大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

坂の上のアリスー01ー『お早うございます!』

2020-02-25 07:12:30 | 不思議の国のアリス

坂の上のー01ー
『お早うございます!』  


 

 空気入ってねーーーー!!

 忌々しくタイヤを蹴ると、ガチャンと悲鳴を上げて自転車は倒れてしまった。
 自転車に罪は無い。日ごろからメンテをしていない俺が悪い。だけど、心貧しい俺は自転車に当たってしまう。

 クッソー!!

 立て付けの悪い門扉を乱暴に閉めて道路に飛び出す。
 いつも徒歩なんだからカッカすることもないんだけど、今日は特別だ。

 なんせ100%の遅刻確定だ。今日遅刻すると生指部長指導をくらう。

 桜井薫と名前はやさしげだけど、生活指導部長は魔界の帝王か閻魔大王の化身だ。あいつの指導は後免こうむる。

 そもそもは綾香が悪い。綾香ってのは俺の妹。

 妹というからには女なんだけど、見かけの割には女らしくない。女らしくないという言い方をするとエッチャン先生に怒られそうだが、俺個人の感覚だからしようがない。綾香は炊事洗濯掃除とかいう感覚をお袋の腹の中に置いてきたようなやつだ。
 だから、この四月に親父の転勤にお袋が付いていってからは、俺が主婦。いや主夫。
 夕べも晩飯の用意はもちろん、梅雨時には欠かせない布団の乾燥、風呂場のカビ取りまでやった。
 で、ちょっとグロッキー。
「明日寝坊してるようなら起こしてくれよな」
 綾香に頼んだ。これには兄としての目論見がある。綾香も朝は早い方ではない。その綾香にあえて頼む。
 俺が起きなければ朝飯が食えない。なんせ、綾香は目玉焼き一つ作れない。そう言っておけば、グータラ妹も少しは我が身を律しようと思うだろう。
「ムリ、今夜は友だちんちにお泊り」
 シラっと言いやがった。
「おまえなー!」「なにさ!」と火ぶたを切って、リアル兄妹喧嘩になりかけて、妥協点を見出した。

 綾香が責任をもって、俺が起きれるような工夫をしておくことになった。

 その結果、目覚ましが二個鳴って、テレビではゴジラが大音量で吠えまくる。トドメは『さっさと起きろ!!』とスマホで綾香の声。
 それで飛び起きたんだけど。

「クソガキイーーーーー!!!」

 頼んだ時間より一時間も遅い!

 そういうことで、不快指数90の中、学校までの坂道を走っている。
 世間が許すならマッパで走ったね。だって汁だくの牛丼みたくビッチャビチャ! マッパで走って頭から水被るってのが合理的だと思うんだけど、世間と言うのは、こういう高校生の危機に対応してくれるようにはできてはいない。
 く……生徒諸君の姿がねえじゃねえか。
 どうやら同罪の遅刻生徒の姿も見えないくらいの大遅刻になってしまったようだ。

 ゲ、桜井薫!!

 最後の角を曲がると、正門に魔界帝王閻魔生活指導部長の姿が見えた。奴は最後の遅刻者を見逃さないように遅くまで正門に立っているとは聞いていたが、もう一時間目が終わろうと言う時間まで立っているとは!

 お早うございますっ!

 元気に挨拶する。今の俺に出来るのは恭順の意を示すことだけだ。
「新垣、今朝は、なんでこんなに早いんだ?」
 閻魔大王が不思議なことを言う。
「え、ええ?」
「まだ、7時30分だぞ」
「えーーーーー!?」
 頭の中でいろんなものがスパークした。俺の時計は9:00を指しているんだけど。

 ア!?

 どうやら綾香にしてやられた。時計もテレビもスマホも90分遅らせてくれたようだ。

 薫閻魔大王の野太い笑い声を背に昇降口に向かう。

 ゲ!? あれはなんだ!!??

 昇降口横の自転車置き場で、とんでもないものが目に飛び込んできた。

 なんと女子生徒が女子生徒を押し倒し、馬乗りになって乱暴を働いている。
「お、おい! なにをしてるんだ!?」
 俺は国民的リア充をモットーに生きている。君子危うきに近寄らずだろうが、ここは並のリア充なら声を掛けるシチュエーションだ。

 だが、これがとんでもないステージへのフラグだとは思いもしなかった。

「「あ!?」」

 悲壮な顔で振り返った馬乗り女は、妹の綾香だった……!
 

