六文錢の部屋へようこそ!

心に映りゆくよしなしごと書きとめどころ

『私小説 from left to right』を読む(PartⅡ 完結編)

2012-11-05 22:23:07 | 書評
     
<承前> 
 これは私の偏見だが、私小説というものはプロットを欠いていて身辺雑記のようなことどもを文体だけで延々と読ませ、よって書き手の内面のようなものを忖度せよと強要されているようで、したがってこれまでほとんど読んではこなかった。
 
 しかし、この水村さんの小説は、真正面から「私小説」と銘打ったもので、事実シュチエーションとしてはたった一日のある女性の独白ともいうべき語りといえる。
 具体的には作者自身とおぼしき主人公とその姉との電話を通じての会話、そしてそこに挿入される様々な回想シーンから成り立っている。
 
 この姉妹は、父のアメリカ転勤などによって20年間にわたってアメリカに在住していて、当然のこととしてバイリンガルであり、しかも交友関係がアメリカを舞台としているとあって、二人の間での会話にも、そして他の人物との会話にも英語が出てくるのは必然なのである。そしてここに、それが横書きにされる必然性もあるといえる。
 
 彼女の日本語論からいって、それを英語に適用した場合、やはり英語でしか表現できないニュアンスがあるということだろうか。ただし、あくまでも日本語の小説であるから、すでに述べたように難解な英語は回避されている。

 さて、こうしたニューヨークの彼女の部屋での雪のある一日の、あえて出来事ともいえないことがらが記述されているのだが、それがまた、大変な時空の広がりを持った物語として紡ぎだされていて、その意味では私の偏見のうちににある「私小説」をはるかに凌駕しているといえる。

 彼女のうちで当初は日本とアメリカという軸で思考されてきたものが、アメリカ人から見れば、コリアンもチャイニーズも同様ということから、日本人としてのアイディンティティ・クライシスにいたり、やがては、東洋と西洋、白人と有色人種、さらには白人や有色人種内での差異などを「認識」(彼女の言葉)してゆくくだりは、身辺雑記をはるかに越えて、インターナショナルというかトランスナショナルというか地球大の広がりを持つに至っている。

 それらを混じえて、この物語では姉との間でのあるひとつの問題が進行してゆくのだが、その展開は限定された状況下にもかかわらずとてもドラマティカルで、次のページを捲るのに胸が騒ぐほどなのである。

 そうそう、私がこの本を手にするに至った動機、『日本語が亡びるとき 英語の世紀の中で』という評論の中で彼女が述べていた日本語論が、彼女自身の小説のなかでどう作用しているかという好奇心の結末について触れねばならないだろう。
 彼女がその評論のなかで語っていたのは、日本語で書かれた「読まれるべき言葉」を読もうとする者はより日本語に習熟すべきだということであったが、なんとこの横書きの英語混じりの小説のなかで、彼女はそれを見事にやってのけているのだ。
 また、この小説のなかで志向されている「日本語で小説を書く」という決意の中にもそれを見ることができる。
 
 評論が書かれたのは2008年であるが、この小説はそれに先立つ13年前、1995年の刊行である。とすればその評論は、あらためての論述というより、むしろ彼女がその創作のなかで実践してきたことの集大成であり、しかもこの小説のなかで彼女が語るように、異国の地で日本の近代文学を読みふけり、日本語そのものを再認識し、しかもそれを内面の問題に留めるだけではなく、他の言語、民族、人種、歴史、文化との格闘のなかで練りあげてきた彼女自身の立ち位置を示すものであったといえる。

 しかもそれは、先にみたように実に広い視野によって支えられている。
 それもそのはず、彼女は、ポストコロニアル批評家ガヤトリ・C・スピヴァクなどと並んで、イエール大学でのポール・ド・マン(1919~1983)の教え子なのであった。
 この小説のなかで、「大教授」として登場するのがそのポール・ド・マンだと思われる。

 まだ言い足りないのだが、またまた長くなりそうなのでこのへんにしよう。
 あ、そうそう、この本にはところどころに堀口豊太氏の美しい写真が出てきて、英語混じりの文章で疲れた眼を慰めてくれる。
 
