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野々池周辺散策

野々池貯水池周辺をウォーキングしながら気がついた事や思い出した事柄をメモします。

四輪事業化は一時凍結とあった

2018-12-14 06:23:04 | 二輪事業
12月11日の日経に「ヤマハ発、乗用車市場への参入断念 」とあった。
量産化や採算性に課題があり、事業化は困難と判断され「いったん凍結する」と報道されている。遡ること2015年3月、日経新聞はヤマハ発が欧州で四輪車事業に進出し19年めどに工場建設計画と報道した。二輪の技術を生かす二人乗り四輪車の量産化を具体的に記述してあったので、二輪の方向性の先は四輪事業かと、なんと夢のある計画だろうかと、四輪事業を個人的には楽しみにしていた。それから3年後、一旦凍結とあるので、四輪事業は中止するのだろう。

ヤマハ発の四輪事業進出には大いに期待していた。
東海地方浜松を拠点とする二輪企業(ホンダ、スズキ、ヤマハ)が揃って四輪事業で再び競争するとの記事が発表された当時、市場は好意的に受け止めヤマハ発の自動車進進出にヤマハ発の株価が大きく跳ね上がった。この時も、二輪は世界的にみると先細りになるという危機感がヤマハ発にはあるのだろうかと感じたが、それにしても当時、浜松企業の底力に正直驚くばかりだった。知っている範囲での昔のヤマハ発の売上高5000億強の時期から急成長し、現在は1兆7000億と大きく成長し、ホンダに次ぐ世界最大級の二輪企業。二輪事業から出発し四輪に早くから進出したホンダの売上は現在15兆円強で、遅れて進出したスズキの売上も3兆8000億、そして二輪売上が主体のヤマハ発の売上高1兆7000億となっていたので四輪に進出すれば、パーソナルウォータークラフト(PWC)や4輪siebysideの大成功の実績から、直ぐに3兆円企業になると予想していた。二輪を出発点とし互いに切羽琢磨して競争してきた浜松企業の力強さに驚嘆したものだった。

ヤマハ発はもともと二輪事業の先行きに危機感をもっており、その代替事業を模索しているとの記事も過去散見した。例えば、2年前の「ヤマハ発動機、「二輪×通信」で異分野走る 」には、『ヤマハ発動機が「二輪車メーカー」の枠を超えようとしている。社外の技術や考え方を取り込みながら次の成長事業を育てる。根底にあるのはいずれ二輪車が消えるのではないかという危機感だ』と書いてある。それには、二輪が普及し始めて凡そ60年、一つの事業が衰退する周期を凡そ100年だとすると、ヤマハ説(二輪が衰退するとすればと言う説だと思う)によれば二輪の寿命は残り40年しかない。確かに二輪市場は、先進国ではもうこれ以上の伸び代はなくヤマハ発も先進国の二輪事業は赤字、今後伸長するのは新興国のみで、経済変動の波が大きく今ひとつ安定性に欠けるものの東南アジア市場は大きく回復し、更に言えば、二輪未開発の領域、中近東イランの7800万市場やアフリカ・ナイジェリアの1億8000万市場が手付かずのまま残っている。これらは政情不安で市場参入に躊躇する企業もあると聞くが、多くの企業が機会を狙っている。こうしてみると、残り40年で二輪が衰退の方向になるとは考え難い。で、結局、現実的には、ヤマハ発は2021年売上2兆円を目指すによると、ヤマハ発は二輪事業の売上高を今後2割増の1兆3540億円と見込み、強みを持つ東南アジアでは中間層を取り込んで、出遅れたインドでも年120万台の販売を目指すとあるように、今後は強い二輪事業をより発展させ、特にインドなどの成長市場で伸ばすとしている。こうしてみると、ヤマハ発は結局、二輪を主体に事業をより積極的に展開するようだ。

かって中国二輪企業が東南アジアへ参入したが品質不具合で数年も経ずして撤退。結局、従来からの二輪企業が今も生き残っていると言う世界的にみると稀有な産業だ。しかもハーレーダビットソン(営業利益率16~20%)やホンダ(二輪の営業利益率13%)を中心とする二輪事業をみると、二輪事業は極めて高い収益性を確保できる事業体であり続け、それは今でも変わらない。その理由は、市場動向を見た的確な戦略と素早い決断/実行力こそが高い収益性を確保できる事業体に成長することを、ハーレーダビットソンやホンダの柔軟性のある企業体質から見える。メディアによる二輪の将来は必ずしも明るいと言えないとする論調もしばしばあるが、二輪事業は経営手腕によっては「未来ある事業体」と言えるのではないだろうか。当たり前のことだが、最後は結局、経営戦略の優劣が勝敗を決するのだろう。
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US Team Green@1982年11月25日

2018-11-28 06:28:50 | 二輪事業
 26日の「RacerⅩonline.com」「 ON THIS DAY IN MOTO 1982 NOVEMBER 25」に、1982年当時の米国カワサキ Team Green の記事があった。
Kawasaki Team Green was still in its infancy when the 1982 Winter Olympics (or Mini Os) started and some of the well-known riders on the brand for the season-ending race in Florida would include Kyle Lewis, Keith Turpin, Junior Jackson, Hank Moree, and Larry Ward. They would be going up against a growing contingent of Yamaha Support riders like Bobby Moore, Mike LaRocco, Ron Tichenor, Danny Storbeck, and Brian Stanley. The overall Bronze Boot award for most individual points in minicycle racing went to Washington State's Larry Ward. 」

