野々池周辺散策

野々池貯水池周辺をウォーキングしながら気がついた事や思い出した事柄をメモします。

鈴鹿8耐をテレビ観戦しながら、こんなことを考えていた

2013-07-31 06:42:11 | モータースポーツ
    「2013鈴鹿8耐」   「トップ走行中、ハイサイド転倒リタイヤの清成選手」
先日、大久保の未来屋書店で、今月発売の「 RACERS」を読んでいた。
この書店では、休憩用(読書用)の椅子数脚が用意してあり、人目を気にせず、時間を気にせず、並べてある新刊本を読むことが出来る。鈴鹿8耐の開催月にあたるためか、「 RACERS」は’80年代鈴鹿8耐で大活躍したホンダ「RVF Legend Part 2」を特集している。その本の中に、’80年代の鈴鹿8耐時、ホンダ8耐の総責任者で、且つホンダに多くに勝利をもたらした、福井威夫前ホンダ社長が当時の8耐を語っているページがあった。拾い読みしただけなので詳細までは記憶していないが、印象に残った事を書くと、鈴鹿8耐参戦にあたっての彼の目標は、①鈴鹿8耐で一番になること ②ヤマハに勝つことの二点。レース中、サーキットVIPルームに陣取る上席から現場への注文や、VIPルームからの突き刺すような視線を受けながらも、勝ち続けるのは相当な神経の太さがないと務まらない。「 RACERS」では、当時の総責任者としての思考と勝ち進んでいく過程が思い出話として気さくに綴られており、如何にも人間臭くて興味深かった。

「ホンダは競争相手に勝って一番になること」、これが世界の二輪市場を席捲する企業ホンダの発想原点であり、DNAでもあると言うのは確かなようだ。伊東孝紳ホンダ社長の、一昨年東京モーターショープレスデイでの第一声は、『 Hondaは今年、MotoGPにおいてコンストラクターズ、ライダーズ、チームズ・チャンピオンシップの三冠を獲得しました。世界中のファンの皆様から応援をいただき、この場を借りて御礼申し上げます。 モータースポーツはHondaの原点であり、DNAであります』とあった。レースがホンダのDNAとは格好良いことを言うもんだと当時は思っていたが、「 RACERS」にある福井前社長やホンダの歴代社長の言質を再度思い起こしてみると、モータスポーツはホンダの企業活動の原点であり、「レース参戦すること」「一番になること」、これらは単なる飾り文句ではなく、疑いのないホンダのDNAだと改めて再認識した。とかく、レース参戦と言うと、何ぼ単車が売れるのかとか、どれだけ企業イメージが上がるのかとか、費用対効果はあるのかとか、色々な声があるらしいと聞いたこともあるが、レースに参戦し勝つことがホンダのDNA、遺伝子だから、妙に屁理屈をつけた議論は不要なのだろう。だけど、事前調査はかなり詳細にやっているに違いないと察するが。この思想、DNAが、ホンダを町工場から世界最大の二輪企業に成長させ、世界に冠たる優良企業に成長させる理由であると解説されても、書生ぽっくなく妙に説得力があるから不思議だ。

欧米の二輪企業が強固なブランド力を前面に押出して世界の二輪市場を浸食しているのに比べ、日本の二輪企業は個性がなく何れのブランドも差異が認められないと言う話を度々聞くが、ホンダが先頭に立ち世界の二輪市場を牽引していること自体が、ホンダと言う強固なブランドを構築しているのだろう。その原点がレースだとすると、他の日本二輪企業とは一線を引くものがある。ホンダは、ハーレーやドガッティのようなブランドの強力さは無い、むしろあえて必要もない。巨大二輪企業として君臨し高い収益を誇っている事がホンダのブランドを表現している。どの市場にも深く認知される、これがホンダのブランド力だから、ハーレーやドガッティのような特異なブランド・アイデンティティを作る必然性がない。特に、日本企業は技術志向の強い二輪を生産・開発するのが得意だ。日本の二輪メーカが得意とする技術志向を前面に押し出す事をブランド・アイデンティティとするのであれば、もっと強烈なパワーを叩き出す性能の二輪車を世に問う必要があるし、あるいは技術志向を最も具現化するレースは技術力を前面に出すホンダにとって不可欠な事項かもしれぬ。

