梶井基次郎というと、私のようなあまり熱心でない読者でも「桜」と「檸檬(レモン)」を思い起こします。なにしろ、彼にいわせると、「櫻の樹の下には屍体が埋まってい」たり、たった一個の檸檬が丸善をふっ飛ばしてしまうのですから。
この例からすると、丸善はおろか都市全体を木っ端微塵にするようなレモンに出会いました。
きっかけはこうです。
親しくしていた友人夫妻からみかん箱入りのプレゼントが届きました。開けてみるとやはりみかんがつやつやと光っています。
この段階で早速礼状を書きました。
しかし、騒ぎはそれからでした。
なにしろ老齢のこと、食べるスピードもゆっくりですから、そのまま上から順に食べていると、底の方へ至った時には幾つかが傷んでいることがあります。
そうさせてはならじと、ほかの容器に移すことにしました。
その時です、艶やかなみかんの下に何やらずっしりとしたものが手に触れたのです。しかも二個。
古希を過ぎること四年を迎えたのですが、かようなものに遭遇するとはなんという天のめぐり合わせでしょう。
そこには、赤ん坊の頭をはるかに超え、重さは一キロ、直径は一五センチもあろうかという黄緑色の塊が鎮座していたのです。
「オロロキ、モモロキ、サンショロキ」で、しばらくは呆然とその場に佇みました。
それでもやがて、こんなことに負けてはならない、「世の中は予定調和を破る偶然性に満ちているのだ」と日頃いっていたのは自分ではないか、と気を取り直し、警視庁の爆弾処理班よろしく慎重にその正体を確かめにかかりました。
形状はラフランスのようですが肌合いは間違いなく柑橘類です。
そしてそれには青紫の帯が巻いてあって「ジャンボ・レモン」とありました。
そういえば、みかんの甘い香りとはやや異質な酸味を帯びた香りがします。
しかし、それだけでは名前が分かったのみでその正体、とりわけ食物だとしたら、どのように食したらいいかわかりません。
早速ネットの「ジャンボ・レモン」を検索しました。
しかしです、ネットでのその多数派は、ただただ普通のレモンを大きくしたもの、せいぜい三、四倍ぐらいのもので、したがって用法は普通のレモンと変わりません。
ただし、一部、私が目撃したものらしい情報があるのですがそれもはっきりしません。
そこで、送ってくれた人に直接、尋ねることにしました。
もらっておいてそんなことを尋ねるのは失礼千万な話ですが、「訊くは一時の恥、訊かぬは一生の恥」ともいいますし、ましてや老い先の短い身、訊いておけば閻魔様への土産話の一つにでもなろうというものです。
で、尋ねました。
「目から鱗」を期待したその結果は、なんと「目が点」に終わったのです。
「私たちもどうやって食べていいか知らないの。だから、六さんならその調理法を見つけてくれるのではないかと期待しているの」
エッ、エッ、エッ、なんと私は光栄にも「お毒見役」に選ばれてしまったのです。
それからまたネットとの格闘が始まりました。
しかし、そこから得た情報はわずかでした。
まず、果肉、果汁部分は通常のレモンより酸味の刺激が弱いこと。
したがって、普通にレモンの絞り汁として、あるいは焼酎とのカクテルに使えること。
外皮と果肉の間の白い部分が多く(一センチぐらい)その部分も食用にできること。
とまあ、そんな具合です。
で、いよいよ調理の開始です。
身を清め、家族とは水盃を交わして、いざ出陣です。
まず半分に切りました。
情報どおり、白い部分が目立ちます。
洋食用のナイフやスプーンを使って果肉をえぐりだしました。
通常のレモン絞りではとても無理なので、布巾に包んで絞り、果汁をとりました。
ついで、外皮をむき、白い部分のみを集めました。
ちょっとかじってみましたが、それ自身はやや渋みがあって単独での賞味は無理なようです。
そこでそれを、細く短冊状に刻み、胡瓜、玉ねぎ、セロリなどとともにオリーブオイル主体のドレッシングで和えて、サニーレタスに盛り合わせました。
これは正解でした。
しゃきっとした野菜の間にあって、ソフトな口触りで適度なほろ苦さを添えます。
いってみれば、私のような成熟した(?)大人の味です。
ただし、あまりそれが多すぎると苦味が勝りますので、気をつけましょう。
時節柄、鮭のムニエルなんぞと併せてもいいでしょう。
え、お酒?
写真に写っているポルトガルの赤と合わせました。
日本酒ですか?
