大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・せやさかい・051『エディンバラ・7』

2019-08-15 13:41:06 | ノベル
せやさかい・051
『エディンバラ・7』 

 

 

 戦争でメチャクチャになったのはドイツや日本とかの負けた国だけじゃないのよ。

 イギリスとかの戦勝国も戦死とか爆撃とかでたくさんの人が亡くなって、ずいぶん荒廃したの。それで、少しでも人々を慰め、励ましたい。そういう気持ちで始められた音楽の祭典がミリタリータトゥーなの。

 頼子さんの解説の通り、夕方になると、エディンバラの街から三々五々とキャッスルヒルの会場に集まって来る。

 留美ちゃんと二人で興奮してしもた!

 ネオンとか電飾のないエディンバラの街は、街灯やら家々の灯りだけに照らされて、照らされてる建物がRPGに出てくる冒険の始まりの街みたい。そこを町の人やら観光客の人やらが上って来る。お城もきれいにライトアップされて、めっちゃファンタジー!

 ゲートタワー(大手門)の上にはユニオンジャックを真ん中に五本の旗が翻てって、ゲートの両脇にはボーボーと松明が焚かれてる。ユニオンジャック以外は分からへんけど、どれも中世ヨーロッパの感じで、これから始まるミリタリータトゥーへの期待を膨らませる。

 ゲートタワーの向こうから何十ものバグパイプの響きが地を這って立ち上がる。

 十秒ほどすると、バグパイプとドラムの団体さんが威風堂々! 続々と現れる!

 どんだけ居るんや!? もう、全校集会かいうくらいのバグパイプとドラム!

 バッキンガム宮殿の衛兵みたいなんも居てるし、女子高生と同じチェック柄のスカートに白のブーツは昔のAKBみたいやけど、同じチェックの布を肩から垂らして、頭にはごっつい黒熊の帽子。それが全校集会、それも大規模の私学かいうくらいパレードしてるんは、ほんまに圧巻!!

 そんで、出てくるのは軍楽隊ばっかりやない。民族衣装の女の人が一学年分くらい出てきて民族舞踊っぽいダンスしながら歌ってくれたり、アメリカの海兵隊やら、いろんな国の軍楽隊やらグループやらが素敵な音楽を聞かせてくれて、パフォーマンスを見せてくれる。

「二年前は日本の自衛隊も出て、和太鼓やら剣劇やらを見せてくれて、とっても好評だったのよ」

 頼子さんは適度に解説を入れてくれる。ソフィアさんは、時々翻訳機で訳しては頷いてる。お互いにええ勉強になるわ。

「ラスト、ちょっと感動的かもよ」

「え、どんなんですか!?」

「ま、お楽しみ」

 頼子さんは、可愛く鼻にしわを寄せる。いったいなにやろ? 留美ちゃんと顔を見かわした。

 アナウンスが入った。言葉は分からへんけど、フィナーレという単語で『終わりの挨拶』やということが分かる。

「「キャ」」

 指揮者の将校さんが、なにか怒鳴ったんで留美ちゃんともども驚く。

 怒鳴ったんとちごて号令やと分かったんは、映画かなんかで聞いたことのある曲が演奏されたから。

「ゴッド セイブズ ザ クィーンや!」

 そう、イギリス国歌! まわりの人にならって起立する。自然に国歌が歌えるのはええもんやと思う。

 せやけど、本物の感動は、この次やった。

 

 ターータタラ タターーン タタラタタターン

 

 ウグ…………

 

 反射的に涙が出てきた。

 なんと『蛍の光』が演奏され始めて、さっきの国歌と同じに、会場のみんなが歌い始めた!

