イエローフローライトを探して

何度も言うけど、
本当にブログなんかはじめるつもりじゃなかった。

au pas camarade

2009-05-14 00:03:17 | ラジオ

『クラリネットをこわしちゃった』という歌、昔NHK『みんなのうた』で聴き覚えたという、年上の従姉のそのまた親しい友達がお気に入りで、実家に一緒に遊びに来たときに♪ パパからもらったクラ~リネット と教えてくれたのですが、子供時代この歌、正直、ものすごく苦手で、聴きたくない、聞こえてきたら耳ふさいで逃げたくなる、歌えと言われても歌いたくない歌のひとつでした。

 うんと幼いとき、食器や玩具を壊しちゃったときの、どうにもこうにもばつの悪ーい、やりきれない気分がよみがえってくるからなんですね。

 実家の母は、小っさい子供を育てている母親としては珍しく、“子供がモノを壊したとき絶対怒らない、叱らない人”でした。チビ月河が何かをガチャンと落としたりぶつけたりすると、決まって「ケガしなかった?」と訊くけれど、壊れたモノのことはまったく惜しまず、責めなかったものです(まぁ、壊してオオゴトになるほど高価で貴重なモノが、子供の手に触れるほどそこらじゅうにある家じゃなかったってこともありますが)。

 子供としては、ガチャンという音と、砕けたり折れたり散らばったりしているモノの眺めだけでじゅうぶんショックなのですが、「これは絶対怒られるだろう」と思ったときに「ケガしなかった?」で、以下不問だと、それはそれで結構プレッシャーなものです。

実家母のこういう対応は、のちに一時同居することになった祖母(正確には母の養母ですが)の人となりや言動に接するとなんとなくわかりました。自家営業でひところ、かなりの人数の若い女性を雇って仕事をすることになった祖母は、「年端も行かない若い子に、商売モノを粗相されていちいちガミガミ咎めていては、毎日やっていけない」「ケガをされたら泣かれるから、そっちのほうが商売に差し支える」「次から気をつけてねと念押したほうが本人はこたえるし、今後のためにもなる」を肝に銘じていたようで、実家母もその薫陶を受けていたらしいです。

それにしても、チビ月河としては、怒られるぞと身構えたときに怒られないストレスって、逆に度重なると相当なもので、♪ パパもだいじにしてたのに 見つけられたらしかられる… 辺りに来ると「これは聴いちゃいけないモノを聴いてるな」と、まるで歌詞中の“ボク”になったような気がしていたたまれなくなっていたものです。

ところが、ずいぶんあとになってからですが、ふと気がついたんですね。「この歌、ぶっちゃけクラリネット壊れてないな」と。

2番の歌詞では♪ ドとレとミの音がでない ドとレとミの音がでない ですが、3番になると“ボク”も開き直ったのか、♪ ドとレとミとソとラとシの音がでない と正直に歌われていて、要するに“パパが自慢のクラリネットを、「オマエにやろう」と言ってくれたので、留守中にパパのマネして吹いてみたら、パパがいつも吹いてるときみたいな音程にならない、これは壊しちゃったに違いない、パパに怒られる、どうしよう”と、吹き方を知らないいたずらボウズが勝手にアワくって泣きそうになってる、という、トボけた歌らしいのでした。なんだ、パパ帰宅後は、笑って正しく吹いて聞かせてくれて、“ボク”ホッとしてまた泣いちゃうんじゃないかみたいな、微笑ましい歌だったのだ。“ボク”の年齢と音楽教育進度がどの程度に設定されているかわかりませんが、子供の手とクチで、大人の正式な木管楽器、見よう見まねでいきなり御せるわけないしね。

これがわかって以来、この歌、結構好きになりました。

52日(土)のNHK FM『今日は一日みんなのうた三昧』にリクエストしようと思っていたのですが、当日日中のリクエスト受付時間中はPCアクセスもFAXもできず、果たせずにいたら、、今朝(13日)900過ぎの同局『日本のうた 世界の歌』で偶然フルコーラス聴くことができました。

ちなみに、詳しく調べると、原曲がフランス語のこの歌、『みんなのうた』でもおなじみの日本語詞はシャンソンの大御所石井好子さんによるものですが、フランス原詞では1コーラスずつ♪ ドの音がでない  レの音がでない… と順に一音ずつ気がついていって、“ボク”の どうしよう どうしよう の緊張と動揺も高まっていく、というスリリングな構成になっているようです。一種の数え歌に近いですね。♪ ひとつ出たホイの来たホイのホイ ひとりムスメとする時は… みたいなものでしょうか。なんちゅう喩えだ。おーぱっちむらーのぱっちむらーのぱおぱおぱっぱっぱ。

コメント
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