イエローフローライトを探して

何度も言うけど、
本当にブログなんかはじめるつもりじゃなかった。

ラストにモンロー

2008-06-03 01:10:58 | テレビ番組

東海テレビ製作の次クール昼ドラ『白と黒』630日~)で脚本を担当される坂上かつえさんのお仕事を少し復習というか、予習というかとにかくちょっと観たいなと思っていた矢先、平日昼間の再放送枠で996月本放送の『女優』をやっていたので、録画視聴してみました。

黄金時代の火曜サスペンス劇場らしく『…“人気舞台女優の結婚・引退を脅かす12年前の人に言えない男との密約”』と長ーいサブタイがついています。

八ヶ岳山麓で女性の絞殺体発見。長野県の所轄刑事が身元を調べるため東京へ。一方、東京では有名劇団の看板女優・綾が大病院御曹司との婚約と、公演後の引退を発表。そこへ劇団の元・演出部員でいまは自称・ルポライターの石塚が引退までの密着取材を申し込んで来ます。綾は気が進みませんが、劇団主宰の演出家と、その妻でもある先輩女優の勧めでしぶしぶ承諾。

しかし石塚は12年前、先輩女優の負傷休演の代役がきっかけで脚光を浴びた綾の過去をほじくり返したり、最近の演技の伸び悩みと結婚引退の決断を「逃避」と揶揄したり、あてこするような行動を繰り返して綾を悩ませる。かつては若手演出家ホープとして主宰からも才能を嘱望されていた石塚が劇団を去った経緯も何かわけありげながらこの段階では明かされません。

一方刑事は東京での聞き込みで、絞殺された女性が元その有名劇団員で、端役での初舞台が決まった矢先不慮の事故で片目を失明、女優になる望みを断たれ退団した過去をつきとめます。

石塚の綾へのいやがらせ?はエスカレート、婚約者の病院御曹司に稽古風景を見学させ、主宰演出家との演技をめぐる濃密なやりとりをわざと見せたり、相手は綾ともとれる演出家の昔の不倫疑惑記事を見せたりして嫉妬を煽り、もともと女優との結婚を両親に反対されていた御曹司を疑心暗鬼にさせる。石塚には、綾を女優引退させたくない理由があったのです。

絞殺女性の団員歴に行き着いた刑事が劇団を訪れ、主宰夫人から経緯を聞きます。女性は12年前、舞台のほかTVや映画でも忙しかった主宰夫人の付き人をつとめ演技の勉強中、映画長期ロケに同行していました。舞台初日を控えて台風で帰京が遅れ、とても間に合わないと公演代役を立てた矢先に急遽飛行機が飛ぶとわかり、ならば開演時間を延ばしてもと大慌てで帰京します。

しかし空港に迎えに駆けつけた団員が急かされるあまり不注意でスーツケースを階段から女優の背中に落としてしまいました。幸い女優は軽傷で済んだものの舞台は結局決まっていた代役にゆだねることになりましたが、一緒にいた付き人女性のほうが頭を強く打って重傷、片目の視力を失って演劇生命を断たれたのです。

このときの迎えの団員が石塚。代役に立てられたのが綾。綾はこの演技が評価され以後看板女優にまで昇り詰めたのです。

しかし石塚は付き人女性の夢を断った罪悪感から劇団に居辛くなり退団、ライターで糊口をしのぐ傍ら単身で芝居への道を模索しますが資金難でことごとくかなわず、やっと書き上げた渾身の脚本も上演の望みもないまま。刑事の調べでは、出版社の企画と石塚が劇団に触れ込んだ綾の密着ルポも、社長が大学時代の友人というだけで、存在しない架空の企画とわかりました。

片目を失明し夢も失った付き人女性は場末のホステスに身を落とし深酒する日々でしたが、店に通い詰めて、暗い表情で黙って女性の世話を焼き、自殺未遂で救急搬送されたとき真っ先に駆けつけていたのが石塚だったということも判明。

実は付き人女性への負い目から深い関係になる前、と言うより事故の前、希望に燃える演出家の卵だった石塚は、同じ劇団でスター女優を夢み端役に甘んじていた綾と淡い恋をしていました。