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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・51「地区総会・3」

2020-02-25 06:44:50 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)51

『地区総会・3』   




 ブームは過ぎていると思っていた。

 部室棟がひいお祖父さんのマシュー・オーエンの設計だと分かったときは大騒ぎだった。
 なんせマシュー・オーエンはアメリカ建築史に燦然とその名を遺す歴史的な建築家だ。
 でもって、偶然にも、わたしがひ孫で、空堀高校二年に在学中の交換留学生だったもんで、SNSでハジケてマスコミにも取り上げられた。

 しばらくは、サイン攻めとかの大騒ぎ。

 他の三人の演劇部員も騒がれた。

 野球部崩れの啓介は、中学ではエースで、エースに相応しいルックスとボディー。外見的にはラブコメの主役級。
 須磨先輩は、非公開だけど四回目の三年生。もともと美人なんだけど、二十二歳という完成された女のボディーを制服で包んでいると、なんともクール。これに対抗できるキャラは『冴えない彼女の育て方』の霞ヶ丘詩羽くらいしか思い浮かばない。
 千歳も『涼宮ハルヒ』シリーズの朝比奈ミクル並の可愛さ。最初に見かけた時は車いすの薄幸の美少女って感じだったけど、そのイメージから脱却しようと、見かけからは及びもつかない闘志を秘めている。
 わたしは100%混じりけ無しのアメリカ人。幾分入っているゲルマンの血で絵に描いたような金髪碧眼。ホームステイ先の千代子からは『僕は友だちが少ない』の柏崎 星奈みたいだと言われる(あんなに高飛車じゃないし人相も悪くないけどグラマーでもない)
 四人揃うと、ビジュアル的にはラノベが十二冊ほど書けるくらいに特徴的ではあるんだけど、狭い学校の中や空堀界隈では意識しない。 部室棟ブームのころこそは写真とか撮られまくりだったけど、ブームが過ぎてしまえば、変なクラブの変な四人組。

 その証拠に、演劇部の部員はぜんぜん増えていない。 
 
 それが、この地区総会では様子が違う。

 遅れている学校があるので開始を遅らせますと言われたとたんに、会場の他校生たちが殺到してきた。「サインしてください」「写真撮っていいですか」には慣れてたけど、飲み終わってテーブルに置いていたペットボトルが消えた時には「え!?」だった。
「ちょ」「え」「あ、痛い!」
 惜しくらまんじゅうみたいになって、北浜高校の女の子がこけた。
「あ、大丈夫!?」
 手を貸すと、その子の膝に血が滲んでいる。
「啓介、ペットボトル!」
 まだ略奪されていない啓介からミネラルウォーターを受け取って、その子の傷を洗ってハンカチで縛ってあげた。
「あ、ありがとうございます!」
「ううん、気を付けてね……」
 足許に目をやると、再びペットボトルが消えている。

「定足数に達しましたので、地区総会を始めまーす!」

 議長の声がして、やっと始まった。
 黒板に書かれた議題は『夏休み地区講習会』と『今年度コンクールの状況報告と役割分担』である。

 あ、これはうちには関係ないなと思った。

 うちは看板だけのナンチャッテ演劇部なんだから。

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ここは世田谷豪徳寺・22《半舷上陸》

2020-02-25 06:35:48 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺・22(惣一編)
《半舷上陸》   



 

 突然の半舷上陸になった。

 本来は、洋上で慣熟公試のため越年の予定だったが。機関室の装備配置が被弾時の緊急行動上欠陥があることや、慣熟公試にも支障があることが分かり、急遽横須賀に戻り装備配置の変更工事をやることになって、その間、乗組員は五日ずつの半舷上陸になった。

 わたしの乗艦は『いずも』の拡大新鋭艦『あかぎ』 諸元は排水量26000トン、全長270メートル、最大幅42メートル、速力30ノット以上、全通甲板式の空母形護衛艦である。オスプレイ12機、対潜ヘリ8機搭載などの新鋭艦である。

「班長は、どこで正月を?」
 砲雷科の杉野曹長が、ニヤニヤしながら聞いてきた。
「どこって、世田谷の実家に帰るだけですよ」
「そうですか、なかなかのおめかしなんで、別口かと思いましたよ」
「あ、そんな風に見えます?」
「はい、十分」
「光栄だな。ユニクロとABCマートで、しめて一万八千円でお釣りの来るナリですよ」

