今季最後の試合となった天皇杯は1-3で負け。
エコパへ参戦するのは初めてで、天皇杯準決勝の参戦も初めて。29日というのは職場の仕事納めの日であるが、今年は土曜日であったために仕事納めは前日であったために参戦できた。
しかし、エコパって愛野駅を降りたらスタジアムまで本当に何もないところにあるんですなあ。動くエスカレーターを使って上がったところにある丘に造ったせいでもあるけど、周りにはマンションガいくつか建っている状態。埼スタの周りにレッズサポが住み着いたように、エコパの周りにも将来ジュビサポが住むようになって、スタジアムを中心とした「場下町」というのが出来るようになるんだろうか?
スタジアムグルメはこれといった名物というのはないけども、一通り揃っている。浜松餃子や味噌おでんにモツ煮を頂いたけど、モツ煮は鹿島スタジアムに比べると器が一回り小さい。あとはまあ普通だけども、コンニャクにミソをつけるのは静岡の味なのか?清水遠征で寄った「海ぼうず」もこれみたいな味付けだった記憶がある。
で、肝心な試合の方であるけども、開始早々の佐藤のゴールで全体のゲームプラン、つまり守りに難がありながらも何とか凌いで勝つというカップ戦仕様の戦略が完全に狂ってしまった。まあ、アレは現地で見た時はオフサイドに見えていたのだが、真横で見ていた副審が旗を揚げなかったのは、並んでいたか、誰かが残っていたからなのだろうと漠然と考えていた。その後帰りの新幹線の待合室でNHKのニュース映像を見ていると加地がやはり後ろに残っていた・・・これって、東京戦の時の失点と全く同じやな。佐藤が一瞬加地の方向にステップした為に加地が佐藤に気をとられたからだったのか?後半はラインを押し上げてオフサイドを獲っていたけども、前半はラインを押し上げていてもオフサイドが取れていなかったのも、最初の失点が微妙に効いていたように思えた。どこか後ろに意識があるせいか、中盤でプレスをかけてボールが奪えず、相手の攻撃ではしばしボールを前線にまで運ばれてしまったから、引いた相手に対して有効であるはずの高い位置で奪って攻めるという戦術もとれなかった。
問題は、点を取られたことよりも、点を取らざるをえなくなって前がかりにならざるを得なくなる展開で(それが裏目に出て失点を重ねるのは最悪だが致し方ない)、攻めているのに点が取れる形になっていないということなんだけども、前線でボールが収まらず、追い越して行く動きが少なく、横パスを廻してばかりという攻撃は、攻めたというよりもむしろ攻めさせられた、というべきか。先制した広島がラインを低くして守りに入り、攻めはカウンターにゆだねるという状態では、ポゼッションが上がるのは当たり前なんだけども、そこからのゴールが本当に遠かった・・・
本来はこの状況で相手の壁をぶち破ってこそ真の「超攻撃」なんだけども、リーグ終盤から先手を取られるという展開があまりなかったから、結局これまで問題が顕在化していなかっただけに過ぎなかったということか。
家本の判定・・・まあ、あまり言いたくはないけども、多分彼の笛は双方の当事者を納得させるものではなく、一貫性のない判定基準だったと思う。流すのか止めるのかが判らないようなね。だから、一時のヒドいレフェリーが凡百のダメレフェリーにちょっとランクが上がったくらいか。
広島についてなんだけども、何でこのチームが降格してしまったのか・・・と思ってしまうのだが、それはむしろ当の広島サポが一番知りたい理由だと思う。全試合見ているわけでもなく、リーグ最終節あたりから入れ替え戦、天皇杯を続けて見ているだけの中で言わせて貰うと、ウェズレイがいるいないという辺りで差が出てしいるように思える。今ウェズレイがいて同じような結果が残せるか判らない。けど、いない方がいいかと言えば、後半広島が何度か決定的な場面を迎えながら突き放せなかったのは、ひとえにウェズレイ不在の決定力不足という側面があったとは思う。だから、いるのといないのとどっちがいいかは何とも言えないのだけども、少なくともガンバと5度対戦した中で言わせて貰えば、広島はウェズレイ不在の時にこそ本来のサッカーが出来て良かったということが言えるのではないか?
