


演劇学校の講師バンジャマンは、末期がんで余命宣告を受ける。受け入れがたい死の不安や恐怖、満たされなかった人生への慚愧に苛まれるバンジャマンだったが…
余命いくばくもない系映画&ドラマのほとんどは、あざといお涙ちょだいもの。でもこのフランス映画は、死の受け入れかたや心構え、残された短い時間をどう過ごすかなど、終活についてシビアに考えさせる内容でした。私、正直言うともう十分生きたから、明日にでも死んでいい、なんていつも思ってます



苦痛さえなければ、あと半年の命と言われたら、むしろホっとしそう。世界はどんどん危険で汚くなっていき、生きづらくなるのは目に見えてる。醜く老いさらばえることや孤独死の心配もなくなり、生活のためにしたくないことをする必要もなくなる。成し遂げようとしていたのに夢半ばで、なこともない。あとに残して気がかりな人もいない。うわ~書いてて何で寂しい人間なんだと笑えてしまうほどですが、バンジャマンのように今わの際まで後悔や慚愧、怒りや心残りに心乱されることなく逝けそうな私は、ある意味幸せなのかもしれません…
バンジャマンの母クリスタルや演劇学校の生徒たち、主治医や看護師など、送る側の覚悟や忍耐も悲痛でした。たった一人しかいない息子が、若くして苦しんで先立ってしまうなんて、母親からしたら自分が死ぬよりも辛い、いったい私は前世でどんな悪いことをしたのと、自分自身と神さまを恨みたくなる悲劇ですよね。生きてる間に何も成し遂げなかった、いてもいなくていい人間だった、と嘆くバンジャミンですが。たくさんの人に愛されてたのも、何だか不幸なことのように思えて暗澹となりました。愛執の深い人間関係があると、安らかに死ねないんだな~。
フランスの末期がん患者に対する医師の対応、病院の様子も興味深かったです。クリスマスになるとタンゴダンサーが来て踊りを披露したり、医師と医療スタッフとのミーティングでの哲学的なディスカッション、和気あいあいとした音楽会など、日本ではあまり見られない光景でした。エデ先生と看護師のユージェニー、その他の医療関係者がみんなすごくいい人!温かく親身に真剣にバンジャマンを支え見守る姿は、私もこんな病院で死にたいと思わせました。でも、あんなに患者に寄りそうのは、心身ともに相当な負担だろうな~。フツーは、あそこまで医師も看護師もしてくれないとは思った。

バンジャマン役のブノワ・マジメル、まさに入魂の演技。肉体的にも精神的にも削られていくような風貌と演技がリアルで痛切で、セザール賞の主演男優賞受賞も納得。最近のブノワは貫禄も出て恰幅もよくなって、美青年だった若い頃とは別人のようなでっぷりしたおじさんと化してましたが、さすが役者。ほんとに病気みたいな顔と体の萎ませっぷりでした。病魔におかされ余命いくばくもないのに、メイクばっちり美肌顔な邦画と韓流の俳優とは大違い。おじいさん顔になってたけど、たま~に往年のイケメンの面影も。演劇学校で指導中のシーンのブノワは、すごくカッコよかったです。

バンジャマンの母クリスタル役は、大女優カトリーヌ・ドヌーヴ。ブノワとは同じエマニュエル・ベルコ監督の前作「太陽のめざめ」でも共演してましたね。それよりさらに前の共演作、アンドレ・テシネ監督の「夜の子供たち」は初めてブノワを知った作品で、何このイケメン!と20代のブノワに衝撃を受けたのも遠い昔。まるで大阪のおばちゃんみたいなファッション、どっしりふくよかな風貌のドヌーヴですが、華やかさとオーラはハンパないですね~。クールで威風堂々なイメージの彼女が、オロオロうろたえたりガックリ落ち込んでたりしてたのが新鮮でした。
エデ先生役を演じたガブリエル・サラは、プロの俳優ではなく本物の現役ドクターだとか。すごく自然で温かみのある好演。生や死に関する彼の台詞の数々に胸を衝かれました。看護師ユージェニー役のセシル・ド・フランスも、患者への優しさや苦しい思いがよく伝わる好演でした。演劇学校の生徒たちが、男女とも魅力的な若者たちだったのも印象的。バンジャマンの息子役の俳優も可愛かった。ミュージシャンという設定でしたが、どう見ても高校生でした。