ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

米国国民健康保険事情

2010年03月23日 | 米国○○事情
まずは、吉原真里さんという方のブログから。

『去年のクリスマスに、米上院が健康保険法案を可決したことを報告しましたが、昨日、下院が 219対212の僅差で法案を可決しました。
いくつかの個別の項目について上院との交渉が残っているものの、法案の骨子はそのままでオバマ大統領の手にわたることが決定しました。
ここに至るまでには、非常に長く苦しい道のりがあり、より網羅的で低額の皆保険制度を要求する立場からはいくつかの大きな譲歩もせざるを得ませんでしたが、オバマ氏が選挙運動において綱領の中核に掲げていた健康保険制度の抜本的改革が、とにもかくにも実現したことは、オバマ政権始まって以来最大の功績であるばかりでなく、1960年代の公民権法とならんで、アメリカ史に残るたいへん重要なことです。
さまざまな問題を抱えながらもとにかく国民健康保険制度が存在する日本では、アメリカの保険制度がいかに異常かということがなかなかわかりにくいのですが、低所得者層に限らず、ミドルクラスや専門職につく人でも、民間の健康保険に入るために莫大な費用を払い、それでも既往症があると加入を拒否されたり、病気になった途端に加入を取り消されるといった、無茶苦茶な現状は、この立法で大幅に改善されることになります。
現在保険に未加入な3200万人の人びとが保険に加入できるようになり、雇用者を通じて保険に入れない人にも比較的低額で保険が選べるシステムが整備されます。
これでアメリカもようやっと、医療において一応先進国と言えるようになるでしょう』


ここに移り住んで十年。この健康保険には泣かされてきました。
わたし達のような、個人の零細実業家には、本当に大きなお荷物でした。
でも、その荷物を背負い続けなければ、いざという時にえらい目に遭うことが目に見えていたので、それを肩から降ろすこともできず……。
きっとまだまだ完璧とはいえないだろうし、あちらこちらで問題が出てくるのでしょうけど、可決に至ったことを喜びたいと思います。

連邦政府が運営する健康保険制度を『社会主義』と呼んで猛反対する層、というものが存在するここアメリカ。
この感覚は、ずうっとここに暮らしていなければ、あるいは生粋のアメリカ人でなければわからないのかもしれません。
とにかく自分達が考えた自分達のやり方でないとイヤ!という人達の、オリジナルなことへの執着はすごいです。
それが小さな政府(共和党の主張)につながり、最近また盛んになってきた『Tea Party』という反政府運動につながっているのだと思います。


『Tea Party』

『Tea Party』というのは、アメリカの歴史の中で誰もが知っていなければならない、1773年12月の「ボストン・ティー・パーティー事件」に擬して開催されるものです。
アメリカの独立運動のターニングポイントとなったこの事件は、今でも、専制的なイギリス王政に対する反逆のシンボルと位置付けられています。
イギリスの植民地政策の象徴であったアメリカでの過重な茶税に反対するアメリカ市民の一党(およそ50人くらい)が、ボストン港に停泊中のイギリス船を襲い、「ボストン港をティー・ポットにするのだ」と叫びながら、計342箱もの積み荷の茶箱を海に投げ捨てたというのだから、いかにラディカルな実力行使だったかがわかります。
何だかソマリア沖の海賊顔負け。でもこの行為は海賊扱いにはなりませんでした。
いつだって結果は過程を正当化します。だから、あの反逆は正しかった、と。

で、昨年の4月15日に行われた『Tea Party』ですが、主催者側の総括によれば、ニューヨークやワシントンDC、ボストンなど全米800か所で、オバマ政権の経済政策が納税者たちにとって制御不能な無責任な政策に堕しているとして抗議する人々の集会が行われたそうです。
彼らによれば、この動きこそは、真に「草の根」(Grassroots)的なアメリカ国民の怒りの声だと主張しています。
どんなに共和党系の政治団体から大口の寄付があったとしても、それでも「草の根」なのだ、という主張は揺るがないのです。

