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大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

魔法少女マヂカ・127『裏次元 京都駅0番線』

2020-02-05 14:39:47 | 小説

魔法少女マヂカ・127  

『裏次元 京都駅0番線』語り手:安倍晴美 

 

 

 高機動車北斗は京都駅0番線の軌道上に降り立った。

 

 京都駅と言っても裏次元の京都駅であって、停車しているのはC54の外形をしている北斗だけだ。

 0番線というのが意味深に感じられるが、とりたてて不思議なことではない。1番から14番までのホームが出来ていた後に、山陰線のホームを作らなければならなかったので、既存のホームナンバーを変えるとダイヤ編成やら利用者の混乱を招く。そこで駅舎の手前に作って0番としたのである。ちなみに、日本国中で0番線が存在する駅は四十ほども存在する。

 この0番線のホームは全長五百メートルほどもあって、日本最長である。

 実は、このホームは四百年以上の昔に、豊臣秀吉が都の羅城として築いた『御土居』の跡である。都に羅城があったというのはこういう理由だ。

 天下を取った秀吉に明国の学者が、こう言った。

「太閤殿下、都が羅城に囲まれていないのは異なものでございます。その昔には羅城門も存在していたと聞き及びます。日ノ本の威容を内外に示すためにも、羅城の建造をお勧めいたします」

 なにごとも威容や威厳を大事に思う秀吉は、この明国の学者の進言を取り入れて、都を囲む羅城を建造し、御土居と名付けた。

 しかし「太閤殿下のお力と豊臣家の揺ぎ無き力を思えば都が戦火に晒されることを前提にした羅城など無用でございましょう」という石田三成たちの検索をいれて御土居の建造は半ばで中止とされた。その歴史的遺構の上に北斗は降り立ったのだよ。

 

 はあ…………。

 

 魔法少女達がそろってため息をつく。

「なにも出撃中に授業しなくても……」

「で、でも、知らないことだったので、為になりましたよ(^_^;)」

 ノンコが正直に言ったのを清美が取り繕う。

「そ、そう、いい話でしたよ(^_^;)」

「友里、ヨダレを拭きな」

 

 0番線に入ったのはいいのだが、濃密な靄に覆われて身動きが取れないのだ。おそらくはダークメイドの妨害だろう。いたずらに先を急いでは足元をすくわれる。

 それに、黄泉比良坂まではレールの上をC54として走行せねばならず、敵の妨害が無いとしても一昼夜はかかる。

 北斗は戦闘車両であるので、居住性が著しく悪い。そこで、京都駅に隣接する梅小路鉄道博物館から寝台車を借用するためにブリンダとサムを向かわせているのだ。その間に教育を兼ねて京都駅0番線のレクチャーをしているのだけど、つい授業のようになってしまったというわけだ。

「来たニャー!」

 居ねむっていたミケニャンが耳を立てた。どうやら寝台車がやってきたようだ。

「待って!」

 車外に出ようとしていたミケニャンを清美が制した。

「これは……装甲列車!?」

「敵!」

 身体が反応してコマンドパネルを開くと、瞬時に頭脳がウェポンの選択をする。

「前方シールド展開! 全速後進! 量子カノンよーい! パルスエネルギー充填急げ!」

「ラジャー! 量子カノン発射準備照準よし!」

「目標、敵装甲列車! テーー!」

 量子カノンの発射と起動が同時になり、北斗は通常の倍の速度で0番線を全速後進した。

 

 ズッゴーーーーン!

 

 それまで停車していた空間に火球が弾けた。危ないところだった。

「パルスエネルギー充填90パーセント」

「よし、発射と同時に後進いっぱい! テーーー!」

 

 ズッゴゴーーーーーーーン!!

