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心に映りゆくよしなしごと書きとめどころ

スケジュール・ロボットなるものの入手

2006-10-14 17:14:52 | よしなしごと
 9月の今池祭りでのことだ。
 この祭りの名物であるホコテンの大バザールをひやかしていた。

 賑やかな呼び声や黄色い歓声が上がるブースを抜けて行くと、とある一角にそこだけ沈んだような幾分、陰気っぽいコーナーがあった。まるで、回りの喧噪から隔絶された穴ぼこのような空間であった。

 何となく惹かれるものがあって、足を止めると、何か古びた人形のようなものを売っている。
 しかし、そのどれもくすんだ色彩の壊れかかったようなもので、二百円、三百円の表示にもかかわらず、どう見ても売れそうにないものばかりである。

 売り手も、愛想のない不機嫌そうな老婆で、私が前に立っても声をかけるでもなく、上目遣いに一瞥をくれたっきり、あらぬ方角を向いている。
 まるで、客がものを買うことを拒絶しているかのようでもあった。

 それがかえって、私の興味を惹いた。
 もう一度並べてあるものを見てみた。市販のオモチャ類ではないようだが、どれも敢えて買いたいと思わせるようなものはない。立ち去ろうとするその時、老婆の膝元におかれたブリキの不格好な人形がふと目にとまった。




 顔はどう見てもヘチャムクレで、手足のバランスも不安定である。おおよそ15、6センチのこの人形は、その胸の真ん中に、一昔前の懐中時計のようなものがはめ込まれていた。
 どう見ても時計なのだが、いささか針の数や形状がおかしい。

 「それは何ですか?」
 と、尋ねると、老婆は今一度私の方に一瞥をくれてから、その人形と、何かパンフレッドのようなものを差しだした。
 人形を手に取ると、コチコチと音がする。時計は生きているようだ。首のところにこよりで縛り付けられた価格らしきものが付いていて、4,900円と読める。

 続いてパンフを見る。懐かしいガリ版刷りのそれは、僅か数ページほどのものだが、表紙には、「SCHEDULE ROBOT」とあり、その作者であろうか、Dr.Sanzunokawaの署名があった。
 ペラペラとめくってみると、予想通り、それは使用法に関する説明書であった。ただし、こまかい仕様などは書かれていない模様である。

 俄然、興味を覚えたが、何となく言い値で買うのもと思ったし、こういう場所では値段の交渉もパフォーマンスのうちだぐらいに思えたので、
 「これって、もう少し安くならないの」
 と、駄目もとぐらいの軽い気持ちで、訊いてみた。
 
 すると老婆は、その人形とパンフをさっとひったくって、さも軽蔑したように私を睨み付けた。
 「分かったよ、分かった、その値段で買うからさ」
 と私は折れて出た。何故なのか、その時には、それほど興味が高揚していたのだ。

 それを聞くと老婆は、黙って手のひらを差しだした。私はそれに5,000円札を乗せると、彼女はそれをひったくるように取り、自分の座っていた古びた毛布を折りたたんだような敷物の下から、おつりを差しだした。
 それから、その人形の回りにパンフを巻き付け、さらにそれを新聞紙でくるむと、輪ゴムで止めて、私に差しだした。

 むろん「ありがとう」の一言もない。この間全てが無言のうちに運んだのだ。
 得をしたのか、損をしたのかよく分からないままにそこを離れた。

 今池は長年いたせいで、旧知の人が多い。30歩も歩けばそれらの人に出会う。そんな出会いとおしゃべりや、街頭のパフォーマンスに見とれている間に、その老婆のことはすっかり忘れていた。

 再びそこを通りかかったのは、しばらくしてからだった。ふと時間が空いて、何となく気になったのだ。
 しかし、そこにはもう店はなかった。両脇のブースに囲まれて、まるで虫歯が抜かれた後のように暗い空間が秘やかにあるのみだった。

 隣のブースの若い男性に訊いてみた。
 「ああ、そういえばそんな店があったですね。え?いつ閉めたかって?ぁ、そういえばもう誰もいませんね」

 かくして私の手元には、古新聞にくるまれた「スケジュール・ロボット」なるものが残った。
 さて、これがなんであり、私との間にどんなドラマをもたらすかは、長くなってしまったので、また今度ね。(続くカモシレナイ
コメント
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