どこの国も大変ですな



米国グリーンカード更新事情

2010年03月22日 | 米国○○事情
早いもので、渡米する直前に、すったもんだの末に獲得したグリーンカードの更新の年がやってきました。
息子Tは、ほんの少し前まで、日本で就職する気満々だったので、アメリカの市民権などとんでもないことで、とりあえずグリーンカードだけは失効してしまわないように気をつけつつ、100%日本人として日本に暮らしながら、1年に必要な日数分だけこちらに戻る、つもりでした。
ところが、ひょんなことからこちらのインターンシップの席が見つかり、夏からは多分、MTVのコンピューターエンジニアリングとして働くことになりそうなので、今年の更新をするのか、市民権をとってしまうのか、そこが思案六法の悩みどころとなりました。
けれども、日本は二重国籍を認めてくれないままなので、こちらの市民権を取ってしまうと日本の国籍を放棄してしまわなくてはなりません。
そうなると、いざという時や、どうしても3ヶ月以上滞在しなければならない事情ができた時に、とても困ることになってしまいます。
ということで、今回はグリーンカードの方を更新することにしました。

息子Kは、数年前にラスベガスのゲームトーナメントに出かけた際に財布を盗まれ、そこにグリーンカードも入っていたのでやむなく再発行。
なので、今回の更新は無用です。

Tに面倒な手続きの説明文を読んでもらい、ホームページから更新の書き込み用紙をプリントアウトして記入し、更新料$580の小切手と一緒に送りました。
更新料のひとり分$290のすぐ下に$80と書かれていて、Biometrics Feeと書かれてあったので調べてみると、ふむふむ、生物測定学とな……。
なんじゃそれ……
エイリアンと呼ばれる我々が、人類であるかどうか測定すんの?なんちて……
旦那に聞くと、にゃ~んだ、ただの指紋採取のことなのでした。

んでもって、Tが言うことにゃ、我々は指紋採取の必要がないから、それは払わんでいいのだ!ってことで、290×2=580を送ったのでした。

そして待つ事二週間。
あんな~、あんたら~、指紋採取料金も送ってくれなあかんやん~のお知らせが送られてまいりました
更新、間に合うんでしょうか……

今日から二日間、雨の日が続きます。気温もぐんと下がりました。
背丈が伸びたチューリップや、つぼみがふっくらしてきた木々が、ごくごくとお水を飲んでいる音が聞こえてくるようでした。
これから雷が少し鳴って、明日は降ったり止んだりの雨になり、それからゴオゴオと風が吹き荒れ、水曜日からはカラリと晴れるそうです。

春ですねえ~

音楽な週末

2010年03月21日 | 音楽とわたし
昨日の夕方まで、ずっと泣き虫やってました。
もう目はボ~ボ~、梅図かずおの恐~い漫画に出てきそうなキャラクター顔(『たまみちゃん』がかなり近い!)になってしまってました。

そんなところに、マンハッタンでThird Houseのアパート探しをしていた旦那の両親から、ブロードウェイショー夕飯付きのお誘いがあり、そりゃもう行くっきゃないっしょ?ってことで、冷たく濡らしたタオルで必死でマッサージ。焦りました。

今回は『SOUTH PACIFIC(南太平洋)』。第二次世界大戦の真っ最中のある南の島が舞台のお話です。
リンカーンセンター内にある劇場は、改装が終わったばかり。円形の舞台が客席の方にせり出していて、その下ではオーケストラの皆さんが?!
劇が始まると、その舞台がスウッと前に移動してくるので、蓋をされて見えなくなってしまうのだけど、オケの演奏だけの時は舞台が後退して丸見え!
チケットをギリギリで買ってくれた父のおかげで、我々の席は前から三列目だったのですが、客席の最前列の人は手を伸ばすと床に届くほどの近さ?!
こんなのは初めてだったので、役者さん達の演技をあそこまで間近に見られて、かなり興奮しました。
どの役者さんも、声量といい演技力といい、それぞれにスゴかったのだけど、特にこの方、ブラディーメアリーおばさん、惚れました!



彼女は、任務でやってきた男前の中尉さんに、自分の娘を嫁にしろ!と、すご~く強引な手口で勧める、島の原住民、お土産物屋さんのおばさんです。
もう目力がスゴい!ギョロッと見られるとドキン!どころか、取り憑かれてしまいそうな気がします。
訛りの強い英語とおばちゃんパワーで、グイグイと押しまくるメアリーおばさん。もちろん歌もすごくうまかったです。

元フランス領だった島が舞台ですが、敵は日本。劇中「Jap」の連発でした。
おまけに、愛する恋人の連れ子が「Colors(有色人種)」だとわかった途端、「そんなの絶対に嫌!」と狼狽えまくる主人公……。
時代が時代だっただけに仕方が無いんですけどね。
でも、舞台の上でシャワーを浴びて髪を洗ったり、いきなり側転したり、ほっそい体から豊かな声を聞かせてくれた主人公の女性には感動しました。

家に戻ったのがもう深夜。急いで両親の寝床を作り、そのまま「はい、おやすみなさ~い!」
翌朝、いつものごとく、1番寝坊したのはわたし……。
あまりの良い天気!そしてまたしばらく雨と寒い日に戻るとあって、みんなで散歩に出かけました。
散歩中、母が、「Tがあんなにスィートボーイに戻ってほんとによかった。嬉しいわ」としみじみ言ってくれて、わたしも胸がじぃんとしました。
きっと彼女は、ほとんど復帰不可能なぐらいに落ち込んでいた、食べることも寝ることもできなかった頃のTのことを思い出してくれていたのでしょう。
1時間近く、両親と旦那とわたしの4人で散歩して、薄らと汗をかきました。
彼らはともに70才。高校から出会って結婚したスィートハートカップルです。
旦那に「カミカゼクッキング」と命名されるぐらいに大急ぎで昼食を作り、ふたりを見送った後はさあ練習!めちゃくちゃ焦りました。
一昨日の晩からずっと、昨日一日泣いてばっかりだったので、全くピアノに触っていなかったのです

アルベルトとの合わせ第4ラウンド。
やっぱり弾き始めのテーマソロに、いつものごとく注文がつきました。
しくしく……わたし的には充分ジャズっぽいねん!
彼が弾くごとに、調律が激しく緩むピアノ……どんな力してるんっすか

あまりにいい天気だったので、いきなりバーベキューチキンを作ろうと思い立った旦那。わたしはなんでも大歓迎!
練習が終わり、アルベルトも交えた5人で、今までに観た映画の話で盛り上がりながら、美味しくご飯をいただきました。

「あ~、来週のまうみの歌が楽しみぃ~」と言いながら帰っていったアルベルト。
もうちょっとで、彼の首に指を巻き付けるところでした。理性が残っていてよかった……。




どうしてこんなに泣くんだろ

2010年03月19日 | ひとりごと
映画の『おくりびと』をやっと観た。はじめは可笑しくて笑ってた。
旦那が、「この職業はブラクの人達の仕事だった」と言うのを聞いて、わたしは「そんなん聞いたことない」と反発した。
だいたい、この映画を知る前まで、納棺師という職業があることすら知らなかったわたしなのだ。
それをどうして、アメリカ人の旦那が、そんな歴史っぽいことまで知っているのだ?
「いや、そういう文献を読んだことがある。ええと、なんて言うんやったっけ、高野山に女性が入山できなかった理由?」
「汚れてるから?」
「ああ、それそれ、汚らわしい仕事やと思われてたから」

そう旦那が言ったすぐ後に、妻役の広末さんが、夫役の本木さんに「汚らわしい!」と叫んだのでびっくりした。


映画を観終わって、泣き腫らした目と真っ赤っかな鼻のまま、気になったので調べてみた。
いろんな記事が出てきたけれど、その中からひとつ。

『かつて、肉食では無かった日本人が、動物の屍骸を取り扱う仕事をしていた人々を『けがらわしい』、『穢れ多き者』として、『穢族』または『エタ』と蔑み差別してきた。
元を正せば、政治的に作られた差別が起源であり、あくまでも職業差別でしかない。
差別された人たちが集まり、を形成したため『民』と呼称されてきた。
『姿なき差別』であり『いわれ無き差別』とも言われるが、間違いなく現存している。
小説で読んだ『』というものが現代でも現実に存在することや、『民』『差別』という存在自体を転勤先の静岡で実感した。
よそ者の私に、「あの地区には行くな」と忠告してくる。「あそこは」と、親指以外の『4本の指』を立て、危険だと教えてくれる』


ここまで読んでふと、生まれて初めて、父に頬を引っ叩かれた時のことを思い出した。
わたしが中学二年生の時のことだ。
その頃は、母と別れて間もなく、慌てて再婚した二人の子連れの継母と、父とわたしと弟の六人で、大阪の住吉区の長居という所で暮らしていた。
わたしが転校したのは、マンモス校で有名な住吉中学校。毎週末になると、隣町の中学校の不良達に襲われて、警備に当たっていた先生達が数人、毎回のように怪我をしていた。
噂では、その不良達は、地区に住んでいる生徒だと聞かされていた。
わたしは三重県ののんびりした田舎町から転校したところで、なにもかもが忙し過ぎて、あまりよくわからないまま時間が過ぎていた。
まだ肌寒いある日、体育の授業が水泳になり、学校の50メートルプールを流し泳ぎすることになった。
流し泳ぎなんて聞いたことも無かったし、そもそもちゃんと泳いだことも無かったわたしは、その日の見せ物となり、バカにされて散々な思いをした。
それを見て、あまりにも哀れに思ったのか、同じクラスの村田さんという女の子が、放課後、「わたしに手伝わさせてくれへん?」と話しかけてきた。
「手伝うって?」
「泳げるようにしたげる」
「泳げるようにって……そんなん無理やわ」
「大丈夫、来週の授業までに絶対に泳げるようにしたげる。ほんで、今日のアホらに思いっきり見せつけたり!」

彼女は、当時、オリンピック選手の養成コースに所属していたクロールの選手だった。
彼女に付いて、そのスイミングプールに行き、毎日特訓を受けた。
次の週、見事なフォームでスイスイと、しかもかなりの速度で50メートルを泳ぎ切ったわたしを、彼女はゴールの所で満面の笑みで迎えてくれた。
わたしは彼女と仲良しになり、彼女に誘われて中学校の水泳部に入部した。
しばらくすると、そこの部長の三年生の河合君から、「付き合ってくれへんか?」と申し込まれた。
彼は地区と呼ばれる地域に住んでいた。その意味は、学校でも講座があったので知っていた。
知っていたけど、それは河合君とわたしにはどうでもいいことだと思っていた。

父に、河合君のことを話した。住んでいる所を聞かれて答えると、「そんなとこに住んでる子と付き合うたらあかん!」と顔色を変えて怒り出した。
わたしが反抗的な態度をとると、わたしの目の前に4本の指を立て、「あいつらはコレなんやからな」と言った。
吐き気がしそうなぐらい腹が立った。「そんなアホなこと、まさか自分の親から言われるとは思わんかった!」と言うと、「なにぃっ!」と目を剥いた。
その父のすぐ後ろに、いつの間にか弟が立っていて、いきなりわたしに向かってあっかんべーをした。
その顔が可笑しくて、こんな場面で笑たらあかん、と思うと余計に可笑しくて、ついプッと吹き出してしまった。
「なにが可笑しいんや!」と、すっかり誤解した父は立ち上がり、思いったけの力でわたしの頬を打った。

そんなこともあったなあ……と、十年前に亡くなった父を懐かしく思い出した。


*↓ここからは映画の場面を少し書きます。まだ観ていなくて、知りたくない方はこの先は読まれない方がいいと思います。

「あんなきれいな妻を見たのは初めてだ」と言って泣いた夫。
性同一性障害で悩んでいた子供を正視できないままだったが、「男でも女でも関係ない。あの子はあの子だった」と慟哭する父親。
焼き場の火に包まれた母親に「かあちゃんごめん、かあちゃんごめん」と謝る息子。
何十年も前に生き別れた、幼い息子からもらった石文をぎゅうっと握りしめたまま息を引き取った父親。

どの人にも死は訪れる。見送る方も見送られる方も、その死をどんなふうに受けとめられるかは、その人の生き方次第。

母も弟も、それから伯父や伯母も、皆遠く日本に暮らしている。
そのことが今夜はとても悲しい。
しみじみと、日本から遠く離れていることを思った。
自分が選んで、決めて、ここに暮らしているのだけれど。
満開の桜の花びらの中に、日本にいる家族の顔が浮かんでは消え、また浮かんでは消え……どうしてみんな笑てるのやろ。
また泣けてきた。

米国洗濯洗剤の正しい使用量事情

2010年03月18日 | 米国○○事情
先日のニューヨークタイムズの記事の中で、一番反響があったのがこれ↓

『洗濯洗剤の使用量の真実』

そこにははっきりくっきりきっぱりと、メーカーが表示してある量の8分の1で良い!と書かれてあった。
どんなに多くとも、半分以下に抑えること!とも書かれていた。

最近の洗濯機は性能が良く、ドラム式の製品も増えてきているので、それに伴って洗剤の濃度がどんどん濃くなってきているそうな。
なので8分の1。

わたしはずいぶん以前から、泡切れがあまりに悪いので、洗剤を減らし続けてきた。それでも4分の1ぐらいは入れていたかも。
シャンプーや食器洗剤なども、かなり薄めてから使っている。
基礎化粧品のお試し1回分なんて、3、4日は有に使える。あれを信じてはいけない!陰謀です!

けども、さすがに8分の1にまで減らす勇気は無かった……。

ニューヨークタイムズさん、ありがとう!

うちの春一番

2010年03月18日 | ひとりごと
チューリップの横っちょに、にょきにょき伸びてきたクロッカス。
背が低いのに、おっきな花を咲かせてくれました。

うちの春一番のりさんです。



写真うつりを良くするために枯れ葉を除けようと思ったけれど、葉の下は温かく湿っていて、それがとても気持ち良さそうだったので、また戻しました。

落ち葉はそうやって、春の芽吹きを今か今かと待っている土の下の命を、優しく、温かく、見守っているんだなあ。

それにしてもぺったんこ

2010年03月18日 | ひとりごと
あの、とてもレトロでセクシーだった300ZXの鍵が……、



こんなぺったんこの、ぶっさいくな姿になっちゃって……、



しくしく……しくしく……しくしく……。

でも、文句は言いますまい。
近所のホームセンターの合鍵コーナーの担当者さん、破損した部分を丁寧に補修しながら、1本たったの1ドルちょっとで合鍵を作ってくれたんですから。
日産のディーラーに問い合わせると、少なくとも120ドルってあっさり言われちゃって、ひとり40ドルの出費か……と覚悟を決めかけていたんですから。

感謝こそすれ、文句は言いますまい。

ひとりごつ春の宵

2010年03月17日 | 家族とわたし
二日続きで、さあこれから急いで作ろう!と、夕飯の支度の下準備をあれこれしている時に、

「ボクは基本的に7時15分ぐらいまでに食べ始めたい。遅くなると、消化の時間とかがズレるし、ど~たらこ~たら……」

などと言うたかと思たら、

「こんな季節が変わった日に、ベーコンなんか脂が多過ぎて食べたくない。こういう日こそあっさりした野菜を主体に、ど~たらこ~たら……」

とくどくどと文句を言う。

こっちはいろいろとやらなあかんことがあって、それを並行でしながら、それでも必死で急いで作ってるねん。
献立は、冷蔵庫の中にあるもんで、けども食べ合わせやら栄養やら、それから昨日との兼ね合いやら、いろんなこと考えて決めてんねん。
そんなに時間とか内容とかが気になるんやったら、もっと前もってわたしに伝えるか、もしくは自分のいいと思うもんを勝手に食べたらええやん。

言いたいだけ言うて、散歩に出かけてしもた旦那。
帰って来るなり、「ごめん。さっきはいらんこと言うて。かなり後悔しました」って謝ったけど、
作ってる間中気分悪いねん。なんか悪いことしてるみたいな気がしながら料理するのって楽しないねん。
ほんで、結局「おいしいなあ~」とか言いながら食べるの見てたら、アホらしなんねん。

今夜は二日続いたから公開したった。
ま、こんなん、今までにいぃ~っぱい、数えきれへんほどあったことやけど。

苦情を上手に伝えられる人と伝えられない人

2010年03月17日 | ひとりごと
旦那曰く、わたしは苦情を上手に伝えられない人だと言う。
特に電話の場合は、その下手さ加減がパワーアップすると言う。
もう最初っから声が怒っているし、言葉遣いだって妙に角が立っているらしい。

昨日の加害者が書き残してくれたメモに、大切な情報の漏れがあったので、彼女にわたしから連絡して、その情報を聞かなければならなかった。
夜はまあまあ、無事に眠れたけど、やっぱり首の付け根の部分がドォ~ンと重苦しく、頭も若干痛かったので、ふて腐れた顔して電話しようとすると、

「あ、ちょっと、いつも言うてるように、まうみのこういう時の言い方は……」と、延々と講釈が始まった。

相手を追いつめないように、穏やかに、ただ単に番号が聞きたいだけなので、あなたの時間を邪魔して、しかも手間をかけて申し訳ないのだが、ちょっと調べて教えてもらえないだろうか、と頼む。
その時に間違っても、昨日、どうしてきちんと全部記入してなかったんだ!とかいうふうに、相手の落ち度を責めないこと。

聞いているうちにどんどん腹が立ってきて、あ~無理!冷静に、穏やかに、すみませんねえ~あなたの時間のお邪魔をして、なんて無理!

ってなことで、ストライキに突入した。と同時に、冷静かつ穏やかな旦那が、代わりに電話をかけてくれることになった。
性格が良くないわたしは、フン、それやったら最初っからあんたがかけてくれたらよかったんやんか!と、お腹の中で独りごちた。

今日は、事故後丸一日経過したが、事故があった管轄の警察に連絡をして、わたし側だけのリポートを作ってもらうようお願いした。
あとはこちら側の保険会社と、向こう側の保険会社の交渉になるそうだが、この州に存在する100%補償というシステムを使ってもらえると思う。

首は……更年期のホルモンが災いしてるのか、それとも昨日の事故が関係してるのか……どっちとも言えないけれど、かなり不快。
けれども、伴奏バイトのリハーサルはあるし、曲の練習をサボるわけにはいかないし、洗濯も掃除も料理もあるし、しゃあないよなあ~生きてんだから。


『お客さまは神様』『被害を受けた方はなんでも言える』
そんなふうには全然思ってないけど、ふとそんなふうな態度をとってしまうお子ちゃまな自分が情けなくなったりもするけどね。
でも、それをはっきりと指摘されると、やっぱり腹が立ってしまうのだ。特に旦那に指摘された時なんかは。

ふっふっふっ、未熟者よのぉ。

とどめのぽっきん!

2010年03月17日 | ひとりごと


日産300ZXの、20年来の友が……ぽっきん……。

昨日、バッテリーが上がってたままのZXをチャージして、さらにちょっと走らせておいた方がいいということで、Kが近くの町中を運転しておりました。
そのついでに友人ちに遊びに行き(春休み中)、あちこちでブラブラしている時に、車のエンジンをかけようと鍵穴に鍵を差し込み回そうとしたら……、
ありゃりゃ~

ということで、最寄りの通りに停め、警察に連絡をし、駐車違反にならないようお願いをしたそうな。
こ~ゆ~超レトロな鍵って、再製してもらうの高そぉ~……
一応、親としての我々と、わざとでは無いにしろ壊した本人のKと、合鍵をなくしたTとで、費用を三等分する、ということで合意に達しました。

ほんまによくもまあ次から次へと……。
普通に、何事も無く、穏やかに終わる日は、我が家には訪れてくれないのでしょ~か