 英語の歌詞は分からへんけど、わたしも日本語で歌う。

 

 ほたーるのひかーり 窓のゆーーき 文読む月日かさーねつーーつ

 

 ソフィアさんがビックリし、ジョン・スミスがサムズアップ。

 終わったら、そばに居てた人らが次々にハグしてくるのにはまいった💦

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高校ライトノベル・高安女子高生物語・57〔ガンダムの遠足〕

2019-08-15 06:51:46 | ノベル2

高安女子高生物語・57

〔ガンダムの遠足〕       
 

 

 学校の連休はカレンダー通り。

 せやから、今日みたいな日曜と昭和の日の間の月曜も学校がある。こんなんテンション下がって勉強になれへん。そない学年の始めは思たけど。今日は遠足……もとい、校外学習。  

 一年の時はバスを連ねて摂津峡で飯ごう炊さん。あれはダルイ。240人でやってもおもんない。ああいうのは気の合うたもん同士で個人的にやるから面白い。

 しかし、たいていの学校は集団行動訓練いうことで、昔の軍隊みたいなことを平気でやらせよる。

 民主教育はどこ行ってん! ちょっと屁理屈。

 屁理屈言うてみたなるほどしょうもない。作るもんは、最初からカレーライスと決まってて、材料も炊飯用具もみんな貸してもらえる。これて手間かからんようで邪魔くさい。今はレトルトでええもんが、いくらでもある。ご飯用意して、かけたらしまいやねんけど、タマネギ刻んで炒めるとこからやらならあかん。目にはしみるし、手ぇについたタマネギの臭いは抜けへんし、鍋と飯盒の後始末大変やった。

 ところが二年になると、クラス毎に好きなとこに行ける!

 そない思てたけど、ガンダムが勝手に決めよった。一応決はとるけど、こんな感じ。 「……ということで、異議のあるもんはおらへんな。ほな、これで決定!」  

 で、うちらは、三ノ宮の駅で降りて山手を目指す。隣の二組は港を目指して南京街。

「あんなもんは中学生までや。高校生らしいコースでいこ!」  

 ガンダムの指揮で、うちらは北野の異人館街を目指す。南京街とどないちゃうねん……そう思たけど、ガンダムの目論見は違うた。

「ホー」 「イヤー」 「すごいね!」  と呟きながら、うちらは途中の道でヒソヒソと歓声をあげた。

 歓声いうのは、大きな声で言うもんやけど、ここではヒソヒソになる。

 なんでて、周りは……ラブホで一杯!

 ガンダムは、黙々と先頭を歩いてる。 「これは、実地教育やね」  中尾美枝が言う。 「できたら、中も見学したいね」  顔に似合わん伊藤ゆかりが大胆なことを言う。

 異人館街に着いたら、ガンダムが短く注意。

「おまえら三年もしたら大人や。せやから大人のデートコースを選んだ。特に何を見ろとは言わん。これから各館共通のチケットと昼食代渡す。好きなとこ回って好きなもん食べてこい。ほんならせいだい勉強してこい」

 副担任の福井先生と二人で手際よう配る。これから二時まで自由行動。  

 うちらイチビリ三人娘は、さっきのラブホ街に行って、社会見学。美枝は休憩とお泊まりの値段をチェック。 「やっぱり、神戸のラブホはオシャレやな」 「わ、ここお泊まりで二万円もとりよる」 「きっとスイートやねんやろな」

 そこにクラスの男子が四人ほど連れもって来よった。

「惜しいな、三人やったら、ちょうど人数合うたのにな!」  美枝が大きな声で言うと、男子はきまり悪そうに行ってしもた。  外観をみてるだけやから二十分ほどでおしまい。うちらも異人館に入った。

 異人館には、それぞれエピソードがある。

 ある異人館は、ドイツのお医者さんが住んでて、戦争中も留まって、空襲で怪我をした人らの手当をしてた。せやけど、二十年の五月にドイツが降伏すると、日本は、このドイツ人のお医者さん家族を軟禁した。ちょっと日本人の嫌なとこを見た気がした。 「あ、この話て『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』で、はるかのお母さんがエッセーにした内容やと思うわ」  ゆかりが、そない言うてアマゾンの書籍をチェック。 「う~ん、まだ発売されてへんなあ」
 お昼食べて集合したら、みんなでビーナスブリッジに行った。   

