。しかし、「農民の子は農民、武士の子は武士」というような、基本的に身分が固定されたかつての社会から、「農民の子でも武士の子でも、官僚に、大企業の職員に、医者になれる」というような、身分(職業)の移動が可能な社会へと移行させたという、学歴社会の歴史的意義はなるほどと思わせられます。なお、学歴取得には莫大な資金が必要であり、「誰でも」その恩恵にあずかれるわけではないということには、注意しなくてはなりませんが。
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