 

 撃破できなければ逢坂山のトンネルまで後退しようと思っていたが、90パーセント充填のパルス砲でも、なんとか撃破できた。

 完全には撃破できなかった装甲列車はフォルムを残していたが、背後から現れた寝台車によってガラス細工のように蹴散らされた。

 引き込み線に入って寝台車を連結し、北斗は黄泉比良坂を目指して0番線を後にした。

 

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ここは世田谷豪徳寺2話目 《ダスゲマイネ》

2020-02-05 06:56:18 | 小説3
ここは世田谷豪徳寺・2
《ダスゲマイネ》   
 
 
 
 
 国語の試験、準備万端の読みを「じゅんびまんたん」と書いてしまった。
 それくらい、昨日の学校では落ち着きが無かった。
 
 理由は言うまでもない。水道工事のガードマンのニイチャン。
 
 悪気がないのは「あ!」って声でも分かっている。でも後ろを歩いていたサラリーマンのオッサンに「お!」と感激されてしまった。誘導灯がスカートにひっかかり、派手にスカートが翻ってオッサンに見られてしまった。あたしは「う!」と唸って走るしか無かった。
 
 ボロボロのテストで、まくさの「マック寄ろうよ!」も断って真っ直ぐ家に帰った。水道工事が続いているといけないので、いつもの通学路を避け豪徳寺の駅から真っ直ぐみそな銀行の前を通りベスト豪徳寺の前の道に回った。
 みそなの前を通るときチラ見したら、工事は昼休みのようで、オジイチャンのガードマンが一人で立っていた。だったら、普通に通ればいいんだけど、回り道するって決めたので、曲がることができない。
 こういう見栄っ張りで、融通の利かないというか、反射神経の鈍さは自己嫌悪。
 
 ダスゲマイネ
 
 口を突いて出てくるのは夏休みにはまった太宰治。ドイツ語のDas Gemeine(俗っぽさ)と、津軽弁の「んだすけまいね」(そんなだからだめなんだ)という音をかけている。気持ちがクシャっとしたときに出てしまうようになった。恵里奈みたく「じぇじぇじぇ!」なんて言える子はいいなと思う。
 
 家に帰ると悲惨が二つ。
 
 一つは、お母さんが風邪でひっくり返っていたこと。朝から咳き込んでいたのが本格的な風邪になったみたい。
「ごめん、さつき(姉)も遅いから、晩ご飯お願い……」
「大丈夫?」
「うん、犬飼さんのお見舞いに行って、病院で風邪もらってきたみたい。救急箱の風邪薬とお水くれない」
「うん。で、おじさん、どうなの?」
「あたしがお見舞いに行ったときは、少しお元気だったんだけどね……」
 あたしは、お母さんの「けどね……」にひっかかった。
「ひょっとして……」
「うん、今朝方ね……明日お通夜で、明後日お葬式。それまでに治さなくっちゃ」
「そうなんだ……」
「さくら……これ便秘薬だわよ」
 
 ダスゲマイネ
 
 犬飼さんは、お向かい。
 子どもの頃は娘さんたちが手を離れていたこともあって、よく遊んでもらった。自転車に乗れたのもおじさんのおかげ。お母さんの知らないうちにお風呂に入れてもらって、さくらが見あたらないと大騒ぎになったこともある。子供心にも職人あがりのおじさんの引き締まった体を、よく覚えている。今なら、近所でも幼女を、いっしょにお風呂に入れるなんて問題なんだろうけど、うちの桜ヶ丘あたりは、珍しく昔の気風が残っていた。ご近所を大騒ぎと大笑いにさせた懐かしい思い出。
 
 駅前に行くまではホカ弁に決めていた。
 
 とてもお料理する気分じゃない。ところが、水道工事を一本避けた道を通っていると、オデンの匂いがした。
 ページをめくったように記憶がよみがえった。お風呂に入れてもらったあと、オデンをご馳走になった。出汁の取り方がうちと違って、とても美味しく感じた。竹輪麩と玉子が美味しかった。
 
 で、ホカ弁屋から、スーパー・ベスト豪徳寺に切り替えた。
 
「これ、さくらが作ったのか!?」
「ホントに!?」
 お父さんも、お姉ちゃんも目を剥いた。
「犬飼さんちのオデン思いだしちゃって……」
 お通夜には、お姉ちゃんと二人で行った。
 お母さんは、風邪がもう一つ。お父さんは仕事でお通夜には間に合わない。
「おじさん言ってた。さつきちゃん、自転車乗れると世界が広がるぞって」
「え……あたしも言われたよ!」
「じゃ、姉妹そろって恩人だ……」
 お通夜の会場に着いたころは、お姉ちゃんは涙でボロボロだった。
 あたしは、十分悲しいんだけど、涙が流れない。オデン作りながら、十分泣いた。
 でも、こんな状況と場所で泣けないなんて女の子らしくない。
 ダスゲマイネ……
 また呟いて、お姉ちゃんに変な目で見られた……。
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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・31「マシュー・オーエン」

