橡の木の下で

俳句と共に

選後鑑賞平成26年『橡』2月号より

2014-01-29 10:20:42 | 俳句とエッセイ

 選後鑑賞   亜紀子

 

夫と子は異国勤めやそぞろ寒  占部恭子

 

 夫君も成人されたお子さんもそれぞれに海外勤務という状況か。世界が狭くなり国外で働く日本人も珍しくない現代。これも世のならいと留守の家を毅然と守って暮しているが、季節が寒さへ向いてくるといささ心細くもなってくる。世界のそこここで問題が起きている昨今である。彼の地で働く家族の身の上も案じられるのである。そぞろ寒の語が微妙な心の有り様を表している。

 

新藁の匂ひかすかに冬囲ひ   武田テル子

 

 冬の寒さから樹木を守るための菰巻や藁囲い。まだ色新しく、香りも残る今年藁が使われている。厳しい季節を迎える時期であるが、ゆき届いた暮らしの清々しさ、潔さが感じられる。

 

鱶の鰭小さきも大事黙し削ぐ  保崎眞智子

 

 中華料理で貴重な高級食材の鱶鰭。日本が江戸時代には鱶鰭の有数の生産国であったことは知らなかった。現在その地位は他国に譲っているようであるが、良質な品の産地であることには変わりないようだ。昔から鱶鰭生産に従事する漁師がいるのだろう。貴重なものだけに、どんな小さな鰭も徒疎かにはせぬ。黙しという描写に冷たい水の作業を思わせられる。

 

増す嵩に調子乱るる落葉掃き  片倉新吾

 

 日課として落葉掃きをされているのだろう。散り始めの頃は軽やかな箒遣いである。外気温が下がり、ある時落葉のピークを迎える。この時期はすぐに箒が重くなり、確かに調子乱るるの実感有り。

通夜の寺紅葉散り行く別れかな 木村馨

 

 友人の通夜に参じた寺院は紅葉の美しい季節であった。辞してのち、散り行く紅葉に永久の分かれをひとしお感じられたのであろう。

 

産声や冬麗の空澄みわたり   深谷征子

 

 冬麗という語に澄みわたりという語を畳み重ねるように用い、冷たく澄みきった季節に誕生した新しい命を祝い、祈る気持ちが満ちている。

 

冬麗の微塵となりて去らんとす   相馬遷子

 

同じ冬麗という季語を使いながら、状況はまるで異なるのであるが、命というものがどこかでひとつに繋がっているような思いを抱かせられた。

 

底冷えの木曽路に熱きすんき汁 石橋政雄

 

 すんきというのは木曽地方に古くから伝わる漬け物だそうだ。赤蕪の葉を塩を使わずに植物性乳酸菌で発酵させた独特の食品である。山国では塩は非常に貴重であったために無塩発酵食品が生まれたのではないかと考えられている。木曽地方の中でも高冷地でないと良いものができないらしい。しゃきしゃきした食感と独特の酸味が特徴であるという。普通に漬け物として飯と食したり、茶請けにしたりされる。また、料理の食材にもなるそうだ。掲句の汁は刻んで汁の実にしたものか。上五、中七までの言葉繋がりで、下の句のすんき汁がどういうものか正確には分らなくとも納得される句になっている。「き」の音で韻を踏んだようなところも調子が良い。

 

夕日浴び万羽の鶴の啼き止まず 和田ミヨ

 

 出水の鍋鶴や真鶴。夕照のなかで文字通り万羽が啼き、羽打ちしている光景が目の当たりに浮ぶ。

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