 螺旋階段付きの歩道橋。ここに来るのはちょっとしたハイキングやったけど、着いたらロケーションはバッチリやった。

「ここは、夜景がすばらしい」  ガンダムが短い解説。 「ちょっと前までは、ここの手すりに愛のあかしに鍵かけるのんが流行った。今は、向こうに専用の鍵かけがあるからな。マナーは守らなあかん」 「先生、なんか思い出あるんちゃいますか?」  美枝が言う前に、うちが聞いたった。 「ああ、カミサン口説いたんがここや」 「ウワー!」と、三人娘。

 うちは、いつか関根先輩と来てみたいと思た。

 ああ、乙女チックやなあ……。

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高校ライトノベル・里奈の物語・56『ビターラプソディー・3』

2019-08-15 06:51:16 | 小説5
里奈の物語・56
『ビターラプソディー・3』        



 一を聞いて十を知る。

 実乃里さんは、まさにそうだ。
 岸和田風お好み焼き『岸自慢』で岸和田風焼きそばについてウンチクを語り、みんなの反応に接したことで、ガラリと変わった。

「それって、駿の悪いクセだよ!」

 第一声から違った。
 
 それまでは元気なハイティーンではあったけど類型的、エヴァンゲリオンのアスカ・ラングレーそっくりだった。
 それが、午後のテストでは『横須賀のドブ板通りを闊歩しているJK』風になってきた。
――学校サボってうろついていた彼を引き戻すためにドブ板に来た彼女。で、地元のヤサグレJKと関わっちゃって、その子たちの面倒も見ているうちに、ドブ板で顔になっちゃった……家は鉄工所。ナヨっとした兄貴が居て、お祖父ちゃんが大好き。お祖父ちゃんは、若いころに横須賀とか横浜でヤンチャしていたかな? キムチ入りもんじゃ焼きが好き。これって岸和田の焼きそばに通じるなあ、で、これはタイマンの果てに仲良くなった川崎の在日三世のJKに教えてもらった。関西風の薄い出汁は大っ嫌い! そんな感じ?――
 監督の田嶋さんが聞くと、立て板に水で実乃里さんは答えた。

 収録は、その日の夕方に終わった。

 あたしは主人公の妹の他、喫茶店のオネーサン、地元の小学生、OLさん、クラスメートの声をやった。
 五役もやってスゴイ!……と思われるかもしれないけど、要はその他大勢のモブ子さん。

「ありがとう、里奈ちゃんが居たから、開き直らずにイメージ膨らませられたわ」
 OKサインが出ると、実乃里さんは駆け寄ってきて、いきなりハグ!
「あ、ども……」
 いきなりだったことと、接触した実乃里さんの胸が大きいのに圧倒されて二音節の声しか出ない。
 それと……最後に録ったHシーンの声が、その……スゴイ。
 エクスタシーの絶頂でOKサイン。で、そのまま振り返ってハグ。すごい切り替え!

「絶対買う!」

 あくる日、拓馬に会うと、第一声がこれだった。
「でも、あたしってモブ子だよ」
「でも、秋野実乃里を開眼させたんやろ! それに五役もやったんやろ! 里奈って、エロゲ声優として前途有望やねんで!」
「そんな……でも、秋野実乃里さんて、すごいよね。それは確か!」
「確かも何も、秋野実乃里いうたらエロゲ声優のプリンセスやで!」
「え、そうなんだ……!」
 すごい人だとは思ったけど、エロゲマニアの拓馬が絶賛するほどの有名人だとは思わなかった。
「いやあ、エロゲの世界が一段と面白なってきたな!」
「ちょっと、声が大っきいよ……!」

 ナースステーションの看護婦さんに怖い目で睨まれた……。
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高校ライトノベル・須之内写真館・29『街の神秘と憂愁』