ともに野心だけは大きく、希望だけは熱く、無人の劇場で手の届かない大役の台詞を諳んじて見せる綾に、喝采しつつ「いつか僕の脚本で、綾さんに主役を」と夢を語る石塚。

そんなある日主宰夫人である先輩女優が初日を前に台風で帰京不能の報が。パニックの挙句公演中止の断が下りかかったとき、綾が意を決して申し出ます。「先生の台詞はぜんぶ入っています、動きも把握しています、お客様を帰すぐらいなら、私に演らせてください、恥ずかしい芝居はしない、自信があるんです」…主宰演出家はその場で、2場面の台詞を綾に言わせ、「よし、やろう、打ち合わせだ」。

夢にまで見た主役で、代役とは言え舞台に立てる。綾が浮き立った直後、急遽帰京の飛行機が飛ぶとの知らせが。迎えを命じられた石塚が胸を痛めながら向かった駐車場に追いかけてきた綾は「どうしてもこの役を演りたいの、最後のチャンスかもしれない、助けて…お願い」と、初めて石塚に抱きつき接吻します。

綾のために何ができる?どうしたらいい?途方に暮れたまま空港に着いた石塚が思い惑ううち、自然に手が滑ってスーツケースは転落、女優を負傷させた。しかし付き人女性を巻き添えにしたことが、返す返すも誤算でした。

彼のやってはいけない機転でスターダムにのしあがった綾は、逆に、暗黙のうちに願いを聞き届けてくれた彼の存在を汚点と感じ会話もせず遠ざけるようになり、みずから連絡を断ちました。

想う女性の夢をかなえてあげるために、何のかかわりもない人の夢を断ってしまったという自責の念から、付き人女性の傍らを離れられなくなりやがて深い仲になりながらも、石塚は“誰も知らない共犯者の絆で、綾と自分は結ばれている”との思いを秘め、芝居への夢も断ちがたくくすぶらせたまま12年間を過ごして来たのです。

そんなとき綾の思いがけない結婚引退報道が。期せずしてやっと脱稿した自信の脚本を、いつか語った夢のように何としても綾を主演に迎えて上演したい。焦る石塚の様子をただならず感じた半同棲の元付き人女性は、「綾さんには会わないで、どうしても会うなら、あの女がどんな女か、世間に公表してやる」と迫り、それだけはと止めようとした石塚の手は、いつしか彼女の首にかかっていたのです。

そうとは知らず石塚の真意を質すべく深夜稽古場を訪ねた綾。「結婚引退なんかさせない、あんたは普通の女の平和な幸せなんか求めちゃいけない女だ」と石塚が女性殺害の真相を明かす前に、綾が刃物を向けます。「あのことは誰にも言わないで、この12年必死で守ってきた“女優・綾”を殺さないで」そのとき刑事の足音が。咄嗟に石塚は刃物を奪って、「この人に女性殺しがバレて通報されそうになったから、俺が脅していた、この人は関係ない」と綾を庇い手錠につきます。「…なぜ?」と涙で詰問する綾に「俺は夢と心中したんだよ」と言い捨て連行される石塚。綾を主演にと夢みていた彼の脚本だけが残され、走り去るパトカーをひとり見送り「あなたを愛していた…」とくずおれる綾。

そして御曹司との婚約破棄、引退撤回でマスコミにもみくちゃにされながらも、綾は毅然と初日の舞台に向かいます。開幕を待つ袖で主宰演出家に石塚の原稿を託し「きっと(上演)実現させてくださいね」と懇願して。

その頃石塚は取調室で、刑事から「君を本気で愛していた女性が、いまさら金を要求するはずがない、女性殺しは12年前の事故ともっと何か関係があるのでは?」と厳しく追求されながらも「金を要求され困ったから殺した、俺は酷い男です」とだけ言って口をつぐみ、遠い綾の舞台に想いをはせるのでした。