2020-02-05 06:37:29 | 小説・2
オフステージ(こちら空堀高校演劇部)31
「マシュー・オーエン」               



 車いすの少女が寂しそうに部室棟を見つめている。
 震度6の地震で倒壊の危険があるといっても、いきなりの立ち入り禁止はないだろうと思った。

 気づくと、ミリーはスマホを出して構えている。

 本当は断ってから写さないといけないんだろうが、そうすれば、少女の自然な寂しさが出ないとも思った。
 ま、撮ってから声を掛ければいいや。
 そう思ってシャッターを切ろうとすると、風がブロンドの髪をそよがせ、顔に掛かってしまって手許が狂った。
 車いすのステップに載った足だけが写り、画面の大半はトラロープで封鎖された部室棟だ。

――良い写真になった!――

 少女に声を掛けようとしたら、再び髪がそよいだ、今度は目と口にまとわりつく。
「もー、ペッペッペ!」
 髪を整え直した時には少女の姿は無かった。

――ま、足だけしか写ってないし……――

 写真はサイズを変えただけでSNSに投稿した。
 別に、これで世論を喚起しようなどと大それたことは考えていなかった。

――あの校舎を壊すっていうの!?――
――かわいそう!――
――あの足だけ写っている少女は!?――
 
 いろんなコメントが、主に母国アメリカから寄せられた。
 
 決め手は、伯父からの電話だった。

――あれはひいお祖父さんが日本で建てた記念碑的建築物だよ!――

 伯父は、その後に日本到着の日時と便名をメールで寄越してきた。

「もー、おっちゃんらは気ぜわしすぎ!」
 関空のゲートに現れた大叔父夫婦に口を膨らませた。
「よう、元気そうじゃないか!」
「二年ぶりね、すっかり大人びちゃって!」
「おばちゃん、うち汗かいてるよって」
 ハグしてきた伯母に気を遣う。
「ハハ、なるほど、その髪はヒヤシチュウカを連想させるなあ!」
 啓介に言われて、最初はむかついたが、自分でも冷やし中華のファンになると、面白いのでSNSに載せていたのである。
「ひいお祖父ちゃんは、ここのところ見直されてきてね、円熟期の作品はいくつも残っているんだが、若いころの作品はアメリカにも残ってないんだよ。本物だったら大発見だ」
「車いすの少女もいいわね、彼女の細い足が、気持ちを十二分に現している。あの子がやっと見つけた居場所を奪っちゃいけないわ」

 ミリーからすればひいひいお祖父さんにあたるマシュー・オーエンは近年注目され出した建築家だ。

 ミリーはすっかり忘れていたが、自身建築家である伯父は、ミリーの投稿を見て矢も楯もたまらずに日本にやって来たのだ。
「今日は学校休みやから、明後日でも見に行く?」
 電車に乗ったころには、具体的な視察の話になっていた。
「大使館を通じて話はつけてあるよ、この足で見に行くよ」
「案内頼むわね」
「あ、あたし制服着てないし」
 休日でも生徒の登校は制服と生徒手帳に書いてある。ミリーは、こういうところは日本人の生徒よりも律儀なのだ。
「急な話なんだから、私服でもいいんじゃないか?」
「あら、わたしはミリーの制服姿見てみたいわ!」

 ミリーは下宿先に戻って着替えることになった……。
 
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不思議の国のアリス・22『アリスと不発弾処理』

2020-02-05 06:29:48 | 不思議の国のアリス
不思議の国のアリス・22
『アリスと不発弾処理』
    


 
 今日は、不発弾処理の日だ。

 千代子パパは気を利かしてくれた。
「どや、店も休みやさかい、温泉でも行かへんか。河内長野にええ温泉あるで」
 でも、オバアチャンが、こう言った。
「アリスちゃん。避難の体験してみよか?」
 これで、迷っていた気持ちが落ち着いた。近所の小学校の避難所にいくことにした。
 アメリカ人として、一度は向き合っておきたかったのだ。