その理由であるが、一つには、ウェズレイがいない分、シンプルに佐藤寿人に放り込んでスピード勝負とかいう攻撃戦術が徹底できたのではないかということ。もう一つは、ウェズレイ不在の変わりに平繁や高萩の方が運動量がある分、前線からしっかり追いかけられるし、動いている分彼らにボールが繋がりやすいということ。広島のペトロヴィッチ監督が目指すサッカーというのは運動量が生命線である以上、ウェズレイは確かに得点できる選手であるものの、広島のサッカーを消化するには年齢的にもやはりキツいかな、と思う。延長まで行った去年の天皇杯といい、ナビスコの予選で負けた試合といい、どちらもウェズレイが不在であったというのも何とも皮肉な話。
ただ、そうなると、広島は目指すサッカーはいいとしても、選手起用については監督の責任があったとも言えるわけで、続投させるにしても、この辺りを把握しておかないといけない。つまり、目指すサッカーと選手の適性にに不具合が生じていたことをどれだけ認識しているかである。となると、来季J2で広島が闘う上で大事なのは、目指す戦術の上でフィットするFWを獲得する必要があるのだが、ブラジル人FWというのはどちらかと言えば能力は高いものの運動量については?が残る。となると、欧州からFWを監督が連れてくる方がいいのだろうか?
FWの適性を見極めることは、同じくガンバにも当てはまる。今季終盤マグノ不在の影響が出たが、それはある意味マグノとバレーを並べる不具合が遠因であると筆者は考えている。その不具合は決してマグノにとってもバレーにとっても幸せな状態ではなかったし、特にマグノは自分の所にボールがなかなか廻らずにイライラしていたことが多かった。個人的には今季マグノと播戸の2トップで臨んだ時が一番良かったと思う。
となれば、来季ルーカスの獲得が噂されているが、その意図はこの試合でなかなかボールが収まらなかったバレーよりもポストプレーの適任役という期待をかけているところにあるのだろうし、ガンバのフロントがFWの補強において能力もさることながら、2トップの適性を重視していることが伺える。そのルーカス獲得についてだが、筆者は現時点では賛成でも反対でもなく、何とも言えない。こればかりはバレーとルーカスもしくは播戸の中で、実際並べて誰と誰がベストかを試してみないと判らない。
ただ、いろいろな形を試してみて最終的にベストな並びを採用すべきだと思うし、これは過去の実績とか選手のブランドとかいうのとは関係なく適性で選ぶべきだ。言い換えるなら、たとえバレーとルーカスの並びであっても、ダメなら軌道修正していくことを躊躇ってはならない、ということである。ルーカスならポストでなくても2列目から飛び出して行く動きも出来るのであるし、そうした起用も視野に入れるべきではないだろうか。
エコパへ参戦するのは初めてで、天皇杯準決勝の参戦も初めて。29日というのは職場の仕事納めの日であるが、今年は土曜日であったために仕事納めは前日であったために参戦できた。
しかし、エコパって愛野駅を降りたらスタジアムまで本当に何もないところにあるんですなあ。動くエスカレーターを使って上がったところにある丘に造ったせいでもあるけど、周りにはマンションガいくつか建っている状態。埼スタの周りにレッズサポが住み着いたように、エコパの周りにも将来ジュビサポが住むようになって、スタジアムを中心とした「場下町」というのが出来るようになるんだろうか?
スタジアムグルメはこれといった名物というのはないけども、一通り揃っている。浜松餃子や味噌おでんにモツ煮を頂いたけど、モツ煮は鹿島スタジアムに比べると器が一回り小さい。あとはまあ普通だけども、コンニャクにミソをつけるのは静岡の味なのか?清水遠征で寄った「海ぼうず」もこれみたいな味付けだった記憶がある。
で、肝心な試合の方であるけども、開始早々の佐藤のゴールで全体のゲームプラン、つまり守りに難がありながらも何とか凌いで勝つというカップ戦仕様の戦略が完全に狂ってしまった。まあ、アレは現地で見た時はオフサイドに見えていたのだが、真横で見ていた副審が旗を揚げなかったのは、並んでいたか、誰かが残っていたからなのだろうと漠然と考えていた。その後帰りの新幹線の待合室でNHKのニュース映像を見ていると加地がやはり後ろに残っていた・・・これって、東京戦の時の失点と全く同じやな。佐藤が一瞬加地の方向にステップした為に加地が佐藤に気をとられたからだったのか?後半はラインを押し上げてオフサイドを獲っていたけども、前半はラインを押し上げていてもオフサイドが取れていなかったのも、最初の失点が微妙に効いていたように思えた。どこか後ろに意識があるせいか、中盤でプレスをかけてボールが奪えず、相手の攻撃ではしばしボールを前線にまで運ばれてしまったから、引いた相手に対して有効であるはずの高い位置で奪って攻めるという戦術もとれなかった。
問題は、点を取られたことよりも、点を取らざるをえなくなって前がかりにならざるを得なくなる展開で(それが裏目に出て失点を重ねるのは最悪だが致し方ない)、攻めているのに点が取れる形になっていないということなんだけども、前線でボールが収まらず、追い越して行く動きが少なく、横パスを廻してばかりという攻撃は、攻めたというよりもむしろ攻めさせられた、というべきか。先制した広島がラインを低くして守りに入り、攻めはカウンターにゆだねるという状態では、ポゼッションが上がるのは当たり前なんだけども、そこからのゴールが本当に遠かった・・・
本来はこの状況で相手の壁をぶち破ってこそ真の「超攻撃」なんだけども、リーグ終盤から先手を取られるという展開があまりなかったから、結局これまで問題が顕在化していなかっただけに過ぎなかったということか。
家本の判定・・・まあ、あまり言いたくはないけども、多分彼の笛は双方の当事者を納得させるものではなく、一貫性のない判定基準だったと思う。流すのか止めるのかが判らないようなね。だから、一時のヒドいレフェリーが凡百のダメレフェリーにちょっとランクが上がったくらいか。
広島についてなんだけども、何でこのチームが降格してしまったのか・・・と思ってしまうのだが、それはむしろ当の広島サポが一番知りたい理由だと思う。全試合見ているわけでもなく、リーグ最終節あたりから入れ替え戦、天皇杯を続けて見ているだけの中で言わせて貰うと、ウェズレイがいるいないという辺りで差が出てしいるように思える。今ウェズレイがいて同じような結果が残せるか判らない。けど、いない方がいいかと言えば、後半広島が何度か決定的な場面を迎えながら突き放せなかったのは、ひとえにウェズレイ不在の決定力不足という側面があったとは思う。だから、いるのといないのとどっちがいいかは何とも言えないのだけども、少なくともガンバと5度対戦した中で言わせて貰えば、広島はウェズレイ不在の時にこそ本来のサッカーが出来て良かったということが言えるのではないか?
その理由であるが、一つには、ウェズレイがいない分、シンプルに佐藤寿人に放り込んでスピード勝負とかいう攻撃戦術が徹底できたのではないかということ。もう一つは、ウェズレイ不在の変わりに平繁や高萩の方が運動量がある分、前線からしっかり追いかけられるし、動いている分彼らにボールが繋がりやすいということ。広島のペトロヴィッチ監督が目指すサッカーというのは運動量が生命線である以上、ウェズレイは確かに得点できる選手であるものの、広島のサッカーを消化するには年齢的にもやはりキツいかな、と思う。延長まで行った去年の天皇杯といい、ナビスコの予選で負けた試合といい、どちらもウェズレイが不在であったというのも何とも皮肉な話。
ただ、そうなると、広島は目指すサッカーはいいとしても、選手起用については監督の責任があったとも言えるわけで、続投させるにしても、この辺りを把握しておかないといけない。つまり、目指すサッカーと選手の適性にに不具合が生じていたことをどれだけ認識しているかである。となると、来季J2で広島が闘う上で大事なのは、目指す戦術の上でフィットするFWを獲得する必要があるのだが、ブラジル人FWというのはどちらかと言えば能力は高いものの運動量については?が残る。となると、欧州からFWを監督が連れてくる方がいいのだろうか?
FWの適性を見極めることは、同じくガンバにも当てはまる。今季終盤マグノ不在の影響が出たが、それはある意味マグノとバレーを並べる不具合が遠因であると筆者は考えている。その不具合は決してマグノにとってもバレーにとっても幸せな状態ではなかったし、特にマグノは自分の所にボールがなかなか廻らずにイライラしていたことが多かった。個人的には今季マグノと播戸の2トップで臨んだ時が一番良かったと思う。
となれば、来季ルーカスの獲得が噂されているが、その意図はこの試合でなかなかボールが収まらなかったバレーよりもポストプレーの適任役という期待をかけているところにあるのだろうし、ガンバのフロントがFWの補強において能力もさることながら、2トップの適性を重視していることが伺える。そのルーカス獲得についてだが、筆者は現時点では賛成でも反対でもなく、何とも言えない。こればかりはバレーとルーカスもしくは播戸の中で、実際並べて誰と誰がベストかを試してみないと判らない。
ただ、いろいろな形を試してみて最終的にベストな並びを採用すべきだと思うし、これは過去の実績とか選手のブランドとかいうのとは関係なく適性で選ぶべきだ。言い換えるなら、たとえバレーとルーカスの並びであっても、ダメなら軌道修正していくことを躊躇ってはならない、ということである。ルーカスならポストでなくても2列目から飛び出して行く動きも出来るのであるし、そうした起用も視野に入れるべきではないだろうか。