とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

あちこち「SYOWA」 56 KAMIKAZE 桜花 BAKA BOMB

2016-11-26 01:03:02 | 日記
KAMIKAZE 桜花 BAKA BOMB


桜花(おうか)は大日本帝国海軍が太平洋戦争中の昭和19年(1944年)に開発した特攻兵器である。昭和20年(1945年)より実戦に投入された。専門に開発、実用化、量産された航空特攻兵器としては世界唯一の存在である。(動画説明より引用)

 Aの町には終戦直前に作られた海軍の飛行場があります。そこにも桜花は配備されていたと聞いています。戦局は明らかに悪化し、敗戦間際の苦し紛れの秘策でした。
 Aはここで原爆投下の映像を引用しようと思いましたが止めました。あまりに悲惨だったからです。原爆投下の経緯についてはいろいろな事が言われていますが、Aが注目したのは下記のサイトです。参考までに。

原爆投下の理由

「桜花」は機首部に大型の徹甲爆弾を搭載した小型の航空特攻兵器で、母機に吊るされて目標付近で分離し発射される。その後は搭乗員が誘導して目標に体当たりさせる。一一型では母機からの切り離し後に固体燃料ロケットを作動させて加速、ロケットの停止後は加速の勢いで滑空して敵の防空網を突破、敵艦に体当たりを行うよう設計されていたが、航続距離が短く母機を目標に接近させなくてはならないため犠牲が大きく、二二型以降ではモータージェットでの巡航に設計が変更されている。日本海軍では本土決戦への有力な兵器と見なし、陸上基地からカタパルトで発進させることができる四三乙型などの大量配備を図ろうとしていた。
秘匿のため航空機に自然名を付けるという発想から航空本部伊東裕満中佐によって「桜花」と命名された。初戦果を報じた1945年5月28日の新聞では、ロケット機「神雷」と呼称された。開発段階では発案者の名前を取り「○大(マルダイ)部品」(○の中に「大」の文字)とも呼ばれた。連合国側からは、自殺(攻撃)を行う「愚か者」の機体との意味合いで、日本語の「馬鹿」にちなんだBaka Bomb(単にBakaとも)というコードネームで呼ばれていた。
 終戦までに11型が製造され755機生産された。桜花で55名が特攻して戦死した[5]。専門に開発され実用化された航空特攻兵器としては世界唯一の存在と言われる。(Wikiより)

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