とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

飛天

2010-09-03 11:09:51 | 日記
飛天



 先日、倉吉の打吹公園に行った。ふと寄った喫茶店の壁に木の透かし彫りの飛天が数体飾ってあった。天女伝説にゆかりのある打吹山の名は、天上に帰っていった母なる天女を子どもたちが恋い慕い、太鼓を「打」ち、笛を「吹」いて呼んだということに由来しているという。私はその透かし彫りがまことによく奈良の薬師寺東塔の飛天に似ていると思った。
「みんな、塔はどういう役割をしていると思う?」。昔、修学旅行で薬師寺に行ったとき、案内役の若い僧が子どもたちに問い掛けた。誰も答えるものがいなかった。私も分からなかった。「お墓だよ」。僧は意外な答えを示した。私はそのことを今でもはっきり覚えている。
塔の最上層の屋根に立っている金属の装飾を相輪といい、その基部を伏鉢と言う。ここに仏舎利を納める。九輪はそれにさしかけた傘。その上に塔を火災の厄難から守る水煙が取り付けてある。薬師寺の水煙には透かし彫りされた二十四体の飛天が、笛を奏で、花をまき、衣をひるがえして祈りを捧げて、仏を讚えている。まさしく荘厳な「お墓」である。アメリカの美術研究家・フェノロサは、この東塔を「凍れる音楽」と評した。
 天女伝説は全国に流布している。しかし、楽器を関わらせた打吹山の伝説は全国でも少ないのではないのか。母の天女から教えられた天上の音楽を奏でて切なる思いを伝える子どもたち。何と甘美で恍惚とする世界ではないか。
 私は一観光客として偶然に飛天の像に再会した。作者は分からない。しかし、この作者は遠い空からかすかに聞こえてくる厳かな天上の音楽を確かに聞いていたに違いない。
                                  (2005年投稿)


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