 日本とアメリカは、昔、ばかな戦争をやった。
 アリスのパパも、伯父さんのカーネル・サンダースも、あの戦争は日米双方に問題があった。と言っている。在郷軍人で、元市会議員をやっていたゲイルのジイチャンは「リメンバー・パールハーバー!」と、今でも言っている。ジイチャンはパパブッシュと同い年。硫黄島と沖縄戦を経験した筋金入りのベテラン(退役軍人)ジジイ。
 アリスは、お隣のTANAKAさんのオバアチャンが一番間近な戦争体験者。オバアチャンは戦争で最初の旦那さんに死なれ、戦後は進駐軍としてやってきた二番目の旦那さんのオンリーさんになり、本人は「神さんの思し召し」と遠い眼差しになるだけで、戦争についてはなにも言わない。
 アリスは、日本に来るについて覚悟はしていた。半年もいれば、どこかでこの問題にぶつかるだろうと。

 でも、この半年、そのことで、日本人と問題……いや、話題にさえなった事がない。
 一度、社会科の先生に聞いたことがある。その先生は、言葉少なに資料集のページを示した。
――安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから――
 そこには、広島の原爆碑の碑文が書かれていた。
「先生、これには主語があれへんのんとちゃいますか?」
「主語は……人類や。書いてないとこに意味がある」
 先生はすまし顔で言ったが、アリスは、なにかはぐらかされたような気がした。

 やはり、避難所の小学校の体育館に入るときは緊張した。
 
 きっと今まで経験したことがないような視線に晒される。なんといってもアメリカの置き土産の一トン爆弾のせいで避難してるんだから……。
 暖房が効いた体育館は穏やかだった。ご近所同士で世間話をしたり、ゲームをしたり。中には、この小学校の卒業生なんだろう、十数人のオッチャン、オバチャンたちで、同窓会を始めたところもあった。
「なにか、ご不自由なことがありましたら、ど~ぞ、お申し付けください」
 区役所のオッチャンが、丸腰の自衛隊の兵隊さんをはべらせてハンドマイクでハンナリと言った。アメリカで、こんな事態がおこったら、州兵が完全武装で立っているだろう。
 正直、拍子抜けだった。どこかのアジアの国の留学生かなんかだろう。英語で、日本の悪口を言いまくっていた。中にはアリスのように英語が分かる者もいるだろうに、無神経なやつらだと思った。