2019-08-15 06:44:13 | 小説4
須之内写真館・29
『街の神秘と憂愁』         


 霧子の突然の死が伝えられたのは一昨日の夕方だった。

 茜色の晴れ着が似合う女の子の写真を合成するために、五年ぶりに高校の制服を着ているときだった。

――ついさっき、霧子が死んだ――

 そう伝えてくれたのは、霧子と同じ高校の同窓生の真央だった。
 真央を接着剤のようにして、霧子とは友だちでいられた。
 霧子は絵の好きな子だった。アニメのような可愛げのある絵ではない。油絵である。一つの対象物を見て、フォルムではなくソウルを見極め、描き上げるのには時間はかけない。迷いなく筆を滑らせ、一気呵成に描き上げる。
 出来上がりは様々。写真と見まごうリアルな風景画から、もとのモデルが何か分からないシュールな静物画まで、そのときそのとき霧子の心の印画紙に映ったものを描いていた。

「自分の絵が見つからない」が口癖だった。

 多作な霧子は、描いた絵には執着しなかった。友だちにやったり学校の参考作品に残ったり。中には完成と同時にゴミ箱に突っこまれるものもあった。
 写真をやっている直美とは合わなかった。霧子にとって写真とは、ただ現実を切り取るだけの技術で、創作という意味での芸術とは認めていなかった。
 そんな霧子が、文化祭に出した女の子が自転車のリールを回して遊んでいる写真の前で立ち止まった。むろん直美の作品である。

「よく、こんなの撮れたね。少しだけ写真見なおした」

 霧子なりの感動を表すために、絵をくれた。シャレじゃないけどキリコの『街の神秘と憂愁』の模写だった。
 模写だけど、霧子なりに翻訳されていて、独立した作品と言っていいものだ。
 クラスに溶け込めないという点では、霧子も直美もいい勝負で、ほとんど孤立していた。

 そんな二人が、なんとか卒業まで学校に居られたのは、真央のお陰だ。

 真央は体操部で新体操をやっていた。とりたてて美人ではないが、新体操の演技中の真央は美しかった。
 その美しさを霧子も直美も素直に認め、絵や写真にしていた。
 真央は社交的な子で、学校行事や学級活動に混じろうとしない二人をうまくあしらって、気がついたら学校の中で二人の場所を作ってくれていた。
 ふた月に一度ほどコンサートや、映画、写真展、絵画展に三人で出かけた。で、誉めたりけなしたり。たいてい真央がお茶にして笑っておしまい。
 真央の発表会には、霧子と直美の二人で行った。で、二人でため息をついた。描いたり写したりではなく、自分の身体で美しさを表現できることに、二人は素直に感動できた。

 大学に行ってからも、三人の付き合いは、高校の時ほど頻繁ではないが、続いた。
 この秋も霧子の小さな個展を真央といっしょに観にいったところだった。

 そして、霧子が死んだ。

 この寒いのに、霧子は長野まで絵を描きにいっていた。妙高山と対峙して、朝から描いていた。太陽の変化によって、妙高山は霧子を弄ぶように表情を変えた。最初はデッサンでフォルムを掴み、これだと思ってキャンバスに向かったのは二時頃。四時前の表情が良く、霧子は絵の具を塗り重ねていった。
 秋の日はつるべ落としだが、四時前に見せた妙高の色彩は、霧子の目に焼き付いた。日が落ち暗くなっても、霧子は筆を休めなかった。ライトの下で描くと色の感覚が狂うものだが、霧子には自信があった。描き上げたら車の中で仮眠し、朝の光の中で、色を確認しようとした。

 そして、霧子は凍死してしまった。

 葬儀会場には、完成した見事な妙高山の絵が飾られていた。死に顔は満足そうだった。
 霊柩車を見送ったあと、真央と二人で、お茶にした。三人がけの席に着き、霧子もいるようなつもりでお茶にした。霧子は下戸だったので、お茶が似つかわしいと思ったのだ。

 その後、昔三人で歩いた美術館への道を、真央と二人で歩いた。

 ビルの谷間を歩いていた。年末の休業に入った街は閑散としている。カラカラと自転車のリムを転がす音がした。黄昏れ色のワンピースにマフラーをして、少女がリムを転がして道を横切った。
 瞬間、直美は連写した。
「なに撮ったの?」
「え……」
 真央には見えていない様子だった。
「人のいないビル街って、めったに撮れないからね」
「なるほどね、直美の発作だ」