そうですね、もっと細かくして何かの白和えに交えたら合いそうですね。
ゴーヤの白和えもけっこう美味しのでそんな感じでしょうか。
といったことで私の冒険譚の前半戦は終わったのですが、まだ後半戦が控えているのです。
というのは、もう一個がまだ残っているのです。
お読みになった方で、「こんな使い方もあるよ~ん」という方はぜひともご教示ください。
煮詰めてジャムやマーマレードというのもありそうですが、根が居酒屋出身だものですから、そうした気長な料理は苦手なのです。
あ、そうそう、これはだいじですぞ。
果汁を絞りきった果肉の部分、使わなかった外皮の部分、これは捨ててはなりません。
細かいメッシュの袋に入れて、風呂に浮かべました。
湯殿の周りに馥郁としたレモンの香が立ちこめました。
この例からすると、丸善はおろか都市全体を木っ端微塵にするようなレモンに出会いました。
きっかけはこうです。
親しくしていた友人夫妻からみかん箱入りのプレゼントが届きました。開けてみるとやはりみかんがつやつやと光っています。
この段階で早速礼状を書きました。
しかし、騒ぎはそれからでした。
なにしろ老齢のこと、食べるスピードもゆっくりですから、そのまま上から順に食べていると、底の方へ至った時には幾つかが傷んでいることがあります。
そうさせてはならじと、ほかの容器に移すことにしました。
その時です、艶やかなみかんの下に何やらずっしりとしたものが手に触れたのです。しかも二個。
古希を過ぎること四年を迎えたのですが、かようなものに遭遇するとはなんという天のめぐり合わせでしょう。
そこには、赤ん坊の頭をはるかに超え、重さは一キロ、直径は一五センチもあろうかという黄緑色の塊が鎮座していたのです。
「オロロキ、モモロキ、サンショロキ」で、しばらくは呆然とその場に佇みました。
それでもやがて、こんなことに負けてはならない、「世の中は予定調和を破る偶然性に満ちているのだ」と日頃いっていたのは自分ではないか、と気を取り直し、警視庁の爆弾処理班よろしく慎重にその正体を確かめにかかりました。
形状はラフランスのようですが肌合いは間違いなく柑橘類です。
そしてそれには青紫の帯が巻いてあって「ジャンボ・レモン」とありました。
そういえば、みかんの甘い香りとはやや異質な酸味を帯びた香りがします。
しかし、それだけでは名前が分かったのみでその正体、とりわけ食物だとしたら、どのように食したらいいかわかりません。
早速ネットの「ジャンボ・レモン」を検索しました。
しかしです、ネットでのその多数派は、ただただ普通のレモンを大きくしたもの、せいぜい三、四倍ぐらいのもので、したがって用法は普通のレモンと変わりません。
ただし、一部、私が目撃したものらしい情報があるのですがそれもはっきりしません。
そこで、送ってくれた人に直接、尋ねることにしました。
もらっておいてそんなことを尋ねるのは失礼千万な話ですが、「訊くは一時の恥、訊かぬは一生の恥」ともいいますし、ましてや老い先の短い身、訊いておけば閻魔様への土産話の一つにでもなろうというものです。
で、尋ねました。
「目から鱗」を期待したその結果は、なんと「目が点」に終わったのです。
「私たちもどうやって食べていいか知らないの。だから、六さんならその調理法を見つけてくれるのではないかと期待しているの」
エッ、エッ、エッ、なんと私は光栄にも「お毒見役」に選ばれてしまったのです。
それからまたネットとの格闘が始まりました。
しかし、そこから得た情報はわずかでした。
まず、果肉、果汁部分は通常のレモンより酸味の刺激が弱いこと。
したがって、普通にレモンの絞り汁として、あるいは焼酎とのカクテルに使えること。
外皮と果肉の間の白い部分が多く(一センチぐらい)その部分も食用にできること。
とまあ、そんな具合です。
で、いよいよ調理の開始です。
身を清め、家族とは水盃を交わして、いざ出陣です。
まず半分に切りました。
情報どおり、白い部分が目立ちます。
洋食用のナイフやスプーンを使って果肉をえぐりだしました。
通常のレモン絞りではとても無理なので、布巾に包んで絞り、果汁をとりました。
ついで、外皮をむき、白い部分のみを集めました。
ちょっとかじってみましたが、それ自身はやや渋みがあって単独での賞味は無理なようです。
そこでそれを、細く短冊状に刻み、胡瓜、玉ねぎ、セロリなどとともにオリーブオイル主体のドレッシングで和えて、サニーレタスに盛り合わせました。
これは正解でした。
しゃきっとした野菜の間にあって、ソフトな口触りで適度なほろ苦さを添えます。
いってみれば、私のような成熟した(?)大人の味です。
ただし、あまりそれが多すぎると苦味が勝りますので、気をつけましょう。
時節柄、鮭のムニエルなんぞと併せてもいいでしょう。
え、お酒?
写真に写っているポルトガルの赤と合わせました。
日本酒ですか?
そうですね、もっと細かくして何かの白和えに交えたら合いそうですね。
ゴーヤの白和えもけっこう美味しのでそんな感じでしょうか。
といったことで私の冒険譚の前半戦は終わったのですが、まだ後半戦が控えているのです。
というのは、もう一個がまだ残っているのです。
お読みになった方で、「こんな使い方もあるよ~ん」という方はぜひともご教示ください。
煮詰めてジャムやマーマレードというのもありそうですが、根が居酒屋出身だものですから、そうした気長な料理は苦手なのです。
あ、そうそう、これはだいじですぞ。
果汁を絞りきった果肉の部分、使わなかった外皮の部分、これは捨ててはなりません。
細かいメッシュの袋に入れて、風呂に浮かべました。
湯殿の周りに馥郁としたレモンの香が立ちこめました。