昨日のNHK番組「バラエティー生活笑百科」では、ゲストに落語家の桂歌丸師匠が出演していました。
桂歌丸師匠と言えば、日本を代表する長寿番組である「笑点」の大喜利で司会を務めていますが、このレギュラー出演者は皆さん名だたる落語家の方ばかりです。
落語家のことを別の言い方で咄家(はなしか)と言います。
この「はなしか」を漢字では「咄家」と「噺家」を書きますが、今日はこの違いについて調べました。
先ず、「落語」のことは、元は単に「はなし」と言っていたそうです。
それが江戸時代には短い「落ち(オチ)」のある話の流行にともなって「落とし話」と呼ぶようになり、それを「落語」というようになったのは明治以降のことだそうです。
そして「落語家」のこと言う「噺家(はなしか)」と「咄家(はなしか)」の違いは
・「咄(はなし)」には、【心で感じ、思っていることがふっと口をついて出る】、「叱る」、「呼びかける」ような意味があることから、あえて言えば演技系の落語家に対して使われ、
・「噺(はなし)」には、もっとはっきりとした意思があって、【新しい話題(今でいうニュース)を伝える】という意味があることから創作系の落語家に対してつかわれるようです。
また、『大喜利』は、今は、大勢でことば遊びや珍芸、謎賭けなどを披露することをいいますが、本来は、【その日最後の出し物のこと】を言ったそうです。
この言葉は江戸末期の歌舞伎からできた言葉で、前の筋立てと関係のない1幕を付け、1日の芝居を明るく閉じるようにしたのが始まりだということです。
もとは『大切(おおぎり)』と書き、縁起を担いで『大喜利』の字が当てられたそうです。