とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

長いトンネルの奥

2013-01-30 21:21:42 | 日記
長いトンネルの奥



 ある酒蔵

 平日の午後、孫が学校へ行っている間、私は治子の車に乗せてもらって松江の湖笛の稽古場に出かけました。車の中で治子が意外なことを次々に話したので私は車酔いをしたような気分になりました。

 湖笛の鈴木琢磨さんとはどういう関係なんだ。

 関係。変な言い方ね。
 
 いや、その、何というか、二人の接点だよ。

 ああ、そういうこと。・・・モトカレといったところかしら。

 なに、モトカレ。穏やかじゃないな。

 高校時代のことなんだからそんなに深刻にならないでよ。

 そうか。・・・しかし、今も稽古場で会っているんだろう。

 会っている。・・・また変な言い方ね。

 それじゃ、どうして親しいんだ。

 あんまり勘ぐらないでよ。

 ・・・。

 私は時々劇団のお手伝いをしているだけ。

 そうか。どういう・・・。

 デザイン関係。いろいろあるでしょう、衣装とか大道具とか・・・、そういう関係のデザインのアシスタントを暇なときしてあげてます。

 あっ、そうか、そういうことか。で、今も続けて・・・。

 子どもがいるから今は出来ません。だから、この前絵を見たあの笙子さんとか、その友達の京子さんとかにお願いして変わっていただきました。

 なに、笙子さんや京子さんを知っていたのか。

 そうじゃなくて、鈴木さんから頼まれて最近お願いに行ったの。そしたら、協力しますという返事で・・・。

 分かった。分かった。ごめん、ごめん。・・・しかし、ほんとに不思議だ。三人が同じ劇に関わることになるなんて・・・。

 車中そういう話をしているうちに車は事務所に着いたので、酒蔵の中に入っていきました。真っ暗なので私は突然不安になりましたが、トンネルのような長い通路の向こうにかすかな灯りが見えてきたので私はほっとしました。トンネルを抜けると大きな明るい部屋に出ました。そこでは劇団の関係者が次に公演する劇の準備をしていました。治子を見つけると背の高い上品な感じの若者が走り寄ってきました。

 久しぶりですね、治子さん。

 失礼しててごめんなさい。・・・ああ、私の父です。

 あっ、畝本さんですか。初めまして。この度はいろいろお世話になりました。

 いえいえ、・・・どうも初めまして。娘に誘われまして・・・。

 そうですか。ほんとにむさ苦しいところで申し訳ないです。でも、ご縁劇場に移れば伸び伸びと稽古が出来ます。またお世話になります。

 正面の仮設の舞台の奥に郁子さんの姿がちらと見えたので、私は頭を下げました。すると、舞台を降りて私のところに駆けてきました。

 驚きました。ここがどうして・・・。

 いや、娘に誘われて・・・。

 えっ、治子さんのお父さんでしたか。

 ええ。

 治子さんには以前からお世話になっていたそうです。・・・そう言うと治子がしらっとした顔をして言いました。

 琢磨さんをよろしくお願いします。

 おいおい、治子。そんな言い方はないだろう。・・・そう私が言うと、治子は入口の方に歩いていき、椅子に腰かけてこちらをじっと見つめていました。

 郁子さん、ごめんなさい。どうしたんだろう、あいつ。

 お父さん、いいです、いいです、私、新米ですから・・・。

 ごめんなさいね、ほんとに。後でしっかり言っておきます。

 畝本さん、今度の劇ですが・・・。鈴木さんが話を逸らすようにそう言いました。

 ええ、ぜひお聞きしたいですね。

 今、舞台監督の松江を呼びますから・・・。そういうと鈴木さんは大声で呼びました。すると小柄な中年の紳士然とした男が舞台裏から出てきました。

 こちら、治子さんのお父さんです。

 初めまして、畝本です。・・・私は少し緊張して言いました。

 今度の劇について少し説明していただけませんか。

 そうですか、分かりました。松江賢治と申します、よろしくお願いします。・・・で、今度の劇は「悲恋の盆唄」という題名です。・・・斐伊川支流の新川は、天保2年藩の命により開鑿されました。斐伊川本流を水害から守ることと新田の造成が目的でした。突然の下命ということで地元は混乱したといいます。数年かかって完成しますが、相当の難作業だったらしいです。時の家老朝日丹波は過酷な労働を強いられた地元民のために労働歌を作ったといいます。それが後の盆踊り唄の「山崩し」として残ったと聞いています。その新川が廃川となる一番の原因は昭和9年9月の新川決壊です。旧直江村の法華経堤防から出水し、またたくまに直江から旧荘原村に流水が押し寄せました。後、その決壊した地点には犠牲者の霊を慰撫する法華塔が建てられています。ま、そういう歴史を背景にした悲恋を演じます。時代設定が江戸から昭和ですから人物も何度も入れ替えます。

 すごい作品ですね。・・・私は松江さんの真剣な目をじっと見つめていました。

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