伝説上の人物ではあるが、健脚な炭焼藤太たちは、蔵王の山懐から寒河江・白岩方面まで炭や金の商いのためにでかけるのに容易に1日のうちに到達できたはずである。
それが文明の利器たるパソコン画面のうえではいったい何ヶ月かけたら寒河江方面に到達できるのであろうか。
このシリーズが前回で再スタートしたのが8月24日であり、薬師堂から今回の両所宮までのわずか約2kmに何と19日も要したのだから、あきれたものである。
ようやくここに辿り着いたところで、炭焼藤太たちはしばらくここで休息する。
ここは当時も豊かな地下水が湧き出る所なので、渇いたノドを潤したうえで、自宅の裏山から持参した金塊を洗ったことから、この地域から西北方面一帯が「金井」の地と呼ばれるようになったという。
◎写真 ①現在の鳥海月山両所宮の随身門 ②明治時代後期に撮影された随身門 奥床しさがだいぶ異なる ③現在も湧き出る地下水 わざわざ遠方からポリタンクに汲みに来る市民が絶えない ④湧き水でできた境内の池