とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

坂本郁子という女性

2012-09-16 22:36:59 | 日記
坂本郁子という女性



 夜の教室

 会議が終わって、出席者誰もが興奮気味で会議室を出ていきました。私も長柄さんと帰ろうと思い、玄関まで出ました。すると、冴子さんが私たちを呼び止めました。二人は招かれるまま教室の一部屋に入りました。中には意外にも坂本郁子さんが座っていました。


 お疲れのところごめんなさい。少しばかりお話ししたいことがありまして・・・。そう言って冴子さんは郁子さんの隣に座りました。私たちは二人の前の机と椅子を逆向きにして座りました。

 ごめんなさい。実はこの郁子のことですけれど・・・、この子、私を母と思っていて・・・、私も母親のように心がけて育ててきました。

 そうですか。初めて聞きました。郁子さんは電気関係がお強いですね。外の照明を見てびっくりしました。あっ、このことは岡田さんから伺いました。

 この子、電気、と言いますか、照明の勉強をしてきました。ある演劇集団の照明係りをしていました。

 道理で・・・。それで、今は・・・。

 辞めて岡田さんのお手伝いをしています。郁子さんが答えました。

 失礼ですが、どういうきっかけで・・・。

 ちょとしたいざこざに巻き込まれてしまって、退団をしてしまいました。

 いざこざ・・・、いや、失礼、立ち入ったことを聞くのは止めましょう。

 それでね・・・。と冴子さんが続きを繋げようとしました。・・・それで、これから一緒に仕事をすることになったので、誤解を避けるためこの子と私の関係をお二人にお話ししよう思ったのです。・・・実はこの子の父親は画商をしていました。そういう関係で、私もコマーシャルベースでお付き合いをしていました。銀座に出店するという話を進めておられるときも相談をもちかけられ、その筋のお方を紹介してあげたりしていました。ところが金銭関係のトラブルが起きて、どうにも前に進めることができなくなりました。そのことがきっかけで母親が家出をしました。八方手を尽くしたのですが、見つかりませんでした。幼い郁子の養育ということがありましたので、私は母親代わりとして暇を見つけては通っていました。・・・それで、郁子はいつしか私をお母さんと呼ぶようになりました。正直言って、私も子どもが欲しかったので、ついついお母さんと呼ばれると、はい、はいと答えるようになりました。・・・ええ、そうです、京子という子どもを裏切って、父親を連れ出したその罪の償いだとも思っていました。勿論、京子も可愛いです。掛け替えのない子どもです。しかし、この子も可愛い子どもです。・・・畝本さん、可笑しいでしょうね。笑ってやってください。

 冴子さん、そんな・・・。私はやっとそう言いました。

 京子の父親はそのことを知っていますか。初めて長柄さんが口を開きました。

 東京に出てまもなく失明しましたが、私が郁子のところへ通っていることは知っているようでした。郁子には父親もいますし、私を疑っていたかも知れません。

 で、今は、その件については・・・。

 郁子が可愛いから通っているということは理解してくれていると思います。

 分かりました。分かりました。よくぞ私たちに話していただきました。ありがとうございます。・・・まっ、そういう込み入った話は置いて・・・、私は、郁子さんという心強い仲間を得ましたのでとても嬉しいです。晴れやかです。ねえ、長柄さん。

 若い仲間は頼もしい。年寄ばかりはいかん。はっ、はっ、はっ、よろしく、よろしくお願いします。

 畝本さん、長柄さん、私こそこの子をよろしくお願いします。

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