1982年と言えば、「Kawasaki Team Green」活動が始まって2年目で、未だよちよち歩きの状態だ。今でこそ、「Kawasaki Team Green」は、この業界では自他とも認めるリーダー格だが、当時は、他社より数年遅れてこの分野に参入した新参者だった。

黒表紙の一冊の報告書がある。「TEAM GREEN AMATEUR RACING PROGURAM / 1981/ by Dave Jordan 」
1981年、この起案書から実質スタートしたTeam Green活動は、kawasakiのオフロード事業に多大な貢献をなし、米国市場においてKXマシンを不動の地位に築き挙げた最大の功労活動。Team Green活動なかりせば、カワサキのモトクロスビジネスはここまで来れなかった。KXマシンは米国人の伝統的な嗜好マインドに良く合致し、米国二輪市場にて安定的な販売を確保し、不況にも断然強いと言う歴史を造った。

「あなたもTeam Greenメンバーになれる」。カワサキのKXを購入したユーザーは誰でも「Team Greenメンバー」として登録でき、全米各地で開催されるレーストラックにおいて分け隔てなく同等の支援を受けることができる。一部の特別なライダーのみが優遇される特権ではなく、レーストラックでは、場合によってはカワサキユーザー以外のモトクロスユーザーへの支援をも除外しなかった。結果、Team Greenの卒業生から著名なAMAモトクロスチャンピオンを多く輩出したことは言うまでもない。その卒業生たるJeff EmigやRicky CarmichaelはSXレースのテレビ解説者となり、その後輩たるJames StewartやRyan Villopotは幾多のSXチャンピオンとなった。

Team Green活動は、広く言えば米国の多くのモトクロスユーザーを支援し、育て、米国のモトクロス市場を守ってきたと言っても過言ではないだろう。開発と販売ソフト及び実績が極めて上手にジョイントし成功した好例であり、草の根活動の二輪販売戦略の見本として大いに参考となる。人的功労者の面で言うと、米国カワサキではTeam Green の初代managerだった Dave Jordan 、彼が苦労して組織を立上げ軌道に載せてくれた最大の功労者で、英国カワサキの Alec Wright もまた欧州における功労者だ。この二人の活躍なかりせば、カワサキKXのビズネス上の成功は無かったかもしれないと思う。米国では、Dave Jordan リタイア後も Team Green 思想と活動は脈々と歴代マネージャーに引き継がれ、結果的に多くのチャンピオンを輩出し、かつ多くのユーザ達に支持され続け、ビジネスとしても成功し続けている。一方、Alec Wright リタイア後の欧州では、モータースポーツの盛んな英国にも拘らず、知名度の高かった Team Green の名は消え去り、販売も低下しユーザーは離れていった。決して目立つことのない草の根活動を地道に継続させる決意の一番の違いは、経営者の思想の差だったかも知れない。

加えて言えば、アマチュアライダーを支援する前出の「Team Green」と技術的優劣を競うワークス活動を担当する「Kawasaki Racing Team」は、生い立ちや育ち方も大きく異なるが、混同して発言するメディアにしばしば合う事がある。この役割は昔から明確に差別化されているが、ここで書いているのはアマチュアライダーを支援する「Team Green」である。

さて、2018年の Mini Osの結果はというと、27日、Yamaha Motor USAのFBにこうあった「The Yamaha bLU cRU entered the #victorYZone to claim 13 MX class wins at this year's Mini O's」だそうだ。それはさておき、3年前のRacerXに、「THE AMATEUR BOSSES」として、 Loretta Lynnで多くのアマチュアモトクロスライダー達を支援する二輪活動が紹介されていた。彼らは、カワサキの「TeamGreen」、USヤマハの「 Blu Cru」、そしてUSKTM「Orange Brigade」の3社の支援システムだ。   

かって、日本メーカーがオフロード市場に進出する際、最も大事にした購買層はキッズ市場で、各社ともこの層のユーザーを大事に育ててきた。しかし、だいぶ昔の話しだが、アメリカの訴訟問題が加熱した時期に、訴訟問題を恐れた日本の二輪企業ヤマハ、スズキ、ホンダが全米のアマチュアライダー支援から全面撤退したあと、全米のアマチュアライダーを支援しづけてきたのは唯一カワサキの「Team Green」だった。その後、ここ3,4年前からKTMとヤマハが遅れて参入してきた。多くのアマチュアライダーにとって、自分が購入したバイクメーカーがサポートしてくれる企業が増える事は、鬼に金棒だ。リーマンショックで100万台規模にあった二輪市場が一挙に約45万程に落ち込んだ米国市場では、アメリカ経済は持ち直しNWダウは史上最高値にあるが、一部の二輪企業の報告では、先進国二輪車事業の販売台数は減少傾向にあるという。しかし、伝統的に白人社会に支持されてきた米国のオフロード市場は歴史的に大きな落ち込みなく安定して収益の稼げる大市場に変わりはない。
 
全米には、多くの市民がオフロードを楽しむエリアが幾つもある。現地に行くと、そこには数台のキャンピングカーを中心に、父親と少年少女達がモータサイクルや四輪バギー、VWの改造車でビュンビュンと走リ回っている。側で、母親はキャンピングカーに張ったテントの下で昼食のサンドウィッチを準備をしていて、楽しそうな家族的な風景があった。どちらかと言えば、キャンピング地の近くは、リタイヤした老人達が余生を過ごす場所でもあるが、ホテルの食堂は家族が楽しむ場所でもあった。そこには、暴走族まがいの人達は一切おらず、あくまでも家族単位の行動で、アメリカの週末の過ごし方の一つを垣間見る事が出来た。アメリカ人は長い開拓移民時代に、家族が一つの単位となり、幌馬車に揺られて 新天地を求めて歩み、永住の地にたどり着いた歴史がある。その頃の開拓民にとっては「家族」が唯一の財産であった時代の名残が、いまも脈々と受け続けられているのだろうと思う。開拓時代の馬が現代は単にモトクロスマシンに替わっただけで、一家の宝である自分の子供が英雄になった、この瞬間瞬間を家族は大事にしていくのだろう。こうして見ると、この世界が息づいている米国白人社会においては、モトクロスを中心とするオフロード車市場は伸びる事はあっても廃れるとは考えられない。

