鍵を返さなくては・・・
浅井 忠「Morning Sun」
披露宴が終わってからしばらくの間、私はすべて成し終えたというような虚脱感にとらわれていました。数日後、変なというか、ちょっとしたことを思い出しました。それは長柄さんから受け取った合鍵を返していないことでした。これは失態、大切なことを忘れていた。そう言えば、京子さんの家に長らく行っていない、そうだ、久しぶりに・・・。そう思うと私は何かに後を押されるような気持ちになり、ある朝、京子さんの家に車で出かけました。ところが・・・。
家が消えている。確かここに門があって・・・、そのすぐ奥に玄関があったはず・・・。・・・草地を朝日が照らしているだけだ。場所を間違えたかもしれない。・・・いや、確かにここだ。そうだ、椋の木が目印だ。・・・ない、木もなにもない。草だけだ。私は今まで夢を見ていたのかも知れない。京子さん、長柄さん、冴子さん、笙子さん、郁子さん・・・、どこへ消えたのか。私は何をしてきたのか、夢だとしたらずいぶん長い夢だ。悪夢。いやそうではない。すばらしい夢を見ていたと思いたい。・・・しばらく佇んでいて、そうだ、長柄さんに電話しよう、と思いました。
ああ、長柄さん、今京子さんの家のとこにいるんですけど、なんにもなくなっていて・・・、あの、大事なこと忘れてました。鍵です。鍵を返しにきたんですけど・・・。
分かりました。すぐそちらに行きます。・・・しばらくして長柄さんが近づいてきました。
鍵ですか。ごめんなさい、貴方に話していませんでした。引っ越しました、四人で。
ええっ、引っ越した。
そうです。
どこへ。
統合した新しい小学校の近くです。
新築したんですか。
いやね、空き家を買い取って改築したんです、アトリエを広くとってね。
壊すこともないと思うけど・・・。
いやね、更地にして不動産屋に引き取ってもらったみたいです。
不動産屋。
そう。でないとなかなか買い手はつかない。
今まで夢を見ていたかもしれないと思って呆然としていました。
夢。
ええ、いい夢ですよ。
貴方はまだ早合点の癖が抜けないね。
安心しました。・・・ところで、二人の仕事は・・・。
最近は、舞台の大道具の絵を描いてます。すごい大きな絵で、てこずっているみたい・・・。
子どもさん大きくなったでしょうね。
いやー、もう、あちこち動き回るもんで、婆さんも大変。
会いたい・・・。
あっ、そう。じゃ、これから・・・。そう言うと長柄さんは私の車に乗り込みました。十分くらい国道9号を走ると、長柄さんが前の大きな家を指さして、ああ、あそこ・・・、と言いました。二人は車を降りて、玄関に立ちました。すると、お母さんが孫を連れて出てきました。
やあ、いい家ですね。京子さんたちは仕事ですか。
ええ、見てやってください。・・・私たちはアトリエに案内されて入っていきました。
思ったより大きな絵で、暗色系の色彩で塗ってあるので、私は脚本に対して抱いていたイメージが変わりました。
京子さん、これはどういう場面ですか。
黄泉の国です。
えっ、黄泉。
そうです。
ということは・・・。
そうです。ストーリーが大きく変わりました。喜多川さんの指導が入って・・・。
喜多川さん・・・。
そうです。あの方の発想はすごいです。
具体的にどう変わったんですか。
いや、まだお話ししない方が・・・。私は絵を見ていて、暗い空間に体が吸い込まれていくような感じがしました。
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浅井 忠「Morning Sun」
披露宴が終わってからしばらくの間、私はすべて成し終えたというような虚脱感にとらわれていました。数日後、変なというか、ちょっとしたことを思い出しました。それは長柄さんから受け取った合鍵を返していないことでした。これは失態、大切なことを忘れていた。そう言えば、京子さんの家に長らく行っていない、そうだ、久しぶりに・・・。そう思うと私は何かに後を押されるような気持ちになり、ある朝、京子さんの家に車で出かけました。ところが・・・。
家が消えている。確かここに門があって・・・、そのすぐ奥に玄関があったはず・・・。・・・草地を朝日が照らしているだけだ。場所を間違えたかもしれない。・・・いや、確かにここだ。そうだ、椋の木が目印だ。・・・ない、木もなにもない。草だけだ。私は今まで夢を見ていたのかも知れない。京子さん、長柄さん、冴子さん、笙子さん、郁子さん・・・、どこへ消えたのか。私は何をしてきたのか、夢だとしたらずいぶん長い夢だ。悪夢。いやそうではない。すばらしい夢を見ていたと思いたい。・・・しばらく佇んでいて、そうだ、長柄さんに電話しよう、と思いました。
ああ、長柄さん、今京子さんの家のとこにいるんですけど、なんにもなくなっていて・・・、あの、大事なこと忘れてました。鍵です。鍵を返しにきたんですけど・・・。
分かりました。すぐそちらに行きます。・・・しばらくして長柄さんが近づいてきました。
鍵ですか。ごめんなさい、貴方に話していませんでした。引っ越しました、四人で。
ええっ、引っ越した。
そうです。
どこへ。
統合した新しい小学校の近くです。
新築したんですか。
いやね、空き家を買い取って改築したんです、アトリエを広くとってね。
壊すこともないと思うけど・・・。
いやね、更地にして不動産屋に引き取ってもらったみたいです。
不動産屋。
そう。でないとなかなか買い手はつかない。
今まで夢を見ていたかもしれないと思って呆然としていました。
夢。
ええ、いい夢ですよ。
貴方はまだ早合点の癖が抜けないね。
安心しました。・・・ところで、二人の仕事は・・・。
最近は、舞台の大道具の絵を描いてます。すごい大きな絵で、てこずっているみたい・・・。
子どもさん大きくなったでしょうね。
いやー、もう、あちこち動き回るもんで、婆さんも大変。
会いたい・・・。
あっ、そう。じゃ、これから・・・。そう言うと長柄さんは私の車に乗り込みました。十分くらい国道9号を走ると、長柄さんが前の大きな家を指さして、ああ、あそこ・・・、と言いました。二人は車を降りて、玄関に立ちました。すると、お母さんが孫を連れて出てきました。
やあ、いい家ですね。京子さんたちは仕事ですか。
ええ、見てやってください。・・・私たちはアトリエに案内されて入っていきました。
思ったより大きな絵で、暗色系の色彩で塗ってあるので、私は脚本に対して抱いていたイメージが変わりました。
京子さん、これはどういう場面ですか。
黄泉の国です。
えっ、黄泉。
そうです。
ということは・・・。
そうです。ストーリーが大きく変わりました。喜多川さんの指導が入って・・・。
喜多川さん・・・。
そうです。あの方の発想はすごいです。
具体的にどう変わったんですか。
いや、まだお話ししない方が・・・。私は絵を見ていて、暗い空間に体が吸い込まれていくような感じがしました。
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