 三十分ほどして、緊張感も緩み始めたころ、アリスは、強い視線を感じた。
 
 視線の先には、家族らしい人たちに囲まれて、二人のオジイサンがいた。チラ見などというものではなかった。あきらかに、なにかの意志を持ってアリスを見つめている。
「ちょっと、止めときいや!」
 千代子の注意も無視して、アリスは、オジイサンのところに行った。
「ウチに、なにかご用でしょうか?」
 アリスは、緊張しながらも、丁寧に言葉をかけた。
「あんたさん、アメリカの人か?」
「はい、シカゴから来た交換留学生で、アリスて言います」
「お嬢ちゃん、大阪弁上手やなあ」
 もう一人のオジイサンがにこやかに言った。アリスは、自分にとっての日本語は大阪弁であることをTANAKAさんのオバアチャンの話を交えて説明した。
「そうか、田中さんいうお人はオンリーさんやってはったんか……」
「で、ウチに、なにか……?」
「ハハ、いや、かいらしい子ぉがおるなあ思て。堪忍やで、わしら目ぇが悪いよって、つい睨みつけるような目ぇになってしもてな」
 二人のオジイサンは、それで終わりにしようとした。
「オジイチャンら、戦争に行ってはったんとちゃいます」
「ああ、大昔の、しょうもない話や」
 オジイサンは、蚊でも追うように手のひらをヒラヒラさせた。
「ひょっとして、第八連隊とちゃいます?」
 オジイサンの手が止まった。
「……よう知ってんなあ」
「またも負けたか八連隊。それでは勲章九連隊……」
「「あ……アハハハ」」
 ジイサン二人は、あっけにとられ、そして爆笑した。
「あんた、ほんまによう知ってんなあ!?」
「それも田中のバアサンに教せてもろたんか?」
「はい」
「八連隊は、必ずしも負けっぱなしやなかったけどな、占領したあとの軍政はうまかった。よその地方の部隊はカチコチ。大阪の人間はドガチャガやさかいな」
 なつかしい言葉にアリスは、思わず笑った。
「ドガチャガてなに?」
 ひ孫らしい、女の子が聞いた。
「ミイちゃん、あとで教せたる。ジイチャン、このアメリカの嬢ちゃんと話ししたいねん」
「八連隊が弱いいう噂は、ホンマにあった。せやさかい、この真ちゃんなんか、一生懸命やった。覚えてるか、奉天のねきの戦闘。真ちゃん、ションベンちびりながら、突撃言うてききよらへん」
「あれなあ……このタケヤンと、セイヤンが足引っ張って止めよった『真ちゃん、あかん。ここで突撃したら死ぬだけや。オカンからもくれぐれ言われてんのや、一人息子やさかい死なさんとって!』あれ、こたえたなあ」
「たまたま配属された小隊の隊長が真ちゃんやねんもんなあ、セイヤンと『ぜったい、真ちゃん戦死させたらあかん』て誓うたんや」
「まあ、あとで砲兵隊が援護してくれて、なんとか命は助かった」
「それで、ずっと戦地にいてはったんですか?」
「いや、終戦の春に、師団本部付きになってしもて」
「真ちゃんは、優秀やったさかい、本土決戦要員にもどされたんや」
「ほんなら、六月の大空襲の時は……?」
「あんた、ほんまに、よう知ってんなあ。そんなこと、よっぽどの年寄りやないと覚えてへんで」
「TANAKAさんのオバアチャン、日記つけてはりましたよって」
「しっかりした人やってんなあ、田中はんのおばあちゃんは」
「過去形で言わんといてください。まだ生きてはります」
「堪忍、堪忍。わしら、仲間内は、みんないてもうたさかいなあ……」
「あの大空襲は、事前に分かってたんや。せやけど、大本営から来よったエライやつらが、市民には秘密にせえ言うてきよった。師団の幹部とケンカしてたなあ」
「真ちゃん、あのときは、どないしてたんや」
「部隊で所帯持ちの兵隊は、病気いうことで、家に帰したった……」
「それて、軍律違反やで」
「おまえが、奉天でセイヤンとワシの足引っ張って止めたんも軍律違反やで」
「それとこれとは……」
「まあ、ドガチャガや」
「アハハ」
 まるで落語のやりとり、アリスは、思わず笑ってしまった。
「で、真ちゃん、空襲の最中は……?」
「それはな……言いたない」
「教せてくださいよ。ウチ月末にはシカゴ帰りますよってに」
「田中のオバアチャンは、空襲の晩、どないしてはったんや?」
「いつもは閉まってる地下鉄のシャッターが開いてたさかい、逃げ込んで九死に一生やった言うてはります」
「そうか……そらよかったなあ!」
 オジイサンの目から涙が一筋こぼれた。
「真ちゃん。ひょっとして、シャッター開けさせたんは、お前ちゃうか。あれについては、いろんな噂があったんやで」
「知らん、わしゃ知らん」
「……そうやな、こういうことは永遠の謎のほうがええもんなあ」
「せや……なんや、不発弾の処理されたみたいな感じやな」
「おじいちゃん、ボケたらあかんで、まだ不発弾処理終わってへんで」
 ひ孫のミイちゃんが言って、爆笑になった。
「せやけどな、アメリカの嬢ちゃん。ワシら、他の年よりみたいに『あの戦争は悪かった』とは言わへんで」
「タケヤン……」
「そんなん言うたら、セイヤンやら死んだ三百万の日本人は犬死にになる……」
「ウチ、言葉もありません……」
「気ぃにせんといてな。あんたが、えらい聞き上手やよって、ワシらいらんこと言うてしもた」
「せや、せや。お嬢ちゃん、シカゴ帰ったら田中さんに、よろしゅう言うといて」

 それから、ひとしきり昔話を聞いて三人でシャメったころ、市役所のオッチャンが丸腰の自衛隊員とともにやってきて、ハンドマイクで言った。

「ご迷惑おかけしました。ただ今、無事に不発弾の処理が終わりました」

 アリスの日本滞在は、あと四日になってしまった……。
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