ハーレーダビットソン、ドゥガティやKTMのように欧米の二輪企業はブランド戦略を前面に押出し、低迷しているUS市場で確実に販売を伸ばしている。単なる工業製品の店頭販売から脱却し、ブランドというソフトを前面に押出した企業がUS市場から支持されている事だと思う。ユーザーからの信頼性を高め、ブランド・ロイヤリティを得て長期的にユーザーを囲い込んでいくこと、これは重要だと思う。欧米でも、とかく一見目立ちやすい活動には主力を置きたがるが、地道な「草の根活動」にこそ重きを置くべきだろう。とくに市場が調整期に入った時代には、より必要なのかもしれない。

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「カワサキ・モトクロスOB有志の会」の報道記事(その1)

2018-11-15 06:18:39 | 二輪事業
去る10月13日(土)、明石駅から歩いて2~3分ほどの「グリーンヒルホテル明石」にて「カワサキ・モトクロスOB有志の会」を開催した。
本懇親会は、今年が「Kawasaki Racing Team 45 & Team Green JPN 35」になる期に、カワサキでMXに従事してきたメンバーだけに限定せず、広くカワサキモトクロスを応援してくれた在野の支援者、いわゆる「緑の血」が流れている人も含めての懇親会で、今回は87名参加の申込があり、当日参加を加えると88名の出席希望者となった。当日、緊急やむ得ずの欠席もあったが、5年前「KX40周年を祝う有志の会」とほぼほぼ同数の出席者となった。また、会場設営、受付等には事務局以外の出席者が受付時間よりかなり早い時間から応援に駆け付け、加えて、篤志の方からは横断幕やパネルの提供申し出があり、技術屋出身者で構成されたずぶの素人集団が立ち上げたイベントを側面から支援して頂くことになって、繋がりとは本当に有難い事だと心から感じた。

このOB有志の会に出席したメディアは2名で、「二輪車新聞」と「カワサキバイクマガジン」の2社の記者。当初は4社の記者が出席する予定だったが、別件の緊急取材が舞い込み欠席もあり、結局、2社の記者が出席され多くの参加者と一緒に楽しんで頂けた。そもそも、2社の記者ともカワサキとは長年の縁の深い付き合いがある旧友なので、より積極的に仲間に溶け込んで会話を楽しんでおられた。

そのうちの1社、「二輪車新聞」は11月9日、「カワサキ・モトクロスOB有志の会」の記事を投稿していた。
下記新聞がそうだが、切り抜きの表題『モトクロス車「KD」誕生45周年に集う』となっていたので、一瞬、「KD」とはなんだろうか?と、ふっと思ったが、本来「KX」と書くべきを「KD」と書いてしまった、単純なミスだった。いずれにもしても、会社行事でもない、単なるOB会の、しかも有志の会を、よくぞ新聞が大きく取り上げてくれと、幹事役の一人として有難い事だと感謝している。




**12月20日追加
 二輪車新聞便り「カワサキMX・OB会開く “KD”誕生から45周年に集う」にネット記事在り。
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人生いろいろ、時代もいろいろ

2018-10-19 06:21:04 | 二輪事業
去る10月13日に開催した「カワサキ・モトクロスOB有志の会」の模様は、多くの出席者からSNS、特にFB上に多く投稿されているが、先日、スナップ写真を頂いた。それは、2018年10月、5年ぶりに開催したカワサキモトクロスに関与した開発関係者、国内チームグリーン関係者、そしてカワサキのモトクロスをこよなく愛し、支持・支援して頂いた愛好者の皆さまを含む有志の集いだった。それらは、KXシリーズ誕生から45年、もっと言えばカワサキの二輪誕生間もない青野ヶ原レースから数えて55年、更に言えば国内チームグリーン誕生から35年、今なお歴史の途中。 
「「過去があるから今がある。今があるから未来がある」とあったが、なるほど!
 人生色々、技術屋色々、メカニック色々、ライダー色々、歴史も色々・・
」・・・@「グリーンヒルホテル明石」
 
 
 
 
 
 
 
          
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「カワサキモトクロスOB有志の会」を開催

2018-10-15 06:18:27 | 二輪事業
 「グリーンヒルホテル明石にて」
10月13日(土)、快晴で最高気温は22度で降水確率0%、やや肌寒い感もあるも陽のあたる場所は最高に気持ちいい。
近くの「明石城」の芝生の上は気持ちよく、子供多い。今日は、明石城からも歩いて2分ほどの「グリーンヒルホテル明石」で「カワサキモトクロスOB有志の会」を開催した。この会は、去る7月7日に開催する予定だったが、当日前から続いた近畿地方の集中豪雨のため、会場のある「マリンピア神戸」が閉鎖されて急遽中止していた。その後、レースシーズン終了後に開催を再考しようかとの案もあったが、出席予定者から、今シーズン中に速やかに再開してほしいとの強い要求もあり、検討した結果、年中で最も過ごし易い10月開催とした。天気予報は、3,4日前から晴れ続き、13日後も晴れの予報。結果的に最高の天候の中で懇親会を開催できたことはこの上ない喜びとなった(㋆7日の前後の集中豪雨、そして8月9月の台風到来に、10月になったら本当に天気は回復するのかと、かなり心配したが、終わってみれば最高の季節に開催できた)

本懇親会は、カワサキモトクロスの歴史を構築してきたOB有志が、今年が「Kawasaki Racing Team 45 & Team Green JPN 35」の期に、カワサキでMXに従事してきたメンバーだけに限定せず、広くカワサキモトクロスを応援してくれた在野の支援者、いわゆる「緑の血」が流れている人も含めて、今回は87名参加の申込があり、当日参加を加えると88名の出席希望者となった。当日、緊急やむ得ずの欠席もあったが、5年前とほぼほぼ同数の出席者となった。また、会場設営、受付等には事務局以外の出席者が受付時間よりかなり早い時間から応援に駆け付け、加えて、篤志の方からは横断幕やパネルの提供申し出があり、技術屋出身者で構成されたずぶの素人集団が立ち上げたイベントを側面から支援して頂くことになって、繋がりとは本当に有難い事だと心から感じた。

 (左記を含め、以下の写真は出席者が投稿されたものを借用した)
受付で、出席者名簿/進行表に加え、今回用に特別寄稿していただいた、古谷錬太郎さんの「カワサキ・モトクロスの始まりとその意義」と「祝辞」、種子島経さんが特別寄稿された「モトクロスGP挑戦記」、大槻幸雄さん講演時の資料「開発技術者は目標を必ず達成すると言いう強い意志と情熱を」、平井捻男さんがインタビューを受けた「KAWASAKI DIRT CHRONICLEIS VOL12」から「チームグリーンの青春」のコピー一式、加えて今回特注した記念Tシャツをカワサキの袋に入れて、出席者全員に配布することが出来た。

今回はKHIの所管カンパニー長からの祝辞、KMJ役員一同様からの花束と「祝電」を頂く。
会はKHIOB百合草さんの「初めの挨拶」、KMJOBの渡部さんの「乾杯の挨拶」から始まる。

最初の挨拶までは皆静かに聞いているものの、その後、自由歓談になると、相変わらずの賑やかさで笑声と大声の喧騒の中、会は進む。
これは何時ものことだ。
  その後、種子島さんのお話に続き百合草さんのお話中は少しは静かになったが、それでも皆んなの談笑が続くのでお話の内容が上手く聞きとれない。つれて進行時間が当初計画よりも少しづつ遅れてくる。


カワサキで育ち、その後はホンダに移籍しチャンピオンとなった徳島出身の福本敏夫さん(埼玉のMXコース「オフロードビレッジ」のオーナー)と数年ぶりにあった。今回はゆっくり話す時間がなかったので、あとでメイルのやり取りを約束。
  前全国オートバイ共同組合連合会会長の吉田純一さんと初めてお目にかかった。全国オートバイ共同組合連合会は「日本の二輪業界の健全な発展と社会的に地位向上を目指す」を主題に積極的に活動を進めているが、最近では、高速道路の二人乗り認可を勝ちとった。日本の二輪企業は製品開発や販売に多くの時間と労力を費やす一方、こうした地道な活動を苦手としているので、二輪が社会的地位を着実に獲得しているのは、こうした連合会の役割が大きく成果を上げている証左かもしれない。
で、カワサキで4度の全日本モトクロスチャンピオンを獲得した岡部篤史さんの「締めの挨拶」と万歳三唱のあと、記念撮影へと続き、時間を超過して会は終了した。
 
「カワサキモトクロスOB有志の会」が明けて日曜日、出席されたメンバーからのFBを中心とするSNS情報をみるに、出席者の方は総じて楽しんで頂けたようで、事務局の一人としてほっと一安心。

  
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2ストロークモトクロッサーが増加している

2018-08-03 06:21:10 | 二輪事業
  今朝(2日)、米国の著名ネット誌MotocrossActionに「125cc ALL-STAR RACE RESULTS : 2018 WASHOUGAL NATIONAL」が投稿されていた。米国AMAのモトクロスナショナル戦 Washougalで同時開催された「2ストローク125㏄MXマシン」のレース結果で、優勝はヤマハのRyan Villopoto選手だった。今、米国や欧州、そしてオーストラリアでは2ストロークエンジン搭載のモトクロスマシンが脚光を浴びており、例えば2ストロークマシンがモトクロス世界選手権GPの重要カテゴリーの一つとして現実に併催され、多くのモトクロスユーザーに歓迎されている。

実は、昨年(2017年11月)のRacerxOnlineに、著名なアフターマーケット会社「Pro Circuit」の社長で「Pro Circuit Race Team」のオーナーでもあり、かつ優秀なエンジンチューナーでもある、Mitch Paytonさんのインタビュー記事「BETWEEN THE MOTOS MITCH PAYTON」があった。その前段にはこう纏めて書いてある。「“Everybody is buying some old two-stroke and they’re fixing them up as a weekend ride bike. I think there is a certain amount of people that love riding motorcycles and they just want to do it for fun. They don’t need a World Superbike to go ride on.”」。米国では、生活の一部として極普通にバイクを楽しんでいる多くの人々がいる。彼らは古い2ストロークエンジンのモトクロスバイクを購入し週末には整備し、こうした人生を楽しんでいる。米国の多くの人々はバイクが好きなんだ。だけど、彼らが欲しいバイクはWorld Superbikeマシンでは決してない。今、Pro Circuitの2ストローク用のエキゾートパイプはよく売れているそうだ。古い2ストロークエンジンモトクロスバイクを買ってきて、Pro Circuit製のエキゾートパイプを装着し楽しんでいる多くのユーザーがいると、末端市場と常に接点を持ってビジネスを展開してきたPro Circuitは米国の顧客ニーズをこう説明していた。

一方、期せずして最近、オーストラリア、カナダ、デンマークそして欧州を主戦勝とするEMX GPサポートシリーズ(EMX250クラスはモトクロスグランプリレースのサポートレースで、欧州では最重要なクラス)が250㏄クラス分けを、従来の4ストロークエンジン250㏄に加え、2ストロークエンジン250㏄エンジンでの出場を許可すると発表している。従来は、このクラスに出場する2ストロークエンジンは排気量半分の125㏄のみが許可されていたが、排気量の差別化を撤廃すると言うものだ。やっと、4ストエンジンが2ストエンジンと同等に競合できるレベルにまで競争力が向上したので、エンジンの差別化をする必要性が無くなった言う事だろうか。ルールは企業のためにあるのでないのだから、エンドユーザーの要求にルールが近づいた。ルール変更の理由の一つは2ストロークエンジンのメンテナンスの簡便さやコストパフォーマンスの優位性によるもので、末端ユーザーは2ストロークエンジンの利便性を評価し、2ストローク待望論が根強くあっただけに、至極自然な決定だと思う。10年ほど前のルールブックはエンジンストロークによる差別化はなかったが、4ストロークエンジンがモトクロスに適用される従い、性能的に劣っていた4ストロークエンジンを救済するためにエンジン排気量を差別化してきた。

昨日(1日)、日本の雑誌にこんな記事「ヤマハ2スト2019年新型YZ85のYPVSを解説」があった。この記事は、つい最近販売されたヤマハモトクロッサーの簡単な技術解説の一説だが、この記事の本質は「今、2ストが売れている」という項だろう。ここには「オンロードモデルではレーサーでも2ストロークは存在していないと言っていい状況だが、オフロードモデルでは今でも現役。さらにこの3年ほどは世界的に販売台数が伸びる傾向にあるとYZシリーズのプロジェクトリーダー・櫻井大輔氏は語った。メカニズムがシンプルで価格が抑えられること、同じ理由でメンテナンスのコストと手間が抑えられること、同じ理由で車重が抑えられることなど特に入門者にとってメリットが多い。だが、それだけでなく「面白さが理由でしょう」とも櫻井氏。2ストロークエンジンの痛快さを味わうチャンスがなくなっていく中、この分野では新車で味わうことができることから一線を退いたライダーの需要も見受けられるという。そのような背景からヤマハは2019年に新たにYZ65を投入し、さらにYZ85をアップデート。他にもYZ125/X、YZ250/Xと幅広いニーズに応えられるように2ストロークモデルを多数ラインナップしている。」と解説し、ヤマハのモトクロスマシンの最近の販売推移が記載されているが、2016年以降、ヤマハのモトクロスマシン供給量の半分は2ストロークマシンが占める傾向にあるとしている。
  
  「ヤマハのYZシリーズの全世界での販売傾向を示すグラフ。なんと2016年頃から2ストの比率が伸びているのだ。
   そして2018年はYZ65などのニューモデル効果で2ストが大きく伸びる予測を立てている:YAMAHA」
  
  「ヤマハは、コスト面などのメリットから2ストモデルが下支えをし、4ストモデルへとステップアップしていく戦略を
   描いている。YZ65は完全新規モデルで、体重50㎏以下のキッズライダーを対象としたものだ:YAMAHA」

FIM(国際モーターサイクリズム連盟)が2&4排気量差別化ルール撤廃姿勢を示した事は、数年もせず世界選手権ルールもその方向に動くだろう。4ストエンジンのみを提供している企業にとっては脅威なのかもしれないが、現に欧州のKTMやHusqvarnaは新型の2ストロークモトクロスマシンを毎年継続的に市場に供給して続けており、 そしてヤマハも2ストロークモトクロスマシンを市場に安価で提供している現実もあり、市場末端ユーザーの選択権を増やすべきとするのは、全くの正論であろう。1998年、ヤマハが4ストロークエンジン搭載のモトクロスマシンを上市して以来、2ストロークエンジンを閉め出すルール化となったが、その後もヤマハは2&4を旗印に決して差別化をしなかった。構造がシンプルで取扱い軽量、加えて瞬発力があってコストパフォーマンスに優れたモトクロスマシンを市場は求めてきたのだ。

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本日(7日)のOB会は中止し延期

2018-07-07 11:38:55 | 二輪事業
7日午後3時開催する予定だった、「カワサキ・モトクロスOB有志の会」は近畿地方の大雨のため中止し延期することにした。
会場の「マリンピア神戸」がクローズされたことによる。今回の特別講演を楽しみにしているメンバーも多く、後日再開する予定。
 「マリンピア神戸HP」
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明日、皆が集まる

2018-07-06 14:17:11 | 二輪事業
「カワサキ・モトクロスOB有志の会 、記念Tシャツ」
明日(7日)七夕の日、「カワサキ・モトクロスOB有志の会」と言う、懇親会が開催される。
カワサキモトクロスの歴史を構築してきたOB有志が、今年が「Kawasaki Racing Team 45 & Team Green JPN 35」の期に、カワサキでMXに従事してきたメンバーだけに限定せず、広くカワサキモトクロスを応援してくれた在野の応援団、所謂「緑の血」が流れている人も含めて大方100名超えのメンバーが集まる予定。

有志の会と言う、全くの内輪の会に、100名超えの関係者が集まってくれるらしい。前回、5年前のOB有志の会も当初想定したよりかなり多くの賛同者が集まることになって、熟慮した結果、ワークスに近い関係者からに絞らざるを得なくなり、82名の参加者に絞った経緯がある。今回は、ワークス関係者だけに限定せず、国内販売会社のレースチーム「チームグリーン」関係者に声を掛け、加えて市場でカワサキのMXを側面支援して頂いた人にも参加を呼び掛けた。何故なら、カワサキのモトクロスの成立ちは多くのファンの支えがあって存続してきた歴史なので、カワサキに好意的な在野の多くのメンバーが集まり、結果的に100名を超すことなったが嬉しい事だ。しかも、複数の出席者からは横断幕や展示品の無償提供申し出があり、技術屋出身者で構成されたずぶの素人集団が立ち上げたイベントを側面から支援して頂くことになって、繋がりとは本当に有難い事だ。

5年前、2013年と言えば、「KX40周年を祝う有志の会」に開発関係OBやカワサキワークスチーム関係OB有志が一堂に集まり、語る会を開いた年だ。当時、KX40周年にこんなことを書いていた。「1973年にデビュー以来、数多くの勝利とタイトルを獲得し続け、その評判を揺ぎ無いものとした、カワサキの輝かしいモトクロッサーブランド「KX」が40周年を迎えました。以来41年、一度たりとも開発を中断することなく、一度たりとも生産を中断せず、一度たりともレースを止めることもなかった40周年です。この間、モトクロッサーの最適技術を開発し続け、世界中のモトクロスファンに愛され、多くのチャンピオンシップでチャンピオンを勝ち取りながらKXは改良されてきました。 これもひとえに多くのカワサキファンからの真摯な指摘と支持を受けて、毎年進化し続けてきた結果であり、そして現在も進化し続けている歴史がKXの40周年だと思います」。5年前の「KX40周年を祝う有志の会」は開発・ワークス「カワサキレーシングチーム」に近い有志に出席者を限定したが、それでも九州、関東からも馳せ参じてくれた出席者は結局80名を越す盛大な会となったが、その時、次は5年後に再び会おうと約束していた。

一方、ワークス活動を行なう「カワサキ・レーシング・チーム(KRT)」とは別に、国内の販売会社が立ち上げた販促目的のレースチーム「チームグリーン」も創立されて以来、今年は35周年となる。この間、技術部がマシン開発のために運営するワークスチーム「KRT」と販売会社が運営する「チームグリーン」は切ってもきれぬ関係で互いに成長してきた。かって、KMJの「チームグリーン」は、多くの優秀なライダーを育成し国内で特筆すべきモトクロスチームとして名をあげた、モトクロスライダー憧れのチーム。誰しも一度は「チームグリーン」のメンバーになりたいと思った。優秀なライダーは「カワサキレーシングチーム」がテストライダーとして契約し、耐久テスト等で練習させながらレースはチームグリーンメンバーとして出場し、格段の実績を挙げた成績優秀なライダーは「カワサキレーシングチーム」のワークスライダーとして契約するという循環システムを構築した。共に互いに補完しあうことで、カワサキのモトクロスチームは全日本のモトクロス界において歴史を作りあげてきた。その輝かしい実績と歴史を持つKMJの「チームグリーン」も35周年になる。

 「1963年、青野ヶ原はから始まった歴史」
カワサキモトクロスの歴史を、そもそも論で言えば、”明石工場50年史(H2年10月発行、川崎重工業株式会社 明石工場)”にはこうある。『昭和38(1963年)年5月、青野ヶ原 MFJ兵庫支部主催 第一回モトクロス大会に、市販車改造B8レーサーと経験の浅い素人ライダーでレースに臨んだ。(略)・・  このころは、工場チームの組織はなく、有志が集まり改造に取り組み、業務の合間に乏しい予算の中で残業代も返上し、手弁当さげての出場だった』と記載されている。当時、単車事業の業績が悪化し赤字が増える一方だったため、1963年に入ると事業継続か中止かが経営上の大きな課題となっていた時期であったが、青野ヶ原の完全優勝を皮切りに事業部全体が自信を取リ戻し、優勝マシンB8の成果を背景に10月、積極的に事業展開したと本書は解説している。つまり、当時単車事業部は赤字が続き事業見直しの議論が行われていたが、赤タンクモトクロッサーの活躍で、このカワサキの技術を活かせば事業は軌道に乗せることができるとの判断が下されたのだった。モトクロスの大先輩達が単車事業を救ってくれたのである。

今回、当時の青野ヶ原のレースに実際参戦したメンバーから当時のレースの模様を話してもらえることになった。加えて、この青野ヶ原レースがその後のカワサキの二輪事業に如何に貢献してきたかも話していただく事になった。更に加えて1972~1973年当時、先頭を走るホンダ、ヤマハ、スズキなどの競合他社に負けじとレース組織を立上げた経緯や欧州MX戦線への初挑戦等々、単なる昔ばなしかどうかは聞く人の捉え方によって異なるが、当時、遅れて出発したカワサキの技術屋や販売担当の若手から弾けでたマインドを今なお持ち続けた大先輩の話は、今聞いてもきっと新鮮に聞えるに違いない。

実は、台風過ぎた後、5日、6日と梅雨前線が神戸近辺に滞留し、交通機関が乱れている。開催を不安視したが、圧倒的に開催希望が多くあり、予定通り開催することが決定した。


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仲間内が白旗

2018-06-29 06:33:53 | 二輪事業
いやはやとんでもないアメリカ大統領が、また世間を惑わせている。
つい先日まで「ちびデブ」とか「小さなロケットマン」とか、あらゆる汚い言葉で徹底的に蔑んで非難していた北朝鮮の金正恩を、シンガポールで面談した途端、核爆弾の放棄を約束することもなしの期待先行で、こんな素晴らしい指導者はいないと声を替えて絶賛する。その期待とは裏腹に、今日の新聞は北朝鮮はむしろ核設備を整備しているらしいと書いている。かたや核爆弾を保有していないイランへの制裁は強まる一辺倒で、こんなトランプ大統領のやり方を見ると、核爆弾を保有しアメリカに到着するミサイルも持っているそぶりをすればアメリカは手出しも出来ず何もせず、一方で保有していない国は徹底的にいたぶる、まさにアメリカの政策は漫画ジャイアンにそっくりだ。トランプ政権がイラン産原油の全面輸入禁止を求めたことで、世界中が混乱している。世界の平和と繁栄が失われると、アメリカの首も絞める、最悪の政権だ。

   「ウォールストリートジャーナル」
アメリカ第一を掲げ、世界各国に関税攻勢をかけるトランプ大統領の政策に、そのアメリカを代表する企業が我慢できずに降参の白旗を挙げた。その企業とは強いアメリカを代表する大型バイクのハーレイダビットソン。ハーレイダビットソン社は、まさに強いアメリカ的マッチョイズムを象徴するアメリカを代表する煙草ラッキーストライクと双璧をなす企業だが、トランプ大統領の関税政策に対抗して欧州連合(EU)が22日に発動した米国製二輪車(具体的にはハーレイダビットソン社を指す)への追加の輸入関税を避けるため、欧州向けの生産を米国外に移すと発表した。その理由を、ハーレイ社は関税によって欧州での事業が維持できなくなるからと説明している。
CNNニュースHarley-Davidson will move some production out of US after retaliatory tariffs
In January, the company said it was closing a factory in Kansas City, Missouri, and consolidating it into a York, Pennsylvania, assembly plant.Harley-Davidson opened plants in India and Brazil in recent years and is opening another in Thailand this year. Joe Capra, a spokesperson for the International Association of Machinists and Aerospace Workers and its 425 union workers at the Kansas City plant, said Monday's decision did not surprise him.

新聞によると、6月22日にEUが発動した追加関税によりEUの二輪車の輸入関税は6%から31%に上昇し、ハーレイダビッドソンによると、同社のオートバイ1台あたり2200ドル(約24万円)のコスト増につながるという。ハーレイ社は同社の売上高の16%は欧州での販売が占め、米国が導入した鉄鋼とアルミニウムの輸入関税によって原材料費も高騰しており「関税の影響が加われば欧州の販売網を維持できない」という。

すると、早速、トランプ大統領はツイッターで「全ての企業の中でハーレィダビッドソンが最初に白旗を振るとは驚きだ。同社のために最大の努力をしてきたが、最終的に欧州への販売で同社は関税を支払わないことになる」と述べ、「税金はハーレーの言い訳に過ぎない、忍耐強くあるべきだ」とハーレイダビットソンを徹底的に批判し、実際に海外に移管すれば「終わりの始まり」になると警告した。President Trump targets Harley-Davidson in a new tweestorm.ハーレイとトランプ大統領は彼が大統領就任時、護衛のオートバイ軍団を提供する用意があるとして、またハーレイ社の従業員がホワイトハウスを訪問した際は、トランプ大統領は国内製造業を再び偉大にすると宣言し、ハーレィのバイクに跨り猛烈に擁護する発言した、その企業だ

ハーレィダビッドソンは二輪の大半を米国で生産しているが、インドやブラジルなどにも生産拠点をもっており、トランプ政権が環太平洋連携協定(TPP)離脱を表明したことを受けて、タイの工場建設を決めている。しかし、現時点では、欧州向けの生産を米国外のどこに移すのかは明らかにしていない。同社が25日に米証券取引委員会(SEC)に提出した資料には「米国外での生産拡大は我々の望むところではないが、欧州での事業を継続するための唯一の選択だ」と記載したとある。

トランプは昨年の大統領就任の際に、ハーレーなど国内製造業を再び偉大にすると宣言したが、実際には、トランプ政権の通商政策は同社のコスト負担につながっているとされている。同社は4月に、鉄鋼・アルミニウム輸入関税により今年のコストが1500万─2000万ドル増加するとの見通しを示していた。ハーレーダビッドソン社はトランプ政権の高関税への対応として米国外に工場を移すことを決めた。利益を求める企業としては当然である。自由貿易の重要性をアメリカ人に教えたハーレィダビットソン 頑張れ!

しかし、面白いな~、こんな報道もあった。[ワシントン27日 ロイター] - 米国の主要自動車メーカーでつくる2つの業界団体が27日、トランプ政権が安全保障を理由に検討する輸入車(乗用車)に対する最大25%の関税について、米業界で多数の雇用が犠牲になるほか、価格の急上昇や自動運転車の開発費減額にもつながると、政権側に懸念を示した。「こうした税は米消費者にとって価格上昇となり、選択を狭め、販売や米国の自動車生産を抑制する」とし、「雇用の創出ではなく、自動車やトラック、部品などを生産・販売する多数の米国の雇用が喪失することになる」と主張した。ゼネラル・モーターズ、フォード、ダイムラー、トヨタなどが加盟する米自動車工業会(AAM)も同日、政権側に自制を要請した。書簡で「輸入車や部品への関税による影響は結果的に米国の経済的な安定を損ない、国家安全保障を弱めると信じている」とした上で、関税は「誤りだ」と指摘。「海外の競合から自国市場を保護するためとして他国が利用できる危険な先例を生む可能性が大いにある」と訴えたと書いてあった。

ますます混乱する。これでは、アメリカに生産を移すよりアメリカから逃げ出す企業が増え、同盟国もアメリカを信じられなくなる。中国やロシアを利するだけのトランプ大統領の政策は、まーよくわからん。
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あと一ヶ月

2018-06-06 06:26:54 | 二輪事業
    
「2018年、「カワサキ・モトクロスOB有志の会」のご案内」として、つい最近、こんな案内を関係者に発信した。
「皆様におかれましては、ますますご清栄のことと心よりお慶び申し上げます。
2013年はカワサキモトクロスワークス関係OB有志一堂が集まり語る会を開いた年ですが、その際、次回は5年後に再び会おうと約束してきました。そこで5年経った今回、ワークスチーム「KRT」OB有志と国内販売KMJの「Team Green」OB有志との共同懇親会「カワサキ・モトクロスOB有志の会」を計画しました。両チームとも国内外のモトクロスシーンで輝かしい実績を上げ、切ってもきれぬ関係で互いに成長しながらカワサキモトクロスの歴史を構築してきた仲間ですが、その伝統を引き継いでいかねばと、「Kawasaki Racing Team 45 & Team Green 35」を合言葉に、ご参集頂きたくご案内します。
  ①日時:平成30年7月7日(土) 午後3時~
  ②・・
  ③・・   」

来る7月7日午後3時、カワサキモトクロスに関係したOB有志が5年ぶりに神戸に集まる。
今回は、カワサキワークスを牽引してきたOB有志と国内販売会社で国内アマチュアモトクロス界を牽引した「チームグリーン」OB有志が、そして「緑の血が流れている」と自称するメンバーが、関東から九州から四国から集まってくると言う。さぞかし賑やかな会になると思う。場所は神戸有数の集客施設、5年ぶりの再会だ。

5年前、2013年と言えば、「KX40周年を祝う有志の会」に開発関係OBやカワサキワークスチーム関係OB有志が一堂に集まり、語る会を開いた年だ。当時、KX40周年にこんなことを書いていた。「1973年にデビュー以来、数多くの勝利とタイトルを獲得し続け、その評判を揺ぎ無いものとした、カワサキの輝かしいモトクロッサーブランド「KX」が40周年を迎えました。以来41年、一度たりとも開発を中断することなく、一度たりとも生産を中断せず、一度たりともレースを止めることもなかった40周年です。この間、モトクロッサーの最適技術を開発し続け、世界中のモトクロスファンに愛され、多くのチャンピオンシップでチャンピオンを勝ち取りながらKXは改良されてきました。 これもひとえに多くのカワサキファンからの真摯な指摘と支持を受けて、毎年進化し続けてきた結果であり、そして現在も進化し続けている歴史がKXの40周年だと思います」。5年前の「KX40周年を祝う有志の会」は開発・ワークス「カワサキレーシングチーム」に近い有志に出席者を限定したが、それでも九州、関東からも馳せ参じてくれた出席者は結局80名を越す盛大な会となったが、その時、次は5年後に再び会おうと約束していた。

一方、ワークス活動を行なう「カワサキ・レーシング・チーム(KRT)」とは別に、国内の販売会社が立ち上げた販促目的のレースチーム「チームグリーン」も創立されて以来、今年は35周年となる。この間、技術部がマシン開発のために運営するワークスチーム「KRT」と販売会社が運営する「チームグリーン」は切ってもきれぬ関係で互いに成長してきた。かって、KMJの「チームグリーン」は、多くの優秀なライダーを育成し国内で特筆すべきモトクロスチームとして名をあげた、モトクロスライダー憧れのチーム。誰しも一度は「チームグリーン」のメンバーになりたいと思った。優秀なライダーは「カワサキレーシングチーム」がテストライダーとして契約し、耐久テスト等で練習させながらレースはチームグリーンメンバーとして出場し、格段の実績を挙げた成績優秀なライダーは「カワサキレーシングチーム」のワークスライダーとして契約するという循環システムを構築した。共に互いに補完しあうことで、カワサキのモトクロスチームは全日本のモトクロス界において歴史を作りあげてきた。その輝かしい実績と歴史を持つKMJの「チームグリーン」も35周年になる。

カワサキモトクロスの歴史を、そもそも論で言えば、”明石工場50年史(H2年10月発行、川崎重工業株式会社 明石工場)”にはこうある。『昭和38(1963年)年5月、青野ヶ原 MFJ兵庫支部主催 第一回モトクロス大会に、市販車改造B8レーサーと経験の浅い素人ライダーでレースに臨んだ。(略)・・  このころは、工場チームの組織はなく、有志が集まり改造に取り組み、業務の合間に乏しい予算の中で残業代も返上し、手弁当さげての出場だった』と記載されている。当時、単車事業の業績が悪化し赤字が増える一方だったため、1963年に入ると事業継続か中止かが経営上の大きな課題となっていた時期であったが、青野ヶ原の完全優勝を皮切りに事業部全体が自信を取リ戻し、優勝マシンB8の成果を背景に10月、積極的に事業展開したと本書は解説している。つまり、当時単車事業部は赤字が続き事業見直しの議論が行われていたが、赤タンクモトクロッサーの活躍で、このカワサキの技術を活かせば事業は軌道に乗せることができるとの判断が下されたのだった。モトクロスの大先輩達が単車事業を救ってくれたのである。

その伝統を引き継いでいかねばとカワサキモトクロスの歴史を構築してきたOB有志が、「Kawasaki Racing Team 45 & Team Green JPN 35」を合言葉に、「カワサキ・モトクロスOB有志の会」として、この7月7日、再び集まる。
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