 自衛隊を見る国民の目はだいぶ変わってきたが、制服を着て街中を歩けるほどではない。

 渋谷に着くまでは、潮っけが抜けなかったが、京王井の頭線に乗り換え小田急の下北沢で小田急に乗り換える頃には、ただの佐倉惣一にもどっていた。
 豪徳寺のデニーズでアメリカンクラブハウスサンドを適量買って半年ぶりの我が家に向かう。
「兄ちゃん、電話ぐらいしなよ!」
 家に入る前に三階のベランダから気づいて声を掛けてきたのは、下の妹のさくらだった。

 デニーズのサンドを半分近く食べると、さくらは三階の自分の部屋に上がろうとして振り返った。
「明菜さんとは会う約束してんの?」
 口封じのサンドの効き目は食べている間だけだった。
「機密情報だ」
「早く手ぇ出しとかないと、尖閣みたいにややこしくなるわよ」
「うるさいなあ、尖閣と一緒にすんな!」
「陸(おか)に上がった時しかチャンスないんだから、なんなら、あたしから明菜さんに連絡しようか?」
 言うが早いか、さくらはスマホを取りだした。
「こら、余計なことすんな。それにどうしてさくらが明菜のアドレス知ってんだ!?」
 オレは、完全に自衛隊の士官から、ただの兄貴に戻って、さくらにヘッドロックをかまし、そのままカーペットに横倒しになった。スマホを持つ手を押さえようとして、さくらの胸に触れてしまった。
「さくら、女らしくなったな」
「今のセクハラだからね、防衛大臣に言っちゃうぞ!」
 ちょっと前なら、横抱きにしてお尻に二三発食らわしてやるんだが、さくらも、もう女であることを尊重してやらなければならない様子なので止めた。親父とお袋は、ただニヤニヤ笑っている。

「あれでも、こないだから人助けを二回もやってるんだ」
「え?」

 親父は、さくらが学校で自殺しかけた女生徒を助けた話しをした。で、ゴミ市で買ったコキタナイ人形がさくらの身代わりに割れたことを自慢し、わざわざ人形を見せびらかした。
「亀ヶ岡式の土偶みたいだね」
「さくらが、屋上から落ちた時に、身代わりに袈裟懸けに割れたんだ。そこを……あれ、継ぎ目が分からん」
「これ割れたの?……ぜんぜん分からないよ」
「今どきの接着剤は、よくできてるからね。あとで父さんトイレの便座の割れたのも直してくださいよ」
「それなら、オレがやるよ。そういう家庭的なことをするのが、オレには休養なんだから」
 そして、お袋は、さくらが昨日急性盲腸炎の女の子を助けた話しをしながらコーヒーを淹れてくれた。正直『あかぎ』のコーヒーの方が美味いが、我が家の素朴な味は格別だった。

 コーヒーのあと、トイレの便座を直しに行ったら、ドアを開けたその場に無防備な状態でさくらが座っていた。
「セ、セクハラ自衛官!」
 オレは、素直に閉め出されてやった。兄妹の機微というものである。
 リビングに戻り、妹が出た気配を感じて五つ数えてトイレに入った。
――臭いぐらい消してからいけよなあ――
 思ったが、口には出さない。こういう油断が兄妹である証拠なんだろうから。
 
 便座は、根本の支持棒のフックのところが、疲労破壊で折れていた。破断面がピッタリなんで楽にくっつくかと思ったが、微妙に変形していて難しい。
「う~ん……」
 思わずうなり声が出る。
 すると、ドアがいきなり開いて、ガキのころそのままのさくらが覗いた。
「なんだ、便座の修理か……」
 つまらなさそうに、さくらは行ってしまった。

 こういう臭いところの防御をやるのがオレの使命だ!

 そう気合いを入れると、破断面はピタリと付いた。
 紅白が始まる頃に年越し蕎麦になった。我が家は平成の空気がゆったり流れている。
 九時頃になると、さくらが出かけた。年越しの初詣のようだ。入れ替わるようにさつきが帰ってきた。
「あら、お珍しい」
 そう言うと、コートを脱いだだけで年越し蕎麦を食べ出したので、お袋に言って、もう一杯作ってもらった。人間は食事とか人間的な行動を共にすることで絆が確認できる。
「さつき、お前も人並みに苦労してるみたいだな……」
「自衛隊ほどじゃないけどね……」

 さつきの目から、一筋の涙が流れた……。

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