とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

鍵を返さなくては・・・

2013-03-23 22:27:16 | 日記
鍵を返さなくては・・・
 



 浅井 忠「Morning Sun」


 披露宴が終わってからしばらくの間、私はすべて成し終えたというような虚脱感にとらわれていました。数日後、変なというか、ちょっとしたことを思い出しました。それは長柄さんから受け取った合鍵を返していないことでした。これは失態、大切なことを忘れていた。そう言えば、京子さんの家に長らく行っていない、そうだ、久しぶりに・・・。そう思うと私は何かに後を押されるような気持ちになり、ある朝、京子さんの家に車で出かけました。ところが・・・。

 
 家が消えている。確かここに門があって・・・、そのすぐ奥に玄関があったはず・・・。・・・草地を朝日が照らしているだけだ。場所を間違えたかもしれない。・・・いや、確かにここだ。そうだ、椋の木が目印だ。・・・ない、木もなにもない。草だけだ。私は今まで夢を見ていたのかも知れない。京子さん、長柄さん、冴子さん、笙子さん、郁子さん・・・、どこへ消えたのか。私は何をしてきたのか、夢だとしたらずいぶん長い夢だ。悪夢。いやそうではない。すばらしい夢を見ていたと思いたい。・・・しばらく佇んでいて、そうだ、長柄さんに電話しよう、と思いました。

 ああ、長柄さん、今京子さんの家のとこにいるんですけど、なんにもなくなっていて・・・、あの、大事なこと忘れてました。鍵です。鍵を返しにきたんですけど・・・。

 分かりました。すぐそちらに行きます。・・・しばらくして長柄さんが近づいてきました。

 鍵ですか。ごめんなさい、貴方に話していませんでした。引っ越しました、四人で。

 ええっ、引っ越した。

 そうです。

 どこへ。

 統合した新しい小学校の近くです。

 新築したんですか。

 いやね、空き家を買い取って改築したんです、アトリエを広くとってね。

 壊すこともないと思うけど・・・。

 いやね、更地にして不動産屋に引き取ってもらったみたいです。

 不動産屋。

 そう。でないとなかなか買い手はつかない。

 今まで夢を見ていたかもしれないと思って呆然としていました。

 夢。

 ええ、いい夢ですよ。

 貴方はまだ早合点の癖が抜けないね。

 安心しました。・・・ところで、二人の仕事は・・・。

 最近は、舞台の大道具の絵を描いてます。すごい大きな絵で、てこずっているみたい・・・。

 子どもさん大きくなったでしょうね。

 いやー、もう、あちこち動き回るもんで、婆さんも大変。

 会いたい・・・。

 あっ、そう。じゃ、これから・・・。そう言うと長柄さんは私の車に乗り込みました。十分くらい国道9号を走ると、長柄さんが前の大きな家を指さして、ああ、あそこ・・・、と言いました。二人は車を降りて、玄関に立ちました。すると、お母さんが孫を連れて出てきました。

 やあ、いい家ですね。京子さんたちは仕事ですか。

 ええ、見てやってください。・・・私たちはアトリエに案内されて入っていきました。
思ったより大きな絵で、暗色系の色彩で塗ってあるので、私は脚本に対して抱いていたイメージが変わりました。

 京子さん、これはどういう場面ですか。

 黄泉の国です。

 えっ、黄泉。

 そうです。

 ということは・・・。

 そうです。ストーリーが大きく変わりました。喜多川さんの指導が入って・・・。

 喜多川さん・・・。

 そうです。あの方の発想はすごいです。

 具体的にどう変わったんですか。

 いや、まだお話ししない方が・・・。私は絵を見ていて、暗い空間に体が吸い込まれていくような感じがしました。

 
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