 発作か奇跡か、帰るまでは再生しないと、直美は決めた。        
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高校ライトノベル・小悪魔マユの魔法日記・3『知井子の悩み』

2019-08-15 06:35:22 | 小説6
小悪魔マユの魔法日記・3
『知井子の悩み』



 黒板の前、知井子が頬を赤く染めてピョンピョン跳びはねている。

 べつに、良いことがあってハイテンションになっているわけではない。
 今日の知井子は日直で、授業が終わったあとの黒板を消しているのだ。と言っても黒板が消えるわけではない。正確には、黒板にチョークで書かれた文字や図を消しているのである。
 英語ではerase the blackboardという。eraseという言葉そのものに「文字などを拭い消す」という意味があり、黒板そのものを消すという魔法のような意味はない。
「あら、かわいい。ウサギさんみたいじゃん」
 ルリ子が、そう言うと、取り巻きたちがいっせいに笑った。ルリ子たちはスマホ事件以来、それまでにもまして、人をイジルようになった。つくづくひねくれた女だとマユも思う。

「知井子、代わろうか?」

 里依紗が、見かねて声をかけた。
「いいよ、わたしの仕事だから!」
 知井子が、かわいい意地を張った。知井子は背が低い。同年齢の女子の平均より10センチは低かった。また、彼女の名前も背の低さを連想させる。バラエティーなどで大阪弁が流行っているので、中学では名前にひっかけてイジられた。
「わあ、小ぃーこ!」
 別に知井子の両親は、娘のコンプレックスになると思って付けた名前ではない。知恵が井戸から湧き出るような子になって欲しいと思ってつけたし、「チイチャン」という愛称も、小学生のころまではカワイイ響きで、本人も気に入っていたが、中学に入ってからは、「チイチャン」という子どもっぽい愛称は、本人の意志で禁止になったのだ。それからは「チーコ」と呼ばれるようになったが「小ぃーこ」の意味が付くとは思わなかった。

 知井子はよく耐えてきた。
 しかし、知井子は自分のダメなところは、みんな自分の身長のせいにしていた。
 体育の成績が悪いのも、男の子にもてないのも、少し自分の根性が悪いのも背が低いから……。
 知井子のために言っておくが、本人が気にするほど根性ワルではない。
 中学のとき、友だちとディズニーランドに行ったとき、自分一人子ども料金で入ったことに罪悪感を感じていたくらいだ。
 マユは、小はつくが悪魔なので人の気持ちが、マユの精神年齢に合わせたぐらいに理解は出来る。
 知井子が「アレも出来ない、コレも出来ない」と思っているのは身長のせいなんかじゃない。全てのことに消極的で、やる前から諦めてしまうからだと……知井子は、その気にさえなれば人並みになんでもやれることを知っている。
 友だちとしてマユは、知井子の背を高くしてやりたかった。そして人並みに、いろんなことにアタックして欲しかった。こんな黒板消しで意地を張ったり、身体測定のときに、人知れず5ミリほど背伸びしたりしないで。でも、それって悪魔の道からは少し外れているような気がした。それにだいいち、マユは、人の背を適度に伸ばせるほど魔力をコントロールできない。へたに魔法をかけたら、知井子をスカイツリーと同じ身長にしてしまいかねない。

 知井子は、次の時間はずっと授業を聞くふりをして、白紙のノートをじっと見つめていた。もし、知井子にマユほどの魔力があればノートに穴が開くほどに……。
 ある意味、それは強い集中力だったので、マユはちょっとだけ知井子に魔法をかけてやった。
 自分の願いが、はっきりした夢として見られるような一種の催眠術だ。しかし、この魔法で見られる夢は、自分の実力や、道徳観を超えて見られるようなものではない。たとえば、ルリ子たちをブタにしてやりたくてもできないようになっている。あくまでも本人の潜在能力の範囲でしか見ることのない夢である。

 
……気づくと、知井子は交差点に立っていた。

 こころなし目の前の信号機が低く見える。あたりを見渡すと、たいていの人の頭が、自分と同じ高さにある。いや、自分の頭が人と同じ高さになっているのである。
「世間って、こんなに見晴らしのいいものなんだ!」
 
 知井子は、交差点を渡ってケンタの前のカーネルおじさんの人形と背比べをやってみた。ちょうどいいバランスだった。ついこないだまでは見上げていたカーネルおじさんの口元が、自分の目の高さぐらいにある。
 知井子は、スマホを出してカーネルおじさんの身長を調べてみた。
――身長173センチとあった……と、いうことは……。
「うそ、165はあるってことじゃん!?」
 ショ-ウィンドウに映る自分は、ディズニーランドを大人料金を払わなければならないスガタカタチっであった。

「そうだ!」

 知井子は、あたりを見渡した。どうやらアキバのあたりであるようだった。以前ため息ついてあきらめた店に直行した。
 
 そこは、ちょっと高級なゴスロリの店だ。先月来たときにも見たのだけど、ショ-ウィンドウに飾ってあるそれは、自分が着ると「まるで、小学校の学芸会」であった。
 でも、今見たら、チョーイケそう。値段は並のゴスロリよりもヒトケタ高かったが、財布の中身を見ると、それを買っても、半分残るくらいのお金が入っていた。

 ノースリーブのワンピとブラウスのセットを買った。

 店の試着室で着替えると、店員さんも驚いて宣伝用にと写真を撮ってくれた。スマホにそのまま送ってもらい自分で確認。
 ため息ついて、そのまま街に出た。あたりを歩いているヒラヒラのゴスロリではなく、シックな二十世紀初頭のイギリスのお嬢さんのように見えた。髪も気づくと、それに相応しいウィッグ……ではなく、自分の髪の毛で、緩やかにカールしている。
「ねえ、キミお茶しない?」
 イケメンくずれのお笑いタレントのようなオニイサンが声をかけてきた。
 多少くずれていてもイケメンである。知井子は人生で初めて、男の人に声をかけられた。ディズニーランドでスタッフのオニイサンが「迷子になったの?」と声をかけてくれたのを例外として。
 しかし、本能的に「こいつはダメだ」と思った。
「いいえ、けっこうです」
 知井子は、『プリティープリンセス』のアン・ハサウェーのアミリア王女のように断った。しかしオニイサンはしつこく付いてきた。いいかげんウンザリしたところで声がかかった。

「きみ、ちょっとしつこいんじゃないか」

 三十分後、知井子は声の主の事務所にいた。プロダクション小城といい、AKBのメンバーの何人かが所属している、業界でも新人発掘に成果をあげているところであった。
 そして、数ヶ月後、知井子はAKBとよく似たユニットの結成メンバーのセンターとなり、ユニットごと、その年の新人賞に選ばれた。
「どうですか知井子さん。デビューわずか五ヶ月で新人賞をとった感想は!?」
 MCにそうふられ、答えようとして過呼吸になりかけたときに目が覚めた。

 知井子が、夢を見ながら過呼吸になりそうになったので、マユは魔法を解いたのだ。

 正直驚いた。知井子にこんな潜在能力があるとは思っていなかった。少しカチューシャが締まって、声が出そうになった。どうやら小悪魔としては道を踏み外しかけているようだ。でも、またカチューシャは緩んだ。――なにが良いことか悪いことか分からなくなってきた。

 
 グラウンドで体育をやっている同学年の集団の中から、誰とまでは分からないオーラを感じた。
 
 マユとは真逆な、脳天気なほどに明るいオーラ、少々の暗いことなど、明るい輻射光で無かったことにしてしまいそうに明るいオーラに。

 次の休み時間、知井子は黒板の上の方は素直に里依紗に頼んで消してもらっていた。ルリ子たちは少し囃し立てたが、里依紗と、沙耶に睨まれて口をつぐんだ。里依紗たちも、少しマユの影響でスゴミがきくようになったようだ。

 窓辺に寄ってグラウンドを見ると、体育を終えたクラスの子たちが更衣室に戻っていくところだった。もうさっきのオーラは感じない。
 
 あれはいったいなんだったんだろう……。

    
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高校ライトノベル・連載戯曲『たぬきつね物語・4』

2019-08-15 06:18:10 | 戯曲
連載戯曲 たぬきつね物語・4
 大橋むつお
 
 
 
時   ある日ある時
所   動物の国の森のなか
人物
  たぬき  外見は十六才くらいの少年  
  きつね  外見は十六才くらいの少女 
  ライオン 中年の高校の先生
  ねこまた 中年の小粋な女医
 
 
ねこまた: そうね……テストその一。

二人: その一!

ねこまた: ここに一個のミカンがある。ミカンをどうやって食べる?

きつね: えと、皮をむいて……ね。

たぬき: うん、中の皮は、そのまんま食べることもある。

ねこまた: そう、ミカンは、むいて食べる。

二人: はい。

ねこまた: じゃ、問題。ミカン一個は食べられる。三個でも、四個でも、五個でも食べられる。そうだね?

二人: はい。

ねこまた: では、二個のミカンは食べることができない。どうしてだ?

きつね: え……どうして?

たぬき: わたし……ぼく、わからない。 

ねこまた: ようく考えて!

きつね: これってテストなんですよね?

ねこまた: テスト!

たぬき: 答えられたら、どっちなんですか?

ねこまた: そんなの言ったらテストにならないだろうが。

きつね: えと……えと……

たぬき: ううん……

ねこまた: ブー、時間切れ! いいか、ミカンが二つでムカン。ミとミ、つまり三と三で六。つまりム。でムカン。むかんではミカンは食えない。

二人: え……?

ねこまた: むかないミカンは食えないだろうが。

たぬき: で……

きつね: ね、ムカンでは食べることができない……

三人: ばんざーい! ばんざーい! ばんざーい!

きつね: それがテストなんですか?

ねこまた: そうさ。きつねとたぬきでは、きつねの方がかしこい。イソップの童話とか日本昔話とか、みんなそうだ。だから、このクイズで、正解を出した方がきつね……だったんだけどねえ……

二人: ……

ねこまた: よし、次にテスト。ここに酒びんがある。

たぬき: お、猫じゃら酒の大吟醸!

きつね: 飲みのこしですね。

ねこまた: いい酒だからチビチビやって、かえって悪酔いしちゃって……んなことはいいの。この半分のお酒を、言葉で表現して欲しいの……待った、口にするんじゃなくそこのメモ帳に書く(二人書く)書けたらかして……なんだこりゃ。「酒びんの中の二分の一の酒」「二分の一の酒の入った酒びん」

きつね: あの……

たぬき: 違いました?

ねこまた: 数学の答えじゃないんだから。半分という事実の前か後につく言葉があるでしょ。

きつね: と、いうと?

ねこまた: まだ半分残ってるとか、もう半分しか残ってないとか。

たぬき: で、これは……

きつね: どういうテストなんですか?

ねこまた: たぬきなら、楽天的だから「お、まだ半分残ってる。一杯やろうぜ!」になる。冷静なきつねなら「もう半分しか残ってない、いそいで買いに行こう!」と……一昔前なら、こういう答えがかえってくるんだがなあ……

二人: ……

ねこまた: よし、じゃあ次のテスト! 森の中の周回道路を、それぞれ反対側に走る。グルーっとまわって、また、ここで出会う!

たぬき: それって、早くついた方がどうとかあるんですか?

ねこまた: そんなこと言ったらテストにならないだろうが。いくぞ、ヨーイ……

きつね: 一周三キロもあるんですよ。

ねこまた: 全力疾走! と、その前に。化け葉っぱをよこしな。走ってる間に、また化けたら、ややっこしくってかなわないからね(二人、葉っぱを渡す)いいの持ってるね、ソフトマップの最新型だ。

たぬき: なくさないで……

きつね: くださいね……

ねこまた: さあ、いくよ。ヨーイ……ドン!
 
二人、上手と下手に去る。ねこまた、ため息ついてコップ酒をあおる。ライオンがやってくる。
 
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