旅限無(りょげむ)

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欲しいけど要らないノーベル平和賞 其の壱拾伍

2008-11-10 06:33:30 | チベットもの
■さてさて、北京五輪を開催するに当たって人権問題の解決を推進させると約束した北京政府でしたから、その約束を履行するためにチベット亡命政府との「話し合い」が再開されました。残念ながらダライ・ラマ14世の「楽観主義」を動揺させるような結果しか出なかった模様なのですが……。

2008年11月7日、中国紙「国際先駆導報」は英国をはじめとする欧州諸国のチベット問題に対する態度が変化してきたと指摘した。金融危機の影響で苦しむ欧州諸国は中国の助けを借りるため、チベット問題で対中関係を悪化させたくないという思惑が透けて見える。

■500年も前、1494年6月7日にスペインとポルトガルとの間で結ばれた大西洋上の西経46度30分の子午線で世界をニ分割した「トルデシーリャス条約」以来、世界をサクリ、サクリと勝手に切り分けて我が顔に縄張りを分け合って来た欧州ですから、アジアやアフリカを植民地支配しようと経済的な収奪の対象にしようと驚きはしませんが、北京五輪の前後には人権問題を大きく取り上げていたのも忘れたように、ひらりと掌を返して借金を申し込むためにチベット問題をダシに使うとは、「貧すれば鈍する」典型みたいな話ですなあ。


先月29日、英国のミリバンド外相は、公式にはチベットを中国の一部として認めてこなかった過去の英国外交は誤りだったと明言、今でははっきりと中国の領有権を認めていると発表した。これまでチベット独立運動に最も協力的だったイギリスの方針転換は大きな驚きをもって迎えられた。

■元はと言えば国内でアルコール中毒患者が蔓延するのに手を焼いて、酒の代わりに茶を飲むようにしたのが始まりで、紅茶が英国文化の象徴みたいになる頃には、チャイナから大量に輸入した茶葉の支払いが嵩(かさ)み、大幅な貿易赤字に陥った大英帝国は、インドで芥子を大規模に栽培してアヘンを精製してチャイナに売りつけ、強引に貿易赤字を解消しようとしたのでした。その一方で植民地のインドやスリランカの高地に広大な茶畑を作って輸入品だった茶をちゃっかり輸出品にしてしまうのですが、貿易赤字を解消する為に始めたアヘン商売が事の外儲かるというので、清朝チャイナ全体をアヘン窟にしてしまうほどの勢いで悪どい麻薬商売を続けたのが大英帝国で、その分け前に預かったのが米国という具合だったようです。

■恥知らずなアヘン戦争を仕掛けたばかりに、江戸時代の日本が覚醒したのは想定外だったようですが、ロシアと対抗するためには同盟を結んで咬ませ犬にしようと考えたのも英国で、中央アジアでは「グレート・ゲーム」と呼ばれるユーラシア大陸の分割競争をやったのも英国でしたなあ。その主要な舞台となったアフガニスタンの東隣で、インドの北に位置したチベットを清朝から切り離してロシアの影響力を削ぐために独立を認めたのも英国でしたが、今回は米国の欲張り投資銀行にまんまと嵌められて大損害を受けた穴埋めをしようにも、好き勝手に地図上でフランスと分け合った中東諸国に対して臆面も無く借金を申し込まねばならなくなった英国は、今度ばかりはアヘンなどの売り物が無いのでチャイナに借金を頼むしかないというわけで、手土産にしたのがチベット問題!という流れなのでしょうなあ。


チベット問題に対する態度が変化を見せているのは英国だけではない。08年2月にはドイツのメルケル首相が「『一つの中国』原則を認め、チベット独立を支持しない」と発言。また最近ではフランスでもダライ・ラマ14世らチベット関係者と距離を置く動きが広がっているという。国際先駆導報はこうした欧州諸国の動きは「良心がとがめたためではない」と皮肉り、金融危機に苦しみ中国の助けを必要とする欧州諸国が、中国との関係悪化を恐れてとった措置だと伝えている。
11月8日 Record China

■「腹は読めている」というわけです。香港を返した英国が、今度はチベットを見棄ててパイプを太くしようと形振り構わず走り出しても驚きませんが、あまり慌てるとこうした譲歩は結果的に高くつく危険がありますぞ。米国との距離を取ろうとするEUが、アジアの成長センターになったチャイナを取り込もうと画策するのも分かりますが、これではノーベル平和賞の意味も価値も無くなってしまいますなあ。まあ、ダライ・ラマ法王としても血みどろの独立闘争を仕掛けるのは好まず、国家としての独立は早々に諦めて「高度な自治」を求める姿勢に変わっているのですから、欧州が突如としてチベットを犠牲にした!と目くじら立てて騒ぐほどのことでもないかも知れませんが……。でも、北京政府としては嬉しい話であるのは確かでしょう。

