選後鑑賞 亜紀子
雁渡し漁網つくろふ影二つ 岡田まり子
今日は風荒く、漁休みだろうか。小さな漁港で網繕うのは男二人でなくて夫婦ではないかと想像した。影二つという語からの印象。厳しい季節への入り口、モノトーンの絵画の趣に心引かれた。
海遠く原子炉超ゆる帰燕かな 鈴木月
岬の灯台を過ぎる帰燕の句は目にすることがある。福島第一原発の炉を越えていくと詠まれた掲句に今一度目が覚めた。私たちの手に余るものは手から溢れ崩れる。自然の運行、帰燕の群に言葉があれば何を言うだろうか。
茄子のみ異常気象に大当り 角田はる子
いやはや本当に大変な夏だった。猛暑、酷暑。畑の茄子は元気だったようだ。語調揃い、異常気象という硬めの言葉もすんなり収まる。お祭り気分のなすびの様を想像。
花蕎麦の朝風白き越の旅 布施朋子
真白の蕎麦の花、秋風白き趣きの風土。こんな季節に私も旅にありたいと思わされた。
もう行けぬ亡夫の奥津城野紺菊 岩下悦子
薄紫の野紺菊の花がかたまって咲いている。この季節に決まってご主人のお墓参りをしていたのか。墓前に来れば語りかけ、心落ち着ける時間があったことだろう。そこにもこの花が咲いているはず。切ないことと思う。
稲妻や大動脈の枝分れ 松本幹司
大気不安定な日が多かった。私も度々目にした稲妻。まさにこの姿。続く大音響は心臓に悪い。
草相撲とび入り少女勝名乗る 佐藤法子
お宮の祭礼か、あるいは子供会などのイベントか。草相撲に女の子が参加する機会は随分以前から見られるようになった。自分の下級生にも滅法強い女の子がいた。確かひかりちゃんという名だったような。掲句、飛び入りで勝名乗りとは、観客大いに沸いたことだろう。
独り居に少し冷せる桃をむく 奥村綾子
桃は冷やし過ぎず、食べる少し前に冷蔵庫に入れてちょうど良い頃合いの温度で。一緒に食べる相手がいればなお良いのかもしれないが、一人の暮らしも恙なく落ち着いた様子が感じられる。
音頭とる老妓みこしの上に立ち 伊藤千代
わが町の八幡様の秋祭りには女神輿が出る。音頭取りが乗れるほど大きくはない。界隈を巡るも見物人はさほどで、依然コロナ禍を引きずっているのかもしれない。掲句は賑やかそうだ。若い芸妓さんでなく、老妓というところに注目。さすが腰もしゃんとして決まっている。
米搗ばつた子らに持つ脚教へけり 中村正
虫は苦手という子も多いと聞く。日常生活から昆虫が締め出されているからだろうか。一方虫大好きで、幼稚園に補虫網と虫籠を携えて通って来る子もいる。就学前の子らの多くは、昆虫派、自動車派、鉄道派とに分かれて、それぞれに特別な興味を寄せる一時期があるような気がする。
さて、米搗きバッタはショウリョウバッタのこと。長い二本の後ろ足を持つと何度もお辞儀をするような、米搗きするような動きをする。昔子供の作者が今の子供たちに伝授。おっかなびっくり見ているだろうか、喜んで手を出したろうか。