行雲流水

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火が涼しいわけがない

2016年10月07日 | 禅の心
心頭を滅却すれば 火も自ずと涼し

6世紀の中国の詩人、杜荀鶴が、夏の暑いさなかに坐禅している悟空上人をたたえて読んだ詩の一部です。

日本では、山梨県の快川紹喜和尚が、織田信長の軍勢に焼き殺されるときに言った言葉として有名です。

世間一般には、「暑さに耐えれば涼しく感じられるものだ」というような解釈がなされますが、

私は違うと思います。

そもそも、禅というものは、ありのままに見るということを重要視しています。

私には快川和尚の「熱くて苦しい」という断末魔の叫びが聞こえてきます。

涼しいというのは、「とても熱い」ということの表現方法だと思います。

熱い、冷たいの相対を超えてしまうと、熱いを涼しいと表現するしかないのです。

禅というのは色気のあるものではなく、「ありのままに感じる」ことが大事なのです。

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