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森羅万象 ~ 歩く印象派

紅葉狩りに行って来た(2)酒と云えば・・・本領発揮!?のOQ氏

2006年11月09日 19時32分03秒 | 旅行(山行以外)
山と酒をこよなく愛するOQ氏のお薦め酒店「ふかさわ」を訪ねた。

2度目の訪問である。たしか前回は10年ほど前だったように思う。
店の構えに大きな変化は見られないが

店内はグーンと充実していた。
「斬九郎がある!」と叫ぶOQ氏。

「天法」もあった。

お店の看板も健在だ。自然に会話の弾むOQ氏の笑顔!
財布の紐も緩む。

ワインコーナーも充実。専用クーラーにワインが並ぶ。

先日飲んだ「獺祭」(だっさい)の幟に目が行く。

OQ氏とまた訪れたいと思う。

紅葉狩りに行って来た♪ (1)

2006年11月08日 23時56分28秒 | 歩く印象派
ここんとこ、私には珍しく「多忙」生活状態が続いてしまい、ブログの更新が
滞ってしまった。しかも、明日からは今年3度目の沖縄である。
とりあえずは仕事仲間と紅葉狩りに出かけた写真をご紹介。
平湯温泉(平湯館)に泊まり、ロープウェーに乗って山岳展望も楽しんで来た。
(詳しい写真は続編で)

ロープウェー待ちの合間に撮影した笠ケ岳から抜戸岳に続く稜線。
「吊り尾根」を彷彿させる。(注:笠は写っていません。)

美しい景色にただただ圧倒される。

お天気に恵まれ、写真は撮り放題。広々とした駐車場からの絵もさまになる。
あの山を越えると高山市に到る。翌朝訪ねる予定。

おまけ
下の2枚の写真は「間違い探し」・・・・?
ではないのだが、信号待ちに写した笠ケ岳の遠望だが、同じアングルでも
わずか数秒で「変化」があった。(気づかれましたか?すぐにわかると思いますが。)


                         続く

君はP51を見たか?(機銃掃射)

2006年11月03日 00時00分08秒 | 歩く印象派
RESANDO氏のブログに驚くべき記事が紹介されていた。
詳しくはループから抜けて参照。
要するに、かの人物が恐怖した機銃掃射の敵機は本当にP51ムスタング(マスタング)だったのか?
しかし、その前にクイズだ。
下の写真を見てこの飛行機の名前を正確に言えたらたいしたもんだ。

ちなみに、これを町内の文化祭に出品した時、ご近所のお年寄り達(男性のみ)は
みな一様に
「おー、これは零戦じゃ。」「なつかしいのお、零戦」とのたもうた。
さらにこちらの写真を見せたときも

「零戦だ。零戦だ。」と大はしゃぎであった。
さて、「本物の零戦」はこちら。靖国神社の正面ロビーに飾られている。

最初のは「紫電」(川西)で2枚目は「疾風」(中島)である。

まことに失礼ではあるが、かの御仁は上の3種類の飛行機の区別が出来ていたのであろうか?

実は私の伯父は昔(現役の頃)教師で生徒からは「グラマン先生」と呼ばれていた。
伯父は理科の授業中に飛行機の爆音が聞こえてくると必ず、学生の頃グラマンに
襲われた話になり、ベルが鳴るまで語り続けた。しばらくしてその伯父に訊いてみた
のだがグラマンにF4FとF6FがあることもTBFアベンジャーというグラマンによく似た
飛行機があることも実はよく知らず、とにかく青黒く巨大な「艦載機」はみな「グラマン」
なのであったという。

で、ようやく話がRESANDO氏の記事に戻るのだが、かの御仁が襲われたのも「グラマン」
なのではないかと推測する。以下に根拠。


(手嶋尚:戦うヘルキャット“怒濤の攻勢”「世界の傑作機No.77」所収より)
2月16日という日付は太田の方の言説と一致する。
しかし、P51はその頃はまだ硫黄島にさえ上陸していないのだ。(以下)



要するに、御仁が機銃掃射を受けたときに上空にいたのはP51である可能性は殆どない。
F6FかあるいはアベンジャーもしくはF4Uコルセアならば、近海の空母からの飛来で
十分ありうると考える。では、なぜ彼はP51とはっきり機種名まで特定できたのであろ
うか?その前にグラマンとP51の区別がついていたのであろうか?
下記はレイテ海戦時の米空母群の構成である。これがほとんど無傷のまま、日本近海に
とどまり続け,西日本を中心に空爆を繰り返していた。

そのほとんどの空母がF6F(グラマン)を搭載していた。下記。



陸軍航空隊のP51がいかに長い航続距離を誇るとはいえ、テニアンやサイパン
から日本本土へ飛来し、帰還するというのは、航法上の問題も含め不可能だ。
かといってP51の空母艦載機仕様は検討試作段階で立ち消えており、これも
ありえない。
2月16日という日付が正しいのならば、おそらく空母(たぶんホーネットあたり)からの艦載機であるF6F、TBF、F4Uと考える。
その後、硫黄島に基地を確保するや、直ちにB29の護衛として、P51は頻繁
に本土上空に現れるようになり、その情報がメタ情報となり自分に機銃掃射をか
けたのはP51と判断されたのではないだろうか。

できれば、色とか(P51はぴかぴかの銀色、グラマンは濃いブルー塗装)
形状(P51は流線型でスマート、グラマンはずんぐりむっくり)などの機
の特色を氏が覚えておられれば、とは思うが、機銃掃射を受けている最中に
そこまで余裕があったかどうか・・・・・・。つまり、あとから考えて「あれは
P51だったのでは?」という程度(失礼!)の判断ではないかと推察する。

要は太田の御仁さんはP51に掃射を受けたのではなく、F6Fなどの「グラマン」達に機銃掃射をかけられたのではないかというのが私の見解だ。

ケーキをもらった!

2006年11月01日 22時14分43秒 | グルメ
誕生日だった。
知人からケーキをいただいた
ありがたいことだ。しかも美味かった!
嬉しい。
栗がふんだんに使われていた。
味覚の秋である。
別の知人たちからはバースデイ・メッセージが届いた。
覚えていてくれる人がいるのは嬉しい。
生まれた季節が好きだ。
この時期は不思議と元気になる。
心もすごく落ち着く。
一年で一番過ごしやすい。
暑いのも寒いのもほどほどがいい。
台風も雷も降雪もない。
大風も吹かない。
澄んだ空に浮かぶ雲をずっと眺めていたい。
蚊に刺されることもない。
どこかへ出かけるにも気持ちがいい。
本もいっぱい読める。
お酒もおいしい。
(OQ氏からは絶品の発泡にごり酒を戴いた!)

こんないい時期に産んでくれた母に感謝したい。