こんな記事があった。「一流トップの学び方:本田技研工業 福井威夫社長
「・・(略) 重要なのはこの貪欲さが生まれる環境で、その極致が“修羅場体験”です。
想像を超える困難な状況の中で、自分で何とかしないとダイレクトに結果に表れる。誰も教えてくれない。失敗はしたくないが、失敗を恐れていたら何もできない。 必要な情報や知識をどんどん吸収し、あらゆる力を一点に集中して突破する。そして、見事成功したときは達成感に浸る。こうした修羅場体験を経て、ひと皮も、ふた皮もむけて力をつける。ところが、組織が大きくなると、自分は何もしなくても業績に影響しないような状況が各所に生まれがちです。大企業病が蔓延する。そうならないよう、社員をいかに修羅場に追い込んでいくか。」レースを単に美化しているだけとの声も聞こえてきそうだが、数年に渡り8耐を戦ってきた経験から言えば、ホンダの「8耐の本質」には頷く事が多く、企業にとって最も重要な競争力学を重視してきたことがわかる。戦いのなかで蓄積された人的・物的な知識・技能の伝承、いわゆる組織技術ソフトウェアの蓄積の重要性から言えば、レース運営組織が経験的に企業グループ内で実質運営されている、ホンダのやり方は正解。

各人夫々に8耐には応援するチームがある。年一度の日本の二輪モータースポーツの祭典、いわばお祭りだとか、8耐は勝つ負けた以前に、楽しんでこそのレースと言う声もある。しかし、鈴鹿8耐を企業のDNA表現の一つとするホンダにとって必勝以外は何も存在しないとなると、総括責任者は大変な役割だ。

今年の鈴鹿8耐の観客動員数は昨年より多いようだと、Facebook投稿にあった。ホンダもヤマハも、8耐のスペシャルサイト「ホンダ:suzuka 8hours 20113
ヤマハ:鈴鹿8耐スペシャルサイト」を開設していたので両社の動きは自然に理解できた。BS12にチャンネルを合わせ、パソコンから流れるFacebook情報や、ホンダ/ヤマハの8耐スペシャルサイト情報から、8耐の戦況はある程度分かる。
こうして8時間を十分楽しんだし、面白かった。


少し長くなったが、日本のモータースポーツ界の頂点に位置するビッグイベント鈴鹿8耐は、多くの二輪企業にとっても参加すべき価値は十二分にある。そして、閉塞した日本の二輪業界をもっと明るく照らす指標になるに十分な価値があると思うし、一歩前に進むべきだと思う。レース好きな人達が単に参加しているだけという声を聞かぬでもなかったが、鈴鹿8耐はそんな低次元の話ではない。二輪文化の頂点にあるモータースポーツが輝かない限り、日本の二輪文化は拡散することはない。そこに世界最高レベルの二輪レースがあるから、そこの頂点に立つことを単純に目指す。そこで勝つことが技術屋の頂点の一つとすれば、勝負に掛けたい強い意志のある開発陣も当然いるはず。8耐の楽しみ方は色々で、日本の二輪モータースポーツの頂点で覇を争う事や、逆にもっと大衆化する楽しみ方もあって、夫々だと思うが、技術屋としてみると、日本の頂点レースで一番メダルを獲得する方が断然面白いと思う。何の商品であれ、開発とは競争相手に如何にして勝つかであろう。勝ったから車が何台売れるかの単純な物ではないが、若い技術者が戦うには面白い素材だと思う。今は、パソコンやテレビでレース経過を追っかけるだけの楽しみだが、側で女房から「カワサキは何処を走っている」と言われる時ほどカワサキ贔屓にとって辛いものはない。8時間ズート放送されたBS12で、目に付いたカワサキは、グランド席に陣取った「エヴァRT初号機シナジーフォースTRICKSTAR 特設応援席」の応援団だけ。ライムグリーンの手ぬぐいを懸命に振ってくれる1000人の応援団は、ひときわ目立っていた。一販売店主が13,500円のチケット1000枚完売とは凄いの一言。
      「鶴田選手のTRICKSTAR1000人作戦」
  
  
コメント
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