山形の過去、現在、未来

写真入りで山形の歴史、建物、風景を紹介し、併せて社会への提言も行う

えみるちゃんらの悲劇と青信号

2007-01-26 00:06:52 | 街づくり
 宝物のような建物(旧山形県庁舎)ばかりに目を向けないで2つの信号機を注視していただきたい。車道用の信号は「赤」なのに横断歩道用の信号は「青」である。逆のケースはいくらでもあるが、このようなケースは珍しい。
 俳優、風見しんごさんの愛娘えみるちゃんは青信号なのに右折の車にひかれて犠牲になり、数日後は仙台で2歳の女児が青信号なのにやはり右折の車により幼い命を失った。
 だが、もしここの信号のように、歩行者用の信号が青の時に車道の信号が赤ならば、えみるちゃんたちのような悲劇は避けられたはずである。
 まさしくこの写真の信号システムこそが山形市内で唯一と言われる「歩車分離信号」なのである。近くの交番の相談員の方によれば、歩行者にとって安全であるだけでなく、クルマの流れもかえって良くなり、分離信号は素晴しいと話されていた。
 1992年、東京の八王子の小学5年の少年が青信号で道路を渡ろうとして右折の車により犠牲になった。彼の両親は信号システムに問題(←クリックすると著書の紹介)があると見て、歩車分離信号の設置推進の先頭に立ち、次第に全国各地で設置されるようになった。
 この度のえみるちゃんと仙台の幼女の事故を機に分離信号設置の気運が一層高まることを期待したい。([私見]道路特定財源をことさら一般財源化しなくとも、分離信号設置促進などクルマ社会の負荷対応の施策なら幾らでも使途がある。)

※ 19日には東北電力山形支店主催により山形市内で井上保孝・郁美夫妻(平成11年東名高速で飲酒トラックに追突されて2名の幼い娘を失う)の飲酒運転撲滅講演会が開催され、飲酒運転のひき逃げ厳罰化と飲酒癖治療システムの社会的構築の必要を強く訴えられていた。

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