………惚れた弱みとは言え理不尽に手を汚すはめになりながら、石塚が12年間不公平な沈黙を守り通したのは、どこかで「綾さんの夢は俺の夢」と信じてきたからなのでしょう。だからこそ女優業にみずから限界を決め平凡な女の幸せに逃げようとする綾を黙って許せなかった。しかし彼の綾への報復は、12年前の事故の真相暴露でもなく、「黙ってて欲しければ俺と寝ろ」式の脅迫でもなく、もちろん口封じの殺害でもなく、舞台という荒野にもう一度引き戻し立たせ、女優という狭く険しい道を歩かせ続けることでした。

ラストシーンで豪華な衣装をまとい嫣然とヒロインを演じる綾の姿。報復どころか、もともと綾が潜在的に望んでいた「女優を辞めたくない」の思いに石塚がまたしても都合よくこたえてやったような結果になり、綾ひとり勝ち?ずるいよ…とも思えますが、ここまで知らずにいた元・付き人女性の失意と死の重み、かつて愛した男が守ってくれた罪の痛みを背負って、彼女は今後も女優として輝き続けるための戦場を生きるわけです。公演の前に、ひとり喪服で付き人女性の殺害現場を訪れ花を手向ける綾のワンシーンも挿入されます。女優とは“職業”ではなく“業(ごう)”なのだなと、理不尽なりに納得させられる鬼神の強さを、毬谷友子さんが凛然と、凄絶に演じ切っています。

欲を言えば、回想シーンの新進劇団員時代から、うぶに野暮ったく作ったヘアメイクでも、ただものならぬ女優オーラ全開で、これなら石塚に無茶な懇望しなくても早晩大役に抜擢されたのでは?と思えてしまうふしがないではない。

一方、石塚に扮しているのは石黒賢さん、99年頃はかなり積極的にクセのある役に挑戦しておられた記憶が。回想シーンの純朴不器用な劇団員に比べると、ハラに一物もって現在時制に登場する自称ルポライター姿は、原色サテンのシャツとかいきなりいかがわしくてベビーギャングみたいですが、夢を捨て切れない男のロマンティシズム、言わば“甘っちょろの美学”みたいなものがにじんでいてこちらもかなりの好演。

先輩女優に高畑淳子さん、これまた貫禄。その夫劇団主宰に高橋長英さんは、演劇人くささがぴったりだけど、もう少し色気もあったらなおいいか。一見理想のフィアンセ、実は器の小さい俗物御曹司に羽場裕一さん、ドラ息子風イタリアンダボスーツがよくお似合い。気の毒な立場だけど夢がひとつ散ると後ろ向きにしか生きられなかった被害者体質の付き人女性にメドゥーサ筒井真理子さん。

ほか長野の所轄刑事に釣りバカ中本賢さん、表向き友人で協力者ヅラしつつ腹の中では石塚の演劇への情熱を小馬鹿にしている出版社社長に村田雄浩さん。中本さんが聞き込みに寄るワンシーンだけラーメン屋台店主として斉藤洋介さん、筒井さんの働いていたバーのママとして懐かしい“おサカナになったワタシ”高沢順子さんと、シッポの先までアンコが詰まったような贅沢キャスティング。

大女優の代役をめぐるドラマという点で、ベッティ・デイヴィス&アン・バクスター競演、ジョゼフ・L・マンキーウィッツ監督の50年アメリカ映画『イヴの総て』も軽く下敷きになっているのかもしれませんが、原作・原案のクレジットは特になく、坂上さんのオリジナル脚本と思われます。

但し、綾のラストシーンの舞台前に、かねて綾を煙ったがっている劇団後輩女優が「(婚約解消のゴシップで)幕が開けられなくなったら、私いつでも代役できます、綾さんの台詞はぜんぶ入っていますから」と主宰にこっそりアピールする場面は、明らかに『イヴ~』へのオマージュでしょう。

根性の座った、男を恋愛対象としてだけでなくときには踏み台にもできる強い女性、強いがゆえに哀しく孤独な女性をこれだけ書けるのですから、坂上かつえさんの昼ドラ脚本、大いに期待できるのではないでしょうか。録画してまで観てよかった。『白と黒』、刮目して待ちましょう。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする