大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

坂の上のアリスー05ー『当たり前になっている』

2020-02-29 06:20:33 | 不思議の国のアリス

 坂の上のー05ー
『当たり前になっている』      




「ニイニのこと追い払いたかったんだと思うよ」

 食べ終えた食器をシンクに置きながら綾香が言った。

 前の学校で人を殺した……すみれの言葉の意味が分からなくて、夕飯の時に聞いてみたんだ。

 大事な話をされたとき、綾香はすぐには返事をしない。一度自分の心に落としてから答える。
 時に、その返事は数日後のこともある。だから、他人からは「無視された」と勘違いされることもある。
 本人も分かっていて、日常、たいていのことには即答する。
 即答だから考えてはいない。ボブが良く似合う美少女らしい反応のパターンを持っていて、それを脊髄反射で口にする。
 だけど、脳みそを使って出した答えが的確だとはかぎらない。

 いまの返事なんて、俺の心をえぐるだけじゃねえか。俺はお前に頼まれてすぴかの心配してるだけなんだけどな!

「でも種のない話じゃないと思う」

 洗い終えた洗濯物を洗濯機から出し終えた時に、綾香は続きをポツリと言った。濡れた髪をバスタオルでガシガシ拭きながら。
 これも綾香の癖。深く考えるときには発作的に風呂に入る。
 ま、夕べはかなり蒸し暑かったんで、たんにサッパリしたかっただけなのかもしれないが。
「すぴかって、あんなだから無意識に人のこと傷つけっちゃってさ、それを『殺した』ってエキセントリックに表現したんじゃない?」
「これまでの付き合いで分かんねえのかよ?」
 洗濯機の中を拭きながら返す。これやっとかないとカビの元になる。
「あたしは、すぴかが学校に来れるように雰囲気作ってたの。そんなえぐるようなこと聞くわけないじゃん」
 そう言うと、外面女は乱暴にキャミやら下着を洗濯機に投げ入れる。
「いま洗濯し終えたとこなんだぞ!」
「いいじゃん、つぎ洗う時まで入れときゃ」
「そんなもん、臭くなっちまうだろーが!」
「朝着替えたばかりのだもん、臭くなんかないよ!」
「こら! 鼻先にもってくるんじゃねー!!」

 昼からは一週間分の買い出しのためにスーパーに出かけた。

 二人暮らしになった初めのころは、綾香も付いてきた。
 だけど、どうしてもスーパーで兄妹喧嘩になる。
 綾香は大ざっぱで、なにかにつけて徳用のでかいのをレジカゴに入れたがる。俺は、一応一週間分の献立を考えている。
 で、売り場に並んでいる商品を見ながら微調整。いや、場合によっては献立をガラリと変えることもある。
 一か月もたったころ、飽きたのか俺のやり方がうまくいくことが分かったのか、綾香は付いてこなくなった。

「亮ちゃん」

 清算を終え、レジ向こうのテーブル台で買ったものを袋に詰め込んでいると、聞き覚えのある声がかかった。
「あ、一子」
 一子が、俺の横に並んでカゴの中身をレジ袋に入れる。
「こっちのスーパーに来るなんて珍しいね」
「え、ああ、折り込み広告見てな」
「フフ、このスーパー毎日特売って触れ込みなんだよ」
「あ、そうなんだ」
 知っていた。ただなんとなく気分転換に来てみただけなんだ。
「亮ちゃんて、マイバッグなんだ」
「あ、うん」
 俺んちはレジ袋をもらわないしきたりだ。ガキの頃からこうなんで、当たり前になっている。

 一子は、そのマイバッグを見ながらニコニコしていた。

 

♡登場人物♡

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・55「夏の部活は図書室で(*^-^*)」

2020-02-29 06:10:50 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)55

『夏の部活は図書室で(*^-^*)』   



 部活を図書室でやるようになった。

 文芸部でもないのに、なんで図書室かというと、二つ理由がある。

 一つは、部室に使っているタコ部屋にエアコンが無いから。

 以前使っていた部室棟は戦前からの木造建築で、大阪の酷暑にも耐えられる……とまではいかないけど、暑気払いの工夫があちこちにしてあったらしい。さすがは、ひいひい祖父ちゃんであるマシュー・オーエンの設計ではある。
「ぜんぜんちゃうでーー」
 唯一、部室棟での夏を知っている啓介が言う。なんせ、演劇部は、この春までは啓介一人っきりの演劇部だったんだもんね。
 それで、放課後も冷房が効いている部屋で、なおかつ生徒が自由に使える場所ということで図書室が選ばれた。

 二つ目は、演劇部が静かな部活だから。

 うちの演劇部は、演劇部とは看板だけで、放課後をマッタリとかグータラ過ごしたいというのがコンセプト。人には言えないけどね。
 だから、図書室に居ても他人様に迷惑をかけるようなことはない。

 須磨先輩は、六回目の三年生の貫録、ひたすらエアコンの冷気を浴びて寝ている。
 器用なことに目を開けて寝ている。

「すごいね、須磨先輩」
 千歳に言うと、クスっと笑う。
「傍によって見てみるといいです」
 お言葉に従って、隣の席に移動して様子を見る。
「あ…………」
 声を押えて驚いた。
 なんと、目蓋の上に目のシールが貼ってある。
 多分、自分の目を写真に撮ってプリントアウトしたやつ。ちょっと離れると見分けがつかない。
 でも、こんなことをやるんなら、サッサと家に帰って寝ればいいと思うんだけど、こうまでしても人の中に居たいという気持ちは天晴だと思う。
「いつもという訳じゃないんですよ」
 千歳の解説が続く。
「司書室にいるでしょ」
 手鏡を出して司書室を映して見せる。直接見ては差し障りがあるみたい……

「あ、八重桜……!」

 国語の先生で、たしか図書部長をやってるオバサン先生。
 敷島という苗字があるのに『八重桜』と呼ばれているのには理由がある。
 明石家さんまみたいな反っ歯で、鼻よりも歯の方が前に出ているので『八重桜』。
 分かるわよね、八重桜っていうのは花が咲く前に葉が先に芽吹く……鼻より前に歯が出る……それで、いつのころからか『八重桜』というニックネームが付いている。八重桜先生は、図書室で喋ったり居ねむったりということにやかましい先生であるようなのね。

「あ、え?」

 気づくと机に伏せて本格的に寝ている。
 そっと司書室を見ると八重桜の姿が無い。須磨先輩は居ねむりながらもレーダー波を発しているのか、人知れずGPSを仕掛けたのか、八重桜の出入りを把握しているらしい。
 須磨先輩は、三年生を六回もやっているというツワモノ。なにか八重桜に含むところがあるんだろうなあ。

 千歳は機嫌よく本を読んだり、器用に車いすを操作してパソコンに向かったりして知的好奇心を満たしている。

「千歳って、学校辞めるためのアリバイ入部だったんだよね?」
「エヘヘ、だったんですけどね」
 イタズラっぽく笑う。
「このマッタリ感が捨てがたくって……」
 呟きながらラノベを読んでいる。
 タイトルを覗くと『エロまんが先生』とある。机の上には『冴えない彼女の育て方』『中古でも恋がしたい』なんかも積んである。
 この三つのラノベの共通項は『エロゲ』だったよね?

 エロゲと言えば啓介。

 さすがにノーパソ持ち込んでエロゲをやるわけにはいかないので、一人部室に残ってやっている。
 区切りがいいところまでやっては図書室にやってきて涼んでいる。
 こいつも家で心置きなくやればいいと思うんだけど、この環境でやることが、やっぱり醍醐味のようなんだ。
「いやいや、もう一つ醍醐味があるねんで」
 こっそり理由を聞くとニンマリして言う。
「暑さにバテかけのときにコンビニの冷やし中華を食べる、この美味さは、この環境でないと味わわれへん!」
 そうなんだ、こいつは冷やし中華フェチだった。
「でもね、わたしの髪の毛見ながらヨダレ垂らすのは止めてくんない?」
 こいつは、わたしのブロンドの髪を見て食欲がわくという変態さんでもある。
 髪をブラウンとかに染めたら焼きそばフェチに転向するかなあとか思ってしまう。

