らいちゃんの家庭菜園日記

家庭菜園、家庭果樹栽培及び雑学日記

熊野古道を歩く(その3)松坂王子

2011-02-10 | 趣味

”熊野古道を歩く”シリーズ、3回目の今日は和歌山県海南市の「松坂王子」から春日神社までをご紹介します。

「松坂王子跡」
「松坂王子」は熊野参詣の人々が遥拝し、休憩した社の跡で熊野古道33番目の王子です。現在、王子跡は且来(あっそ)八幡神社に合祀されているそうです。
ここに立てられている説明によれば、江戸時代以降には和歌山城下から紀三井寺内原黒江を経て藤白へ至る熊野街道が整備され36番目の王子である「祓戸王子社」以北の王子社は衰退して行きました。
「松坂王子」跡は熊野信仰と熊野参詣道、地域の歴史を考える上で貴重な文化財となっていると書かれていました。

・「松坂王子」跡です。


「熊野古道」
ここに立てられている説明には、
『熊野古道は熊野へ続く信仰の道で、平安の昔から熊野三山へ参拝するために造られた古い山道です。この山道は「熊野古道」としてその面影を今に残し、当時休憩や宿泊などに使われた神社・王子跡が今でも各所に見られます』と書かれていました。

・熊野古道はこの石畳の道から汐見峠を通り「松代王子」へと続きます。


「汐見峠」
汐見峠の名前は、古(いにしえ)の都人(みやこびと)が熊野への長い旅の途中で憧れの海を見て、目の前に広がる海原を見たとき、その大きさと風景の美しさの感動がそのまま「汐見峠」の名前の由来となっているそうです。
この祠に祀られているお地蔵様は、安政2年(1855年)の大地震の時、大津波で逃げ場を失った人々が「汐見峠」のお地蔵様の不思議な力に呼び上げられて救われたと伝えられていることから、以来「呼び上げ地蔵」と言われて信仰を集めてきたそうです。

・「呼び上げ地蔵」です。


・春日神社へと続く熊野古道です。


「春日神社」
春日神社は春日の森に鎮守しており、この森は標高43m、三波川変成岩(さんばがわへんせいがん)と呼ばれる結晶片岩から出来ています。
古くから鎮守の森として樹木を切ることもなく多くの人々によって守られてきた自然の森で、多くの貴重な動植物が残っているそうです。

・春日神社の鳥居です。


春日神社は、紀伊国神名帳に「正一位(しょういちい:位階の最高位)春日大神」と位置づけられている格式の高い神社で、聖武天皇から代々の祈願所として朝廷の厚い保護を受けていました。
元弘2年(1332)大塔宮護良親王が熊野へおしのびの時、当社へお立ち寄りになり、地元の豪族10人(大野十番頭)が親王を神殿にお隠しになり、今も 神殿の1つは空位であると言われています。
ご祭神は、「天押帯日子命(あめのおしたらしひこのみこと)」で古代大和豪族ワニ氏の祖にあたります。
また、元春日という神林よりご神意により吉方位を撰び、現在の地に移転鎮座したため「方位除け」の神様、「厄除け」の神様として崇拝されているようです。

・春日神社の神殿です。