欲しいけど要らないノーベル平和賞 其の壱拾四

2008-11-10 06:32:56 | チベットもの
■ダライ・ラマ法王のノーベル平和賞受賞スピーチを読み直しておりますが、そろそろ終盤です。北京五輪との絡みでチャイナに於ける人権問題の扱い方が大会の前も後も、何の変化も無かったことを確認するために、中華人民共和国(出身者)で唯一のノーベル平和賞受賞者という事になっているダライ・ラマ14世が20年も前に語った言葉が、ぴたりと現状に重なっているという無気味な事実の再確認になってしまいました。

■米国では融和と団結を熱く語った民主党のオバマ候補が、ダブルスコアで共和党の候補を破って大統領になりましたが、その選挙に合わせるようにダライ・ラマ法王が来日していた事を記憶に留めておきたいものです。ちょっと古い新聞を整理しておりましたら、北京五輪前の紙面も雑誌類も恥ずかしくなるほど熱心に「宣伝」していたのが良く分かります。チベット騒乱に四川省での大地震まで重なって、広がる経済と地域間の格差が限界に近づいて暴動やテロ事件が起こっていたのに、報道よりも商売優先で五輪大会を無理やり平和の祭典に仕立て上げてしまったのは罪深いことでありました。耳にタコが出来るほど連呼されたあの「感動」とは、一体、何だったのでしょうなあ?


……私たちの生活に及ぼされる科学の影響が増大するのにつれ、宗教や精神性は、私たちの人間性を回復させる上でより大きな役割を演じるようになってきました。この両者、科学と宗教の間に矛盾は存在しません。それぞれがお互いに対する貴重な洞察力を与えてくれるのです。そして、科学も仏教もあらゆる事物の根本的な単一性を説いています。環境に対する緊急かつ世界的な関心に基づき私たちが積極的で断固たる行動をとろうとするならば、いま述べたようなことを理解することがとても重要になってきます。

■ここでは「環境問題」について語っておられるわけですが、オリンピック・イヤーの今年は日本がサミット議長国で、前の前の総理大臣だった安倍ハライタ首相が決めておいた北海道の洞爺湖でのサミットが開催されたのは、北京五輪の丁度1ヶ月前だった事、そのホスト役の議長が福田ホイホイ首相だった事をどれほどの日本人が記憶しているでしょう?年末恒例の「今年を振り返る」テレビや新聞の特集が終わったら、洞爺湖で環境問題が話し合われた事などすっかり忘れ去られてしまうのでしょう。30億円もの予算を注ぎ込んで開催したのに……。

■ダライ・ラマ14世は積極的に欧米の科学者たちと交流を図り、何冊もの貴重な対談集も出版されておりまして、最先端の科学と御自分が学び修行し続けるチベット仏教を現代社会に役立てる方法を熱心に模索しておられます。福田ホイホイ首相が科学者を集めて環境問題に関する会議や座談会を開催したという話は聞いたことがありませんでしたなあ。財界人と官僚とは熱心に話し合いを重ねていたようですが……。く


全ての宗教は、同じ目標、つまり人間の善を育みあらゆる人に幸福をもたらすことを追求しているのだと私は信じています。手段は異なっているようでも目的は同じです。私たちは、今世紀最後の10年間に入ろうとしています。人類を支えてきた古来の伝統的な価値が復活し一層思いやりに満ちた幸福な21世紀を迎えられるだろと、私は楽観的に考えております。私たちの全て、抑圧者も友人も含め、全員のために、私は祈ります。人間に対する理解と愛を通じて、より善き世界の建設に成功しますように。そうすることにより、生きとし生けるものの苦痛を、
和らげることができますように・・・
ありがとうございました。

■20世紀最後の10年間は過ぎ去って、21世紀はニューヨークで起こった同時多発テロによって幕を開け、米国の一国主義が突出してイラクのサダム・フセイン政権が崩壊した時には気味が悪いほど素朴に熱狂していた米国の人々の姿が印象的でした。ダライ・ラマ法王は常に「楽観的」なのですが、当時のブッシュ政権の中枢に集まっていたネオコンと呼ばれたグループは、それに輪を掛けて楽観的で向こう見ずな連中でありました。欧州を含めて世界中を敵と味方に峻別してしまった単純な思考方法には、「思いやり」の欠片もありませんでしたなあ。

■ノーベル平和賞の裏返しの賞があったら、ブッシュ息子大統領と当時の側近たちは立派な受賞資格を持っていました。ノーベルが発明して大金を稼いだ爆弾をさらに進化させた恐るべき武器を大量に使ってイラクを崩壊させた「功績」は、21世紀全体を通して世界の災厄として残されるのでしょうから、「反・平和賞」とついでに「反・経済賞」も添えて授賞させ、歴史にその名を留めたら如何でしょう?