 わたしは……というと、部室棟が解体修理されるのを観察している。
 入部したのも、ひいひいお祖父さんが設計した部室棟が生まれ変わるのを、一番のロケーションで見ていたいから。
 図書室からだと、部室ほどにはよく見えないんだけど、冷房の恩恵を考えるとやむなし。

 その解体作業が、この一週間停まったままなんだけど……。
 
 

 

 

 

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ここは世田谷豪徳寺・26《まだやってこない新年》

2020-02-29 05:59:44 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺・26(さつき編)
《まだやってこない新年》
      


 


 大晦日の日『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』の作者大橋さんが挨拶にこられた。

 渋谷駅前で自転車に撥ねられ、助けたお礼を言いにこられたのだ。

「どうもありがとう。これから大阪に帰ります。最後に顔見てお礼言いたかっただけです。ほんなら」

 と、あっさり一言だけ言っていかれた。過不足のない大人の対応だと思った。

 で、このあと、別口のあっさりが来た。

「よう、さつきじゃないか!」
 本棚の整理をしていると声をかけられた。
「あ、島田さん……!」
 高校時代、思いを寄せていた修学院高校の島田健二が立っていた。
「昼の休憩いつ? 飯でも食おうや」
 で、あっさり昼食の約束をした、

 いつも程よく空いている、アケボノという洋食屋で待っていた。

 島田さんは、高校時代、名門の修学院高校演劇部の舞台監督をやっていた。やることに無駄が無く、他校の生徒への気配りもできる有能な人だった。二度ほどコンクールの打ち合わせのあとマックに行ったことがある。
「さつきは、思っているより華があるよ。帝都は役者の使い方間違えてる」
 リップサービスかと思ったら、小さいけど分厚いノートを出し、睨めっこをした。
「なんですか、それ?」
「ああ、レパ帳。やりたい芝居が二百本ほど書いてあるの……うん、さつきなら、ざっと見ただけで五本くらい主役張れる芝居がある」
 町井陽子、井上ひさし、木下順二、イヨネスコ、大橋むつお、チェ-ホフ等から、女だけ、あるいは女が男役をやってもおかしくない芝居をたちどころにあげた。
 あたしはメモを取りながら、大した人だと思うと共に、憧れてしまった。

「おれたち、将来付き合うことになるかもしれないな」

 心臓が飛び出るような子とをマックの帰り道に言われ、それっきりになっている。
 そんなトキメキを感じていたのは、ほんの十秒ほど。
「あ、さつき、こっち!」
 奥のシートから声がかかった。大晦日の昼食なんで、ランチで済ます。卒業後のあれこれを喋っているうちに時間が過ぎていく。ほんの数秒スマホをいじっただけで、高校時代の気分にもどしてくれた。
「どう、あの時の将来が来たんだと思うんだけど?」
「え、ああ……」
 直截な言い方に、あたしは赤くなって俯くだけだった。

 アケボノを出てびっくりした。

 二十歳過ぎの女性が、敵意に満ちた目で、あたしたちを睨んでいる。
「メールで打ってきた新しい彼女って、この子ね!?」
「そう、一応合わせてケジメはつけておこうと思って」
「このドロボウネコ!」
 彼女の平手が飛んできて、思わず目をつぶってしまった。
 平手は寸止めで終わってしまった。島田さんの手が彼女の手を掴んだからだ。
「ショックかもしれないけど。こういうのはアトクサレ無くサッサとやった方がいいから」

 あたしは、この舞台進行のようなさばき方がショックだった。

「あたし、仕事あるから」
 そう言って、逃げるようにバイトに戻った。
 なにをしているのか分からないうちにバイトが終わり、家に帰ると、思いかけず自衛隊にいっている惣一兄貴が帰ってきていた。
「よう、さつき……」
 あたしの表情を読んだんだろう、それ以上は何も言わずに、もう食べたはずの年越し蕎麦をいっしょに食べてくれた。まるで寄り添うようだった。
 兄貴って、こんなに良いヤツだったっけ……そう思うと、涙が流れてきた。

 そして、テレビでは名前も思い出せないアイドルが卒業宣言をしていた。

 あたしは、卒業はおろか、2019年が、まだ終わっていない。

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