 それからこれはどうでもいいことだが、主人公の姉がブラームスの言葉といい張る「Lonely but free」は、ブラームスの友人ヨアヒムの言葉で、この言葉を主題とした「F・A・Eソナタ forヨアヒム」という曲がシューマン、ブラームス、A・ディートリッヒ(シューマンの弟子)の3人の合作で存在する。F・A・Eとはドイツ語で「Frei aber einsam」(自由に、しかし孤独に)のことである。

 これを読んで水村さんの他の作品も読みたくなったが、友人の「さんこさん」おすすめの『本格小説』は上下2巻で長そうだし、とりあえずは最新作の『新聞小説 母の遺産』(2012)でも読んでみようかと思っている。
 この小説は、女系三代のお話らしいが、その三代にまつわるエピソードの片鱗は、私が読んだこの『私小説』の中でもときおり示唆されている。

 彼女の小説は読みだすと面白くて止まらないようだ。他にしなければならないことがいっぱいあるのに困ったもんだ。


コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『私小説 from left to right』 転向の話ではありません。

2012-11-05 02:17:58 | 書評
    

 久々に400ページ近い長編小説を読んだ。しかも、英和辞典を片手にである。
 とはいっても、別に英語の小説ではない。
 日本人の作家による、基本的には日本語で書かれた日本の小説である。それなのになぜ英和辞典が必要かというと、大部分は日本語表記の「漢字かな交じり文」なのだが、部分的には英語も混じっているからである。

 こう書くと読書人たちは、「ああ、あの小説か」といっせいに思いつかれるであろう。その通りである。
 『私小説 from left to right』(新潮社 1995年 のち新潮文庫、ちくま文庫)がそれで、作者は水村美苗さんである。
 この小説のツボは、サブタイトルにある「from left to right」にあり、ようするに、「左から右へ」横書きに書かれているということにある。これからすると、日本語の縦書の小説などは「from top to bottom」ということになり、本書の中でも、アメリカの少年が日本語の小説本を見て、そういうシーンが出てくる。
 そしてこの縦横の相違は、この小説のテーマというべき問題とも深く関わっていて、決して奇をてらったものではないことが了解されることとなる。
 
 若干の英語が混じるというのは上記に加えて、後述するようこの小説の内容そのものにもよるが、こうした横書きだからこそ可能だともいえる。縦書の日本語の文章に、英語がごちゃごちゃ混じったりしたら読みにくくってしょうがない。
 もっとも、混じっている英語といってもそんなに難しいものではなく、高校の英語あたりで十分読めるものである。ただし、私の場合はその高校英語も怪しいので、しばしば辞書のお世話になったという次第だ。

 You know what's so wonderful about driving alone?
 あなたもひとりっきりでドライブするってどんなに素晴らしいことか知ってるでしょう?

 と、まあこんな程度の文章で、ちなみに上の訳は私によるものである(間違ってたりして)。

 どうしてこんなややっこしい本を読む破目になったかというと、つい先般、図書館で見かけて興味を覚えた、やはり水村美苗さんの『日本語が亡びるとき 英語の世紀の中で』(筑摩書房 2008年)という長編の評論を読んだことによる。
 それについての感想めいたことは10月15日の記事で掲載した。
 その『日本語・・・』はで展開された日本語論はとても刺激的で、それを書いたひとが自分の小説でそれをどのように実践しているかを読んでみようと思ったわけである。

 それ以前に水村美苗さんを知らなかったわけではない。この『私小説』がでた折にもけっこう話題になったのを覚えているが、機会がなくて読まなかった。
 それのみか、彼女の日本でのデビュー作で、80年代末から『批評空間』に連載されていた『續明暗』の一回や二回は読んでいたはずなのだ(詳細は覚えていないが)。
 で、今回あらためて彼女の小説と向き合った次第なのである。

 まだ前置きなのに十分長くなってしまった。
 続きは明日にしようと思う。
 

コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする