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ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

グリーングリーン

2011年02月27日 | ひとりごと
みどりの葉っぱが陽の光をたっぷり浴びているのを見ていると、それだけで心の中に力がわいてくる、


光のフレームがきれい。


この葉脈に光の栄養が行き渡っているのだろう。



そしてこれは旦那が作ってくれたカラーグリーンのおかず。
料理をする前は、深みどり色のごっつい葉っぱだけれど、長い時間炒めるとこんなふうになる。


たっぷりのみどりに出会えた日。


その夜、寝ようとベッドに入ったら、息をうまく吸ったり吐いたりできなくなった。
といっても深刻なものではなく、なんとなくうまくできなくて不快だという程度。
けれどもそれでなかなか眠れなかった。

そしたら今日、朝起きた時から心の調子がおかしかった。
疲れとはまた違う、なにかズレているような感じ。
気功に行ったらなんとかなると思っていた。

気功のクラスに行く直前に、大学に行く恭平と車の出し入れや鍵のことでいろいろあって、結局遅刻してしまった。
そのいろいろはすごく小さなことなのに、すごくイライラして、それでも車の中で例の『天国言葉』をお経のように唱えながら運転した。
今日の気功は散々だった。
最初っからわたしの耳の中にお邪魔虫が居て、「ミリアムの言うことを聞くな」「ふん、あのオッサンはなにを戯けたことをほざいてるんだ」などとささやき続けた。
そして、部屋の中に流れていたピアノ音楽の音のひとつひとつが、ものの見事に音符になって、まぶたの裏側で騒々しく踊り狂っていた。
わたしはだんだん、本気で腹が立ってきて、今にも爆発してしまいそうだった。
瞑想の時間になって、ミリアムが、「これは自己治癒の瞑想なので、今自分で治したいことに集中してください」と言った。
せめてこの瞑想だけは穏やかな気持ちになって取り組みたかったけれど、やっぱりそれは叶わなかった。

部屋から出ると旦那が居た。
患者に鍼を打ち、その効果を待つために、ラウンジにパソコンを持ち出してなにか作業をしていた。
気功の後はいつも、とても眠くなる。
けれども旦那はわたしを見て、パッと見抜いたようだ。
眠いだけではない、なにかいつもと違う様子を。

今日の気功が気づかせてくれた、わたし自身の中に隠されていた苛立ちの大きさ。
昨日とは正反対の、鬱陶しい雨模様の日。

『グリーングリーン』

 ある日パパとふたりで 語り合ったさ
 この世に生きる喜び そして悲しみのことを
 グリーン グリーン
 青空には 小鳥が歌い
 グリーン グリーン
 丘の上には ララ 緑がもえる

 その時パパが言ったさ ぼくを胸に抱き
 つらく悲しい時にも ラララ 泣くんじゃないと
 グリーン グリーン
 青空には そよ風ふいて
 グリーン グリーン
 丘の上には ララ 緑がゆれる

 ある朝ぼくは目覚めて そして知ったさ
 この世に つらい悲しいことがあるってことを
 グリーン グリーン
 青空には 雲が走り
 グリーン グリーン
 丘の上には ララ 緑がさわぐ

 あの時パパと 約束したことを守った
 こぶしをかため胸をはり ラララ ぼくは立っていた
 グリーン グリーン
 まぶたには なみだがあふれ
 グリーン グリーン
 丘の上には ララ 緑がぬれる

 その朝パパは出かけた 遠い旅路へ
 二度と帰って来ないと ラララ ぼくにもわかった
 グリーン グリーン
 青空には 虹がかかり
 グリーン グリーン 
 丘の上には ララ 緑がはえる

 やがて月日が過ぎゆき ぼくは知るだろう
 パパの言ってた ラララ 言葉の意味を
 グリーン グリーン
 青空には 太陽がわらい
 グリーン グリーン
 丘の上には ララ 緑があざやか

 いつかぼくも 子供と 語り合うだろう
 この世に生きる喜び そして悲しみのことを
 グリーン グリーン
 青空には かすみたなびき
 グリーン グリーン
 丘の上には ララ 緑がひろがる


この曲の歌詞は、片山輝さんという方が作詞したもので、原曲の詞にはパパは一度も登場しないのだそうだ。
わたしはこの曲を、母が家から出て行ってしまった後、パパをママに替えてよく歌っていた。
歌っていると、なんだか哀しく、けれどもまあいいか、しゃあないもんな、という気分になった。
生きるってのはこういうもんだ。
生きてりゃいろいろあるさ。
そんなことを教えてくれた歌だった。



木草弥や生ひ月(きくさいやおひづき)

2011年02月27日 | ひとりごと
肌寒いけれど、そこには春。


地面にも。


雪にすっぽり埋まっていたこの小さな木にも。


ラクダを思い出した。


同じ木の先っぽに。


お隣さんの薪。今年の冬は暖炉が大活躍しただろう。


晴れの日は空を見上げる。それだけで幸せ。


おじいさんカエデの木に、こんなおもしろいことが起こっていた。
幹と枝の間にすっぽりと挟まった石。しっかりと抱かれていてビクともしない。


反対側から見るとこんな感じ。


この木とはもう1年半も友達なのに、全く知らなかった。これだと見えにくいけれど、又になっている所に石がはまっている。


白樺の枝も、充分にお水を吸って、ツヤツヤと元気。


再登場。こちらも、木と仲良しの石。日向ぼっこが気持ち良さそう。



自然ってやっぱりいい。

終わりはいつかやってくる

2011年02月27日 | 友達とわたし
あさこの留学期間が、あともう3週間で終わってしまう。
まるで冗談のように、時間の経つのが早い。
旦那は「あさこが帰ってしまうと寂しいなあ」と、最近ブツブツよく言っている。
この1年、逢いたいと思えばいつでも逢える所に暮らしていたけれど、お互いにやることがいっぱいで、たまに暇な時でもタイミングが合わなかったりして、結局はACMAの月例演奏会か、自分達の演奏の練習ぐらいにしか逢えなかった。
なので、今年の夏に、彼女の大学が休みに入ったら、また夏期講習とかを受けにやってくるかもしれないので、
その時はうちでずっと泊まるのだから、もしかしたらこの1年間よりもたくさん一緒に時間を過ごせるかもしれないと、旦那とわたしは慰め合っている。

今日は昼からACMAのディレクター会議があった。
いつもの集合場所『フレンチ・カフェ』に集まり、来月からの『The Orchestra of Saint Lukes(OSL)』とのコラボを直前に控え、契約の手続きをするにあたり、我々はどういう態度で望むべきかを検討した。
マンハッタンのど真ん中の、音楽家のために建てられた真新しいビルディングの、我々がオフィスとして使える部屋と、演奏会本番のためのホール、そして練習のためのリハーサル室、加えてコーチングに至るまで、すべて無料で提供したいという、美味し過ぎて恐いぐらいのオファーを、受け入れるのはもちろんだが、タダより恐いものはない、という観念が、どうしても皆の頭から離れない。
OSLの方は、ニューヨーク市に存在する、星の数ほどもある我々のような団体をひとつひとつ精査した結果、パートナーとしてふさわしいとACMAを選んだと言う。
メールではなく、顔を合わせて話し合う日がもうすぐそこに近づいてきた。

↓3月中頃から、我らACMAの新居となる所。


そして来月の、カーネギーのためのオーディション。
今のところ、まだ10組のアンサンブルしか申し込みが無いそうだ。
まあ、これから〆切の来週末までに、わんさかと申し込まれるのだろうけれど……。

なんてことを、早口の英語でガンガン、矢継ぎ早に話すこと2時間。
その間、旦那はあさこのアパートメントに行き、あさこに鍼の治療をしていた。
彼女の喉がカラカラに乾いてしまい、とうとう声が枯れてしまったのだそうだ。
北アメリカの冬の空気の乾燥はハンパじゃないもんなあ……。

ミーティングが終わり、旦那に電話すると、今から背中側をしたところだから、もうちょっとかかるというので、近所のユニクロでブラブラすることにした。


めっちゃ久しぶり!
季節柄、ヒートテックの商品が安売りしてるかもしれん!と期待まんまんで行ったのだけど、もう置いておりません、だとさ。
わたしの思考はやっぱ、世間の流れよりだいぶ遅いのかもね。
ま、お金も無いので、無くてよかったんだけど……。

あさこと旦那が、SOHOまで車で下りてくるというので、店の前に立って待っていた。
今日は暖かめの日とはいえ、やっぱり風が吹くと寒い!
暇なので、代わり映えはしないけれど、近所をパチリ。エンパイア・ステート・ビルディングが霞んで見える。


あさこが、「この留学中、いろいろお世話になったのでご馳走したい」と言って、わたし達だけだと絶対に入らないであろう、高級ステーキハウスに行った。
ただ近くに住んでたってだけで、世話なんか全然してないのになあ……。

お店に入った途端にちょっと気が引ける。


他のテーブルの上のステーキと、ベイクドポテトのサイズを見てびっくり!
そしてメニューの値段を見てまたまたびっくり!
ステーキだけで50ドル?!あかんやろそれは!!
ベジタリアンのあさこはサーモンを、わたしは前菜のカラマリを、旦那はごっついステーキを、そしてほうれん草のソテーとベイクドポテトをサイドで頼んだ。


もっちろんそれぞれみ~んな美味しかったけど……それにすっかりご馳走になったのだけど、それでもやっぱり高いんちゃう、一皿50ドルは?

天井の景色。ガス灯がすてきだった。


トイレに向かう廊下では、給仕さん達が忙しく働いていた。


もうすぐテーブルに運ばれるであろうステーキ。この大きさを伝えられないのが残念!


みんなの払ったステーキ代が、こんな所にも注ぎ込まれているんだろうなあ……などと、BINBOくさく思うわたし……。


テーブル待ちのバーもなかなかの雰囲気。


日本人の真似してピースする変なアメリカン。


階段もなかなかすてき、と写真を撮っていたら、偶然上がってきた店の人が、フラッシュで足を踏み外しそうになって笑っていた。


帰りの道すがら、こんなんを見つけた。テレビの画面だらけ?!トランクを開けると、その裏側にも三面の画面がはめ込まれていた。運転しても大丈夫?



スタバでコーヒーを飲み、あさこのアパートメントでまたまたひとしゃべり。
飽きたからと言って、彼女が着ていたイッセイ・ミヤケのプリーツ・プリーズを何枚もくれた。
彼女の部屋の中に、荷造り用の箱が何個か置いてあった。
わたしまで寂しくなってきた。