橡の木の下で

俳句と共に

選後鑑賞平成27年「橡」3月号より

2015-02-27 09:09:00 | 俳句とエッセイ

 選後鑑賞  亜紀子

 

火の島を遠に古式の初泳ぎ  折田幸弘

 

 大分臼杵生まれの作家野上弥生子の作品に、ふるさとの水泳にまつわる思い出を綴った文章がある。弥生子は古式泳法「臼杵山内流」を習得している。当時子供たちは皆嗜みのひとつとして泳ぎの修練をしたようである。一夏の終りには水練の成果を披露する遠泳大会があり彼女も頭に花笠をかざして泳ぎきっている。その一節が随筆としてまとめられたものだったか、なにか別の小説の挿入部だったか定かでないのだが。掲句は鹿児島錦江湾での初泳ぎ、寒中水泳の様子である。薩摩藩には神統流という泳法が伝わるようだ。古式泳法はもともと武道の一つ。晴れ渡る空に一筋の噴煙、海に裾引く桜島を背景に水に入る。見る者の身も引き緊まる。大人や子どもが揃っての初泳ぎであろう。

 

初マラソン号砲に沸く閧の声 布施朋子

 

 新春早々、恒例の箱根駅伝の中継放送に日本中が注目。その後も各地で駅伝、マラソンの大会が続く。掲句はいずこのマラソン大会であろうか。大勢の参加者にはトップを争うアスリートだけでなく、完走が第一目標というランナーも。合図の砲と同時に一斉に閧の声。いざ出陣とばかりに白息が上がる。応援団の声援も。作者は今年度フルマラソンに挑戦。俳句も快走を。

 

甲板の刺身づくしの屠蘇に酔ふ 平石勝嗣

 

 遠洋漁業航海中の元旦であろうか。豊漁と安全を祈願、帰りを待つ家族の健やかなることを祈り、潮風の甲板で今日は多いに意気が上がる。こういう豪快な屠蘇の祝があるとは。陸の者には肴の数々が羨ましい。

 

小春日や雲龍は髭遊ばせて  釘宮多美代

 

 寺院の襖絵か天井画か、名のある雲龍と思われる。迫力のある画面だが、暖かな小春の一日、ゆらゆらと靡く龍の髭がなんとはなしユーモラスである。面白い小春の句となった。

 

初詣羊の根付鳴らしつつ   帯満智子

 

 本年平成二七年は羊年。羊の根付けとは可愛らしい。現代風の根付けは手提げバッグや財布のチャックに取り付けた小さな物、あるいは携帯ストラップであろうか。歩を進めるたびに軽やかな音を立てているようだ。参道を行く人々も皆善良な羊の群かもしれない。

 

鶺鴒の車道小走る年の暮   深谷征子

 

 鶺鴒は水辺の小鳥と思うのだが、冬になると車道、駐車場や公園などコンクリートを打付けた開けた場所でちょこちょこ走っているのをよく見かける。何やら拾い食いしている素振りも見える。これはどういう習性、生態なのだろうか。首を前後にふりふり、左右の足を交互に出して忙しなく歩く様はまさに師走。

 

朝ミサに開く大扉や初茜   菅原ちはや

 

 キリスト教会の新年の祈り。やはり特別な弥撒であるのか。大きな重い扉が開かれ、真新しい朝の光が満ちる。扉の外から内を照らす光のようでもあり、内から押しあけた扉の外の世界一杯に広がっている光のようでもある。

 

雀二羽厨口にて御慶かな   太田三智子

 

 我が家の小さな勝手口。主婦にとってはいつもの出入り口。しかし晴れの食事の支度や片付けの出入りに、いつもの雀の声も新玉の春の言祝ぎに聞える。健やかな年の始まりが快い。

 

 

 

 

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